第296話 ダブル進化
「ウウゥゥ、ワゥゥ……」
北条たちが由里香らのいる場所にたどり着くと、そこではマンジュウを取り囲むようにして由里香たちが立っていた。
少し苦しそうな声を上げているマンジュウを心配気に眺めているのだが、前にも同じようなことは経験していたので、心配しながらもジッと様子を見守っているようだ。
やがて、苦しそうに息を吐いていたマンジュウから光が迸り始める。
その光は徐々に広がっていき、マンジュウの体全体を包み込んでいく。
そして最後に周囲に放射するように一瞬強く煌めいたかと思うと、次の瞬間には光は消えていた。
「ワフッ! ワフッ!」
さっきまでの苦し気な様子が嘘のように、光が晴れた後のマンジュウは元気いっぱいだ。
そしてその元気の良いまま芽衣の方へと飛び込んでいく。
「わ、あわわ……」
勢いをつけて飛び込んだという訳でもないのだが、その勢いの良さに危うく押し倒されそうになる芽衣。
途中で前衛系の職に就かず、後衛職のままであったらそのまま押し倒されていただろう。
何せ、マンジュウの体は以前よりも更に一回り大きくなっており、もはや地球にいた頃の基準だと、大型犬のギネス級の大きさにまで成長……いや、進化を遂げてしまっていた。
「ほおう。どうやら『ライトニングウルフ』に進化したようだなぁ。サンダーウルフからの進化先としては、順当なとこだろう」
「おー、これが進化か! 初めてみたぜ!」
"解析"でマンジュウのことを調べた北条が、更に能力などについて説明を加えていく。
基本的には劇的にスキルが増えたということもなく、ステータスなどが総合的に強化されたようだ。
それと体が大型化したことと爪を用いるスキルの取得により、より物理的な攻撃力が増していた。
「らいとにんぐうるふ、は何ランクになるんっすか?」
「あー、確かDランクのハズだぞぉ」
「じゃあ、丁度あたしらと同じっすね!」
「そうだなぁ。芽衣の"従属強化"の影響もあるから、そこいらのDランクの魔物にはそうそう後れを取らんだろう」
北条の"解析"では魔物がどのランクなのかを知ることはできない。ランクという基準はあくまで人間が付けたものだからだ。
ただし、"解析"とは別に"魔物知識"などのスキルを持っているので、よっぽどマイナーな魔物でなければランクの判別は出来る。
もし知識にない魔物でも、魔物のレベルは"解析"で調べられるので、それを目安にランクを測ることも可能だ。
「わふぅ? わふわふ!」
進化出来た喜びの余り芽衣に飛びついていったマンジュウだが、一頻り芽衣に撫でられると、今度はダンゴの下へと歩いていく。
そして妙なポーズを取りながら、話しかけるようにして鳴き声を上げる。
やたらと人間臭いものを感じるが、それはまるで進化した自分を見せびらかしているかのようだった。
いや、実際にそうなのかもしれない。
狼とはいえ、進化を繰り返したマンジュウの知性はかなり上がっている。
感情面は人間とは異なる部分もあろうが、知能レベルでいったら人間の子供とそう変わらないだろう。
「ぷるぷる……ぷるぷる…………」
それに対しダンゴは体を震わせていた。
そのまんま見た感じでいうと、まるで悔しがっているかのようにも見える。
マンジュウもそう感じたのか、より一層妙なポーズに拍車がかかっていくが、どうも途中から様子がおかしいことに気づき、「わふぅ?」と態度を改める。
「お、こいつぁ……」
そんなダンゴの様子を見て思い当たる節があったのか、北条が納得した様子で呟く。
ダンゴはそのままぷるぷると小刻みに震えたかと思うと、これまた先ほどみたばかりの光景が繰り返されることになる。
ダンゴの体が光を放ち始めたのだ。
やがてひときわ大きな光を放つと、その場には少しだけ体色が変化して体積を増した、ダンゴの姿があった。
「北条さん、これって……」
「ああ。ダンゴも無事『ナイトスライム』に進化できたようだぞぉ」
「おおおぉぉ!?」
北条はアーシアの時を含め、これで『ナイトスライム』への進化を見たのは二度目だ。
元々アーススライムだったアーシアが進化した時は、体色が茶系から緑系に変わったことで大分見た目が変わっていた。
しかし、元々緑系のウィンドスライムであったダンゴは、それほど体色に変化はないように見える。
「わあぁ~。ということは~、無事に"眷属服従"のスキルが取れたんですか~?」
「そう言うことだな。やはり特殊系スライムへの進化には、耐性スキルだけでなく、"眷属服従"のスキル獲得が条件だったようだぁ」
「ですね~。訓練した甲斐がありました~」
芽衣は北条のアーシアに倣い、休日やダンジョン探索中の休息の時などにも、ダンゴの訓練を行っていた。
そのお陰で"雷耐性"については早い段階で取得し、北条や咲良などの協力もあって、"火耐性"のスキルまでも覚えていた。
肝心な"眷属服従"についても、北条からのアドバイスを基に、ダンゴもスキルを取得できるようにと"分裂"スキルを使用してスキル訓練を行っていた。
その結果が見事に実を結んだようだ。
「ぷるん! ぷるるん!」
「ウー、ワウウゥゥ……」
マンジュウよりは感情が読みにくいダンゴだが、いつも以上に体を震わせている様子を見て、マンジュウは悔しさやら嫉妬心やらが入り混じったような鳴き声を上げる。
「北条さん。ご協力ありがとうございました~」
「んん? いや、別になんてことないぞぉ。ダンゴが進化出来たのは、ダンゴと芽衣の指導の賜物だろう」
「ふふふ、そうかもですね~」
芽衣は無事にダンゴが進化出来たことが嬉しいのか、和やかなムードで北条とダンゴの能力などについて話し始める。
「あの、北条さん。そろそろ建物の建築に行く時間じゃないですか?」
「おお? そうだったぁ。ルカナルの家も早く作らんといかんからなぁ」
二人の会話に割って入った咲良の声に、北条は用事を思い出し、軽く挨拶をしてこの場を去っていく。
「あー、オレも町をブラついてくっかなー」
それを見て、龍之介も北条が向かった先とは反対方向、町に向かうために西門の方へと歩いていく。
「……咲良さんはこの後お暇ですか~?」
「え、ええ。暇よ、暇」
「でしたら~、進化したダンゴの調子を確かめるのと、いつもの魔法訓練をお願いできますか~?」
「うん、わかったわ」
丁度訓練場にいた芽衣たちは、そのまま各自魔法の練習や近接戦闘の訓練などに移る。
一方北条は、ダンジョンへ行くときに通る東門の傍、『スーパー銭湯』のすぐ隣の敷地へと向かっていた。
ここは現在北条が建設を始めている鍛冶を行う建物があり、それに付随した住居のセットも建築中で、すでに北条の頭の中では設計は完了していた。
この件は前もってルカナルには話は通してある。
すでに一人前以上の力量を持っているルカナルは、しばらくはそのままダンカン親方の下でお世話になる予定だったのだが、そこに北条が拠点に来ないかと話を持ち掛けたのだ。
「あー、うちらの拠点にお前さんの仕事場と住居を作るから、ウチに来ないかぁ?」
と。
その話を聞いた時、ルカナルは嬉しく思うと共に、鍛冶士が必要になるということで当時は《ジャガー村》に呼ばれたというのに、特定の相手に所属することになっていいものかどうか悩んでいた。
しかし北条は、普段は普通に鍛冶士としての仕事をしていても構わないと言われ、申し出を受けることに決めた。
もちろん北条たちの装備関係の仕事は優先させるが、それ以外は好きにしていいというこの条件は破格だ。
ただし、情報漏洩に気を使っているということで、雇い入れる際には厳密な契約を交わすことは伝えられた。
現在建築中のこの建物も、鍛冶士であるルカナルの意見を取り入れ、ルカナルがやりやすいように環境を整えた、まさにルカナル専用の鍛冶場となる。
一般の鍛冶士と違い、『魔法鍛冶師』であるルカナルにはこうした専用の鍛冶場があると、効率も大分変わって来るものだ。
「ふう。とりあえずメインの鍛冶場はこんなもんかぁ? 後は実際使っていきながら、要望があれば修正していけばいいだろう」
ひとりぶつくさ言いながらも、北条は着実と本職の建築家も唸るようなスピードで、ルカナルを迎え入れるための準備を進めていくのだった。