第218話 断末魔の叫び
「あれは……多分、"結界魔法"の【魔法結界】だと思うわ」
それは、自身も"結界魔法"を扱う陽子だからこその言葉であった。
それも以前、陽子が『流血の戦斧』の魔術士に使ったのと同様に、範囲を狭めて強度を増した【魔法結界】を、前方に配置したのだろう。
「でも……」
同じようなことをやったことがあるからこそ。これまでの戦闘で、悪魔の持つ強大な魔力を実感していたからこそ。
陽子は北条が【魔法結界】で悪魔の魔法を完全にブロックしていることに、驚きを禁じ得ない。
「私には真似できそうにないわね」
例え全力で魔力を注いだとしても、あの魔法を一発耐えられるかどうかも怪しい所だと、陽子は判断していた。
しかし北条はそんな悪魔の魔法を連続で防ぎ続けている。
そうして北条はひたすら悪魔の魔法攻撃を防ぎ続けていたが、周囲の冒険者たちはこれ幸いと、悪魔への遠距離攻撃を集中し始める。
それらのほとんどが、悪魔に対してさしたる影響を与えることはなかった。
だが、これまでの戦闘と【魔力流出の霧】によって魔力の大部分を失っていたライオットが、最後の力を振り絞って放った【断罪の光剣】には、悪魔も回避の動きを見せる。
その回避行動によって、十本の光剣のうち三本が外れてしまったが、残り七本は悪魔へと突き刺さり、HPを幾分か削り取った。
「ユウウウゥゥッ! いい加減、目ざわりねええええ!」
そしてようやく我を取り戻し、無駄に通用しない魔法を撃ち込み続けることの愚に気付いた悪魔は、止めを刺しそこなっていたライオットに向けて、高速で移動を開始する。
敵陣の真っただ中に突っ込んでいく悪魔は、直接自らの拳で小うるさい害虫を排除しようとしていた。
だが、そうはさせじと北条の"光魔法"が行方を遮る。
「させんよぉ。【光槍】」
北条の生み出した四本の光の槍は、それぞれ別個の軌道を描きながら悪魔へと迫った。
躱されることを前提にした一本の光槍を囮のように扱い、確実に残りの三本を当てるという見事な魔力操作と"読み"でもって、悪魔の動きを止めることに成功した北条。
悪魔も連続で食らってしまった"光魔法"によって、明らかにダメージを負っているようで、肩で息をしていた。
そして、北条も魔法ではなく直接戦闘に持ち込もうというのか、〈サラマンダル〉を手に、足止めを食らった悪魔の下へと駆けつけていく。
「ホーリーシット! ユーもどこまでミーの邪魔をっ!」
仕方なくライオットへの攻撃を諦め、北条を迎え撃つ悪魔。
そのマッチョな巨体の割に、常人には目に追えない程の速度で北条を翻弄しようとする悪魔。
だが北条もその動きについていってるのか、下手に武器を振り回すではなく、目で悪魔を追いつつ攻撃の機会を窺っていた。
「ソコね!」
翻弄するように高速で北条の周囲を周っていた悪魔は、"機敏"によって更にもう一段速度を上げて、急に円の動きから線の動きに変えて、北条へと飛び掛かっていく。
それを北条はまるで先が見えていたかのように、初撃を見事回避してのける。
攻撃を躱されたのは悪魔にとっても想定外であったようで、ほんの一瞬驚きの顔を浮かべたものの、即座に次の手を打ち始める悪魔。
元々格闘系の戦い方は、一発で決めるようなものではなく、連続して攻撃をしながら相手のHPを削っていくものだ。
中には、一撃必殺のような格闘系の闘技スキルも存在してはいるが、高速で組み合っている中で打ち込めるようなものではない。
悪魔に呼吸が必要なのかは定かではないが、連続した息つく暇もない悪魔の攻撃を、北条は時には躱し、時には〈サラマンダル〉を打ち付け軌道を反らしていく。
両者の高速な近接戦闘は、これまで遠距離から援護していた冒険者たちが援護する隙を見いだせない程だった。
単純に高速で動いているのも問題であったが、両者の距離が近すぎるために迂闊に攻撃を仕掛けられないでいるのだ。
ただ現在、北条とパーティーを組んでいる陽子の"付与魔法"は、北条へとガンガンに掛けられている。
"呪術魔法"によるデバフの方は、この高速戦闘中では北条に誤爆する危険性もあって、使用に踏み切ることはできないでいたが。
「これは、ひとつ課題になりそうね……」
ポツリと陽子はそう呟く。
しかしデバフによる援護が必要ないと思えるほど、北条は悪魔との超接近戦に耐えている。
ハルバードという武器の間合いの、更に内にある超接近戦においても、武器の柄の部分や石突の部分なども利用して、北条は悪魔の攻撃を捌き続ける。
(まさか、これ程とはっ)
拮抗している状況に、悪魔が内心焦りを感じながらそう独白する。
すでに接近戦へと移行してから十分以上は軽く経過しようとしていた。
一時強化スキルを使った突発的な速さにも対応してのけ、こうして相手の間合いの中まで潜り込んで尚、決定打を放つことが出来ない。
(まさか……手加減されている!?)
幾ら相手の武器の苦手な間合いとはいえ、いくらでも距離を離す機会や反撃をする機会はあったはず。それなのに、完全に受け手に回るだけで、反撃する様子が全く見えない北条に対し、悪魔の中にそのような疑念が浮かび上がってくる。
「――――」
そんな疑念を抱き始めた悪魔に、北条が悪魔にだけ聞こえるようにして何事か話しかける。
「――――――――――」
「ッ!? ユーッ! お前は、一体…………」
続けて北条が何事かを囁いた後、突然攻勢を維持していた悪魔が北条から距離を取り、北条をジッと見つめる。
それは何か異質なものを見るような、そんな視線であった。
日頃人間から向けられることの多いそうした視線を、逆に人間に対して向けることになった悪魔。
そこで悪魔は北条の言葉によって開いた内なる記憶の扉から、ふとあの日の会話を思い出す。
『ああん? 決まってんだろう。帝国に帰るんだよ。結局無駄足になっちまったが、ひとつ種らしきものは発見できたしな』
「タネ……。アイ……アイ、シー。ナルホド……。ユーがタネだったと、いう訳ね」
納得がいったといった様子の悪魔。
その悪魔の反応を見て、北条は苦み走った顔を浮かばせる。
突然激しい二人の応酬が終わりを告げ、周囲でスタンバっている冒険者たちも、固唾と展開を窺っていた。
すぐにでもまた肉弾戦が再開されるのか、はたまた魔法攻撃に切り替えるのか。
どちらにせよ、消耗の激しい彼らには、悪魔に対して有効な手は余り残されていない。
「ホージョー。ユーの存在はミーにとって完全に想定外だったね。まさか、ユーのようなイレギュラーな存在がいるとは思いもしなかった」
「なんだぁ、降伏宣言かぁ? だがそいつぁちょいと間が悪かったなぁ。百万年後だったら俺の気も変わってたかもしれなかったのに、残念、残念」
全く気持ちの籠ってない『残念』という言葉を繰り返す北条。
しかし北条の挑発的な言葉に対し、悪魔は素直に肯定の意を示した。
「イエス。そうね、この状況は流石にミーもお手上げのようね。だから……」
悪魔はそう言って、どこからか小さな黄色い玉を取り出した。
「こうすることにしたね」
そう言いながら、悪魔はその黄色い玉を地面へと思いきり投げつける。
直後、地面へと衝突した黄色い玉は、目を焼くような強い光を全周囲へと放つ。
なまじ悪魔が意味深に取り出した黄色い玉を、警戒して注視していた者ほどその強い光に視界が奪われ、一時的に視力を奪われてしまう。
「では、シーユー。またどこかで会うとするね」
冒険者たちがその強い光で視力を奪われている間に、悪魔は空を飛び、別れの言葉を残してその場から逃げ去ろうとしていた。
「そうは問屋が卸すかよおおぉっ! "グラウンドタイフーン"」
だが北条はその逃亡を許しはしなかった。
"閃光耐性"によって視力を奪われることもなかった北条は、悪魔の発言から行動を先読みし、先んじて一時強化系スキルを発動していた。
悪魔との肉弾戦でも引けを取らない北条が、一時強化系スキルを使用したことで、その素早さはすでに高ランク冒険者に匹敵する程に高められている。
そして、北条は足元が大きくへこむほどに強く地を蹴ると、そのまま大きく跳躍をした。
だがすでに空中へと浮き上がっていた悪魔には届きそうにはない。
一度の跳躍で数メートルの高さまで到達することはできたが、そこが限界なのだと、重力に引かれ、再び大地へと引き戻され…………ることはなかった。
なんと北条は、そのまま空中を蹴るかのような仕草で二段ジャンプのように二度目の跳躍をした。
と同時に、斧槍系の闘技秘技スキル、"グラウンドタイフーン"を発動する為、〈サラマンダル〉の持ち手部分を瞬時にずらす。
"グラウンドタイフーン"は、斧槍の石突に近い部分を持ち、そのまま駒のように回転しながら、ブンブンと周囲を振り回すという、大雑把なスキルだ。
本来は地上にいる状態で、なおかつ周囲が敵ばかりといった状況で使うような、限定された場面でしか使えないスキルであるが、その分威力は相当なものとなっている。
そして大技を器用に空中で発動させた北条は、クルクルと回転しながら凶悪な旋刃となって、空へと逃げた悪魔へと迫っていく。
「ホワアアアアッツ!?」
まさかの追撃に、悪魔が慌てて"飛行"スキルを使い急旋回をかけ、北条の猛追を躱そうとする。
その動きを見た北条は、再び空を蹴ると、一直線に悪魔に向かって突っ込んでいく。
「ノオオオオオオオオオオンッ!!」
頭から尻まで、最初の数回転で縦断してのけた北条の凶刃は、続く回転によって悪魔の全身をもずたぼろに切り裂いていく。
必殺技を放ち終えた北条は、そのまま地面へと落下していくが、まるで猫のように空中でクルリと体勢を整えると、綺麗に両足を地に着けて着地を決める。
少し遅れて周囲にまき散らされた、もはや肉片となり果てた悪魔の残骸。
徹底的に破壊された悪魔の肉体は、もう二度と再生をすることはなかった。