第311話 煽り耐性ゼロの男
「おおう。こいつはオルダーカマクの毛糸に、ギガントードの舌か。ってことは、また地下迷宮エリアの奥を探索してきたんだな」
「ああ、査定を頼む」
「任しときな。ほれ、番号札だ。……にしても、相変らず量が多いな。それにしては魔石の数が少ないようにも見えるが……」
信也はギルドの買い取りカウンターにドロップや魔石などを全て出すと、番号札を受け取る。
職員がぶつくさ言っていたように、ドロップの量に比べて魔石の数が少ないのは、拠点で何かと入り用になるからだ。
ところで、今やDランク冒険者となり、相応の実力と悪魔事件による知名度もプラスされたことで、異邦人たちは人前での〈魔法の小袋〉の使用を解禁している。
町のチンピラ程度じゃ歯が立たない位に強くなっているし、いざとなれば北条もいる。
なので堂々と〈魔法の小袋〉からドロップを出していけるのだが、その量は他の冒険者よりは多い。
ついこの間、家を建てるために散財してしまった異邦人たちだが、この調子ならまたすぐにお金は溜まっていきそうだ。
信也自身はそれほどお金……それもこの世界のお金については執着していないが、それでも少しでも高く買い取ってもらえたらいいな、と思いつつ仲間の待つ椅子が並んでいる休憩スペースへと向かう。
そこで信也は会いたくなかった人物の姿を目撃してしまう。
それも最悪なことに、そいつは信也の帰りを待っていた陽子たちに、すでに絡んでいる所だった。
「どうやらお前たちもダンジョンに潜っていたようだな。どのエリアに潜っていたんだ?」
「言う必要はないわね」
「むっ! …………ほぉ、なるほど」
ダークブロンドの髪を短くそろえた男は、先ほどの言葉から察するに同じくダンジョンに潜っていたらしい。
確かに以前見た時と比べると、衣服などあちこちにそれらしい痕跡が見られる。
その男は、つっつけどんな陽子の対応に一瞬しかめっ面になるが、すぐにその表情に微かに驚きの色が混じる。
(この女……、"結界魔法"の使い手だと!? それにスキルの数にレアスキルの多さ。やはりこいつらには何か秘密がありそうだ)
心の中でそう思いながら、由里香や芽衣に対しても"鑑定"を使っていく男。
丁度このギルドにも別の"鑑定"の使い手が所属しているが、本来はかなりレアなスキルである"鑑定"を使用できる者は少ない。
つまり、この男はたまたまこの場にいた三人目の"鑑定"所持者などではなく、北条によって知らされていた"鑑定"の使い手。
そう、『勇者』シルヴァーノその人である。
陽子も先ほどの態度から、"鑑定"が使われていることを察してはいたが、それを迂闊に指摘する訳にもいかないし、既に手遅れだとも思っていた。
「待たせたな。例によって査定には少し時間がかかるようだから、向こうで何かつまみに行こうか」
シルヴァーノが陽子らに話しかけていることを承知しつつ、そのことには触れず仲間を連れだそうとする信也。
しかしシルヴァーノはそう易々と見逃す気はないようだ。
「ちょっと待て。私は彼女らに話がある。邪魔をするな」
「邪魔をしているのはそっちだろう?」
「……なに?」
クレーマーを相手にする時のような態度の信也に対し、シルヴァーノの口から洩れた言葉には、苛立ちのニュアンスが薄かった。
それは苛立ちよりも先に驚きが勝っていた為だ。
(なんだ、この男のスキルの数は! 他の連中も多いが、この男は飛びぬけている!)
思わずジッと信也のことを見つめてしまうシルヴァーノ。
彼はつい今朝方にダンジョンから帰還して、借り受けている屋敷へ戻ってきたばかりだ。
そのまま一休みしようかと思っていたシルヴァーノだが、冒険者の勧誘が上手くいっていないという話を部下から聞き、すぐさまギルドへと向かった所だった。
(こいつらのスキルが多いのは、もしやこの男のせいなのか?)
シルヴァーノの持つ"鑑定"スキルでは、見えるのはレアスキルまでであり、ユニークスキルを見ることはできない。
その為、信也の"器用貧乏"の存在に気づいてはいなかった。
そのせいかシルヴァーノは妙な邪推をしてしまったのだが、確かに信也のスキルの総数は百近くもあり、何かあると勘ぐるのも仕方ないと言える。
ちなみに現段階では、楓もスキルの総数が九十を超えてかなり多いのだが、パーティーが異なる為この場にはいない。
「まあいい。ならお前も一緒に来い。お前たちに話がある」
「だからさっきも言っただろう? 邪魔をしないで欲しいと」
「何を言う? これはお前らにとってもいい話なのだ。いいから黙ってついてこい」
「ハッキリ言わないと分からないようだな。俺達はお前についていく気はない。これ以上構わないでくれ」
「何故話を聞きもせずそのような愚かなことを言うのだ? どうやらまともに考える頭脳を持ち合わせていないようだ」
「……はぁ。そうだ。だから話はこれで終わりだな」
「ま、待て!」
信也の態度に苛立ちメーターが急速に上昇していくシルヴァーノだが、それをどうにか抑えているのは信也らの持つ豊富なスキルだ。
何か特殊な方法でもあるのか知らないが、もし特別なスキルの訓練法でもあるのなら、どのような手段をもってしても手に入れる必要がある。
(豊富なスキルを持つ男、"結界魔法"と"召喚魔法"の使い手。このレベルで"纏気術"を扱うガキに、豊富な魔法スキルを持つ女。……しかもこの女。前に見た時より大きくレベルが上がっているぞ!)
あれからさほど期間を空けていないというのに、咲良のレベルが幾つも上がっていることに気づいたシルヴァーノ。
(残りのクソエルフ……いや、クソハーフエルフか。こいつはレベルは他より高いがそれだけだな。"スキルスティール"というのは気になるが、どうせ劣等種の持つスキルだ。大したもんじゃないだろう)
そう判断し、ロベルトだけがシルヴァーノの興味の対象から外される。
"鑑定"スキルでは、スキルの詳細まで見ることはできない。
詳細を見るには、"スキル鑑定"スキルか、北条の"解析"スキルが必要だ。
名称的には気になるスキルではあったが、亜人に対する強い差別意識によって、シルヴァーノは都合のいいように解釈する。
「食事にいくのなら、私がお前たちを高級料理店に連れてってやろう。どうせ普段はろくでもないものを食ってるのだろう?」
「いいえ。間に合ってますので結構です」
「……いい加減にしとけよ。俺が下手に出てるからって調子くれやがって」
「下手って言葉の意味、理解してます? そもそもあなたは気づいてないようですけど、実はあなたってとても嫌われてるんですよ。そんな相手についていく訳ないじゃないですか」
「………………あぁ?」
いい加減、話の通じないシルヴァーノに苛立ちが募ってきた咲良が、ガンガンと口撃を加えていく。
そんな咲良に対し急に黙り込んだシルヴァーノは、体を震わせて低く腹の底から出て来たような威嚇の声を上げる。
現役Aランク冒険者が苛立ちと共に吐き出したその声は、近くで興味深そうに様子を見ていた冒険者たちをヒヤリとさせるには十分だった。
低レベルの冒険者などは、自分に向けられたものではないというのに、強い恐怖心に襲われる。
しかしDランク相応のレベルであり、なおかつ"恐怖耐性"スキルを持つ咲良には不幸なことに威嚇の効果が表れない。
信也や周りの者が止めようと思う前に、ボルテージの上がっていた咲良は更にシルヴァーノへ言葉を叩きつける。
「力があれば何でも出来るとか思ってそうですけど、実際は私達を食事に誘うこともできない。もう少し分をわきまえた方がいいんじゃな――」
口を挟まなくなったのを良いことに、咲良は更に畳みかけるようにシルヴァーノに言い募る。
しかし最後まで咲良が言葉を発することは出来なかった。
予備動作もほとんど感じられない程の動きで、シルヴァーノが咲良の顔面を思いっきり殴りつけたのだ。
「このクソアマがァァッ!! そんなに言うならお望み通り力づくで連れていってやるッッ!!」
突然のシルヴァーノの凶行に、身構えていた信也らも対処が遅れてしまう。
というよりも、Aランクというのは伊達ではなく、例え今から攻撃すると言われてたとしても、さっきのを防ぐのは無理だっただろう。
「…………」
咲良は今の一撃で完全に気を失っており、顔には殴られた痕がくっきりと残っている。
武器を使った攻撃でないとはいえ、Dランクの後衛職である咲良では、後もう一発同じのを食らったら命も危ういという程のダメージを受けていた。
これがFランク程度であったら、前衛職であろうと一発で死んでいたかもしれない。
信也達のいる場所を中心に、にわかに殺気立った空気が広まっていく。
ロベルトは"神聖魔法"で咲良を治療しようと動きだし、陽子が強固な【物理結界】を張ろうと精神を集中し始める。
芽衣も室内で使える攻撃魔法を頭に浮かべながら後方に控え、由里香と信也が後衛を守るような位置取りで構える。
シルヴァーノは希少である"結界魔法"の使い手と戦ったことがない為、どれだけの強度の結界を張れるのかを知らない。
ただ厄介な事になりそうだということは、ブチ切れ状態のシルヴァーノにも理解出来たようで、次に狙いを定めたのは"結界魔法"を発動させようとしている陽子だった。
そんなシルヴァーノの考えを読んだのか、信也が一時的に体力を上げる"強靭"スキルを発動させ、陽子とシルヴァーノとの間に割り込む。
体力の能力値は、この世界では防御力と繋がりがあるらしく、強力な攻撃を前に"強靭"スキルを発動させるのは、前衛職としての本能といってもいい。
そうして間に割り込もうとした信也だったが、今一歩遅かった。
目で追えないような速度で陽子に向かっていったシルヴァーノによって、信也は弾き飛ばされてしまう。
「……ッ! 【物理け――」
余りの動きの速さに驚きながらも、【物理結界】を発動させようとする陽子。
しかしどう見ても発動は間に合いそうにはない。
(マズイッ!)
剣が峰に立たされた陽子だが、その眼は恐怖で閉ざされることもなく、しっかりとシルヴァーノを見据えていた。
だからだろうか。
『プラネットアース』の面々で、陽子が一番最初にソレに気づくことが出来た。
シルヴァーノの凶器と化した拳が陽子へと向けられる寸前。
唐突にそこに『壁』が生まれていた。
高さとしては二メートルと数十センチといった所だろう。
壁としてはそこまで高いものではない、そこいらの家の壁となんら変わりはない。
だというのに、その壁は圧倒的な存在感を放っていた。
鉄のハンマーでぶっ叩いてもびくともしない。何者もこの壁を崩すことは出来ぬであろう。
ただ立っているだけの壁なのに、見るものにそのような感想を抱かせてしまう。
そのような、そこに『在る』だけでとてつもない存在感を主張する壁。
その上部から、野太く野性的な声が聞こえてくる。
「――些細なことで女に手を上げるたぁ、男の風上にもおけんやっちゃな」