第250話 勲章授与
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アーガス一行を中央館へと招いた北条たちは、会議室へと通した。
そこで護衛の騎士以外全員が着席をした後に、改めて互いに自己紹介を行った。その場での事。
「ああっ!!」
急に陽子が大きな声を上げた。
その突然の声に、最後に自己紹介をしていたエスティルーナがビクッと体を反応させる。
それを見た陽子は冷や汗を流しつつ、申し訳なさそうに謝罪した。
「あ、あの、突然すいません……」
「別に構わぬが、どうしたのだ? エスティルーナ殿を見て声を上げたように見えたが」
「あ、は、はい。あの、彼女には以前に《鉱山都市グリーク》で暴漢に襲われた際に、助けてもらったことがありまして」
「……暴漢?」
そう言って、冷たさを感じさせる表情で記憶を探るエスティルーナ。
「はい。今ここにはいませんが、あと二人。男性と男の子の三人で行動していた時に絡まれたんです。特に男性の方は危険な状態になって、その時に貴女の魔法で治癒までしてもらいました」
「……そういえば、そんな事もあったな。男性の方は無事だったのか?」
「おかげ様で助かりました。今も私たちとは別のパーティーで、ダンジョンに潜っている所です」
「そうか。ならよかった」
素っ気ないエスティルーナの言い方であったが、気にも留めていないとか路傍の石ころを見るような目ではなかった。
クールな表情のため分かりにくいが、本当に言葉通りに良かったと思っているのが、微かに声色から伝わってくる。
「なるほど。エスティルーナ殿と面識があったようだな。にしても我が町でそのような事に巻き込まれるとは、俺の手抜かりであった」
「い、いえ、あの……大丈夫! です。奴らとはケリをつけましたし」
「ケリ?」
「えっと、実は……」
そう言って陽子は、その後山賊として襲ってきた暴漢を返り討ちにした話を語った。
いきなりこんな話をしていいのかと戸惑いながら話す陽子だったが、思いのほかアーガスは話に真剣に耳を傾けていた。
「なるほど。そうして賊を返り討ちにし、その後はダンジョンに潜り続け今やEランクの冒険者となった訳か」
興味深そうに頷くアーガス。
その後もアーガスの求めに従って、悪魔事件のことについても話すことになった陽子。
ぼへーっと話を聞いているだけの北条を見て、「なんで私が……」と思いつつも話を続ける。
「父上、そろそろ本題に入っては如何でしょう」
「む? そうであったな。だが、その前に聞きたいことがある」
そう言ってアーガスは陽子から北条へと視線を移す。
「この砦はホージョーが主体となって建設していると聞いたが、目的は何なのだ?」
「それは、ここに家を建てて暮らすためだぁ」
「……家?」
「今は村長に家を借り受けているがぁ、いつまでもという訳にはいかんのでなぁ」
「ふむ。しかしただ家を建てただけにしては、ここの防壁は随分と過剰な設備ではないかね?」
「それは観点の違いという奴だぁ」
「ほほう。では、どう違うのか聞かせてもらおう」
二人の会話をハラハラとした様子で見守る咲良と陽子。
確かに無礼な言葉遣いをしている訳ではない北条だが、貴族を相手にしてふさわしい言葉遣いではない。
この大陸で使用されている言語にも敬語というか、目上の人に対して使うような言葉遣いというものは存在する。
時と場合によっては、貴族に対して普通に話しかけた場合、無礼であるとして切り捨てられることもあり得た。
ただ、貴族側も一般庶民が貴族言葉を上手く話せないことは重々に承知しているので、言いがかりをつけたい時や、権力を振るいたい時など以外に、無暗にそのことを咎めたりはしない。
特に公式な場ではなく、私的な場での話し合いとなれば猶更だ。
「あー、それはつまり、グリーク卿は過剰な設備とおっしゃるがぁ、俺からするとそうではないということ。あの壁を作るのに俺はそこまで労力を掛けてはいない。なので、わざわざ規模を小さくする必要もないということだぁ」
「なるほど……。確かに其方は、アウラではひと月かかると言っていた壁の補強工事を、僅か二日で終わらせたのだったな」
「その通り。そもそもあの壁は防壁ではなく"外壁"であるし、ここは砦ではなく"拠点"のつもりで作っているぅ。要は、クランハウスのようなものだとご理解頂きたい」
「クラン……ハウス、か。あの"外壁"に仕込まれている魔法による強化も、片手間に行った、ということか?」
アーガスの言葉に陽子らは僅かに表情を強張らせる。
話している当人の北条はまったく自然体のまま話しているが、陽子らの反応を見れば何かあると勘が鋭いものは気づくだろう。
「範囲も広いので、片手間と呼べるかは微妙な所であったがぁ、概ねその通りだぁ」
︎︎︎︎
「ちなみに、どのようにしてあのような強化を行ったのか、教えてもらえるかね?」
「申し訳ないがぁ、いかに辺境伯相手とはいえ、それは出来ぬ相談だぁ」
ピシャリとアーガスからの申し入れを断る北条。
陽子や咲良はアワアワとした様子だが、アーガスや彼の周りにいる人たちに気色ばんだ様子は見られない。
昨今の腐り果てたロディニア王国の貴族ならいざ知らず、通常はこうした技術的な知識などは、例え貴族であろうと踏み入ってはならないものとされている。
せっかく開発した技術をかたっぱしから貴族が奪っていっては、誰も新しい技術を開発しようなどとは考えなくなる。
それに魔法に関して言えば、これまでもこうしたもめ事は多く発生していた。
その結果、新しい魔法を開発した魔術士が反旗を翻したり、害されたり自害したりしてしまい、結局の所誰も得をしない結末を迎える。そんな喩話は幾つもあった。
かつて世界最高峰とも言われた、稀代の大魔術士「ジャファー・アウグスト」。彼も自身で開発した魔法や知識を、理不尽に差し出すように要求された際に、要求してきた相手を派手に打ちのめしたという逸話が残っていた。
静寂の最中、ジーっと北条を見つめるアーガス。
その真意を探るような視線を真っ向から受け止め、こちらもまた失礼にならない程度に見つめ返す北条。
それはほんの僅かな時間であったが、どこかピンと張りつめたような空気があった。
「残念だが仕方あるまい。この"拠点"についての話はここまでとしよう。しっかりと当時の村長にも伺いを立てていたようであるしな」
アーガスの言葉を聞いて安心した様子を見せる陽子。
張本人の北条はけろりとしているのに、自分たちが一喜一憂している現況に、内心で納得していない。
陽子に適正があったら、信也のように"ストレス耐性"が芽生えてきそうな状況はまだまだ続く。
「さて。少し遅れたが、本題に入ろう」
そう話を切り出したアーガスの言葉を受け、アーガスは背後に立つ護衛の騎士から一つの袋を受け取って、それを机に置いた。
アーガスはその袋に手を入れると、中から宝石箱のような大きさの小箱を取り出す。
大きさはさほど大きくないとはいえ、目の前の袋に入っていたにしては大きすぎる。
無造作に置かれたその袋はどうやら〈魔法の袋〉のようだ。
「この度の悪魔討伐に於いて、大きな役割を果たした汝ホージョーに、〈竜槍斧勲章〉を授けるものとする」
そう言って取り出した箱を開き、北条の方へずいっと差し出す。
箱の中には、ドラゴンとハルバードを基調とした意匠の勲章が収められている。
「辺境伯自ら褒美を賜るとは光栄の極み。有難く頂戴致す」
北条は適切な言葉が頭に浮かばず、とりあえずそれらしいことを言って箱を受け取る。
アウラから聞いた話では、くだけた感じでも無礼討ちするような人物でないとのことだったが、褒美を受け取る時くらいは……と口調を改めた北条。
これまでとは打って変わった北条の口調に、一瞬目を丸くしながらもアーガスは北条に話しかける。
「その〈竜槍斧勲章〉は、大きな手柄を上げ、グリーク家にとって重要な客人であることを示す勲章だ。領内で何か問題が起こった場合、それを見せるといいだろう」
空を飛ぶドラゴンの胸に、ハルバードが突き刺さっているかのようなこの意匠を、北条も見た記憶があった。
これはグリーク家の家紋であり、《鉱山都市グリーク》をうろついていればどこかしらで目に入る紋章だ。
「また、他領の貴族との間に問題が起きた場合も、ある程度効果はあるだろう」
"ある程度"というのは、あくまでこれは勲章であって所有者が貴族という訳ではないからだ。
アーガスとの関係が良好な貴族の場合はともかく、敵対していたり図に乗ったりしている貴族の場合は、あまり効果がないことも考えられる。
「それと文章にして領印と俺の魔印が押された、こちらの正式な書類も渡しておこう」
そう言ってアーガスは再び〈魔法の袋〉から一枚の羊皮紙を取り出す。
そこには単に重要な客人であるだけでなく、北条に手を出した場合はしかるべき処置を取ることが、グリーク辺境伯の名において明記されていた。
「これで別件からの其方の要求に関しては問題なかろう。後は悪魔討伐に対する、其方への褒美についてだが……」
そう言って更にもう一枚〈魔法の袋〉から羊皮紙を取り出すアーガス。
こちらは先ほどの羊皮紙よりは質が落ちているが、それでも一般的なものよりは高品質な紙だ。
そこにはいくつものマジックアイテムの品目と、簡単な説明文が記載されていた。
「これらの中からマジックアイテム二つと、金貨二十枚を其方に与える。どれか二つ選んでくれたまえ」
褒美に関しては、北条以外のあの戦いに参加した者たちにも贈られる。
事前に行われた聞き取り調査によって論功がなされ、参加者たちは個別にギルドから報酬を受け取ることができるようになっていた。
神官たちについては、各神殿に報奨金という名目で授与される予定だ。
"解析"スキルを持つ北条としては、実際に手に取って品定めする方が望ましいのだが、リストにある品は結構な数だ。
恐らく今回の訪問ではこれらの品は、持ち運ばれていないのだろう。
こうしてしばらくの間、リストを見つめながらウーンウーンと唸る北条の声が続くのであった。