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第226話 告解


 それまでの、主に北条の所有スキルに関する質問とは違う質問をしてきた由里香。

 それに対し、これまで即座に返答していた北条の口が止まる。

 顎に手を当て、何か考えるような仕草で何もない虚空を見つめる北条。

 やがて答えが定まったのか、徐に口を開いた。


「あの時はぁ、自分を守るだけなら問題はなかった……と思う」


 あの時のことは、北条にとって失態であった。

 これまで楽勝モードでダンジョンの探索が進んでいた所へ、一足飛びにランクの高い魔物が現れるとは、北条も予期しえなかったのだ。

 しかも最初に待ち構えていたのが、隠密に長けた隠密猿(コバートエイプ)であったことも、ダブルで北条の不意を突いた。


 これまでの探索でも、北条は持ち前のスキルを駆使して、魔物の探知には十分気を使ってきていた。

 その甲斐もあって、特に苦戦することもなく、ダンジョントラップに嵌ることもなく、無事に探索を続けていけたのだ。


 あの新エリアでも、相手が普通の魔物であったなら、敵の強さに気づいた北条は真っ先に後退を指示していただろう。

 しかし、あの猿は北条の探知にもひっかからず、不意に彼らに襲い掛かってきた。


 これにはさしもの北条も内心慌てていた。

 自分だけならどうにでも出来そうな状況ではあったが、他の五人に注意を払いつつ猿共を倒しきれる自信まではなかった。


「俺ぁ、これまで力を隠してきてはいたがぁ、いざという時に力を出し惜しみするつもりはなかった。最初に『流血の戦斧』と戦った時も、陽子が機転を効かさなければ、俺がどうにかするつもりだったぁ」


 事実、あの時北条はデイビスの中級"闇魔法"に対し、同じ中級"光魔法"を発動して相殺させようとしていた。

 ただ発動の直前に陽子の魔法発動とその意図に気づき、念のため発動直前の"光魔法"をディレイ(・・・・)させて待機状態にしておき、様子を見ることになった。


「ただ……、俺の考えとしては、自分が基本最優先だぁ。俺の『ラーニング』についても、出来る限り明かすつもりはなかった。……何時だったか言ったことがあったなぁ。『無理に相手を信頼しなくてもいいし、最低限の警戒心は持っておくべき』だって」


 今となっては遠い昔のように思えることだが、実際はそれほど時間が経過していた訳ではない。

 それは、初めて《鉱山都市グリーク》へ訪れた日の、パーティー編成会議での話し合いでのことだった。


「あの頃はまだ互いのこともよく知らなかったがぁ、今でもそう大きく考えが変わった訳ではない。この……俺の自己中な性格だけは、チート能力があろうと変わらんようだ」


 北条はそう自分を卑下するように心中を語った。

 それは自身がそうした性格を良いものだと思っていないことの証左であったが、その性格を改善しようという気概までは見受けられない。

 開き直りとも若干違うが、諦観と共に、あるがままの自分の性格を受け入れているようにも見えた。


 そんな北条に、語りかける声があった。

 それは、どこか温かさを感じる表情を浮かべた由里香が発したものだった。


「あたしは、ムズカシーことはよく分かんないっすけど、あの時北条さんがあたし達を必死に助けようとしてくれたのは分かるっす」


「……あの時。北条さんが叫んだ後、猿の魔物の動きが止まったのって、"咆哮"スキルを使ったからよね? あの場面で初見のスキルを使ったのも、『いざという時に力を出し惜しみするつもりはなかった』ってことを実践してたことになるわね。それなら、私から言える事なんかないわ」


「北条……さんには、何度も……、多分、私達が知らないような所でも、気を使ってもらっていた、と、思ってます……。北条さん、は……そのように言うけど、私……は感謝して、ます」


「そういえば~、なんだかんだで悪魔戦の時も、特訓で得た"恐怖耐性"のお陰で~、わたし達だけ悪魔のスキルの影響が抑えられたんですよ~」


「そう、だね。何だかんだいって、北条さんが傍にいると安心できますし、人間誰しも自己中心的な所ってあると思うんです。その、こんな小娘の言うことなんか、些細な取るに足らないものかもしれませんが……」


 自分を卑下する北条に、次々と温かい声が掛けられていく。

 特に同じパーティーとしてこれまでやってきた由里香達は、散々北条に助けられてきた経緯があった。



 能力を隠し、力を出し惜しみしてきたことについて、罵倒される覚悟もしていた北条は、そんな彼女たちの声を聞いて所在無げに頭を掻く。


「あーー……、そうか。何というか、俺は自分のことをろくでもない人間であると認識している。だから、あんま俺に深入りしない方が良い……って俺が言うのもどうもアレか」


 少し早口気味に、北条がまくしたてていく。


「ま、まあ、俺の能力のことについては結局明らかになっちまったので、これからは積極的にスキルを使っていくつもりだ。ただ一応俺の能力については、他の人には内緒にしてほしい」


 北条のお願いに、この場にいる全員が肯定の意を示した。

 これが悪魔事件の起きる前であったなら、北条は絶対にこのような打ち明けをしなかったであろう。

 北条にとって、石田と長井の両名は、最初にダンジョン脱出をしていた頃から、特に気を抜けない人物として危険視していたからだ。


「そのお願いは別にいいんだけど、どうしてそこまで自分の能力のことを隠そうとしてたの? その力があれば、降りかかる火の粉を払うのにも問題なさそうに思えるんだけど?」


 陽子としてはその部分が気になっていた。

 最初の頃の長井も、自身の情報をペラペラ話すのは愚かな行為であると言っていたが、彼女の場合は直接的な戦闘スキルもなかったし、明かしたくない情報――"魅了の魔眼"スキルのこともあったので、ああいった態度も十分頷けた。


 しかし、北条ほどのチートスキルがあれば、いかなる事態にも対処できるのでは? と思ってしまう。

 或いは、龍之介辺りから過度に嫉妬されて、関係が拗れるのを嫌ったんだろうか?


 そのように陽子が考えていると、北条は隠していたことを打ち明けたことで肩の重荷が取れたかのようで、どこかさっぱりした様子で陽子の質問に答え始めた。


「そう簡単なもんでもないさぁ。確かに初めの頃は、俺もチート能力を手にして浮かれてた部分はあった。だがぁ《鉱山都市グリーク》に着いてから、俺は考えを早々に改めることになる」


「もしかしてあのギルドマスターのオッサンか? 確かにあのオッサンの強さは半端なかったよなー」


 そう言う龍之介自身も、あの時は自分の未熟さを痛感して悔しい思いをしたものだった。


「……いや、そうじゃあない。お前たちはもう忘れてるかもしれんがぁ、《鉱山都市グリーク》についた初日。それも着いて早々に出会った奴が、俺に危機感を抱かせるのには十分だったんだよ」


「グリークについた初日?」


「なんかあったっけ?」


 彼らが《鉱山都市グリーク》を最初に訪れたのは、もう四か月近く前のことだ。

 そのせいか、これだけ人数がいるにもかかわらず誰も心当たりが思いつかなかった。


「奴だよ。あの悪魔……その時は神官の姿をしていたがぁ……。アイツと出会った俺は、出鼻をくじかれた気がしたよ」


「え、ええぇっ!?」


「マジか!」


「気づかなかったわ……」


 北条の言葉に大きな声が幾つもあがる。

 悪魔の討伐後、どうしてあの場所に悪魔が紛れていたかについて、彼らはギルドの人間から聞かされていた。

 その話によれば、《鉱山都市グリーク》で選出された神官部隊の中に、堂々と紛れていたという話だった。


 それも、その悪魔はもう何年も前から《鉱山都市グリーク》でイドオン教の神官として活動しており、人々をあざ笑うかのように、人間の暮らす街に溶け込んでいたというのだ。

 どうもかの悪魔は、鑑定などを誤魔化す類のマジックアイテムを使用して人の社会へと見事に入り込み、何かしらの活動を行っていたらしい。


 悪魔というのは人間と比べて非常に長命であり、寿命で死ぬだとかそういった話は聞いたことがない。

 あの悪魔も、恐らくはそうした長い年月を過ごしていたと思われる。

 奴が所有していたマジックアイテムも、そうして人間達に交じりつつ過ごしてきた長い年月の間に、収集していったものだろうと推測された。


「奴が龍之介と話をしているのを見た時は、俺ぁそのまま逃げだそうと思った位焦ったぞぉ」


「え? オレ、あの悪魔と会話してたの?」


 目をパチクリとさせて龍之介が言う。


「はぁぁぁぁっ……、そうだぁ。あの時の俺では、逆立ちしたって勝てそうにない相手だったから、己の不幸を呪いかけた所だったよ」


「は、はははっ…………」


 ジトリとした汗をかく龍之介。

 相手も人間たちに紛れて生活していたので、街中でいきなり殺傷沙汰になる可能性は低かったであろうが、洒落にならないニアミスに、龍之介は乾いた笑い声を漏らす。


「まぁ……、その後の事を思えば、まだマシではあったんだけどなぁ」


「その後の事……? 何かあったっけ?」


 龍之介が当時のことを思い出していくが、特に該当する件が思い当たらない。

 当時は異邦人にとって大きな衝撃をもたらした『信也襲撃事件』も、悪魔と比較すれば些細なものとして片づけられる案件だ。


「そうだなぁ。さっきの話の悪魔とは違って、うっかり龍之介と話し込んだりすることはなく、ただすれ違っただけの相手だから、気づかなくても当然だろうなぁ」


 どうやらその相手とは、ほとんど接触を取っていなかったらしい。

 そのような相手であれば、誰も覚えていないのは当然と言える。


「すれ違っただけ……。っていっても、日本の都会に比べたら全然だけど、あの街もそこそこ人で賑わってたわよね? よっぽどの特徴がないと、特定なんて出来そうにないけど」


 特にあの頃はまだこちらに来て間もない頃の事だ。

 今ならば、由里香が"野生の勘"スキルで何か感じられたかもしれないし、楓の"危険感知"が反応を示すこともあったかもしれない。


「で、結局そのすれ違った相手って誰だったんすか?」


 答えを出し惜しみしている、というよりも言い淀んでいるような北条。

 由里香の直接的な質問に、勢いをもらったのか北条は解答を口にした。



「ああ、そいつの正体も悪魔(・・)だよ。それも、今回戦った奴より更に格上(・・)の、なぁ」




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