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閑話 『魔法鍛冶師』ルカナル その5


「エリカアアアアアアァァァァッッッ!!」


 それを見た瞬間、僕は籠を放り出して駆けだしていた。

 幸いエリカと魔物の距離は少し離れていて、僕が駆けつけるのもギリギリ間に合った。


「ウワアアァァァッ!」


 彼女を庇うような位置取りで立ちはだかった僕に、魔物の攻撃が襲い掛かる。

 その一撃によって僕の身に付けていた鎧は切り裂かれたけど、体にまで攻撃が届くことはなかった。

 属性ウルフの皮をもとに、〈オーガの皮膚〉を張り付けて防御力を高めた試作の鎧は、確かな防御力を見せてくれた。


 けど、まさかこうもあっさり鎧が切り裂かれるとは思っていなかった。

 これほど攻撃力が高いなんて、GランクやFランクの魔物ではありえない。

 恐らくはEランク……もしかしたらDランクの魔物なのかもしれない。


 僕は目の前の魔物――大きなカマキリの魔物を睨みつける。

 人間と同じ背の高さをしているカマキリの魔物は、「シュウゥゥ」と不気味な呼吸音を発している。

 両手部分は鋭い鎌のようになっていて、恐らくさっきの攻撃はその部分で切られたんだろう。


 冷静に考えて、僕の太刀打ちできる相手ではなかった。

 さっきの攻撃を防げたのは、僕の作った鎧のお陰だ。それもたまたま鎧部分で上手く防げたからいいものの、下手をすれば腕ごと持っていかれてたかもしれない。


「エリカ! こいつは僕が引き付けるから早く逃げるんだ!」


「で、でも……」


「いいから、早く!」


 エリカに呼び掛けた直後、「フォォン」という風切り音と共に、魔物の攻撃が僕に襲い掛かる。

 目をそらさずに魔物の動向を窺っていた僕は、かろうじてその攻撃を躱すことに成功した。

 こんな強い魔物を前にしながらも、恐怖に飲まれることなく体が動いたのは、背後に守るべき存在がいたからだろう。


「ルカナルッ!」


 その魔物の攻撃を見たエリカは、真っ青な顔をしてその場に立ち止まってしまう。

 ……マズイ。このままでは二人ともこの魔物の餌食になってしまう。


「僕のことはいいから、早く逃げるんだ!」


「でも……でも……ッ! ルカナル一人を置いていけないわ! 一緒に逃げるのよ!」


 そのエリカの声は、ただ恐怖に呑まれていただけではなかった。

 彼女が普段から見せている芯の強さが感じられる。

 このような状況でも自分だけが助かることを良しとせず、欲張りにも双方が助かる道を信じて最後まで足掻く。

 そんな強い彼女の意思が感じられた。


「……わかった。僕はどうにかこの魔物に一撃当ててみる。それでひるんだ隙に逃げ出そう」


「うん、分かった!」


 そう言って僕は魔物へ一撃ぶち当ててやろうと、戦闘用のハンマーを手に取った。

 魔物はジリジリと僕の方へと近づいてくる。

 あの鎌の攻撃射程はどれくらいなのか?

 少なくとも僕のハンマーの射程よりは長いはず。

 では、相手に一撃当てるにはこちらの方から先に動かないといけない。

 それはどのタイミングだろう?


 僕の頭の中に次々と疑問が浮かんでくる。

 一分一秒が短く感じる時の流れの中、僕の思考は加速していく。

 額を流れる汗が、妙に冷たく感じる。

 そしてその冷たい汗が大地に向かって垂れ落ちる、その瞬間!

 僕は魔物に向かって駆けだした。

 ……いや、駆けだそうとした。


 その瞬間ッ!


 再び死を彷彿とさせるような、あの風を切り裂く嫌な音が、僕の耳に届く。

 同時に、僕の額部分が妙に熱く感じられたかと思うと、額から液体が流れてくるのを感じた。


 咄嗟に僕は額に手を当てる。

 すると、その手には真っ赤な液体が付着していた。


「グゥ……ッ!」


 魔物の攻撃範囲外ギリギリの所から、一気に駆け寄って攻撃しようとした僕だったけど、どうやら駆けだす前に魔物の攻撃範囲に入っていたようだ。

 ただそれでも射程範囲的にはギリギリだったようで、僕の額の傷は浅い。

 飛び出すタイミングが一歩早かったら、今頃どうなっていたことだろうか。


 その考えに思い至ると、僕の体は反射的に後ろへと下がっていた。

 それは本能的な行動だったけど、おかげで続く鎌の攻撃を躱すことに成功していた。

 けどほんの少し僕の命が繋がっただけだ。

 このままでは、またすぐにでも死の危険がやってくる。


「エリカッ! 逃げるよ!」


 そう思った時、僕は破れかぶれの面持ちで両手に持っていたハンマーを、魔物へと思いっきり投げつけた。

 と同時に、魔物と反対方向へと逃げ出す。


 背後からはハンマーが魔物にぶち当たる音と、忌まわしそうな声を上げる魔物の声が聞こえてくる。

 背を向けて走り出したので詳細まではわからなかったけど、どうやらハンマーは上手く命中してくれたらしい。

 その間に魔物との距離を少し稼ぐことが出来た。


 魔物も態勢を立て直してこちらを追ってくるけど、あの攻撃力の高さの割には敏捷は高くないみたいだ。

 つかず離れずの距離のまま、僕らは町とダンジョンを繋ぐ小道へと向かう。

 そこまで行けば、通りがかりの冒険者に助けを求めることが出来るかもしれない。



 息も絶え絶えに僕らが小道まで辿り着くも、そう都合よく冒険者が近くにいるということはなかった。

 こうなったら町の方に向かって逃げるしかない。

 息も荒く、互いに口を利く余裕もない僕らは、互いに目を合わせて無言でコンタクトを送り、そのまま町の方へ向かって走り出した。


 カマキリの魔物はよほど腹を空かせているのか、しつこく僕らの後を追ってくる。

 逃げ始めてからまだ十分くらいだけど、すでに僕らの息は上がっていて足もどんどん遅くなっていく。

 それに比べ、魔物の方はまったく足が鈍る気配はない。

 徐々に、徐々に追いつかれていく。


 そして魔物との距離が近づき、背後の魔物の様子を窺おうと首だけで後ろを振り返った時。

 魔物の腕が袈裟斬りに振り下ろされるのを僕は目撃した。


 その一瞬後。


 僕の右後ろ足部分は、魔物の攻撃によってスパッと切り裂かれてしまっていた。


「ゥアアアッッ!」


 僕はその場で倒れこみ、切られた部分を手で押さえつつ魔物の方に体を向ける。

 何が起こったのか分からなかった。

 追いつかれてきてたとはいえ、魔物との距離はまだあったハズなのに!

 僕のそうした動揺など構うことなく、魔物はようやく追いつめたとばかりに、醜悪な呼吸音だか鳴き声だかを上げる。


 地面に座りこんでいる今の僕からすると、人の背丈ほどもある魔物はまさに怪物そのものだった。

 その怪物の眼には、僕の恐怖におびえる顔が映っていることだろう。


 けど、僕がここでこうして足止めをしておけば、エリカが逃げ出す時間を稼げる筈。

 そう思えば、今にも振り下ろされそうな魔物の鎌も怖くはなくなって……、


「ルカナルウウウウウゥゥゥッッ!」


 その声に僕はハッとする。


 後ろを振り返ると、エリカは町の方へ逃げるのではなく、僕の方へと駆け寄ろうとしていた。

 それを見て僕の心の中には、どうしようもない絶望の気持ちと、自分の不甲斐なさに心が押しつぶされそうになる。


 魔物の方も、エリカの叫び声に注意を逸らされたようで、今にも振り下ろされそうな鎌の動きが止まっている。

 このどうしようもない状況に、僕は思わず天を仰ぎ、神へと祈りを捧げる。



 ……その祈りの声が届いた、という訳ではないと思う。



 ただ、僕が森の切れ間からのぞく空を仰いだ時、目に映ったのはこちらへと飛んでくる黒い点だった。

 その黒い点はあっという間に大きくなっていき、すぐにそれが空を飛ぶ鳥の姿だということが分かった。


 その鳥はまるで狙いを定めたかのように、こちらへと急降下してくる。

 そしてその勢いのまま、カマキリの魔物へと体当たりをかますように突っ込んでいった。

 カマキリの魔物はその急降下の一撃によって、胴体部分をぶち抜かれて体が分断される。

 それでもかろうじてまだ動いていたカマキリの魔物の頭部を、飛んできた鳥――タカの魔物が嘴で激しく突き、完全に息の根を止める。


 目まぐるしく変化する現状に、若干頭がついていけてない部分はあったけど、僕は一つ確信をしていた。

 それは、目の前のタカの魔物は先ほどのカマキリの魔物より上位の存在なのだと。


 流石に今度こそもう終わりなのか、と最早悟りの境地でタカの魔物を見つめる僕。

 タカの魔物の方も何故かしばらくジッとこちらを見ていたかと思うと、せっかくの獲物であるはずのカマキリの魔物のことも無視して、そのまま狭い森の切れ間から大空へと羽ばたいていった。


「助かった……の?」


「どうやらそうみたい……だね」


 近くまで駆けよっていたエリカが、茫然とした様子で声を掛けてくる。

 僕は切り裂かれていた右後ろ足の部分を、布できつく縛りながら答えた。

 多分あの時の魔物との距離からして、足を切り裂いたのはあの鋭い鎌ではなくて、魔法か何かだったのかもしれない。

 でなければ、ボクの右足は綺麗さっぱり切断されていただろう。


 それから僕はエリカの肩を借りながら、ゆっくりとした足取りで町へ続く小道を歩く。

 未だに生きた心地がしない僕らは、ずっと無言のままだった。

 やがて、町へともう少しで到着という段になって、前方から歩いてくる人の姿が見えてきた。


 一人で歩いているので、ソロの冒険者なのだろうか。

 そういった冒険者たちがいるのは聞いたことがある。

 なんでもダンジョン前の広場で、同じような境遇の者同士パーティーを組んで、ダンジョンに挑んだりするらしい。


 けど近づくにつれて、相手はソロの冒険者ではないことが分かった。

 小道の先から歩いてきた男の人は、僕の良く見知った人物だったからだ。


「ホージョーさん!」


 僕は思わず大きな声を上げた。

 そしてようやく僕は心の底から大きく息を吐いた。

 かの悪魔殺し(デーモンスレイヤー)の英雄がいれば、もう何も怖くない。僕らは助かったんだ、と。





 それからホージョーさんは僕のケガをポーションで治療すると、護衛として町まで付き添ってくれることになった。

 何で一人でこの道を歩いていたのかは分からないけど、迷惑をかけることになってしまって、僕は道中ホージョーさんに謝罪の言葉を述べていた。


 ホージョーさんは気にするなと言ってくれたけど、あの時ホージョーさんと遭遇した時の、僕の九死に一生を得た感覚は忘れられるものじゃない。


 そして、あともう一つ……。


 僕が死を間際にした時に颯爽と現れたタカの魔物。

 図々しいことかもしれないけど、僕にはあのタカがまるで天の使いのように感じられた。

 あのタカの魔物が現れなければ、僕もエリカもあの場で屍を晒していたことだろう。




▽△▽△▽




 そういった出来事を経験して、僕の心に強烈に焼き付けられたタカの魔物のことを、僕は自分の印章にすることに決めた。

 今後僕が制作する武具には、僕が作った証としてタカをモチーフにした印を刻むことになる。

 ホージョーさん達から製作を頼まれていた防具にも、タカのマークが刻まれることだろう。


 命の危機を切り抜けた僕は、急激に物作りへの意欲が高まってきたことを意識する。

 無事に親方の待つ工房まで帰った僕は、その意欲のままに防具の作成を始める……その前に、〈ギュルン草〉の採取をやり直すことにした。



 今度はしっかりと、冒険者に護衛依頼を出すのを忘れずに……。








現時点でのルカナルのステータス


≪ルカナル 24歳 男 人族≫

≪レベル:19≫

≪職業:魔法鍛冶師≫

≪スキル:槌術、軽装備、器用強化、魔力強化、魔力操作、スマッシュ、マジックスマッシュ、金属魔法、鍛冶、製錬、魔法鍛冶、魔法精錬、金属加工、工具取り扱い、日曜大工、鞣皮、革細工、魔物素材加工、魔法鞣し、裁縫、魔力消費軽減、金属知識、武具知識、火耐性、閃光耐性、熱さ耐性≫



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