第278話 ウォールイミテーター
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信也達『プラネットアース』は、これでもかというほど仕掛けられた罠にうんざりとしつつも、着実に先へと進んでいき、罠エリア十八層まで到達していた。
最初の五階層までのエリアは転移ですっ飛ばし、地下迷宮エリアの六層から本格的にはじめた探索は、今日でおよそ二週間にもなる。
今回の探索では、「長期間のダンジョン探索」という目標が一つ掲げられていた。
これまでもなんだかんだで探索期間が伸びたことはあったが、それでも一般的な他の冒険者からすると、彼ら異邦人たちの一回の探索期間は短い。
今後階層を更新していくことで、ダンジョンに潜る期間が伸びていくだろうことが、フィールドエリアの存在などで十分予測出来ていた。
その為、余裕のある今のうちから、ダンジョンに長期間潜る練習というか、気構えのようなものを身に付けることが目的だった。
通常の冒険者であるならば、持ち込む物資の選別から探索中の食糧や物資の扱いなど、シビアに管理しないといけない問題は多い。
だが北条と陽子の持つ"アイテムボックス"によって、物資的な問題はほとんど解決されている。
あとはダンジョンという危険が身近にある場所において、長期間潜るということでストレスなど精神的な負担がどうなるのか。
その辺りが問題となってくる。
時にダンジョンは冒険者に牙を剥くことがある。
鉱山エリア二十層の罠を潜り抜けた先にあるエリア。
あそこはエリア開始場所に、迷宮碑が設置されていない。
またエリアによっては、次の迷宮碑の場所にたどり着くために、十層以上移動しなければならないようなこともある。
「あ、そこの先の壁。動くわよ」
何故かいつもの後衛の位置ではなく、ロベルトの隣を歩いている陽子が警告を発する。
その声の少し後に、陽子らの歩いていた通路の少し前方にあった、石の壁が動き始めた。
「ウーン、骨は殴りがいがなくて残念っすけど、こいつは殴りがいあり過ぎてなんかイヤっす……」
「そうね~。この石壁ちゃん、槍の攻撃もあまり通じないし~」
そうは言いつつも前に出て戦うつもりの芽衣は、〈フレイムランス〉を手に取る。
マンジュウの自慢の牙も石壁の魔物相手には通用しにくく、"雷魔法"の発動準備に入る。
この石壁の魔物、ウォールイミテーターは人工的な迷宮タイプのダンジョンに配置される魔物だ。
普段は周囲の石壁と同化しているのだが、冒険者が近くを通ると本性を表して襲い掛かって来る。
もっとも壁という特性上、普通の魔物のようにダンジョン内を自由に動き回ることはできないのだが、"壁同化"というスキルを所持しているので、同じ壁面であるなら移動は可能だ。
そうして壁を移動しつつも"岩弾"のスキルによって、石の砲弾を飛ばしてくる。
これは同名の攻撃用の"土魔法"とほぼ同じ効果を持つ。
攻撃手段はこの"岩弾"だけになるのだが、そのほかに"クラックアース"という、足元を崩すスキルも併用してくるので、足元には常に注意を払わないといけない。
それと見た目通りの石のボディーをしているので、体が非常に硬い。
斬撃や刺突系の攻撃は威力が軽減され、打撃系のみが唯一物理系でマトモに入る。
こういった性質から、冒険者の間では嫌われている部類の魔物だ。
「ウォオオオウ!」
「ぷるるんるん……」
冒険者の接近に気づいたウォールイミテーターが、同化しながら壁沿いを移動してくる。
同じ場所でジッとしていれば"木隠森"のスキル効果もあって、一見して存在に気づかないこともありえるが、一度動き出してしまえばその姿は一目瞭然だ。
芽衣と契約しているマンジュウとダンゴは、それぞれ"雷魔法"と"風魔法"を左の壁から這い寄って来るウォールイミテーターに向けて放つ。
信也は先頭の位置にいた陽子とロベルトの傍に移動し、盾を構えて守りの体勢に入る。
「右からも来てるわよ」
「そっちは任せるっす!」
「いっくよ~」
陽子の追加の警告の声に、由里香と芽衣が反応して右壁の方へと向かう。
残った咲良も、後衛の位置から陽子の展開する【物理結界】の中に退避完了しており、戦闘の準備は整った。
ヒュオオオオオッ、という音と共に、左のウォールイミテーターが放った石の塊が飛んでくるが、信也は軌道を予測して斜めに構えた盾でその攻撃を逸らす。
と同時に両眼の魔眼の能力を発動させ、魔物のHPを削っていく。
生物相手なら、まだ苦しそうな様子を見せたりするので効果が伝わってくるのだが、石の壁相手ではただ魔物を睨みつけているだけにしか見えない。
それでもしっかりとダメージは入っているようで、マンジュウとダンゴの魔法攻撃の援護もあって、HPを完全に削り取ることに成功する。
ウォールイミテーターは物理防御が高く、"火耐性"のスキルも持っているため、なかなか仕留めにくい相手だ。
しかし魔術士の数が多い彼らからすればさほど苦にはならない。そもそもウォールイミテーターはEランクの魔物なので、今の彼らではレベル的にも余裕のある相手だった。
「砕けるっす!」
右方では魔法による攻撃ではなく、純粋に物理による攻撃によって、ウォールイミテーターに止めが刺されていた。
ナックルごしとはいえ、あのような石の壁を殴りつけているというのに、由里香は手にダメージを負った様子もなく、ピンピンとしている。
実際に硬いものを殴っていけば、拳はだんだん固くなっていくという話はあるが、由里香の場合はレベルアップによるフィジカルの強化と、"格闘術"による補正が原因だろう。
「ふう、すっかりコイツにも慣れてきたわね」
「ああ、そうだな。最初に壁が襲い掛かってきた時はあせったものだが」
現在信也達は十八層まで辿り着き、この階層入り口にあった迷宮碑で登録を済ませてある。
こうした迷宮碑が置いてあるエリアは、フロア内に出現する魔物が変化することは多いが、ウォールイミテーターに関しては十八層以前から時折出現していた。
この罠が多く設置されたエリアでは、レーダーとなる盗賊職が罠の発見や解除にかかりきりになりがちである。
そこへ壁に擬態した魔物が襲いかかってくるというのは、なかなかにえぐいコンボであった。
信也達も、最初はウォールイミテーターの放つ"岩弾"を何発か喰らってしまい、信也の顔が大きく腫れることもあった。
だがそれも、陽子の提案した探索方法に切り替えてからは、不意打ちをもらうことがなくなっている。
「ま、今は私の【物理結界】がセンサー代わりになってるから問題ないわね」
「……魔法というのはほんと使い方次第だな。俺はどうもその辺の発想が固くていかん」
陽子の言うように、範囲を少し前方に拡張させた【物理結界】を張ることで、結界に触れたウォールイミテーターを先に反応させることに成功していた。
これによってロベルトは罠の存在だけに注意を払うことができている。
「いやー、ほんと便利ッスね。ヨーコさんの"結界魔法"」
未だに"雷魔法"は取得できない陽子だが、それ以外の魔法に関しては色々な場面で役に立っている。
『サイドウィザード』に転職してからは、各種魔法スキルも上達しやすくなっているようで、扱いの難しい"空間魔法"についても、ようやく簡単なものを少し使えるようになってきていた。
「まー、便利なのは便利なんだけどね」
少し不満げな口調の陽子は、確かに"結界魔法"や"付与魔法"を使っているときより、〈雷鳴の書〉で雷をぶっぱしている時の方が楽しそうだった。
「ところで、魔物の種類はまだそこまで大きく変化はしていないようだな」
「そうッスね。相変わらず骨は出てくるし、ジェリルも人食い箱も……」
「この調子なら先へ進むのも問題はなさそうか?」
「あたしはまだまだいけるっす」
「そうね~。わたしも"召喚魔法"で呼べる枠には余裕があります~」
「僕もまだまだいけるッス。っつっても、戦闘ではほとんどお役に立ててないッスけど」
彼らがこれまでに十八層で戦ってきた魔物は、総じてランクがE~Dだった。
これ位ならまだ『プラネットアース』には余裕がある。
罠の方も、しっかりとロベルトが発見していっているので、そちらでの大きな被害も出ていない。
……一度罠の解除に失敗し、高速で飛来してくる矢を慌てて由里香が手づかみした、ということはあったが。
「ふむ……。では、引き続き先を目指す方向でいこう」
「うぃっす!」
「は~い」
最大で一か月ほどの期間を、ダンジョン探索に充てる予定を立てていた、今回の"遠征"。
その予定の期間の半分をそろそろ迎えようとしていたが、『プラネットアース』、『サムライトラベラーズ』の双方ともに、今の所大過なく無事過ごすことが出来ていた。