第431話 同時進化
あの夜の一件以来、ファエルモと龍之介の関係に変化が……現れることもなく、次の日からファエルモはこれまで通りの態度を取っていた。
逆に龍之介の方が昨夜の事を意識してしまい、しどろもどろになっていた程だ。
四十一層以降の探索は、確かにそれまでの階層に比べると多少時間はかかりはしたものの、順調に進んでいる。
しかし四十二層以降も一度に襲ってくる魔物の数が多く、通常のパーティーなら探索のペースが大きく落ちていた所だ。
とはいえ、北条が召喚する魔物によって数の不足は補えるので、『サムライトラベラーズ』にとって、敵の数はそこまで問題ではなかった。
それよりも、レイドエリア下層の時にはいなかったBランクの魔物が混じり始めたので、数ではなく質に手こずらされることも出てきた。
「……少しは慣れてきたが、これはBランクのフルパーティーでも、苦戦するんじゃないか?」
「そーか? ま、確かにちょっとキツイ時はあるけど、そこまででもねー気がすんだけどな」
ヴェナンドもようやくこの魔物の多さに慣れてきたようだが、それでもこの四十一層以降の厳しさには辟易としていた。
しかし、龍之介はそんなヴェナンドと比べると大分ケロっとした様子だ。
それは何も龍之介だけでなく、他の『サムライトラベラーズ』の面々も同じだ。
「えー? でも数が多いとそれだけ疲れも出てくるんじゃなーい?」
「う、ま、まあ、それはレイドエリアですっかり慣れちまったからな」
ファエルモが少しだけ科を作って言うと、龍之介は微かに動揺しながらも返事をする。
あれ以降、時折こうして龍之介をからかうような仕草を見せるファエルモだが、未だに龍之介はそんなファエルモに踊らされることが多い。
サンドワームを倒してから、すでに二十日近くが経過している。
三十一層から四十層までにかかった日数と、大体同じくらいが経過したことになるが、現在の階層は四十七層の湿原地帯だ。
湿原地帯は三十三層にもあったのだが、所々に水たまりのようになっている所や、一面に薄い水が張っている場所などがあり、徒歩での移動に適していない。
場所によっては底なし沼のようになっている箇所もあり、先頭を進む楓はその辺りにも注意して進まないといけないため、探索にかかる時間も増えていってしまう。
「楓、そこでストップだぁ。魔物が近づいてきてる!」
北条の忠告に楓の足が止まり、即座に戦闘態勢へと以降していく。
他の全員も即座に陣形を整えていき、次の北条からの情報を待つ。
「魔物の来る方角は右方。数は……十二! ファイアドラゴンフライとブラッドモスキート……それに、これはマッドクロコダイルも混じっってるぞぉ」
それぞれの魔物の移動速度は勿論異なっているのだが、北条の感知では足並みを揃えて向かってきているのを捉えていた。
ダンジョン研究家の説では、ダンジョンの魔物同士の間では、冒険者たちでいう所のパーティーのようなものが組まれているのではないか? とする説がある。
その根拠として、今迫りくる魔物たちのように、別の種族であるのに明らかに集団を意識して行動することがあるからだ。
「まずは蚊トンボたちを先に落としていきましょ」
ようやく北条以外の面子でも、視認出来る距離まで近づいてきた魔物たち。
早速そこへ"水魔法"で先制をしかけるカタリナ。
湿地帯という場所に適していないファイアドラゴンフライには、水属性の攻撃が良く通る。
向こうも負けじと"火魔法"を撃ち返してくるが、所詮Dランクの魔物なので、そこまで気を遣う必要はない。
気を付けるのは、Cランクのブラッドモスキートが使ってくる"血魔法"と"風魔法"。
それから四メートル以上の巨体でにじり寄って来る、Bランクのマッドクロコダイルだ。
「ニャアッ!」
ラビの背中に乗ったニアが、"風魔法"で攻撃を加える。
この二匹の従魔は、一緒に行動している内に仲良くなっていったらしい。
最近では、ラビが背中にニアを乗せている光景をよく見かけるようになっていた。
「ワニはオレに任せろ!」
龍之介も負けじと迫りくる巨大ワニに立ち向かっていく。
硬い鱗に守られたマッドクロコダイルには、生半可な斬撃や刺突は通らない。
同ランク以上の戦士職ならともかく、それ以下であるならメアリーのような打撃武器の方がよりダメージが通る。
しかしそんなこと知ったものかと、龍之介は〈水鳥〉でもって、硬いとされるマッドクロコダイルの鱗を易々と切り裂いていく。
すっかりカタナタイプの武器である〈水鳥〉を使いこなしているようだ。
戦闘は北条が召喚で応援を呼ぶこともなく、短時間で決着がついた。
マッドクロコダイルには少し手間取ったものの、追加召喚せずともヴェナンドとファエルモが加わったので、人数は七人……プラス従魔二匹もいる。
襲って来る魔物の構成によっては、十分それで戦えるのだ。
その従魔二匹なのだが、戦闘が終わると同時に様子がおかしくなる。
体を小刻みに震わせている様子は、どうみてもいつもとは異なっていた。
「ねえ、ちょっとニアちゃんとラビちゃんが震えてるんだけど、大丈夫なの?」
二匹同時の異変に、ファエルモは心配そうな声で尋ねる。
ヴェナンドはそこまででもないのだが、ファエルモもこの二匹の可愛らしい従魔には心奪われていて、すっかりお気に入りになっていた。
だからこそ、余計今の状態が心配なのだろう。
「あーこれは……、心配ないぞぉ。ま、黙ってみていよう」
この症状に心当たりのある北条は、焦っている様子が見られない。
ドロップの回収をしつつ、そんな二匹の様子を見守る一行。
すると、突然二匹の従魔が光を放ち始めた。
「わっ!? え、な、なんなのこれぇ?」
「ああ、そーいうことか。っつか、今回早くね?」
「なんだかんだで、初見殺しエリアではずっと一緒だったからなぁ。四十一層以降では魔物の数も増えたし」
「……どういうことだ?」
「見てれば分かるわよ」
元々好奇心の高いヴェナンドも、二匹の異常な様子には関心があるようだ。
そして、二匹から放たれていた光が徐々に収まっていくと、そこには進化した新しいニアとラビの姿があった。
「キュウゥゥゥ!!」
ラビは大きさはそれほど変化していないのだが、背中からは翼が生えて、空を飛べるようになったようだ。
今も嬉しそうにパタパタとその場でホバリング飛行をしている。
「にゃにゃぁ……にゃにゃにゃああ……」
そしてニアの方だが、こちらも体の大きさにそれほど変化はないのだが、尻尾の部分が途中で二股に分かれている。
そして、何やら盛んに鳴いている様子は、まるで何か言葉を話そうとしているかのようだ。
「何言ってるのかしらね?」
「さー、それはわかんねーけど、進化しても二匹ともかわ……」
進化したニアとラビについて、龍之介とカタリナが感想を述べていると、急にニアに大きな変化が現れた。
突然のその変化に、龍之介は話の途中で思わず固まってしまう。
「ニャア! ご主人様ぁぁぁ!!」
急に人間の子供のような姿に変化したニアは、嬉しそうに北条へと抱き着いていく。
今のニアの見た目は、獣度の高い猫族の獣人の子供のようだ。
「ニア、お前……」
北条もまさかこうなるとは予想外だったのか、まじまじとニアを見つめている。
「……そうかぁ。"人化"のスキルを使ったんだなぁ?」
「ハイです! 僕、ずっとご主人様とお話がしたかったのです」
「そうかそうかぁ」
突然のニアの変化にも柔軟に対応する北条。
そして、ある意味ペット愛好家の人からしたら夢のような光景に、黙っていられないといった様子の者がいる。
「ニアッ! お前とお話出来るなんてまるで夢のよーだぜ!」
満面の笑みでニアに近づいていく龍之介。
しかし、そこに衝撃の一言がニアの口から発せられる。
「ニャァ!? リューノスケはしつこいから嫌いなのです!」
「え"っ…………?」
言われた言葉が理解出来ないといった様子で、途中で固まってしまう龍之介。
そんな龍之介を見て、北条がニアに話しかける。
「いいかぁ、ニア。龍之介が嫌いなのは仕方ないがぁ、あれでも仲間なんだぁ。戦闘の時にはフォローしてやってくれよぉ?」
「はぁい、分かったのです」
「よーおし、いい子だぁ」
素直に返事するニアをモフモフし続ける北条。
二本足で立つようになったとはいえ、その見た目はジェンツーなどと同様、人間よりもまだまだ獣といった感じだ。
全身からは体毛も生えていて、北条がモフっているのも首回りの毛だ。
「きらい……、キライ…………」
初めての動物との言語によるコンタクトは、龍之介をノックダウンさせる結果となったようだ。
しばしボーゼンと立ち尽くしていた龍之介だったが、いつまでもこのような場所でジッとしている訳にもいかない。
カタリナが思いっきり龍之介の背を叩くと、ようやく再起動する龍之介。
そして再び四十七層の探索が再開されるのだった。




