第351話 またなんかやっちゃいました?
「これで……」
まさかの"契約魔法"に驚いていたライオットとシャンティアに、北条が話しかける。
「契約は完了だぁ」
「……これは驚きました。"契約魔法"を使えるなんて……」
「それに先ほどの魔法は、もしかして"結界魔法"ですか?」
「そうだぁ。音だけを遮断する結界が、今も周囲に展開されている」
「そのような希少な魔法を二種類も使いこなすとは……。どうやらあなたは噂以上の人のようですね」
「ふんっ、どんな風に噂されてるかは知らんがなぁ」
「それは……まあ色々とですよ。でも、これからは私自身の目で確認していく事になるでしょう」
「そーしてくれ。あ、それと言い忘れていたがぁ、お前達には俺らの拠点に来てもらいたい。これは強制ではないが、できるなら拠点内に家を建てて、そこで暮らしてもらいたいんだがぁ……」
「それはこちらとしても願ってもないことです。拠点というのはあの森との境目辺りにある……?」
「そう、それだぁ。中はまだ土地が余ってるんでなぁ。拠点の防衛力という点で、クランに参加する連中にも、同じことを言って回ってるとこだぁ」
「なるほど。僕たちはしばらくダンジョンに本格的に潜れそうにないから、適任だね」
「その事なんだけど、そんな事もないみたいなのよ」
「どういう事だ?」
「私達と同じくそこの二人もクランに加入予定なんだけど、彼女たちは二人とも前衛なのよ」
「という事は……」
「それにホージョーさんには盗賊の当てもあるようだから、フルメンバーとはいかなくても五人でダンジョンに潜ることはできそうよ」
「なんとっ!」
シャンティアから齎された情報に、素直に喜んでいるライオット。
そこにマデリーネが少し申し訳なさそうに声を掛ける。
「その、喜んでいる所を申し訳ないが、私とアリッサはそれなりに腕は磨いてきたつもりであるが、Cランク冒険者の貴方達には及ばないだろう……。それに、不慣れな私達と一緒にパーティーを組むことになれば、迷惑を掛けることになるやもしれん」
「それくらい問題ないですよ。誰だって最初は不慣れなものです。腕のほうだって、焦らずにレベルを上げていけばいいと思いますし」
「そうか……。では今後ともよろしくお願い致す!」
「フッ、マデリーネ。仲間になるなら、そのような硬い口調は治した方がいいんじゃあないかぁ?」
「むっ……。それもそうかもしれん……ではない。それはそうかも、ね」
「そぅそぅ。マディちゃんはもっと昔みたいに、くだけた口調にすればいいのにぃ」
「だ、だが、余りその口調に慣れてしまうと、アウラ様の下に戻った時に問題がだな……」
「えぇー? でもアウラ様はそんな細かいことを気になさる方ではないよぉ? マディちゃんがマジメすぎるだけぇー」
「ぬう……」
「……とまあ、こんな二人だがよろしく頼むなぁ? それで、二人は今日これからどうする? 良ければ拠点を案内するがぁ」
「そうですね。私も前々から気になっていたんです」
「シャンティアもか? 私も前々からあの砦は気になっていたんだ」
「よおし。じゃあ。俺らは宿の前で待ってるから、準備を整えたら一緒に行こう」
「分かりました」
「私は特に準備はないから、このままついていきます」
シャンティアはそのままついてくるようなので、宿の入口でライオットが出てくるの待ち、それから一緒に拠点まで向かうことになった。
そこで久々に拠点の近くまで近寄ったライオットは、以前より拠点の魔法的防備が強化されていることに気づいた。
前は壁の部分から薄っすらと魔力を感じていた程度だったのだが、今では拠点全体から魔力が感じられる。
中に入った二人は、最早恒例となっている、初来訪者の驚きのフルコースを味わうことになる。
巨大なウェディングウォーターの異様さに驚き、拠点内をパトロールするゴーレムに驚き、各家に生活用の魔法道具が完備されているという説明に、目を見開いた。
そして中央館に案内された二人とマデリーネ達は、その後クランに関する話や、北条が心当たりがあると言っていた盗賊職の冒険者として、ロアナを呼んで四人に紹介したりしていた。
これでツィリルまで加えれば六人組のパーティーは出来上がるが、彼に関してはロベルト兄妹の意向があるし、北条としても本人が強く望みでもしない限り、冒険者稼業を強要させるつもりはない。
その日の最後、一緒に夕食はどうかと勧められ、北条自らが台所に立って作った料理を振舞われる四人。
その料理は四人のハートを鷲掴みにし、普段は食の細いシャンティアまでおかわりをしたほどだった。
こうしてすっかり腹を膨らませた四人は、満足そうに帰路へとついた。
▽△▽△
その次の日の事。
昨日の体験があまりに衝撃的だったのか、これまで停滞していたことが嘘であるかのように、ライオットは能動的に行動し始めた。
そんなライオットに、シャンティアも嬉しそうな表情を浮かべている。
まずはあの拠点内に家を建てる為、建築業者に注文をする必要があった。
北条からは、以前この拠点に家を建てた業者を紹介してもらったので、行き先は決まっている。
今の雪が降るという冬の時期、家を建てるような大工たちは普段の仕事をすることもできず、木工業などで稼ぎを得て暮らしている。
それはそれで一定の需要はあるのだが、やはり彼らの本業は建物を建ててなんぼである。
ライオットが拠点での建築を依頼すると、彼らは凄い勢いで飛びついてきた。
これも拠点に結界が張られているおかげで、拠点内には雪が積もらないという話を聞いたからだ。
寒さに関しては我慢するしかないが、雪が降り積もらないのなら家を建てることはできる。
この地方では、真冬といえど氷点下十度を下回るようなことはめったにないのだ。
ライオットが依頼を出したその日には、ライオット、シャンティアの二人と共に、建築業者のむさくるしい肉体をした連中が、北条のいる拠点へと訪ねてきた。
早速の訪問に北条も若干驚いていたが、これまで彼らとは何度もこうして話してきたことがあった。
いつも通りに建築場所の話し合いや、部屋の間取り、下水道に繋げる箇所の設計など、家主となる二人立ち会いの下に、次々と決められていった。
二人は冒険者パーティーで一緒ではあったが、家は小さめのを一軒ずつ別個に建てることにしたようだ。
それだけの資金は十分持っているらしい。
冒険中などは、男女構わず雑魚寝する事もある冒険者たちだが、やはり余裕があるのなら、男女が別で分かれて宿を取ることも珍しくない。
特にシャンティアはゼラムレットの司祭位でもあり、結婚していない男との同居はよろしくないのだろう。
二人が暮らす家の設計についてはこの日のうちに粗方決まり、早速建築業者が拠点内で活動するようになった。
その間、北条は当初の予定通り、攻撃用の魔法道具の量産を続ける。
また、北条は随所でライオットらの家の建築現場に赴いては、工期を短縮するための地ならしというより、大雑把な基礎工事を魔法で補助した。
建物の細かい所を作るのは、北条の魔法でも集中を要する面倒な作業になるのだが、大雑把に土地を平らにしたり、レンガなどの建材を用意したりする程度なら、今の北条ならお茶の子さいさいだ。
拠点に出入りしている業者の者達には、秘密厳守の契約が掛けられているとはいえ、以前はそこまで北条が手の内を見せる事はなかった。
そうして北条が魔法で手間のかかる部分を一瞬で終わらせていくのを見て、当初親方は軽い愚痴っぽい事を言っていた。
しかし北条が、これまでの付き合いの中で信頼できると思ったから、これを見せたんだ、と言うと親方は満更でもなさそうな顔で、長く伸びた髭を撫でた。
ライオットらの家は、拠点の南側……、ウェディングウォーターの東に建てられることになった。
北東部にある北条の家を除けば、陽子や龍之介らの家は、全て北西エリアに建てられている。
まだその辺りにも家を建てるスペースはあったのだが、シャンティアがウェディングウォーターを気に入ったらしく、よく見えるような場所に建てることに決めたようだ。
そして工事が始まって数日後。
ダンジョンに出かけていた、二組の集団の内、最初に拠点に帰ってきたのは、レイドエリアにレベル上げに行っていた信也達だった。
ダンジョンから無事戻り、拠点へと戻ってきた彼らは、ウェディングウォーターの近くで行われている工事を見て、全員が同じ感想を抱いた。
(また、北条さんか……)
……と。