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第335話 『約束』


「……そうかぁ、奴がそんな暴挙に」


「あんの、クソ野郎が!」


「ほんとろくでもない奴ね」


「…………」


 ダンジョンから帰還し、信也からシルヴァーノ襲撃の話を聞いた龍之介とカタリナは吐き捨てるように悪態をつき、北条やメアリーは思案気な表情に変わる。


「それで、今後どうするのかを北条さん達が帰ってきてから話し合おうということになってたんだ」


「なるほどぉ。和泉はどう思う?」


「……やはり、しばらくは拠点で様子を見るのがいいと思う」


 信也の出した意見は、北条を含め、大方の賛同を得られた。

 龍之介などは、今から町に乗り込んでシルヴァーノをもっかいぶっ飛ばして来ようぜなどと言っていたが、流石にその意見は却下された。

 ……陽子やカタリナなどは、内心ではそれもアリねと思っていたのだが。


「ほなら、俺もしばらくここに滞在してもええか?」


「それはゼンダーソンさんに居てもらえると非常に心強いが、いいのか?」


「構わん構わん。ちゅうか、仲間から連絡があってな。なんでも、今こちらに向かって移動中らしいんやわ」


「移動中? 確かゼンダーソンさんの仲間の方は、悪魔との闘いでやられた怪我を治してるのでは?」


「怪我ちゅうか、魔法の後遺症な。こっちに向こうてるのは、うちの男勢だけで、女勢はホームで療養中や」


「わざわざこんな寒い季節に移動するなんて大変そうね。『ユーラブリカ王国』って遠いんでしょ?」


「まあ遠いっちゃあ遠いが、『ローレンシア神権国』よりは近いんとちゃうか」


 《ヌーナ大陸》北西部の半島にある『ロディニア王国』と、中西部に位置する『ユーラブリカ王国』は、それなりの距離がある。

 なので徒歩や馬車で移動すると時間がかかるのだが、海路を使えば期間を大分短縮することも可能だ。


「冬になると船便の数も減るから、もしかしたら陸路で来るかもしれんけど、出発したんはもう何日も前らしいからな。ホージョーとの『約束』のことを話したら、やる気出してたわ」


「約束……。ああ、限界突破のことかぁ。なら、こちらに向かってきてるのは百レベルで止まってるという二人か?」


「そや。一人おまけもついとるケドな」


 ゼンダーソンの話によると、こちらに向かってくる仲間の男勢は、人族、獣人族、エルフ族とバラエティー豊かな構成らしい。

 その内獣人族のコーヘイジャー以外の二人が、レベル百の壁に詰まっているらしい。


「その人達がここに到着するまでの間、ゼンダーソンも滞在してくれるということで……ひとまずは今後の方針としては拠点待機しつつ様子見ということでいいか?」


 最後に信也が確認を取ると、全員が声を上げるなり首を振るなりして、肯定の意を示す。


 それからは、今回の『サムライトラベラーズ』のダンジョン探索のことや、拠点待機中の予定をどうするかなどを話す雑談タイムに突入する。

 そして夕食を終え、ぽつぽつと中央館から自宅へと戻る者が出る中、北条は咲良と共に中央館を後にしていた。


 拠点内での北条の家は北東部にあり、北西部にある咲良の家とは反対方向になる。

 しかし北条は咲良を自宅まで送り届けることにした。


「…………」


「………………」


 しばし両者の間に会話はなく、僅かに降っている雪と既に降り積もっていた雪とによって、雪の日特有の静寂だけが二人を包む。


「あー、咲良ぁ……」


 静寂を打ち破る北条の声に、咲良はビクッと体を竦ませる。


「な、何ですか? 北条さん」


「いやぁ、その……。大丈夫かぁ?」


 北条は信也たちから話を伺った際に、かなり危険な状態までシルヴァーノに追い込まれたということを聞いていた。

 特に、執着していた咲良に対しては、鬼気迫る勢いで襲い掛かっていったらしく、傍からみていた陽子ですらその迫力に圧されていたと言う。


「えっ、あっ……。その、私はだいじょう…………」


「咲良?」


 「大丈夫」と答えようとした咲良の目から、一筋の涙が零れ落ちる。

 そして寒さとは別の原因で体が震え始める。


「あ、の……、その…………」


 自分でも不意に溢れた涙に感情が追い付いていない咲良。

 ただ北条の心配気な声が、無防備なままの咲良の心に深くしみ込んでいったようだ。


「…………あぁ、もう大丈夫だぁ。今この場にアイツが来たら、今度は俺が返り討ちにしてやるぞぉ」


 いつものおどけたような、それでいて温かみのある声を掛けながら、咲良の頭をポンッと数回軽く叩く北条。

 その柔らかで優しい感触に、咲良は無意識に抑え込んでいた胸の中の激情を、一気に噴出させる。


「わた……し……。死ぬ、かと思った! アイツが……アイツが狂ったように剣を振るってきて……」


「そうかぁ……そうかぁ…………でも、もう大丈夫だぁ」


「もうっ、北条さん……にも、会えなくなるんじゃないかって……。わたし……、私、不安……っで……」


「おう、俺はここにいるぞぉ」


「う、ううぅぅ……。ほおおじょおさああああん」


 ついに涙腺が決壊した咲良は、北条に飛び込んでいく。

 それを受け止めた北条は、咲良の背中を優しくポンポンとしながら、言葉に出来ない咲良の激情を受け止めていく。





 どれくらいそうしていたのか。

 当事者の二人には分からなかったが、寒さを防ぐ魔法を北条が発動しようとした所で、スッと咲良は北条の胸から離れる。


「えっと……、あの…………」


 涙は止まっていた咲良だが、代わりに頬がリンゴのように赤くなっている。

 それは、決して泣き喚いていた所を見られたからというだけではなかった。

 必死に言葉を探している様子の咲良。

 しかしすぐには言葉が浮かばず、代わりに先ほどの北条の言葉が甦ってくる。


「その、約束ッ……ですよ?」


「約束?」


「アイツにまた襲われたら助けてくれるって」


「……ああ、分かった。『約束』、だな!」


 そう言って北条は小指を立てた右手を差し出す。


「んもう……。そんな子供じゃないんですから……」


 そうは言いつつも、嬉しそうな顔で同じように右手を差し出す咲良。

 陽も暮れて闇の帳が落ち、静かに降り続ける雪の中。


 北条と咲良の『約束』は結ばれ、二人の小指を用いた誓いがここに、為された。




▽△▽




 家の戸を開け、咲良が自宅に入っていくのを確認した北条は、自宅のある拠点北東部の方へ向けて歩き出した。


「…………」


 しかしその歩みはゆっくりとしたもので、何かを気にしながら歩いているように見える。


「いつまで後を付けてくるんだぁ?」


 北条が誰もいない場所へ声をかけると、スウッとまるで幽霊のように、突然そこに人の姿が現れる。

 それは完全に隠密状態になっていた楓だった。


「やく……そく…………」


「ううん?」


「わた、しも……。約束……する」


「…………咲良と同じように、かぁ?」


 呆れたような北条の質問に、楓は顔を横に振って答える。


「ちが……う……。咲良、とは逆……。何があっても……北条さんは私が、守るッッ!」


「俺……を……?」


 楓の言葉に意表を突かれた様子の北条。

 すぐさま楓に反論を始める。


「余り自分でこう言うのも嫌なんだがぁ、実力的にはこちらが守る側だろぅ?」


 北条は自分の力のことを過小評価してはいるが、それでも仲間内では一番の実力者であると判断している。

 なので、まさか自分のことを守るなんて言われるとは想定だにしていなかった。


「だか……ら……」


 しかし楓もその程度のことは勿論理解していた。

 それでいて尚、北条に伝えたい言葉を必死に紡ぎだす。


「誰も……北条さんの心配をしていないから……こそ! 私だけは、北条さんのこと、を気にかけていたい……」


 普段は余り自己主張することのない楓だが、今日はいつもと違っていた。

 楓は今回の襲撃事件では、北条と共にダンジョンに潜っていたので直接被害を受けた訳ではない。


 しかし、先ほどの咲良とのやり取りを見ていた楓は、自分もいつ不慮の事件や事故で死んでしまうか分からないことに気づいた。

 するといてもたってもいられなくなり、咲良との話が終わった後も、北条の後をつけてしまっていた。

 楓の家も拠点北西部にあるので、後をついていけば自宅が遠ざかることになる。


「だから…………、約束。私は、絶対貴方を……守るッッ」


 強い決意を放つ楓の言葉に、北条もいつもののらりくらりとした顔ではなく、真面目な表情になって口を開く。


「は、ははは……。それじゃあ約束というより誓約って感じだがぁ。……分かったぁ。俺が危なくなった時は守ってくれよぉ?」


「絶対に……守るッ!」



 こうして立て続けに約束を交わした北条。

 しかし約束を交わしたというのに、楓はこの場を離れようとしない。

 不信に思った北条が楓の名を呼ぶと、楓は右手を差し出してくる。


「……んっ!」

 

 それを見て楓が何を求めてるのかを理解した北条は、自分も同じく右手を差し出す……前に、楓に話しかける。


「あー、俺を守るってのは良いんだがぁ、拠点の中でまで俺の後をついてこないでいいぞぉ」


「けど……それだと、北条さん……を、守れない……」


「大丈夫だぁ。拠点の中は安全になってきてるし、これからも防衛対策は追加していくぅ。……命の駆け引きの前では取るに足らないのかもしれんがぁ、俺やみんなにもプライバシーってのがあるから、そこは理解してくれぃ」


「…………分かっ、た」


 了承の返事をしたものの、不満そうな楓。

 その楓に対し、今度こそ右手を差し出した北条は、本日二度目の指切りを交わすのだった。



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