第338話 戸惑うマージ
「おい、ゼンダーソン。この拠点から魔力を感じるぞ」
「確かに……。これは"結界魔法"? それに張り巡らされた壁からも魔力を感じるな」
「そういうんは恐らくホージョーがなんかしたんやろな」
「……下手すると、この国の王城の防衛レベルだぞ、これは」
「ハハ、ホージョーの魔法はえげつなかったからなぁ」
「それなんだが、とても信じられんな。お前の"頑命固牢"を魔法で強引にぶち抜くなど、俺にも出来んぞ」
「だが事実や。ごつい魔法を二発同時に、それもえらい短い間隔で撃ってきおった」
「魔法の発動を遅らせておいて、二つ目の魔法と同時に発動させる方法はあるが、それだと連続して魔法は使えん」
「……確かレアスキルに"ダブルキャスト"という魔法を同時に放つスキルがあったはず」
「それは俺も知ってるが、二つ同時に放つとなるとかなり難しいと聞く。俺がそのスキルを持っていても、上級魔法を同時に放てるか分からん」
「ほら、着いたで。ホージョーの話は後にしてはよ行こか」
北条の話で盛り上がっていたゼンダーソン達だったが、西門へと到着すると一旦話をやめ、ゼンダーソンの後に続いて通用門を潜っていく。
▽△▽
「な、なんだあれは?」
「ウホホ、すげいな。オイラなんだかワクワクしてきたよ」
初めてこの門を潜った者は、大抵が右手にあるウェディングウォーターに圧倒され、同じような反応を示す。
それは大陸で随一と呼ばれる『バスタードブルース』からしても、変わらなかったようだ。
「あれもホージョーがこさえたようやで」
「……あそこを歩いてるゴーレムもか?」
「せや」
「…………」
「んー、他にもなんか魔物の気配もするね。『魔物使い』もいるのかな?」
「せやな。攻撃とかしかけたらアカンで」
「……それよりも、ずかずかと敷地内に入っても問題ないのか?」
ここまで黙ってついてきたユーローだったが、気になっていたことを尋ねる。
「あー、まあ問題ないやろ」
「……お前の『問題ない』は信用できない」
「ホンマやて。これでも俺は命の恩人やからな。それよりもあの建物が中央館や。あそこに行くで」
自信満々に歩いていくゼンダーソンの後を、少し不安に見つめながらもマージやユーローが続く。
犬人の男は見知らぬ人の敷地内に入っているというのに、まったく気にした様子はない。
興味深そうに周囲をチラチラ眺めながら歩いている。
特に西門から入った場合、すぐ右手に農業エリアがあって、その奥にはウェディングウォーターがあり、見どころが多い。
「そういや、こん中って雪が積もってないね」
「言われてみれば……? これも"結界魔法"による効果か? それとも……」
魔術士として気になるのか、ぶつぶつ言いながら歩くマージ。
先頭を歩いているゼンダーソンは、すでに中央館の軒先までたどり着いている。
そしてノックなどもせず、まるで我が家であるかのようにゼンダーソンは中央館へと足を踏み入れていった。
▽△▽
「あ、ゼンダーソンさんお帰りなさい。えっと、そちらの人たちはもしかして……」
「おう。俺の仲間や」
「あの、初めまして。咲良と言います」
中央館へと入ったゼンダーソン達と顔を合わせたのは、玄関付近からの物音を聞いて、様子を見に来た咲良だった。
「どうも初めまして、俺の名はマージだ。この馬鹿が迷惑かけてなかったか?」
「え? あ、えーとそんなことはないです。危ないところを助けてもらいましたし」
「そうか、それならよかった。突然でスマンがお邪魔させてもらうよ」
「あ、はい。ゼンダーソンさんの仲間でしたら問題ないかと……。あ、他の人にも知らせてきますね」
そう言って咲良は建物の奥へと消えていく。
ゼンダーソンはそんな咲良の後に続いて、一緒に奥へ行こうとしていたが、マージに止められていた。
「なんでや。もう俺はここは何度も入り浸っとるんやぞ」
「あの娘が人を呼びに行ってるんだから、今は大人しくここで待っとけよ。このコンチキショーが」
ゼンダーソンとマージがそんなやり取りをしていると、やがて奥から何人かの足音が聞こえてきた。
先頭を歩いているのはどうやら信也のようだ。
「ようこそ。俺は『プラネットアース』のリーダーの信也だ」
そして再び軽い挨拶を交わしていくが、本格的な挨拶は全員が揃ってからということで、ひとまずはゼンダーソン達を会議室の方へと案内し、現在館に居ない人達を呼び集めることになった。
二十分ほどして全員が会議室へと集まると、自己紹介が始まった。
信也達は人数が多いので、それぞれが軽めに。
北条の番になると、事前に話を聞いていたせいでマージらの注目を集めはしたが、こちらも当たり障りがない短い自己紹介に留まる。
そして信也らの紹介が終わると、ゼンダーソンの連れてきた三人の仲間の紹介が始まった。
マージ・J・カナルは人族の魔術士で、ほとんどリーダー的な役割を果たしていないゼンダーソンに代わり、実質的なリーダーポジションを担当している。
魔法だけでなく、近接戦闘をはじめとして、知識・鑑定系スキルや料理スキルなども持っていて、色々と器用にこなす。
次に仲間からはコーヘイと呼ばれている、犬人族のコーヘイジャーは、少し小柄の盗賊職だ。
獣人族としては獣の血が濃く、『獣の爪』のジェンツーほどではないが、大分犬の特徴が体にも表れている。
盗賊職ではあるが、戦闘スキルを幾つも取得しており、器用に色々な武器を使いこなして、戦闘時には前に出て戦うらしい。
そして最後の一人、ユーロー・フィルドコアは見ての通りのエルフであり、すでに三百年以上の時を生きているらしい。
マージの知識系スキルも、ユーローから教わったものが多く、長い年月を生きてきたユーローの知識はかなりのものになっている。
またマージ同様に魔法の使い手であり、同時に"精霊魔法"なども使いこなす優れたマジックユーザーだ。
こうして互いの自己紹介が終わると、ゼンダーソンとの出会いからシルヴァーノとの関わりなどの馴れ初めに話が移り、改めて咲良や陽子からゼンダーソンに感謝の言葉が贈られる。
それからはちょっとした雑談が両者の間で交わされ、初対面同士の間に流れていた硬さが少しほぐれた頃。
ゼンダーソンが本題を切り出した。
「ところでホージョー。例の約束なんやが……」
「あぁ、分かってる。そっちのマージとユーローだなぁ?」
「何のことだ、ゼンダーソン?」
どうやらゼンダーソンは約束の件について、拠点に向かうまでの道中に話すことを忘れていたようだ。
「ああ。お前ら二人ともレベル百の壁にぶち当たっとるやろ。ホージョーは限界を突破する条件を知っとるらしいで」
「……!? それは本当か?」
驚いた表情を浮かべるマージ。
ユーローもそれとは分かりにくいが、微かに驚きの表情を浮かべていた。
「ああ。そのために二人のことを具体的に調べてみたいんだがぁ、構わんかぁ?」
「……ゼンダーソン」
「ホージョーなら問題あらへん」
「……そうか、では頼む」
「承知したぁ」
何をされるか分からない状況だが、マージとしては何かあったとしても切り抜ける自信があった。
それに何よりゼンダーソンの言葉は大きな判断材料だ。
一見単純で騙しやすそうにも見えるゼンダーソンだが、"野生の勘"スキルと持ち前の野生の勘によるものなのか、人を見抜く力が強い。
「調べるとは具体的に何をするのだ?」
「特殊な鑑定系のスキルを使用して調べる」
「……分かった。私もお願いしよう」
少し考える様子を見せたユーローも、マージと同じく了承の意を示す。
こうして北条はゼンダーソンとの約束を果たすために、レベル百の壁で止まっている二人を調べることになった。