第310話 拠点の人々
『ホージョー。〈ウージャ〉、欲しい』
『ぬう。まだ本格栽培してないから、そう毎日求められても困るぞ』
『一本。一本だけでいい』
『うううん、仕方ない。ほれ」
『ホージョー、ありがと』
ジャドゥジェムを拠点で預かることになってから十日程が経過した。
まだ狙われていると確定した訳でもなかったが、こちらの言葉はまだ覚えていないので、外を出歩く訳にもいかず、ジャドゥジェムは拠点内でのんびりと過ごしている。
中でも〈ウージャ〉が気に入ったようで、とりあえずそれだけ与えていれば、十分満足そうには見えた。
『魔大陸には〈ウージャ〉はないのか?』
『ジャドゥは見たことない』
『そうか。まあ、これ暖かい地域の植物だからな。魔大陸はここから更に北にあるようだし、そんなもんか』
『でも、〈フダン〉ならある。これと似てる。甘いとこ』
『なになに、えーと〈フダン〉……。んー、これはテンサイみたいな植物か』
ジャドゥジェムから聞いた情報を、"解析"で調べる北条。
名称さえ分かれば、このように解析にかけて詳細を知ることが可能だ。
『まあ、それはいい。それより、明日から俺達『サムライトラベラーズ』もダンジョンに潜ってくる。その間大人しくここで待っててくれよ』
『わかった』
用件を伝えた北条は、今いる農業エリアから建築途中の自宅へと向かって歩き始める。
この十日の間、『プラネットアース』の方はダンジョンの探索に行っていたが、『サムライトラベラーズ』の方はずっと拠点で活動していた。
北条が拠点でやっておきたいことや、『勇者』に関する動向を調べること。それから、ジャドゥジェムとのコミュニケーションを取れるようになりたいというのが大まかな理由で、先ほどのやり取りを見てわかる通り、既に北条はジャドゥジェムの話す言語『アンダルシア語』を大分話せるようになっていた。
これは北条の持つスキル"口語解析"のスキルの影響が大きかったのだが、それ以外にも"記憶力強化"や"並列思考"などの頭脳系のスキル。
あとスキル以外では、ジャドゥジェムは下位魔法文字を少し理解出来たので、下位魔法文字を介しての言語理解。
こうしたことが重なって、これだけ早い内に会話をするにまで至ることができた。
それと、よくよく『ヌーナ語』と『アンダルシア語』の二つの言語を比べてみると、共通の法則というか通じる部分もあったので、より覚えやすかったというのもある。
日本語と英語、のようなものではなく、日本の標準語と少し癖のある方言、くらいの感覚だったのだ。
そして会話が出来るようになって分かったことなのだが、ジャドゥジェムは言葉が話せないから大人しいのではなく、元から口数が少なかったらしい。
会話する時も主語を並べて話すような、話下手というか、最低限伝わればいいと思っているのか。
そんな感じで、せっかく北条と話せるようになったというのに、自分から積極的に話してくることはなかった。
代わりに北条の方から色々話を聞いていて、聞き取りの内容は龍之介など他のメンバーにも共有されている。
龍之介を通して『獣の爪』の面々にも伝わっている頃だろう。
「さあて。この十日間で俺の家もほとんど完成してきた。今後は農作業用の魔法道具や、砂糖を精製するための各種施設なども用意せんといかんな」
独り言をぶつぶつと言いながら、拠点の北東にある建築中の自宅へと向かう北条。
その途中、拠点内を流れる小川にかかる橋の辺りで、一人の男性に声を掛けられる。
「あ、ホージョー様。おはようございます」
「ん、ベニートか。おはよう」
「あー! ホージョーだあ!! ねぇ、見てみて? これ、あったかいの!」
北条が男性に挨拶を返すと、隣にいた女の子が首に巻き付けていたフサフサの毛がついたマフラーを見せてくる。
「こら、イリーナ! 呼び捨てにしないで様を付けなさい」
「うー、わかったよお」
「まあまあ。で、そのマフラーはどうしたんだぁ?」
「あ、うん。あのね! ルカナルがウサギの毛皮を使って作ってくれたの!」
「ほおう、ルカナルが……」
「ルカナルさんには他にも幾つか防寒具を頂いておりまして、とても感謝しております。父もこの暖かい家と防寒具があれば、今年の冬は寒さに震えることもないと喜んでます」
「そうかぁ、そいつぁ何よりだ」
北条が話しているベニートとイリーナは、ロアナの元領民だった農民だ。
〈ウージャ〉の収穫の報告をしてきたバハマル一家と、イリーナの父ベニートを中心としたドルトン一家。
二つの家族を合わせて計十四人が、今この拠点内で暮らしている。
もちろんこの他にツィリルとロアナ、それからルカナルとエリカも暮らしているので、以前は広さの割りにがらんとしていた拠点だったが、今では多少は賑やかになっている。
ベニート達と少し会話を交わした後、再び自宅へと歩き始めた北条は、周囲を見渡すようにしながら歩いていく。
(ふぅぅ。最初は何もなかった場所なのに、これだけ色々建物が出来てくると感慨深いもんがあるな)
そんなしみじみとした気持ちを抱きながら、自宅へ到着した北条。
到着後すぐに、無駄に凝った造りになってしまった、自宅建築の仕上げに入る。
そうしてその日のうちに一先ず自宅を完成させることができた北条は、翌日に『サムライトラベラーズ』の面々を率いて、ダンジョンの探索へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンと《ジャガー町》を繋ぐ道。
そこは幾人もの冒険者らが行き交うことによって、地面は踏み固められ、通行の邪魔となる木々や岩などが撤去され、最初に比べると大分歩きやすくなっていた。
辺りの森には広葉樹と僅かな針葉樹が伸びていて、常緑のものから既に葉っぱが落ち切ってしまった落葉樹まで、割と多くの種類の木々が存在する。
少し前の秋ごろにはキノコや動物などが手に入り、信也達の食卓にも並んでいたものだ。
その森に走る道を、ダンジョンから町の方へと移動している集団がある。
信也がリーダーを務めている『プラネットアース』の一行だ。
女子供が多いので、この町に来たばかりの冒険者からは下手に見ているような視線が送られることもあるが、全員Dランクに昇格した一端の冒険者パーティーである。
今も五層にある分岐の内、北西部にある階段を下りた先。地下迷宮エリアを探索して帰ってきた所だった。
この地下迷宮エリアは途中で分岐する箇所がふたつあり、そのうち十階層から分岐する罠迷宮エリアは、すでに『プラネットアース』の面々は踏破している。
今は分岐せずにまっすぐ進み、地下迷宮エリアの踏破を目指している所で、既に一番奥に位置する二十六階層の迷宮碑には登録済だ。
しかし、未だにエリアの踏破には至っていない。
「以前より大分マシになってきているが、まだ挑むのは時期尚早かな?」
「そうねえ。Cランクの魔物相手もそこそこ出来るようになってきたけど、まだまだ油断が出来ないわね」
「でもこの調子なら近いうちに行けると思うッスよ」
信也達が話しているのは、地下迷宮エリアの守護者への挑戦のことだ。
すでにこの地下迷宮エリアを『サムライトラベラーズ』は踏破しており、それだけでなく罠迷宮エリアも踏破しているので、計二つのエリアを『サムライトラベラーズ』は踏破していた。
由里香や咲良はそのことに対抗心を燃やしているが、信也はそれ以上に焦りの方を感じていた。
しかしこうした焦りが危険な事態を引き寄せるとして、辛抱強く信也は己を律している。
地下迷宮エリアの踏破を目指すのは、ただ実力を磨くためであって、帰還方法を探す為ではない。
すでに北条らの探索ではここには三種の神器はないと調べがついている。
そのため、信也の焦りは北条たちより探索が遅れているということではなく、未だに帰還の為の進展がないことに対する焦りだった。
「そうっす! 芽衣ちゃんは新しい精霊とも契約したし、あたしも"纏気術"を覚えて大分強くなってきてるっす。それにリーダーもヤバイっす!」
「"器用貧乏"様様ッスね」
「ん、うむ。既存のスキルの伸びが直接変わる訳ではないが、お陰で大分新規スキルを習得出来ている」
ダンジョン潜り始めの頃に比べると頻度は少し緩やかになっているが、それでも一般的な冒険者より積極的にダンジョンを探索してきた、『プラネットアース』と『サムライトラベラーズ』。
レベルも大きく向上していたが、その他にも各人がスキルを雨後の筍のように覚え始めていた。
これは元々適性があった各人のスキルが、ようやく芽吹いてきたということらしい。
同じタイミングで異世界へと飛ばされ、同じタイミングで冒険者になったのだから、ある程度同じ時期に同じレベルのスキルを新たに身に付けていくのも道理だ。
それと北条は例外として置いとくとして、最近では何故か陽子に取得経験値上昇系のレアスキル三種が勢揃いして、一歩抜きんでている。
その陽子のレベルは四十六に達していて、北条とロベルト兄妹に次いでレベルが高い。
だがそんな陽子より特筆すべきなのが信也で、ロベルトの言うように"器用貧乏"スキルを遺憾なく発揮して、多くのスキルを取得しはじめている。
"体術"や"二剣術"などの戦闘スキルから、"土魔法"、"水魔法"などの魔法スキル。
他にも"タフネス"や"生命力自然回復強化"など、多くのスキルを取得しており、それでも尚ひたすら新規スキルの獲得に信也は貪欲になっている。
「そうね。次のダンジョンアタックで突破……は厳しいかもだけど、次の次ならワンチャンあるかも」
そんなことを話しながら、一行は拠点へと帰還する。
しかし拠点に北条ら『サムライトラベラーズ』の姿はなかった。どうやら数日前にダンジョンに向かっていたらしい。
「それじゃあ、一休みしてからギルドに向かおう」
冒険者ギルドでは、各地から集まってきた商人経由で出されている、魔物のドロップ買取の依頼が増えてきているし、依頼に出ていなくてもドロップそのものは買い取りを行ってくれる。
最近ではダンジョンを出てすぐの所にある、小さな集落となりつつある入り口部でも、買い取りをしてくれる商人はいる。
しかし、基本的に買取値は輸送費などの兼ね合いもあって割安になってしまうので、信也達はまったく利用したことがない。
予定通り拠点で一休みした信也達は、町へと向かう。
以前と比べると、町がじわじわと拡張しているので、拠点から町外周部分までの距離も若干近くなっていた。
遠目にそうした拡張していく街並みを捉えながら、思い思いに雑談などを交わしつつギルドへと向かう信也達。
そこで信也達は再びあの男と再会することになる。