第224話 『二周目』の軌跡
そこまで語り終えると、ツヴァイは一旦息を大きく吐き、話を止める。
当然会議室には静寂が訪れるが、先ほどの龍之介のように声を挟む者は現れない。先ほどのツヴァイの話に、みんな聞き入っていたようだった。
やがて一息ついたツヴァイが、再び口を開き、続きを話し始める。
「ここにいる皆も、この世界に来るときにスキルを二つ、もらっていると思う。……長井の"魅了の魔眼"もその一つだったんだろうな。それで、俺が選んだスキルというのが、"コピー"というスキルと"リバースファイア"というスキルだった」
「コピー……」
ツヴァイのスキルが気になるのか、思わず小さく呟く咲良。
龍之介もこのスキルのことが気になるようで、話に割り込みまではしないまでも、態度にはしっかり表れていた。
「"コピー"スキルは、その名の通り他人の能力をコピーすることができるスキルでね。俺が今"神聖魔法"を使ってられるのも、最初に"神聖魔法"をコピーしたからなんだ」
「それって、好きなだけ人のスキルをコピーできるんですか?」
好奇心が勝ったのか、咲良が思わずといった様子で問いかける。
「ん、ああ。いや、"コピー"スキルでコピーしたスキルは、"コピー"スキルと入れ替わる形になるんだ。だから、好きなだけコピーしてスキルを覚えていけるもんでもない」
そこまで便利なもんじゃないさ、とツヴァイは言う。
ただ汎用性が高いスキルであるのは事実だ。
「そうして入れ替わってコピーしたスキルを何度も使用していけば、自力でスキルを取得できることもある。そうしたら、次は別のスキルをコピーするなりしても、最初にコピーしたスキルは普通に覚えたのと同じ状態になる」
「マジかよ。それじゃー、どんどん新しいスキル覚えていけるじゃねーか!」
「まあ、そう甘くもないけどね。コピーしたスキルを自力取得するのにも、俺自身のスキルとの相性があってね。一か月毎日のように使っても、覚えられないスキルもあったよ」
「へぇ……。ちなみに今は、何のスキルをコピーしてるの?」
「今は……"魔力自然回復強化"っていうスキルをコピーしている。MPの回復が早くなるスキルだよ。これもコピーしてからそこそこ長いけど、未だに自力取得は出来てないね」
どうやらデメリット……というか、短所もあるようだが、それでも咲良や龍之介は羨ましそうにツヴァイを見ている。
「あー、それで"コピー"スキルの話は今回は本題じゃないんだ。俺が話したかったのはもう一つのスキル、"リバースファイア"というスキルについてだ」
再び話が本筋へと戻ったことで、"コピー"スキルについて更に聞きたそうにしていた龍之介たちも、開きかけた口を閉じ、耳に神経を傾け始める。
「このスキルについては、俺も所有者でありながら発動するまでは詳細が掴めていないスキルだった。ただ、『死んでも一度だけ蘇る』ということだけは感覚的に理解していた」
「それは……」
呟く陽子の脳裏にも、ようやく話の大筋が見えてきたようだ。
「そして悪魔の攻撃をくらい一度死んでしまった俺は、このスキルの力によって復活を果たした。……そこで、このスキルの詳細を知ることができたんだ」
そこでツヴァイは、"リバースファイア"のスキルの詳細を語る。
死んだ者を、一度だけ生まれた瞬間へと戻すことができるということを。
そして自分たち異邦人の生まれた瞬間とは、この世界にやってきた瞬間の事であり、その時点にまで時を遡って生まれ変わったということを。
「…………」 「なるほど、ね」 「ほあぁぁ……」
ここでようやくこの場にいる全員に、事の詳細が伝わる。
そして各々が感心したような、胸のつかえがとれたような。そんな反応を見せていた。
三者三様の反応を見ながら、ツヴァイは更に話を続けていく。
「あの三層にある部屋。そこで最初に目覚めたのは北条さんだった。そして次に目覚めたのが俺だ。悪魔に殺された直後で混乱していた俺は、北条さんと少しだけ会話をした後、他の人が意識を取り戻す前に、逃げるようにしてその場を後にした」
「んー、んん? あれ? でもあの部屋にあった箱って、十二個しかなかったハズっすけど」
「ああ。それは、最初に自分の装備なんかを回収してから、〈魔法の小袋〉で箱の方も回収したんだよ」
「……そういえば、僕たちが見たのは隙間を空けて6×2に並んだ、十二個の箱でした。あれが元々一列に十三個並んでいたのなら、さっきの話も理解できます」
「慶介君の言う通り……といっても、狙ってやったものではなくて、たまたまだったんだけどね」
とにかくあの時は気が動転していて、最初は箱のことも忘れてそのまま出ていこうとしていたと、ツヴァイは言った。
「俺は……とにかくあの場から離れたかった。幸いにも、"リバースファイア"で生まれ変わった俺は、前回覚えたスキルがそのまま使用可能だった」
「なっ! マジか!? 強くてニューゲームじゃねーか!」
そこまでツヴァイが話した時、思わず龍之介が話に割り込んできた。
興奮した様子の龍之介だったが、実際は龍之介の思っているほど良いものではなかったようだ。
一周目で使い込んでいたスキルも、軒並み覚えたての頃のように腕が鈍ってしまっていたらしい。
「それでも無いよりは断然マシだし、俺はその時すでに何度もダンジョンには潜っていたからね。一人でも脱出するのに問題はなかったんだ」
一人ダンジョンを先に脱出したツヴァイは、即座に《鉱山都市グリーク》へと向かい、冒険者としての生活を始めたらしい。
実際に死というものを体験し、悲惨な結末を迎えることになった一周目。
その経験は、二周目に於いてもずっとツヴァイを苛み続けていた。
「何度も何度も、悪夢を見たよ。悪魔に殺された後、ダンジョンで目覚め、そのまま逃げだしてしまったこと。起きている間は、常にそのことが脳裏によぎっていた」
眉を寄せ、苦悩に満ちた表情で当時の事を語るツヴァイ。
行動だけ見て取れば、長井のことをほったらかしにして逃げ出してしまったツヴァイであるが、そのことを咎める者はこの場にはいなかった。
このツヴァイの苦しそうな様子を見れば、強く言えるものではなかったからだ。
「一周目とは違い、今回は最初から北条さんがいる。長井が何か企んだとしても、北条さんなら何とかできるだろう。……そう自分を誤魔化そうとしてたけど、ある日彼らと出会ってしまったんだ」
そう言って、『ムスカの熱き血潮』の面々と一緒に、共同依頼を受けた日のことを思い出すツヴァイ。
元々ソロで活動していた、二周目のツヴァイ。
一人でこなせないような依頼は、ギルドの紹介を受け、同じソロや二人や三人の少数パーティーと共同で行うこともあった。
そこで偶然パーティーを組むことになったのが、ムルーダ達だった。
奇しくも一周目で北条が組んでいたパーティーであり、一周目ではツヴァイとも親交のあった相手。二周目に於いては、ツヴァイが一方的に面識があった相手だ。
そして、彼らに待ち受ける悲惨な結末についても、勿論知っていた。
「……最初は共同依頼を終わらせたら、それ以上彼らとの関係を深めるつもりはなかった。けど、ムルーダ達もソロの"神聖魔法"の使い手である俺のことが、是非とも欲しかったんだろうな。依頼が終わった後も、熱心に誘われたものだよ」
それはツヴァイにとって、忘れようとした過去が追いすがってくるかのようだった。
そのまま何も無かったことにして、のうのうとこのさき生きていくのか?
あの……悲惨な光景を。夢にまで見るあの地獄のような光景を、そのままにしておいていいのか? と。
「結局俺は、ムルーダ達の誘いを断りきることは出来ず、ズルズルとパーティーを組むことになった。そして、ついにやってきたあの日。『ダンジョン』のことが一般に公開された日。ムルーダ達は当然のことながら、発見されたダンジョンに向かう気満々だった」
それはムルーダらとパーティーを組んで以来、ずっと予期していたことであった。
別にムルーダ達に限らず、《鉱山都市グリーク》に在籍する多くの冒険者たちは、近場で発見されたダンジョンに興味を示す。
一周目でも連日のようにやってくる冒険者の姿を、ツヴァイは嫌という程見ていたのだ。
「そこで俺は……悩んだ末に、逃げ回ることを止めることにしたんだ。正直、寝ても覚めても『あの日』の事が頭から離れなくて、限界を感じていた所だった。そして、《ジャガー村》までやってきた俺は、最初に北条さんに連絡を取った」
「まさかあの場でツヴァイと再会するとは、俺も思ってなかったぞぉ」
「そっかあ。北条さんは、最初にダンジョンの中で少し話をしてたんですよね」
「ふぅ。これで話が完全に繋がったわね。ええと『ツヴァイ』……さん? それとも『毛利』さんって呼んだ方がいいのかな?」
「あ、そ、それは。『ツヴァイ』の方でお願いします」
陽子の問いかけに、少しきょどりつつ答えるツヴァイ。
「そう……。じゃあ、ツヴァイさん。それで、あなたは北条さんと一緒に裏で動いて、長井の陰謀を阻止しようとしてたのね?」
「……えぇ、そうです」
今回の悪魔事件の発端となる話は、ひとまずツヴァイの説明によって、異邦人たち全員に共有されることになった。
聴衆の内の幾人かは、話の途中で気になる点が幾つかあったものの、大まかな事件の概要については知ることができたので、ひとまず突っ込んだ質問の声は上がっていない。
ただ裏での活動については幾つか北条の口から語られ、ナイルズに話を打ち明けて密かに協力を仰いだり、魅了解除を覚えるため、一人こっそり練習していたりと、いったことを北条は語った。
その辺りの北条の行動は、パーティーメンバーの咲良達も言われてみれば確かに思い当たる点が幾つかあった。
「あっ……。そういえばあの夜、魔法の練習をしてたって言ってたけど、あれってもしかして……」
咲良も過去の記憶をほじくり返し、あの日の夜の事を思い出す。
だがそんなことよりも、この場にいる北条以外の全員が疑問に思っていることがあった。
先ほど突っ込んだ話が出なかったのも、先にこの件がプライオリティーの高い問題であったからだ。
「悪魔事件の概要については、概ね理解したわ。それで、これは直接悪魔事件に関わるかどうか、まだ分からないんだけど……」
皆を代表するように、陽子が先陣を切ってその件について話し出した。
「北条さん、あなたのあの力は一体どういうことなの?」