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第221話 ツィリルの治療


「あの、出来れば彼の望みを叶えてあげて? 彼には北条さんを助けに行く前に、親身になってもらったのよ」


 ロベルトの頼み事を聞いていたのは、北条だけではなく、近くにいた他の異邦人も同様だった。

 中でもロベルトと個人的に接触もしていた陽子は、かつての元気の良さが微塵も感じられない、抜け殻となったようなロベルトを見てられなかった。


 陽子の言葉がなくとも、北条としても頼み事を無下に断ることもできず、そのままロベルトに連れられて、ツィリルの下まで歩いていく。

 陽子や咲良なども気になったのか、その後に続いた。

 北条らが近づいていっても、ツィリルはこれといった反応を示すこともなく、依然何もない空中をボーッと見つめている。


「これは、一体どういう経緯でこうなったんだぁ?」


「それは――」


「アナタに対しても使用されていた、高位の……恐らくは"暗黒魔法"による結果よ」


「あぁ……。あれかぁ」


 ロベルトが説明を始める前に、彼の双子の妹であるカタリナが先に説明を済ませる。

 それを聞いた北条は、確かにあれなら……と納得の様子を浮かべていた。


「どれ、ちょっと見せてもらうぞぉ」


 そう言ってツィリルへと近づいていく北条。

 まずは軽く肩を叩いてみたり、目を合わせたりしてみるが、まったくといっていいほどツィリルからの反応は返ってこない。

 それはまるで目の前にいる北条を、認識していないかのようだった。


(さあて、どうしたもんかな)


 心中でそう呟く北条。

 ツィリルのこの状態は、北条のどうにかできる領分を超えたものであり、こうすれば元通りなどと言えるようなものではなかった。


(そもそもあの白い光だって、ただの【リリースチャーム】だしな)


 北条がこれまで、特殊なスキルのように披露していた『魅了解除』も、実は"神聖魔法"の【リリースチャーム】を"無詠唱"スキルで発動していただけだった。

 ただ呪文名の詠唱がなかったので、他の人たちもそれが"神聖魔法"であるとは見抜けなかっただけだ。

 ……中には怪しんでいた者もいたであろうが。


(実際あの魔法を食らってみた俺には分かるが、あの魔法は肉体的・精神的ダメージを与えるようなもんじゃあない。もっと心の奥底……魂といえるような部分を直接抉ってくるような魔法だった)


 であるのに、そうした魂を直接どうにかするスキルだの魔法だのといったものは、膨大な北条のスキルレパートリーの中にも殆ど含まれてはいない。


(肝心な部分の修復は、今の俺には出来ん。ここは少しアプローチを変えてみるか)


 そう判断した北条は、謎のスキルを使っているように見せかけるため、例によって"無詠唱"スキルを使い、とある魔法(・・・・・)を試してみる。

 まずは魔法の効果をより高めるために、ツィリルのふんわりとした、柔らかい茶色の猫っ毛が生え揃う頭部へと手を当てる。


 それから北条はその魔法――"精神魔法"を、ツィリルへと掛ける。

 見た目的には何も変化は見られないが、北条の手から発せられる魔力だけは、見る人が見れば感じられることだろう。


 しばしそのままツィリルの頭に手を当てていた北条は、そっとツィリルの頭から手を離すと、重苦しい口調でロベルトに話しかけた。


「こいつぁ、肉体的な傷もないし、かといって精神的なダメージを受けた訳でもない。……魂そのものに傷を負った。そういった状態だと思う」


 北条から告げられる親しい仲間の状況に、双子の兄妹は黙ったまま話の続きを促すようにして、ジッと北条を見つめる。

 その無言の圧力に押されるように、北条は続きを話し始めた。


「……俺のスキル(・・・)でも、この状態を修復することはできない。ただし、他の無事だった部分を寄せ集めて、穴埋めをするように魂に受けた傷を塞ぐことは出来るかもしれない」


 完全に治すことは出来ないと言われた双子は、それこそそのまま自殺でもしてしまうのではないかという程に、落ち込んだ様子を見せた。

 しかし、傷を塞ぐことが出来るかもしれないと聞いて、少しだけ気持ちを盛り返したようだ。


「じゃあそれをっ! その、傷を塞ぐってのをお願いできないッスか?」


 傷を塞ぐことが出来るかもしれないと聞いて、パッと期待の表情でそう頼み込むロベルト。

 対してカタリナの表情は依然、重いままだ。

 それは、北条の話し方や表情の意味を、理解していたからであった。


「ただこいつぁ、単純にケガした場所を塞ぐって訳じゃあない。他の無事だった部分を寄せ集めて、傷跡を塞ぐようなもんだぁ」


「具体的にはどうなってしまうの?」


「俺も専門外のことだから予想くらいしか出来ん。より症状が悪化するかもしれないし、改善されることもあるかもしれない。気休めに大丈夫だ、などと言えるもんじゃあない」


 望む言葉を聞くことが出来なかった、ロベルトとカタリナの二人。

 二人は、やはり双子ということでどこか似た表情でしばし考える仕草をすると、


「お願いするッス」 「お願いします」


 合図や確認を取るまでもなく、ほぼ同時に二人ははそう言って北条に頭を下げていた。




▽△▽




「それじゃあ、いくぞぉ」



 そう言って北条は再びツィリルに触れる。

 そして、"無詠唱"スキルでカモフラージュしつつ、"精神魔法"の【マインドメディカルケアー】をベースにした魔法を発動させた。

 元の魔法は、精神的に大きなショックを受けた人に対して使用するものだが、それを魂に受けた傷にも適用するように、変化させていく。


 『魔法』というのは、魔力をもとに様々な現象を引き起こすものだ。

 今でこそ、よく使われている魔法は『基本魔法』として広まっている。

 魔法スキルを持っていて、その『基本魔法』の効果と呪文名さえ知っていれば、比較的簡単に魔法は発動させられるのだ。


 しかし元々魔法というのはもっと自由なものだ。

 例えば魔法を使うのに呪文名を発音する必要はあるが、魔力をただ操作して相手にぶつける程度のことならば、呪文を唱える必要はない。

 そして既存の魔法であろうと、発想と想像次第では、思うがままに効果を変化、拡張させることも可能だ。


 北条は本来、精神に強く干渉する"精神魔法"でもって、別の領域である魂へと影響を与えられるよう、意識を集中させていく。

 こうした本来とは異なる領域を扱う魔法というのは、別に珍しいものではない。


 【リリースチャーム】の魔法だって、本来は"精神魔法"の領域であるのだが、それを"神聖魔法"で扱っている。

 その分魔法を扱う難度や魔力消費は多くなってしまうが、決して無理なことではないのだ。



 施術の時間自体はそう長いものではなかったが、普通に治癒魔法を使う時なんかに比べれば遥かに時間はかかっていたし、当の施術者本人の北条からしてみれば、二十分くらいは試行錯誤していた気がしていた。


 しかし実際には、ほんの数分で北条の謎スキル(・・・・)は発動を終えており、その効果はすぐにも表れていた。



「…………コレハ? ボクハ一体……」



 なんと、これまで意味のない言葉を発していたツィリルが、ちゃんとした言葉を話し始めたのだ。


「お、おおおぉぉぉっ……」


 ツィリルの言葉を聞いて、思わず目に涙を浮かべながら駆け寄っていくロベルト。

 カタリナも沈んでいた表情に、陽がさしてきたかのような明るい顔をちらと覗かせる。


 しかし、肝心のツィリルの反応の方は静かなものだった。

 先ほどまでとは違う、状況を把握しようと目線を周囲に這わせているツィリルの表情は、どこかおかしかった。

 廃人のような状態から脱したはいいものの、そこには表情というものがごっそり抜け落ちているのだ。


「アナタタチハ、一体?」


 戸惑い気味に話すその口調も、平坦なイントネーションをしていて感情というものが窺えない機械的な声だった。

 そのため「戸惑い気味」という印象も、ツィリルのセリフの字面から抱いたものであって、本人が実際戸惑っているようには感じられなかった。


「な、何言ってるんッスか、ツィリルさん。この人が今ツィリルさんを……」


 治してくれた、と続けようとしたロベルトは気づいてしまった。

 ツィリルのいう「アナタタチ」というセリフに、自分やカタリナが含まれているということに……。



▽△▽



 ――結局の所、ツィリルは日常会話や日常生活程度なら、問題がないレベルにまで回復はしていたが、記憶の一部欠如と、感情が希薄になってしまうという副作用があるのが確認された。


 北条によれば、感情の方は完全になくなってしまったのではないらしい。

 元通りの状態には戻らない可能性はあるが、時間を掛ければ徐々に改善していくだろうとのことだ。


 ただし、記憶の方に関しては元に戻るかどうかは分からないようだ。

 試しに、ロベルトらがツィリルに関することを色々語りかけてみたが、何か思い出そうとした時に、ツィリルが辛そうに頭を押さえ始める場面もあったので、今すぐに刺激するようなことはやめておこうということになった。




 こうして帰還間際に色々とありつつも、ようやく彼らは村への帰路につくことになる。

 覇気を失ったライオットの下、無言でゾロゾロと村へと向かう彼らの様子は、葬儀に参列する喪服を着た集団のように、静かで、悲しみを湛えているのだった。




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