第236話 お約束の展開
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「はぁ……。領主と謁見かぁ」
「面倒なことになりそうだな」と、憂鬱な顔をして北条がナイルズの執務室を出る。
いつかこういった展開になる日が来るとは思っていたものの、いざとなると気が重い。
北条としては無用に目立つことは避けたかった。
だが領主の方から会いたいと言われているのなら、断る訳にもいかないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、ギルドのメインフロアである、受付や軽食スペースのある場所に辿り着く。
それまではナイルズの話のことを考えていた北条であったが、ここで自分が妙に注目を受けていることに気づいた。
(んー、なんだ?)
冒険者たちが北条を見る目には、幾つか種類があるように見受けられる。
それを敏感に感じ取った北条は、今更ながら悪魔退治の影響かと気づく。
しゃあねえなあと思いつつ、そのまま北条は出口を目指して歩いていく……と、三人組の男がずいッと北条の前に立ちはだかった。
大柄な男、中肉中背、小柄、と大中小の三人組だ。
背丈も帯びている武器もそれぞれ異なるが、顔に浮かんでいる人を舐め腐ったようなニヤケ面だけは共通している。
その三人組の内、リーダー格なのか中央に立つ大柄な男が北条へと声を掛けてきた。
「いよう、悪魔とサシでやりあったっていうのはテメーで合ってるのか?」
「だとしたら、どうだというんだぁ?」
「ヘッヘッヘ、そりゃー決まってるだろう? たかだかEランクのカスが悪魔を倒したなんていう、ホラ話は訂正してやった方が良いと思ってなあ」
「そうっすよ兄貴! 身の程をわきまえない奴は痛い目に遭わないと懲りないでやんす」
北条と三人組の間ではじまった諍いに、周囲の冒険者たちの注目が更に大きく集まっていく。
そして面白くなりそうな展開に、みんなして好き勝手言いあっている。
「あいつらどっかで見たことあんなあ」
「おい、知らないのか? あの三人組は『ライトニングブレイズ』だ。リーダーの姿は見えないが、四人組のDランクパーティーだな」
「よっし、賭けようぜ。どっちが勝つか?」
「いいぞー! そんな冴えない中年オヤジなんかぶっとばしちまえ!」
幾つもの無責任な声を北条の耳が捉える。
冒険者というのは、こうした騒ぎを日常茶飯事といっていい位よく起こすものだ。
流石に武器を使用しての本格的な戦闘になったら、周囲の野次馬も逃げるなり人を呼ぶなりすることもあるが、殴り合いの喧嘩程度ならこうして娯楽のひとつのようにして楽しむものだ。
「はっはっは。いやぁ、あんたら中々良いセリフ吐いてくれるなぁ」
そんな騒ぎの渦中にある北条は、三人組に絡まれているというのに楽しそうな笑い声を上げる。
その顔は先ほどまでの渋い表情とは違い、にこやかな笑顔ともいえる顔をしていた。
北条は余りにテンプレでお約束なこの展開に、怒りや戸惑いなどより先に笑いがこみ上げてしまう。
これまでも他の冒険者たちとは多少接触はあったものの、このように絡んでくる冒険者はこれが初めてだった。
「ああん? 何言ってやがる。俺らのこと、舐め腐ってるんじゃねえ!」
笑い続ける北条の態度が気に食わなかったのか、大柄な男がその体に不釣り合いな動きで北条へと殴り掛かる。
その動きはDランク冒険者というだけあって、十分様になった動きだ。
しかし北条には十分対応できる動きでしかない。そっと、後ろに下がり大柄な男の攻撃を紙一重で躱す動きを見せる。
「……!?」
だが足を動かそうとした瞬間、北条の動きはほんの一瞬だけビクッと硬直したように止まった。
それはほんの一瞬の事だったので、そのあとすぐに後ろに下がった北条は男のパンチを躱し、代わりにカウンターで男の顔面を強く殴りつける。
一方、大柄な男が動くと同時に動きだしていた、中肉中背の男と小柄な男。
二人は左右に分かれながら、大柄な男にカウンターのパンチを食らわせている北条へと襲い掛かる。
同じパーティーメンバーのせいか、それはしっかりと連携の取れた攻撃であった。
だが北条は、左右の男たちが同時に放ってくる蹴り、その足首部分をそれぞれ左右の手で掴むと、そのまま相手の力を利用して二人同時に床へと投げつける。
強かに床へと打ち付けられた二人と、最初にカウンターをもらった大柄な男は、たったその一撃で意識を切り離して床に寝そべった。
その一瞬で着いてしまった決着に、シーンとそれまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
様子を見ていた周囲の冒険者たちも、すぐに三人組が立ち上がって再度殴り掛かっていくだろうと思っていたのに、まるっきりそうした様子が見られない。
そんな静まり返ったギルド内を北条が無言で歩いていく……出入口のほうではなく、軽食スペースの方へと。
北条が向かう先には、テーブル席に座る一人の男がいた。
その男はレザーアーマーを身に着け、傍らに杖がかけられていることから魔術士だと思われる。
同じテーブル席には、他にも誰かが座っていた形跡が幾つかあったが、今は空席となっていた。
「よぉ、さっきのは一体どういうつもりだぁ?」
「なんのことだ? あいつらに絡まれたからって、今度は俺に言いがかりをつ……」
「惚けても無駄だぁ。最初にあの大柄な男が殴りかかってきた時、お前が"拘束の魔眼"で俺を縛ろうとしたよなぁ?」
「な、なっ……」
テーブル先にひとり座っていた魔術士風の男は、北条にズバッとそう言われ強い動揺を見せる。
確かにこの男は"拘束の魔眼"という特殊能力系スキルを所持しており、以前にこの魔眼の力で空を飛ぶワイバーンを落としたことから、『竜落とし』などと自称するようになっていた。
しかし、このスキルの詳細についてはパーティーメンバーにも話しておらず、男にとっては奥の手だったのだ。
それを初対面の北条に言い当てられて、男は思わず返す言葉を失った。
「まぁ、良いもんを見せてくれたから直接手を出すのは止めといてやろう。だが、今度同じことしたら……」
そう言って北条が男に睨みを利かす。
それはただ物理的に睨みつけているだけではなく、威圧系のスキルである"強圧"も併用していた。
熟練度が低いうちは周囲全般に効果が広がってしまうが、使い慣れていくと威圧する範囲を一点に集中出来るようにもなってくる。
北条の威圧系スキルをもろに受け取った男は、一瞬で顔が真っ青になり、体中がガクガクと震え出した。
歯がガチガチと鳴り、まともに北条のことを見ることすらできない。
挙句の果てには男のズボンの股間部分には染みができはじめ、吸収されずにあふれた液体が、アンモニア臭と共に拡散されていく。
「なあ。アイツって『ライトニングブレイズ』のリーダーじゃないか?」
「ああ。確かCランクの魔術士だったはず」
「それが見てみろよ。あのザマを」
「ありゃーひでえな。俺だったらもう二度とここに顔出したくないぜ」
冒険者たちのヒソヒソとした声があちこちから聞こえ始め、それまでの静寂を徐々に浸食していく。
北条はといえば男に睨みを効かせた後は、出口の方ではなくカウンターの方へと向かって歩いていた。
先ほどの三人組との話で思い出したのだが、ナイルズからはEランクからDランクへ昇格だと言われていたのだ。
ならばギルド証の方も更新しなければならない。
「で、ではこちらが新しいギルド証になります」
先ほどの騒ぎを見ていたせいか、若干緊張したような受付嬢から新しいギルド証を受け取る北条。
Eランクの時は緑色をしていたのだが、Dランクだと橙色になるらしい。
一通りギルド証に目を通した北条は、それを懐へとしまい今度こそギルドを出るために入口の方へと歩き始める。
北条がギルドに姿を見せて以来、ずっと観察するような視線を送っていたコーネストには結局気づくこともなく、北条はギルドを後にした。