第28話 ダンジョン報奨金
「ダンジョン報奨金?」
ジョーディが深刻な表情で伝えてきた言葉を、オウム返しする北条。
「ええ、ダンジョンは冒険者にとって恵みも不幸ももたらしますが、一般の人にとってもそれは同様です。安定的な魔石の供給源として、ダンジョンの価値は計り知れませんが、魔物暴動などの危険性もあります。その為、冒険者ギルドは未発見のダンジョンの発見に力を入れており、発見した者には報奨金を支払っているのです」
先ほど北条が考えていたような出来事が"魔物暴動"というものなのだろうか。
ともあれ、報奨金が支払われるということなら有難く受け取っておけばいい。
となれば、気になるのはその報奨金の額だろう。
どうしても抑えきれなかったのか、龍之介が横から口を挟んだ。
「それで、報奨金ってのは幾らなんだ!?」
「ええとですね、発見者には金貨十枚が進呈されます。ただ、複数人で発見した場合でも一律十枚ですので、貴方達の場合は十二人で分配となりますね」
その声を聞き「おーっ!」と声を上げる者もいれば、いまいちピンと来てない者もいた。
それも仕方ない。金貨といえば高そうなイメージはあるが、それが実際どれだけの価値があるのか彼らはまだ知らないのだ。
そこで、今まで大人しく話を聞いていた信也が尋ねた。
「ちなみに、金貨とはどのくらいの価値なのだ? この国の貨幣についてまず教えてもらいたいのだが……」
ジョーディは「そういえば、そうだった」と信也の質問に思わず呟き、それからこの村の属している『ロディニア王国』で使われている貨幣について説明を始めた。
「えーと、まずはここ『ロディニア王国』では〈パノティア貨〉が基本的に採用されています。俗に〈帝国貨〉とも呼ばれるものですね。そして価値の低い順に、銭貨、銅貨、銀貨、金貨、魔金貨に分類されます。魔金貨の上にもう一つ竜貨というのがありますが、まあ一般人が目にすることはないでしょう。そもそも私は魔金貨ですら見たことないですからねぇ」
そもそも竜貨ともなると、この『ロディニア王国』で、数枚あるかないか程らしい。ただ、この国自体が大陸の辺境にある弱小国家らしいので、本家である帝国ならば、大商人や英雄クラスの冒険者なら所持している可能性があるそうだ。
「まあそんな私たちに縁のなさそうな貨幣は置いといて……まずは銭貨から説明しますと、こちらは基本的には帝国が発行している鉄貨となるんですが、他にも小国が独自に発行しているものや、過去に使用されていた他国の硬貨。今はなき滅びた国の硬貨などをまとめて銭貨と呼んでいます。鉄貨以外のものは、決められた価値というものもなく、使用されている金属や重さなどを見て、商人らが各々判断しています」
なんだか随分と適当な扱いだが、つまりは信用価値がないということだろう。
「それは、例え銭貨と呼ばれるものでも、ものによっては銀貨や金貨に相当するものもあるということか?」
「そうですね。"貨幣"としての価値がなくても、"金属"としての価値はありますからね。他にも、酔狂なコレクターなどは、古い貨幣なんかを高く買い取ってくれるらしいですよ」
その辺は世界が変わろうとも同じか、と納得する信也。
「それで、銭貨の上が銅貨。こちらは一、十、二十五、五十銅貨に分かれていて、それぞれ銅の含有量と大きさが違います。銅貨百枚で銀貨一枚となり、こちらは一、十、五十銀貨に分かれています。そして銀貨百枚で金貨一枚となり、一、十、二十五金貨に分かれます。魔金貨はそれまでと違い金貨五十枚で一枚換算になります。一応魔金貨も種類が複数あるんですが、私は一魔金貨すら見たことないですね」
一辺に言われたので、細かい所までは把握できなかった者もいたが、概ね使用されている貨幣については理解できた。後はその価値だ。
「その辺については理解したぁ。ただ、問題なのは比較対象を知らないってことだぁ。ここの村人が一年過ごすのには、幾らかかるんだぁ?」
北条のその質問にジョーディは少し「あれっ?」と思ったが、表には出さず質問に答えた。
「えーと……ここの村人は基本的にお金を使いませんから、具体的な数字は分かりません。私はこの村の出身ではなく、近くにある『鉱山都市グリーク』の出身なんですが、そこの一般市民一世帯が一年で必要な金額が、大体一金貨から一金貨と五十銀貨ってとこですかね」
ジョーディの言葉に頭でそろばんをはじき始める一同。
「もっと身近な話でいえば、グリークの街で中堅クラスの宿屋に泊まるとしたら、大体一泊食事つきで二十銅貨から五十銅貨ってとこですね」
より具体的な例が出たことで、金貨一枚の価値が思ったより高いのではないか、という共通の認識が一同に生まれる。
と同時に、信也が先ほどの会話で気になったことを質問する。
「村人がお金を使わないというのは、物々交換が主流ということか? それとも農奴制を取っているのか?」
「物々交換はよくしてますよ。ノード制? ってのはよく分かりませんが、農民は基本その村の村長が管理して、年貢の一部が税金として支払われるので、人頭税などもありません。生活品で手に入らないものは、村長がまとめて注文して行商人が届けてくれますし」
脇で「にんとーぜー?」と、ハテナマークを浮かべている龍之介を無視して考え込む信也。
「それと、行商人との取引で一応農民も僅かな蓄え位はあるので、細々とした金銭取引は一応あります。大抵は何かあった時の為に、僅かに貯蓄している程度でしょうけど」
「なるほどぉ。今回の村人の依頼も、年貢とは別扱いであるビッグボアの売却金から捻出された訳だぁ」
要するに、村人の納める年貢は収穫量に応じた農作物であって、それ以外の内職で稼いでいる者もいるということだ。
無論これが、農民ではなく猟師であったら納めるものが、農作物から狩りで獲た獲物になるのだろうが。
「それでは冒険者というのは、どういう扱いになるんだ?」
何やら考え込んでいた信也が、ジョーディへと気になっていたことを尋ねる。
その質問に対し、何やら圧を増した感があるジョーディが答える。
「冒険者というのはですね、人によってはあちこち移動したりするので、人頭税を取っている国はほとんどありません。代わりに、依頼料の一部が毎回税金として引かれることになります。それを各々のギルドが所属している国にまとめて納税している形になります」
妙にはりきりだしたのは、やはりギルド職員だからだろうか。
ジョーディの急変振りに少し驚きながらも、信也はさらに突っ込んだ質問をしていく。
「ん? つまり冒険者ギルドというのは、国ごとにばらばらに存在している組織なのか?」
「あ、いえ。確かに他国のギルドとは距離の問題もあって、関係が深いとまでは言いませんが、冒険者ギルドは国境をまたいだ組織となっています。昔は仰る通り、組織もばらばらでしたが、今は一つに統合されているんです。ギルドは冒険者を支援する為に、各国に支部を設置し、それぞれの国で契約を結んだいわば商人のようなものですね。乱暴なくくりにはなりますが」
分かったような分からないような。話を聞く限り、幾つか気になったことも出てくるのだが、今はとりあえず深い話はここまでにして、報奨金の話に戻そう。そう思って話題を戻すことにした信也だったが、
「あ、えっと、報奨金は今すぐにお渡しはできないんです。まずは職員である私がダンジョンを確認しないといけませんし、そもそもうちの出張所にはそんな大金がないんです。すいません」
「えっ? ってなると、俺の金貨ちゃんはどうやってもらうんだ?」
すっかり金貨を手にした気分になっていた龍之介が、良い夢から無理やり目覚めさせられたかのような気分で尋ねる。
というか、そもそも十二人で報酬の金貨十枚を割ったら、どっちみち金貨でもらえないことには気づいていない。
「それは……まずは私がダンジョンの確認をした後、《グリークの街》のギルド支部に報告を送って、申請が受理されたら《グリークの街》に直接出向いてもらうことになりそうです」
「えー、すぐにもらえないんっすか?」
「マジかー、さっさと金もらって装備整えたいのに!」
若年組が騒ぐ中、落ち着いた口調の信也がジョーディに尋ねる。
「では、そのダンジョンの確認は何時頃行えるんだ?」
「先ほども言いましたが、私は結構暇なのでいつでも構いませんよ。あ、でも今日はもう今からだと遅いと思いますので、明日の朝早くからがいいでしょう」
一刻も早く報奨金をもらいたい身としては、今すぐにでも飛んでいきたい所ではあるが、今は回復役の二人もいないので結局ジョーディの提案を受けることになった。
それからはしばし雑談を交わしていたが、しばらくすると玄関から村長の声が聞こえてきたので、話を取りやめみんなで玄関へと向かうのだった。