第292話 女盗賊ロアナ
昇格試験の方は滞りなく終わった。
すでに全員がDランク冒険者の強さの基準であるレベル三十を超えている上に、レベル不相応の強さを持つと太鼓判を押されての昇格だ。
すぐにも新しいDランクのギルド証が用意され、久しぶりにギルドの魔法装置での鑑定も受けた。
北条の"解析"が"鑑定"以上の効果があるので本来は必要はないのだが、ギルドの方でもある程度冒険者の能力は把握しておきたいらしく、ランク昇格時には無料で鑑定をしてもらえることになっている。
無論断ることもできるのだが、わざわざそこまでする者はいない。
見せたくない能力があれば、ギルド証の機能で非表示にしておけばいいのだ。
また鑑定をする際に、密かにギルドが情報を取得することなどもない。
北条が予め、鑑定用の魔法装置を"解析"して得た結論だ。
そうして鑑定を受けている間にもギルド証は人数分用意されており、これでメンバー全員が名実共にDランクとなった。
「オレもようやくDランクか!」
「長かったようで短かったな」
「いや! ちょっと話に聞いたんッスけど、冒険者登録してから一年未満でDランクってヤバイッスよ!」
「ホージョーが目立って忘れがちになるけど、他のみんなも何気に普通じゃないのよね」
余りの成長の速さに、ロベルトとカタリナはすぐにでも自分たちが置いて行かれるのではないかと、若干の不安を抱く。
今の所レベルの上ではまだロベルトらのが上ではあるが、スキル能力的には既に抜かれているとカタリナは思っていた。
「でも、Cランクからはそう簡単には上がれないんっすよね?」
「そうね。Dランクまでなら実力があればパパっと上がっていけるけど、Cランクからは人格面や信頼性なども問われるようになるから」
「人格面……。あの勇者の人格はAランクに相応しいようには見えなかったけど」
「ま、冒険者は食い詰めた者なんかがなったりもするから……」
「つまり余程問題行動を起こさん限りは、問題はないということか」
「そゆこと」
そういったことを話しながらギルドの建物を後にする一行。
これからの予定は特に決まってはいないが、とりあえずといった形で皆の足は拠点へと向けられている。
「……ホージョーさん」
拠点への道中、ロベルトが北条の近くまで寄ってきて小声でささやく。
傍らにいた楓も何のことなのか理解しているようで、北条の顔を見上げて反応を待っている。
「ま、悪意はないようだがぁ……」
そう言いながらも北条は一人集団から外れていき、少し後ろの方へと移動する。
それは楓やロベルトから見ても見事な気配の消し方で、最初から北条の動きに注目していた二人ですらも、気を抜けば姿を見失いそうになる程だ。
「俺達に何か用かぁ?」
「う、うわあっ!」
気配を消して近づいていった北条が声を掛けたのは、一人の女だ。
百六十センチ以上はあるであろう身長は、この世界の人族の女性としては高い方だ。
ミルクティー色をした短い髪を綺麗にまとめ、身だしなみにも気を使っているようだが、服装から判断するに冒険者であろう。
それも先ほどから北条らを尾行していたので、盗賊職系に就いていると思われる。
女は尾行していた対象が、いつの間にかすぐ傍に現れて声を掛けられたことで、驚いている様子だ。
だがすぐにも状況を理解したようで、口を開き始める。
「い、いやあ、実はアンタらの噂を聞いてね。私も仲間に入れてもらえないものかと思ってさ」
「仲間ぁ? すでに俺らはフルメンバーだぞぉ?」
「最初は予備メンバーでもいいさ。アンタら、クラン結成を目指してるんだろ?」
「クラン? ギルドの噂ではそういうことになっているのかぁ?」
「あれ? 違ったのかい? アンタらは常に二つのパーティーで動いてるし、あの町はずれの砦にも一緒に住んでるんだろ?」
「別にまだあそこに住んでいる訳でもないんだがぁ……」
「どうしたんだよ、オッサン」
北条が女と話していると、他のメンバーもそれに気づいたようで二人の下へと集まってくる。
「いやぁ、この女が仲間に入れてくれと言ってきてなぁ」
「はぁ!? 仲間ぁ? ゆっとくけど、オレらのパーティーは埋まってるぜ」
「それはもう伝えてある。と、いう訳でだぁ……残念だが他をあたりなぁ」
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。じゃあ情報を一つ買わないかい?」
「情報?」
「ああ、そうさ。サルカディア鉱山エリアの二十層。そこの罠についてさ」
「それって、行方不明になってた冒険者がはまった罠のことッスか?」
「そう思うだろ? それがそうじゃなくて……って、アンタ、『行方不明になってた』って言った?」
「そッス。落とし穴に落ちてから戻ってこなかった連中が、こないだ帰ってきたッス」
それはつい先ほど仕入れたばかりのニュースだった。
罠に落ちた先で、報告に帰っていったメンバーを一人失いながらも、五人の冒険者は最近になって帰還を果たした。
エリアの詳細な情報についても彼らがギルドに情報を売ったので、ギルドで対価を払えば知ることができる。
ロベルトも昇格試験の付き添いがあったので、まだ詳しい情報を聞けてはいないが。
「ハァッ、あいつら帰ってこれたのか……。って、私が言ってるのはそのことでもなくてね。実は……」
「ああ。落とし穴の方じゃなくて、もう一つの壁の罠のことッスか?」
「なっ……!? し、知ってたのかい?」
「ロベルトぉ、少し口が軽すぎやしないかぁ?」
「あっ! すんませんッス!」
「そっか。アンタらもすでに知ってたのかい。流石は『悪魔殺し』って言われるだけあるねぇ」
それとこれとは話は別ではあるのだが、そのことを指摘する者はいなかった。
「アンタらはもうあの先に行ったのかい?」
「……いや、まだだぁ」
「なるほどね。……実は私のパーティーメンバーも、例のパーティーと同じように罠の先に進んでしまってね。嵌った罠が違うから別のエリアに行ったと思うんだけど、まだ誰も戻ってこないんだよ」
「それはご愁傷様だぁ」
「お陰で私一人だけ取り残されちまってね。仕方ないから野良パーティーにでも入ろうと思ってた所なのさ」
「お前さん、盗賊職だろう? 生憎とうちは盗賊職は十分足りているから、予備のメンバーとしても出番はないと思うぞぉ」
「……そうかい。はぁ、私も別に選り好みしてる訳じゃないんだけどねえ。前のパーティーでの扱いを思えば、どこででもやってける自信はあるのに」
「前のパーティーってなんてとこだったんですか?」
興味本位で口を挟んだ咲良。
しかし女から帰ってきた言葉は、思いもつかない、それでいて彼らとも因縁のある名前だった。
「『青き血の集い』ってとこだよ。これが思ったより評判が悪いようで、一人残った私を入れてくれる所も見つからなくてね」
「『青き血の集い』っ!?」
「やっぱそういう反応になるんかねえ……」
「まぁ、な。俺らは実際に奴らに絡まれたこともあったからなぁ」
「はぁぁぁ……。まったくアイツらときたら、居たら居たで問題ばかりだったけど、いなくなったらいなくなったで相変わらず私を苦しめ続ける」
深い、疲れ果てた中年サラリーマンのような重い溜息を吐く女。
そんな女の態度に、『青き血の集い』と聞いて警戒していた咲良や陽子らも、どう反応したものやらといった態度になる。
「そういえば~、以前リノイの人たちに聞いた話では~、全員が全員あの男みたいな奴ではないって言ってましたね~」
「ああ、そういえばそんな話も聞いたな。この女性がどっち側だったのかまでは覚えていないが」
「あぁー、待てよぉ。確か……『ジョルジュという弓使いの男と、ロアナという盗賊職の女はまともな感性をしておる』ってガルドが言ってたハズだぁ」
「うあ。よくそんな昔に話したこと覚えてるわね」
「ロアナってのは私のことだね。ジョルジュってのは、確かにあのメンバーの中では唯一まともだったよ」
そんな細かいことまでいちいち覚えていなかった陽子は、北条の記憶力に呆れているようだったが、一言一句間違わずに覚えていたことを知れば、更に声のトーンも変わったことだろう。
一方北条はというと、ここに至って何やら考え事をし始めた。
ロアナという元『青き血の集い』の盗賊の女を見て、何か思いついたような顔をしている。
「あー、要するに、お前さんは仕事を求めてるってことで合ってるかぁ?」
「え? ああ。まあ、そうだけど、私は盗賊系の能力しか持っていないよ。それともアンタの情婦にでもなれってことかい?」
「ちょ、ちょっと! それはダメーーー!」
「…………」
ロアナの発言に即座に反応する咲良と、無言で北条をジッと見る楓。
「北条さん~?」
そこへどこか圧のある芽衣の声もかけられる。
「お、おい! 妙なことを口走るんじゃあない。俺ぁただ拠点で雇う人員としてどうかって思っただけだぁ」
目には見えないオーラのようなものを感じ取った北条は、慌てた様子でそう言った。
その北条の言葉に、メンバーの視点が北条へと集まるのだった。