第272話 地下迷宮エリアへ!
「でね? その時ジョーディさんがさ……」
拠点の西側にある訓練場。その近くにある休憩スペースでは、先ほどまで訓練をしていた由里香と芽衣が話をしていた。
最近、近接戦闘をこなすようになってきた芽衣は、由里香相手に直接模擬戦などもしていたのだ。
リーチ的には槍の使い手というのは厄介な相手であるが、それは由里香にとっていい練習相手となる。
芽衣も同じような理由で、至近距離で戦闘を仕掛けてくる相手との戦い方を学ぶいい機会となっていた。
しかし由里香のハイペースにはついていけず、大分ヘトヘトな芽衣。
余り表に出さないようにはしているが、スタミナを使い果たした芽衣は、元気に話しかけてくる由里香に生返事を送っている。
「あっ」
それから少し休んで息も少し整ってきた頃、芽衣は西門から帰って来る北条と咲良の二人に気づく。
同じ『女寮』で寝泊まりしている以上、昨日の夜……正確にはパーティー編成会議後から、咲良が浮かない顔をしていたことに芽衣も気づいていた。
それは先ほど北条と二人で出かける前まで続いていたのだが、今は遠目でもわかるほどに、咲良に沈んだ様子は見られない。
「あ、あの二人帰ってきたんだね! おかえりいいいい!!」
芽衣の視線に気づいた由里香は、無邪気にそう言うとダッと駆けだしていく。
その由里香の後を、未だ体が動きたくないとゴネるのを誤魔化しつつ、芽衣も後を追う。
「おおう。相変わらず由里香は元気いっぱいだなぁ」
「えへへ。それだけがあたしの取り柄っすから!」
「ふふ、元気がいいのはいいことね」
「……そう言う咲良さんはすっかり元気みたいですね~」
しきりに頭部を気にした様子の咲良を見て、いつもの間延びした口調で芽衣が話しかける。
その視線は咲良が身に付けている髪飾りへと向けられていた。
行きの時にはこのようなものは身に付けていなかった筈。となるとこれは恐らく町で北条さんに……。
などと考え始めた芽衣に、由里香が気づいて話してくる。
「ん? あれ、もしかして芽衣ちゃん機嫌悪い?」
「え~、別にそんなことはないよ~。なんで~?」
「え、いや……なんとなく?」
仮に相手が本当に機嫌が悪かったとして、あまり本人に「機嫌悪いの?」と聞くのも良くはないかもしれないが、由里香は常に直球ストレートだ。
いつもはそんなまっすぐな部分が好ましく感じていた芽衣だが、今だけは少しそれが煩わしく感じてしまう。
「それより由里香ちゃん。そろそろお昼にしない~?」
「あ、そうだね! 二人はご飯食べてきたっすか?」
「いやぁ、まだだぞぉ。食材は買ってきたから、これから中央館で作ろうと思ってなぁ」
「わっ、それあたしらもご一緒していいっすか!?」
「別に構わんぞぉ」
「やった! 北条さんのごっはん~♪」
すっかり北条の料理によって餌付けされてしまった、ペットのような由里香。
ひとまず話が逸れたことで内心安堵していた芽衣も、美味しい料理のことを想像して、胸につっかえていたものが少しずつぼやけていく。
それから四人は中央館へと向かい、館の中で読書をしていたカタリナらとも合流し、昼食を済ますのだった。
▽△▽△▽
明けて翌日。
今日からは二つのパーティーに分かれて別々でダンジョンに潜ることになるが、最初の部分は両者とも行先が同じなので、途中まで一緒に行動することになっている。
大分賑やかになってきているダンジョン前広場を抜け、転移部屋へと移動すると、そこで待機している冒険者たちの視線が信也達へと向けられる。
そうした冒険者たちの反応にも慣れたもんで、誰一人気にすることもなく駄弁りながら迷宮碑まで移動していく。
途中で声を掛けられることもなく、二手に分かれて『サムライトラベラーズ』と『プラネットアース』が転移したのは、鉱山エリア入り口部分にある迷宮碑だ。
ここに転移した理由は、両パーティーの目的地へ移動する為には、ここが一番適していたからだ。
パーティーを入れ替えたことや、新メンバーでまだダンジョンに殆ど潜っていなかったロベルト兄妹を加えたことで、各人が登録した迷宮碑の場所もちぐはぐになってしまっている。
鉱山エリアやレイドエリアに関しては、すでにロベルト兄妹らも含めて全員転移が可能であったが、これから目指す場所はそうではない。
彼らがまず目指すのは、最初の始まりのエリアからの最初の分岐のある場所。
すなわち、五層にあるいくつかの分岐先のうち北西の下り階段の先にある、地下迷宮エリアを目指す。
今更この程度の低層の魔物など、信也達にとっては全く問題はなく、危なげなく五層を通過していく。
途中、いくつかのパーティーと遭遇することはあったがそこでも問題が起こることはなかった。
この五層は複数の分岐先があるという点と、初心者の冒険者パーティーにとっては格好の狩場であることから、こうして他のパーティーと接することが多い階層となっていた。
「こんなに人がいても、ダンジョンの魔物っていなくならないんっすね」
不思議そうに由里香も言っているが、これよりもっと人の混雑したダンジョンであっても、魔物が枯れるということはない。
ただ魔物の湧く数は決まっているようで、人が多いとそれだけ魔物と戦う機会は減ってしまう。
これから向かう彼らのメイン探索場所は、そうした混雑からはまだ少し遠い場所にあるので、魔物の数が少なすぎて困ることはないだろう。
「ここからが地下迷宮エリアね」
「ま、最初の方はさっきまでと大して魔物の強さも変わんねーし、ヨユーよヨユー」
陽子の言う地下迷宮エリアとは、猿の魔物がいた場所とはまた別の、五層の北西の下り階段の先のエリアのことだ。
現在冒険者たちで「地下迷宮エリア」といえば、このエリアのことを指す。
信也達が鉱山エリア十九層の隠し扉の先に見つけた場所は、未だに冒険者たちの話題に上がることはない。
名づけるなら、隠し扉の先は「第二地下迷宮エリア」といった所か。
今回のダンジョン探索では、『サムライトラベラーズ』がこの地下迷宮エリアの本ルートを進む。
そして『プラネットアース』が、地下迷宮エリア十層から分岐する、罠が多めに設置されているという、『罠迷宮エリア』を奥へ進むことになっている。
つまりこの地下迷宮エリア十層までは、一緒に行動する予定だ。
▽△▽
「ふぁぁ、ここもなんだか久しぶりだぜ」
「う、うう……。ここ骨多いっす……」
「ま、これくらいなら私でもまだいけそうね」
信也達が地下迷宮エリアに突入してから、数時間が経過していた。
実はこの地下迷宮エリアは、以前長井らがいた頃の『プラネットアース』がすでに探索していた場所だった。
あの時はちょっと無理をして二十一層まで辿りつき、カメの魔物の前に敗退を喫して逃げ帰っていた。
今回は北条と共に、『サムライトラベラーズ』としてそのカメの魔物が出るエリアまで向かう予定なので、龍之介はあの日のリベンジを果たすつもりで燃えていた。
一方このエリアに初めて訪れた元『サムライトラベラーズ』の面々の反応は様々だ。
陽子はまだこの階層なら自分一人でも一対一で戦えそうだ、と冷静に判断していたし、由里香はこのエリアによく出る二種類の魔物のうち、動く全身骨格見本みたいなスケルトンに辟易としていた。
最初は単純に骨が動いてるということでビビっていた由里香だが、戦っていくうちにすぐにその点に関しては慣れていった。
ただ、スケルトンを殴った際の感触がどうも好きではないらしく、殴りつけるたびに微かに眉を顰めている。
そんな由里香の想いとは裏腹に、スケルトンたちは打撃に対して弱いという特性を持っている。
別段、剣や槍といった攻撃に強いという訳でもないのだが、それよりは殴り系の攻撃やメイスなどの攻撃がより効果的なのだ。
今はまだ苦戦するような相手は出てきていないが、今後スケルトンのランクが上がっていけば、更に由里香の攻撃特性を活かすことができるだろう。
この地下迷宮エリア六~十層の間には、他にゴブリン達も良く出てくる。
それもケイブ種ではなくノーマル種なので、暗視の能力を持っていない。
地下迷宮エリアは等間隔に壁に明かりが設置されているので、明かりに困ることがないせいだろうか。
これら骨とゴブリンの他には、コボルト系の魔物も出てくる。
この異世界に於けるコボルト種は、犬系の種族でも爬虫類系の種族でもない。
見た目は小人族か? というくらい背丈は低く、人族の子供ほどの背丈をしていて、体表の色はノーマルゴブリンと同じ緑色。
と、ここまではゴブリンとそう変わらないのだが、コボルトは見た目が小悪魔的なオッサンのような面構えをしている。
鼻が高く、耳も蝙蝠の羽のような形をしていて大きい。
胸部分には毛がボーボーと生えていて、何故か知らんがみんな小憎らしい表情をしている。……もっとも、彼らにとってはそれが真顔なのかもしれないが。
「ハッ! "旋体脚"」
「えいっ! "チャージスピア"」
そんなある意味ひょうきんなコボルト達も、スキルの練習台とばかりに、普段あまり使わないようなスキルの練習台と成り果てている。
階層を下りていくと、コボルトの上位種であるビッグコボルトやシルバーロットなどの魔物も出て来たが、それらを歯牙にもかけず先へと突き進む。
すでにこの辺のフロアは探索済みで地図も作成していたが、完全に埋めていた訳でもない。
鉱山エリア十九層のように、隠し扉がこっそり設置されていてもおかしくはないのだ。
そのためマップの埋まっていない場所を探りながら、徐々に下へと下りていく一行。
出現する魔物自体は問題はないが、地図をきちんと埋めていくという作業はなかなか手間がかかる。
結局、彼らが十層にたどり着いた頃には、次の日の遅い時間になってしまっていた。
仕方ないので、その日はそこでキャンプをすることにして、次の日からようやく二手に分かれて探索をすることになった。