第42話 転職
一路転職をするために《ジリマドーナ神殿》へと向かう一行。
彼らがこの街に入ってきた場所は、街の北・西・南にある大門の内、南にある大門からだった。
そして南の大門を入ってすぐの南地区と、北の門を入ってすぐの北地区は商業エリアとなっており、たくさんの商店が軒を連ねている。
今の日本の商店街では少なくなってきている店員の呼び込みの声も、そこかしこから聞こえてきて非常ににぎやかだ。
目的がなければフラフラと覗いてみたい所だが、今は転職という一大イベントが待ち受けている。
その道すがら、転職予定組はジョーディから転職の話を聞いていた。
「それでですね、転職は『転職の儀』以外で行う時は、利用料として一銀貨を支払う必要があります。その後、係の人に転職碑が設置されている《転職の間》へと案内されるので、後は転職碑に触れるだけで、頭の中に転職可能な職業の一覧が浮かんできます。もし希望した職がなくても、支払った銀貨は返ってきませんので、何かしら選んでおいた方がいいですね」
実際の転職の流れについてジョーディが説明していると、横から「ちょっと聞きたいんだけど」と龍之介の横やりが入った。
「はい、何ですか?」
「その転職した職業は周囲の……神官とかにもバレるのか? 例えば転職碑に職業の名前が表示されるとか……」
「いいえ、『転職の儀』の場合は転職した後に魔法道具で職業は確認されますが、自由転職の場合にはそういったことはありません。転職碑はあくまで触れることによって転職を促すのであって、その結果を表示したりはしません」
「そっかー」
どうやら安心した様子の龍之介。
最初の時もそうだったように、こういった情報を無闇に知られるのを避ける傾向があるようだ。
だが重大な情報そのものの"スキル"とは違って"職業"はあくまで人それぞれだ。
同じ"剣士"の職業になったAさんとBさんが、パーティーを組んで同じような修練をしたとしても、覚えるスキルが異なることがあるらしい。
無論"剣士"だったら"剣術"などはまず確実に覚えられるし、そもそも先に習得している可能性もある。
しかし攻撃スキルである"スラッシュ"をAさんが覚えたのに、Bさんが覚えたのは一年も後といったようなことはざらにある。
その代わりBさんはその一年の間にAさんがまだ覚えていない"パリィ"を覚えたりと、同じ職業でも成長には差が出来る。
あくまで職業はその系統のスキルを覚えやすくなり、職に応じた身体能力が強化されるだけなので、龍之介のように過敏に気にする必要は実はない。
「あ、見えてきましたよ」
そう口にしながら道の先を指し示すジョーディ。
その指がさす方角にはまるでパルテノン神殿を彷彿とさせるような荘厳な建築物が鎮座していた。
世界が変われどこういった建築方式は似通ってしまうのだろうか。
実際は細部なども大分異なるのだが、神殿を見た異邦人達は「あれどっかでみたことあるー」などと騒いでおり、細かな違いなどに気付く者はいなかった。
立ち並ぶ柱は高さ十メートルはありそうで、重機のないこの世界でどうやって建造したのか、などとどうでもいい考えが信也の脳裏をよぎる。
しかし、地球にだって古代に似たような建築物は建てられているんだし、ましてやこの世界には魔法やら超人的な身体能力の持ち主もいるのだ。
無論それでも作るのは大変だろうが、恐らくパルテノン神殿の建築当時よりは、遥かに建築難度は低くなっているだろう。
まるで観光客にでもなったかのような気分で神殿の受付へと向かった彼らは、早速転職の手続きを済ませ一銀貨を支払う。
この世界の大多数の人にとっては、決して安くはない利用料――受付の神官はあくまでお布施だと強調していた――だったが、下手にいちゃもんをつける訳にもいかない。
転職は状況によってはすぐに転職を行えず、待たされることもあるようだが、今回はそういったこともなく、すんなりと奥へと通された。
そこはかなり大きな広間のようになっており、部屋の中央には部屋の広さにそぐわない小さな台が設置されている。
その小さな台の上には、スーツケース程の大きさの三つ柏のような形状をした石のオブジェクトが載せられていた。
ソレは見た感じからして迷宮碑に近い材質、もしくは同じ材質のようにも見える。
そして中央部には水晶球が埋め込まれていて、薄っすらと青く光を放っていた。
また小さな台の周囲には、飛び越えようと思えば飛び越えられる程度の囲いがされており、前部と後部には出入り口として囲いが途切れている部分もある。
一行はその囲いの入り口周辺にまで案内されると、案内役の神官が口を開く。
「ではお一人ずつ中へと入り、転職碑へと触れてください」
厳粛な面持ちでそう案内する神官だったが、順番まで決めていなかった異邦人達は軽く戸惑いをみせた。
そんな状況を見て、仕方ないとばかりに最初に身を乗り出したのは信也だ。
「じゃあ、俺が最初にいってくる」
そう言うなりスタスタと歩いていき、一瞬ためらうような戸惑うような素振りを見せつつも、転職碑へと触れた。
瞬間、ビクンとほんの僅かに体が反応して動いた信也だったが、他には特にこれといった変化は見られない。
派手な光のエフェクトや、魔法陣が展開されるといったこともなく、ダンジョンのゴブリン部屋でゴブリンが召喚された時に比べると、めちゃくちゃ地味だった。
しかしちゃんと転職は上手くいっているようで、少し考え込んだ様子を見せた信也は無事に転職を済ませ、他のメンバーの下へと戻ってきた。
「で、どうだった?」
「どう、と言われてもな……とりあえずやってみれば分かる」
信也のその返事を聞いて、次は龍之介が。そしてそれからは次々と流れ作業のように転職が粛々と行われていく。
傍から見ると、神社に並んでお参りして去っていくのとそう変わらない様相だ。
「またのご利用、お待ちしております。皆様に職業神の御加護のあらんことを」
全員の転職が終わると、神官の別れの言葉もまともに耳に入ってないかのように、早々に神殿を後にする。そして次の目的地へと向かいながら、めいめいに転職について話し合う。
今回の転職によって各自が就いた職業は以下の通りだ。
前衛向け職業が、『光剣士』の信也、『剣術士』の龍之介、『混魔槍士』の北条、『格闘家』の由里香。
後衛向け職業は、『水術士』の慶介、『結界付与魔術士』の陽子、『回復術士』のメアリー、『闇術士』の石田、『召雷術士』の芽衣、『四大魔術士』の咲良。
最後に盗賊系職業とも呼ばれる、『ローグ』の長井、『下忍』の楓ということになった。
「これは……確かに転職するだけで違いがはっきり分かるものなんだな」
確認するように体を軽く動かしながら器用に歩いていた信也は、感心するような口調だ。
「私は……余り実感がありませんけど、前とは違うということは分かります」
信也のように前衛系の職につかなかったメアリーは、現時点でははっきりとそこまで違いを認識出来ていないようだ。
しかし、それでも昨日までの自分とは違うということだけは認識できていた。
「またあとで、みんなと色々話し合う必要がありそうだな」
信也達がこれから向かう『冒険者ギルド』では、ダンジョン報奨金の手続き申請と共に、冒険者登録も行う予定だ。
冒険者として本格的に活動するには、互いの手の内も理解しておく必要もあるし、〈ソウルダイス〉によるパーティーが六人までなので、十二人を二組に分けないといけない。
そのパーティー編成についても現状では何も決まっていない状態なので、そこら辺を各自の職業によって決めていかなければならないだろう。
春の柔らかな陽光が辺りを照らす中、異邦人達一行は次の目的地である《冒険者ギルド・グリーク南支部》へと歩みを進めるのだった。