第337話 『バスタードブルース』
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その日、ゼンダーソンは仲間が《ジャガー町》に到着したとの知らせを受け、町の冒険者ギルドの方へと迎えにいった。
どうやら魔導具で連絡を取り合っていたらしい。
ゼンダーソンがギルドの扉を開けると、中にいた冒険者たちから大きな注目を浴びる。
すでにSランク冒険者がこの町に来ていることは知られていて、シルヴァーノとの一件で《ジャガー町》の冒険者ギルドでは更に名前が広がっている。
とはいえ、冒険者たちは遠巻きに見ているだけで、話しかけようとする者はいない。
こうした周囲の視線や態度は、ゼンダーソンにとってはいつものことであり、気にした様子は全くない。
ギルドの中をキョロキョロと視線を這わせていたゼンダーソンは、右手にある軽食コーナーに馴染みの顔を発見し、朗らかに近づいていく。
「いよー、マージ! 遅かったやないか」
「ゼンダーソン。お前……」
テーブルには三人の男性が座っていた。
一人は人族の魔術士風の中年の男で、三白眼をしたその見た目だけでいえば、まるで町のチンピラのような顔つきをしている。
実際に右のこめかみ部分にある刃物による切り傷や、腰のベルトに巻かれた短剣などが、いかにもそれっぽさを演出している。
これだけだと本当にただのチンピラであるが、傍らに立てかけてある立派な杖と、魔術士がよく身に着けるようなローブが、かろうじて男を魔術士風に見せていた。
ゼンダーソンの呼びかけに返事をしたのはこの男だ。
他にも犬人族の男と、エルフ族の男が同じテーブル席についている。
マージと呼ばれた魔術士風の男は、呆れたような声を上げつつ席を立つと、ツカツカとゼンダーソンの近くまで歩いていく。
そして、どこから取り出したのか扇子を取り出すと、それでゼンダーソンの頭部を殴りつける。
ガギイイィィン、と派手な音を立てた扇子は、どうやら金属で出来ているようだ。
一般的なイメージの扇子に比べると少し扇ぐ部分が長くて、扇子とハリセンの中間のような形状をしている。これならば、武器としても十分使えそうだ。
しかし無駄に頑丈なゼンダーソンは、一般人なら撲殺されていそうな勢いで殴られたというのに、ちょっと天井に頭をぶつけた程度の反応しか見せていない。
「ッツウウ、何すんねん!」
「『何すんねん』ではない! まったく勝手に一人でこんな遠くまで行きやがって……」
「はぁ? 勝手やないやろ。ちゃんと書き置き残しといたわ!」
「それはこれのことか?」
マージが腰に下げた袋から取り出したのは、一枚の小さな羊皮紙だ。
そこには癖の強い字体で「ちょいと出かけてくるわ」とだけ書かれてあった。
「おお、ソレやソレ。わざわざ持ってくるなんて律儀なやっちゃなあ」
「お、の、れ、はぁぁっ!! こんな一言だけじゃどこ行ったか分からんだろうが!」
ゼンダーソンが思いつきでフラフラするのはいつものことであったので、マージも当初はその内戻ってくるだろうと気に留めていなかった。
しかし、今回に限っては妙に帰りが遅い。それでいて魔導具で連絡を取ろうにも、なかなか連絡がつかない。
「大体、国を離れるほど遠くへ移動する場合は、定期的に連絡を入れろといつも! 口を酸っぱくして! 言っとるだろうがっ!」
「そういやそんなんあったな。スマン、忘れてたわ」
「ぐ、ぬぬぬ……。オノレという奴は」
傷跡の残るこめかみをヒクヒクとさせているマージは、大きく息を吸って落ち着かせる。
「ハハハッ、二人とも相変わらずだね」
「コーヘイ……、笑いごとじゃあないんだがなあ?」
「おおっと、オイラよりそこのバカにもっと言ってやれよ」
二人のやり取りに口を挟んだのは、犬人族のコーヘイと呼ばれた男だ。
獣人の年齢は人族からは見わけがつきにくいが、若いというほどでもなく、年寄というほどでもない、その中間位の年齢だというのが窺える。
マージの怒りの矛先を軽い口調でサッといなすその様子は手慣れていて、お調子者といった印象を周囲に与える。
こちらはマージとは違い、明らかに盗賊職系だと思われる出で立ちをしている。
「あー、結局連絡ついて、こうして合流出来たんだ。ま、ええやろ?」
ゼンダーソンが仲間と連絡を取れたきっかけは、実は冒険者ギルドが絡んでいた。
いきなりのSランク冒険者のゼンダーソンの登場に、ナイルズが『ユーラブリカ王国』にあるギルド本部に連絡をしたのだ。
その連絡をギルドで受け取ったマージは、改めて魔導具で何度も連絡を取ろうとしたのだが、相変わらず一切応答がない。
この遠距離でも繋がる通話用の魔導具は、持ち運ぶには不便な大きさをしているので、ゼンダーソンの〈マジックバッグ〉の中に入れっぱなしになっていた。
これではせっかくの魔導具も意味がない。
宿に泊まった時に傍らにでも出しておけば、着信記録は残るのでそれに気づいて折り返し連絡を取ることも可能だったのだが、ゼンダーソンはこちらに向かう途中に一切魔導具を出さなかったらしい。
結局ゼンダーソンが《ジャガー町》のギルド職員から、マージのメッセージを受け取るまで、通話用の魔導具は忘れ去られていた。
「…………ハァァ。全くお前という奴は」
元々強面な顔つきのせいか老けて見えるマージだが、ゼンダーソンの対応による気苦労で、更に老け込んで見える。
ゼンダーソンが率いる冒険者パーティー『バスタードブルース』は、名目的にリーダーはゼンダーソンとなっているが、実質的なリーダーはサブリーダーであるこのマージだった。
見た目のわりに真面目で几帳面なマージは、ことあるごとにゼンダーソンに小言を言っているのだが、さっぱり効果は表れていない。
マージの"ストレス耐性"はすでにかなりのものだ。
「そないなことより、この町でごっつおもろい男を発見したんや!」
「……ああ、魔導具越しに話は聞いたが、とても信じられんな」
「ホンマやて。今まで見たこともない、驚きの詰まった奴やで」
「ゼンダーソンがそこまで言うって珍しいね」
「そらあ、たりまえや。ホージョーとは直に立ち合うて痛いほど……」
「……ゼンダーソン、場所を変えよう」
ゼンダーソンが北条についての話をしようとした所で、これまで黙っていたエルフの男が口を開いた。
「ん、そうやなユーロー。ほなら、さっそくその男の所へ案内するわ」
話の興が乗り始めたゼンダーソンだったが、周囲で聞き耳を立てている冒険者に気づいたのか、ユーローと呼んだ男の提案に従う。
「ちょっと待て。このスープを飲み終えてからだ」
自分から場所を変えるように促したのに、ユーローはそう言って途中まで飲み終えていたスープを飲み始める。
幾つかの乾燥野菜を戻したものと、ミンチにした肉をまるめた肉団子が入っているスープだ。
それを黙々と口に運ぶユーロー。そのペースは先ほどまでと変わらず、早くもなく遅くもない。
常にマイペースなユーローに慣れている他の仲間たちは、彼がスープを完食するのを待ってから、ギルドを後にする。
今日は雪も降っておらず、空には厚い雲がかかっているが、ところどころに雲の切れ間があって、そこから冬の太陽の光が注いでいる。
そのせいか、所々で雪が解けていて大分地面はぬかるんでいた。
しかしそこは熟練の冒険者だけあって、ぬかるみを気にした様子もなくスタスタと町の東の方へと歩を進めていく。
▽△▽
「ありゃあ、何だあ?」
町の東端にまでいくと、その先は平野が続いているので、その先にある森と森との境界にある建物がよく見える。
「アレがホージョー達の住んどる拠点よ。な? おもろいやろ?」
「おもろいって……、元は何なんだ? 昔の砦跡か?」
「ちゃうちゃう。あれはホージョーが建てたもんや」
「……あのバカでかい建物をか?」
「せや。サクラっちゅう嬢ちゃんも協力してはいるが、大体はホージョーの力やな」
「そのホージョーというのは、建築家か何かなのか?」
ユーローも興味を持ったようでゼンダーソンに尋ねる。
「んー、本人は魔術士が本職やと言うてたな。ほれ、防壁に囲まれた建もんが左右に並んどるやろ? あの右側の部分を十日くらいで作ってたで。ま、中身はまだなんもないけどな」
「はぁぁ? 十日だと?」
「ついこないだ出来たばかりでな。俺も作っとるとこ見てたが、あらあとんでもない魔力やぞ」
「その男のレベルはいくつなんだ?」
「レベル? レベル…………。そいえば聞いとらんかったな。冒険者ランクはDだったハズやけど」
「なに、Dランクだと?」
お前は何を言ってるんだ? といった顔つきでゼンダーソンを見つめるマージ。
「冒険者に登録して一年も経っとらんちゅう話やから、ランクの方が追い付いてないんやろな。上級魔法や上位魔法を使うなんて、えげつないDランクやで」
「そこまでの使い手か」
ゼンダーソンの話に興味を示すマージ。
拠点へと向かう道中の間、話題は北条の話でほぼ占められる。
そうした会話をしているうちにゼンダーソンとその仲間たちは、拠点の西門へと到着した。