第435話 北条の変容
ドレイクの"ファイアブレス"に全身を焼かれる龍之介。
このドレイクのブレスによって、龍之介は最大HPの六割程のダメージを受けていた。
【レジストブレス】で対策してもなお、まともにくらってしまうとそれだけの大ダメージを負ってしまうのだ。
回復もなしに二回連続で正面からくらってしまえば、それだけで命の灯は尽きてしまう。
何かあったらすぐ応じられるように待機していた北条は、龍之介の状態を見て即座に治癒魔法を使用する。
少し遅れてメアリーからも治癒の魔法が飛んできたので、龍之介のHPは八割以上にまで回復した。
しかし、それら治癒魔法も痛みや熱までは取り除いてくれはせず、龍之介は今すぐに動ける状態にはない。
そのことを知ってか知らずか、ブレスを吐き終えたドレイクは、再び巨大な爪による攻撃を加えようと体を僅かに捻る。
「させるかよぉ。【エレクトリックスタン】」
しかしそこに北条の"轟雷魔法"が炸裂し、ドレイクを「状態異常:スタン」に陥れる。
【エレクトリックスタン】は、"雷魔法"の【ショックスタン】や【スタンボルト】同様に、ダメージよりも相手をスタンさせるための魔法だ。
そして【エレクトリックスタン】は上位魔法なだけあって、Aランクの領域守護者相手に、見事スタンさせることに成功した。
「長くは持たん、一旦下がれぃ!」
「くっ、ぬぬ……」
未だまともに返事することも出来なかったが、必死に体を動かして後方へと下がる龍之介。
一応スタンが入ったとはいえ、領域守護者などのボス系は、状態異常やデバフなどが効きにくい。
単純にそれらが効きにくいだけでなく、掛かったとしても短時間で回復してしまうのだ。
龍之介が後ろに下がっていく中、メアリーや召喚したオークキングが注意を逸らそうとドレイクに攻撃を仕掛ける。
しかしドレイクの注意は未だ龍之介に向いたままであり、ターゲットを龍之介から引きはがせそうにない。
「なら、これでっ」
北条は特殊能力系スキル、"アテンショントリック"を使用して、ドレイクの注意を逸らす。
このスキルは、人間に対して使うとただ注意を逸らすだけに留まるが、魔物に対して使用すると魔物のヘイトを散らして弱める効果がある。
魔物にはヘイトという本能の一部のようなものが備わっており、特にフィールドの魔物よりダンジョンの魔物にその傾向が強い。
自分に大きなダメージを与えた相手、治癒魔法を使用した相手、ヘイトをわざと高めるようなスキルを使用された場合、魔物はその相手に攻撃を仕掛けるようになる。
自分たちと同ランク、もしくはそれ以上のボスと戦う場合、本来はこのヘイト管理というのが重要な役割を持つ。
これをミスってうっかり後衛の魔術士がターゲットにされた場合、魔術士が死に、そこからなし崩し的にパーティーが崩壊することもある。
『サムライトラベラーズ』の場合、北条の魔法が魔物に大ダメージを与えているが、魔法使用時に隠密系のスキルを併用することで、魔物からのヘイトを抑えて攻撃をしていた。
それだけでなく、魔物のヘイトを弱めたり逸らしたりするようなスキルを幾つも持っているので、普段は龍之介やメアリーに魔物のタゲが集中している。
「ハアァァァッ! これでも食らいなさい!」
「GYAAAAAAASS!!」
メアリーが特殊能力系スキル、"飢餓渾身撃"を発動させた状態で、槌系闘技秘技スキル"鬼撃"をドレイクのひざ元にぶち当てる。
この強烈な一撃に、まるで弁慶の泣き所を強打したかのような大声を上げるドレイク。
"飢餓渾身撃"は他の特殊能力系スキル同様に、使用する際に魂を蝕むような苦痛が発生するが、それとは別に、使用すると猛烈な空腹感に襲われる。
使用時に力を籠めるほど空腹感も強くなるが、代わりに次に放つ打撃系の攻撃が大幅に強化されるという効果がある。
この仕様上、一度の戦闘で複数回使用することが難しいスキルであるが、その分威力は折り紙付きだ。
それを闘技秘技スキルに乗せて放ったのだから、ドレイクが泣き喚くのも当然といえた。
そしてこの一撃によって、完全に龍之介へのタゲが外れメアリーへとタゲが移ることになる。
この間にも、ヘイトを稼ぎ過ぎない程度に、カタリナやヴェナンドらの攻撃魔法がドレイクへと飛んでいく。
メアリーは攻撃よりも回避や盾での受け流しに専念することによって、注意を引き続ける。
その間に、龍之介も体が元通り動かせるようになり、再びオークキングと合わせて四人がかりでの攻撃が再開された。
その後も時折放たれる"ファイアブレス"に脅威を感じながらも、ジワジワとドレイクを追い詰めていく。
一度ブレスが後衛に放たれた際は、肉壁としてサンドワームが身を挺したおかげで、後衛にはノーダメージで済んだ。
しかしあれから更に龍之介が一度、それからメアリーも一度。そして、たまたま攻撃が重なってしまったことで、気配を消して暗躍していた楓にも、一度ブレスによる攻撃は見舞われた。
前衛職ではない楓は、そのブレス一撃だけで七割以上のHPを一辺に持っていかれ、肝を冷やす場面もあった。
だがそうした事態に陥っても冷静に対処し、盤石な北条のサポートによって最悪の事態は避けられている。
「ここで見てるだけってのは……はがゆいね」
「仕方ない、ファエルモ。あの相手では無理もさせられん」
ヴェナンドはまだ魔法で貢献出来ているが、ファエルモは肝心の治癒魔法もメアリーや北条に敵わず、様子を見ているだけしか出来ていない。
「キュゥ……」
「ラビも気にすることないのです」
ニアとラビの従魔コンビもヴェナンドらの会話を聞いて、同じようなムードになってしまう。
そんな湿っぽい雰囲気を身近で感じた北条は、気にするなと声を掛けようと口を開く。
「お前達は回復役なんだから、そんなことを気に――」
しかし、その慰めの言葉は途中で止まってしまう。
「ご主人さま?」
不審に思ったニアが北条を見上げると、眉間に皺を寄せ驚きと困惑が混じったような表情を浮かべている。
「ホージョー? どうしたんだ?」
ヴェナンドも北条の異変に気付き声を掛けるが、一切反応は返ってこない。
何かに集中しているようで、外部の声が一切耳に入っていないようだ。
(今……何か……)
北条が先ほど話の途中で黙ったのは、何かを感じたからだった。
それは例えるなら虫の知らせのような、確かではない、感覚的なものだった。
だが北条にとって、それは大事なものであるという直感が強く働く。
その結果、今もこうして先ほどの現象は何だったのか、全神経を集中して探っていた。
(気のせいなはずはない。それは弱く、ともすれば見逃してしまいそうだったものだったが、どうにも引っ掛る。何かのスキルが反応したのか?)
北条には、なまじ本人ですら完全に把握しきれない程のスキルがある。
そのどれかが何らかの反応を示した可能性は考えられた。
(…………だめだ。引き続き反応を待っているが、以降の反応がない。気にはなるが戦闘中の今これ以上気にして――)
『――――った』
(ッ!?)
その時、北条は確かに誰かの声らしきものを聞いた。
儚く、今にも壊れそうなその声を聞いた北条は、無言のまま"アイテムボックス"から〈サラマンダル〉を取り出すと、そのままドレイクの方へ向けて駆けだした。
「お、おい!? ホージョー!」
「ご主人さま、どうしたのです!」
ヴェナンドとニアが驚き声を掛けるが、返事はない。
「ちょっと、ホージョー!?」
カタリナも、これまで見たことない北条の様子に、呼びとめる声には戸惑いの色が強い。
「お、オッサン!?」
「北条……さん?」
龍之介とメアリーも〈サラマンダル〉を片手に突っ込んでくる北条に気づき、驚きの声を上げる。
そして北条はそのまま手にした〈サラマンダル〉で、ドレイクに攻撃を仕掛け始めた。
それはまるで鬼神のごとき苛烈さだった。
ただひたすら気合の声も上げず、黙々とドレイクを斬りつけ、突き刺し、吹き飛ばした。
時に北条は"空翔け"や"エアーステップ"のスキルによって、空中に足場を築き、そこを起点に目にも追えない空中機動を見せ、ドレイクの全身に深い傷を刻んでいく。
その余りの激しさに、すでに龍之介もメアリーも戦いに参加できるレベルではなくなっていた。
下手にあの暴力の嵐の中に巻き込まれれば、自分もただでは済まない。
そう味方である筈の龍之介に思わせるほど、北条の攻撃には容赦がなかった。
「GYOOOOAAAA!!」
そんな北条にやられっぱなしのドレイクは、自慢の"ファイアブレス"で焼き尽くしてやろうと口を開く。
「……」
しかし北条は、そんなドレイクの口元に手にしていた〈サラマンダル〉を思い切り投擲する。
竜種のブレスは、見た目の印象とは異なり実際に口内からブレスを吐く訳ではないのだが、猛烈な勢いで投げつけられた〈サラマンダル〉は、ドレイクのブレス発動をキャンセルさせた。
「…………」
武器を失った北条は、再び"アイテムボックス"から武器を取り出す……こともなく、素手のままドレイクの至近距離まで近寄っていく。
そして拳が届く範囲まで近寄ると、北条の全身からは真っ赤な炎が立ち上り始める。
「GYOEEEEE!!」
しかし本人は炎の熱さを感じていないようだ。
逆にその炎によって、痛みかそれとも警戒の為なのか。ドレイクが悲痛そうな声を上げる。
その次の瞬間ッ!
北条の姿がブレ始め、それと同時に巨大な鉄球をコンクリートにぶち当てたような音が、連続して響き渡った。
よく見ると、その音に合わせドレイクの全身が滅多打ちにされている。
それは少し距離の離れたカタリナらのいる場所からでも視認出来るほどで、普通に殴りつけたにしては、大きくドレイクの体が凹んでいるのが分かる。
頑丈なドレイクの体であるからこそこの程度で済んでいるが、もしそこらの人間に同じことをすれば、風船が弾けるようにして一瞬で破裂するだろう。
そのような一発もらうだけでも即死するような攻撃が、連続して繰り出されていく。
そして、龍之介はこの技に見覚えがあった。
「あれは……、ゼンダーソンのおっちゃんが使ってた最終奥義の闘技スキル、"獅子炎獄殺"……か?」
「最終奥義スキルだと!? そんな、バカな!」
龍之介の言葉に、世界の終わりを目撃したかのように驚くヴェナンド。
近くにいると巻き添えを食いそうだったので、龍之介とメアリーは後衛の位置まで下がっていた。
実際に、特に指示を出されていないオークキング達は、北条の"獅子炎獄殺"の余波をまともに受けてしまい、既に一体が光の粒子となっている。
これがいつも通りの北条ならば、技を制御してオークキングを避けて攻撃することもできたであろうが、今の北条はまさに我を忘れているといった様相だ。
「一体オッサンに何があったんだ?」
「それが……よく分からないのよ」
「急に黙り込んだかと思ったら、怖い顔して出て行っちゃったんだよ」
すぐ傍にいたカタリナやファエルモにも、北条に何があったのかは分からなかった。
それは従魔であるニアも同じだ。
そして、龍之介たちが北条についての話をしている内に、戦いの決着は着いていた。
元々これまでの戦闘で十分にHPが削られていたドレイクは、"獅子炎獄殺"によって完全に息の根が止められたのだった。




