第267話 隠し扉の先にあるもの
結局の所、あれから冒険者が鉱山エリア二十層に現れることもなく、静かな夜を過ごした一行は、目的地である十九層にある隠し扉へと向かった。
すでに二十層に到達し、更に先のエリアへと進んでいる冒険者は何組も存在しているが、ここの隠し扉を発見したのは一体いかほど存在するのだろうか。
久々に訪れたその場所は、以前通った時とほとんど変わらず、人の出入りがあるようには思えなかった。
「へえ、こんな風になってたんッスね」
ロベルトらはもちろん、信也達もこの場所を訪れるのは初めてだ。
十九層の隠し扉を抜けた先は、ここに来るまでに下ってきた鉱山エリアを構成する山の外周部分になっている。
かなり急な斜面になっているこの山は、周囲の空間に明かりが存在しないため、全貌を確認することはできない。
その分、迫力というかなんというか。巨大なものに対する圧迫感のようなものは薄い。
「ねえ。そういえばこの場所ってまだしっかりは調べてないわよね?」
「んー? そうだなぁ」
「なら前とは逆回りに回って、外周を調べていかない?」
前回来た時とは違い、今回は大分余裕もあるし時間もある。
山をぐるりと囲む外周部分はかなり広そうに思えるが、ここは魔物も少ないらしく、見て回るだけならかなりのペースで回れそうだった。
陽子の提案を受けた北条が、チラリと信也へ視線を移す。すると信也は静かにコクリと頷きだけを返す。
こうして外周部分の探索が始まった。
どうもこの場所は魔物が少ないだけでなく、罠なども一切張り巡らされていないようだった。
魔物も地面を移動するような魔物の姿はなく、空からたまに蝙蝠系の魔物がやってくる程度。
それも集団ではなく集団からはぐれたような奴らばかりだ。
初めのうちは罠にも注意を払っていたせいで、移動速度も抑えられていたが、罠がなさそうだと分かるとグングンと先へと進むようになっていく。
そうして前回とは逆向きの方角にぐるりと外周を回っていくと、ある地点で北条が全員を制止させる。
「ちょっとストップぅ」
「わ、突然なんっすか」
北条の隣を歩いていた由里香が、突然の制止の声に少し驚いた声を上げる。
「そこの外周の壁の一角……、"空間感知"によれば、向こう側に通路のような構造があるようだぞぉ」
そう言って、どこまでも続くような高い外壁部分の一角を指さす北条。
上の方が暗くて見通すことのできないこの絶壁は、見るものを不安に誘う。
天辺の見えない壁は威圧感のようなものもあって、みんなが移動しているのも山よりのルートだった。
「……見て、来ます」
北条の指摘を受けて、楓がいち早く行動に移った。
指摘された壁の辺りを何やら調べていた楓は、少し凹んでいた土壁の一部分を発見する。
その窪みの奥、真下からのぞき込まないと分からないような部分にスイッチのようなものを探り当てた楓は、盗賊系スキルで罠などを確認した後に、仕掛けを作動させる。
「お、おおおぉ……」
すると仕掛けに連動して、外壁の一部分が左右へと押し開いていき通路が姿を見せる。
通路には他の鉱山エリア同様に松明が設置されているので、中はほんのり明るい。
「ひとまず、入り口近くにわ、罠はなさそうです……」
「よし、でかしたぁ。じゃあちょっくらこの先を見ていこうかぁ」
「陣形はこのままで良さそうだな」
「へいっ! では僕が先頭で行くッス」
威勢の良い声で返事するロベルトを先頭に、前衛や後衛などが隊列を組んで新しく発見された隠し通路を進んでいく。
通路には魔物の姿もなく、罠の存在も見つからない。
二、三分ほど歩いていると徐々に変化が表れてくる。土壁だった周囲の環境が、人工的な石壁で組まれたようなものへと変わっていったのだ。
この辺りの構造は、もうひとつの隠されていない通路の方と似たような作りだ。
あちらの通路ではその先に下り階段があって、新しいエリアへと通じていた。
しかしこの隠し通路の奥に待つのは下り階段ではなく、突き当りだった。
とは言っても、行き止まりになったという訳ではない。
突き当り部分は小さなホールのような空間が広がっていて、最奥の部分にはこれ見よがしな扉が配置されているのだ。
すでにロベルトがその扉やこの小さなホール状の空間について、罠の調査を行っているが問題は発見されていない。
ただひとつ。
扉に刻まれた文字以外には。
『腕に自信のある者達の挑戦を待つ』
これ見よがしに扉の表面に刻まれた文字は、下位魔法文字で書かれていて、信也達はハッキリとその意味を読み解くことができない。
とはいえ、彼らがこの世界に来るときに脳内に刻み込まれたヌーナ語は、元を辿れば下位魔法文字へと行きつく。
そのため、古文を読み解くような感じで部分的に意味を読み取るといったことは可能だった。
「ほぉう……」
「『腕に自信のある者達の挑戦を待つ』、ねぇ」
しかしこの場には下位魔法文字を解する者がいたので、信也達も正確な意味を知ることができた。
ダンジョンでは、稀にこうした文字が刻まれた扉なりオブジェなりが見つかることがある。
それらは大体下位魔法文字で刻まれているので、熟練の冒険者の中には下位魔法文字を習得している者もいる。
カタリナもそのタイプで、元々頭を使うタイプで知識欲もある彼女は、下位魔法文字をきっちり習得していた。
「で、どうするの?」
「ああん? 決まってんだろう! 俺たちの腕の見せ所じゃねーか」
「で、でも、わざわざこうして"警告"があるってことは危険じゃないですか?」
「つったって、ここと繋がってる鉱山エリアじゃあF~Eランクの魔物しか出てなかっただろ? それを踏まえりゃあ、強いったってDランクの魔物でも倒せるオレらの敵じゃねーよ」
「でも、もう一つの通路の先のエリアでは、いきなりCランクの魔物なんてのも出てくるのよ? ここだってどんな敵が待ち構えてるか分からないわ」
「ぬぬっ……。確かにそーかもしんねーけど、それでも今は二パーティーでいるんだし、北条のオッサンもいるから最悪な事態にはなんねーだろ」
この扉の先に進むかどうかで議論が交わされていく。
その話の流れとしては、十二人のメンバーは慎重なタイプが多いので、先に進む派より進むのに反対派の方が多い。
といっても完全に反対だというのではなく、先に進むにしても何か策を講じた方がいいという意見も出ている。
「北条さんはどう思う?」
信也が意見を求めると、北条はゆっくりと閉じていた瞳を開ける。
そして、議論の間じっと沈黙を守っていた北条が意見を述べた。
「……ここは引き返す方がいいだろう」
「えっ!」
北条の撤退意見に龍之介がマヌケな声を出す。
「北条さんがそう言うってことは、この先はヤバそうね」
「コクコクッ……」
策を講じて進む派にシフトしつつあった陽子も、北条の言葉を受けて完全撤退派へと宗旨替えする。
楓も北条の提言には全面肯定のようだ。
「そんなに、危険なのか?」
この場には"危険感知"のスキルを持っている者もいるが、危険と判断する原因に接する前の段階なので、"危険感知"のスキルは働いていない。
この状況でそれを知るには予知系のスキルが必要だ。
「そう、だなぁ。俺の"占術"スキルによると、このまま進むとマズイことになりそうだと出ている」
"占術"スキルは魔法スキルの中でも変わり種であり、時間属性の適性がないと習得が困難な為、所持者は少ない。
例えスキルを所持していても、適正が無いと占いの精度も下がるしスキルの熟練度も上がりにくいのだ。
「"占術"スキル……。そんなものまで使えるのね」
「あぁ。最もピシャリと言い当てられる訳ではないんだがぁ……。少なくともこの先に進めば、確実に何らかの不幸な出来事が起こるのは間違いなさそうだぁ」
この時北条はこの場にいる全員で先に進んだ場合と、自分ひとりで先に進んだ場合について占っていた。
その結果は、全員で進んだ場合は先ほど北条が述べた内容であり、ひとりで進んだ場合は、災いの気配は遠のきはするが、困難が待ち受けているという結果が出ていた。
「そう……かよ」
具体的な内容には触れていないというのに、確実に不幸が訪れると断言する北条。
それに対し、龍之介もそれ以上強く意見を通すことは出来なかった。
そして、あれだけの能力を持ちながらも、揺ぎ無く撤退という結論を下す北条に対し、格の違いのようなものを感じていた。
先に進むということに関しては、実はそこまで拘っている訳ではない龍之介。
ただ挑発的な文面があったので、少しムキになっていただけだった。
それよりも、もし自分が北条のようなチート能力を持っていて同じ状況になった場合、撤退という選択を取っていただろうか、とつい考えてしまう。
これまでも慢心して痛い目に遭ってきた龍之介。
それが龍之介の根本的な部分であるのか、これまで意識してどうにかしようとしても、どうにもならない部分が存在していた。
表には出さないし、本人もそうは思っていないのかもしれないが、心の奥底ではそうした慢心によって、いつかとんでもない失敗をおかすのではないか、という不安があった。
「そんならさっさとここを抜けよーぜ」
そうして今回もその心の底に蓋をして、不安を押し込める龍之介。
このままでは良くないなと、今回の北条の対応を心に刻み込む。
それから元の鉱山外周の探索に戻った一行。
以降は隠し通路の発見もなく、そのままぐるりと回って、以前発見した通路の所まで辿り着く。
この先が猿の魔物が待ち構える地下迷宮エリアになっている。
前回の経験を思い出し、緊張した様子の由里香や陽子たち。
彼女たちの雰囲気に呑まれたように緊張感がいきわたる中、一行は今回の探索の最終目的地へと乗り込むのだった。




