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第217話 キケンなホージョー


「あ……、えっ……? あ、ああぁぁぁ……」



 人とはそもそも精神構造の違う、異質なる悪魔に契約を迫られ、これまでに体験したこともない程の、全身が凍り付くような恐怖を味わっていた芽衣。

 しかしその恐怖の権化は、突然爆音と共に遠くへ吹っ飛んでいき、代わりに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 茫然として意味のない言葉を発していた芽衣は、その声を認識した途端、自然と安堵の声が漏れていた。


「後はもう俺に任せて、後方から支援してくれればいいぞぉ」


「ほ、ほうじょう……さん」


 つい先ほどまでは、恐怖の余り体を動かすことも出来なかった芽衣だったが、今は不思議とぎこちなくではあるが体を動かすことが出来るようになっていた。

 芽衣は生まれたての動物のような、頼りない足取りで北条の指示に従って後方へと下がっていく。


 そして北条は悪魔の吹っ飛んでいった先の方へ、ゆっくりと歩き出す。

 この絶好の機会に、冒険者たちも〈ブルーポーション〉を飲み魔力を回復させたり、初級"神聖魔法"の【トランスファーメンタル】で、自身の魔力を相手に分け与えたりして、とりあえず魔力不足による弊害だけは取り除いていく。


 彼らも芽衣と同様に、恐怖の権化であった悪魔が吹き飛ばされたことで、魔力不足からくる弊害とは別に、恐怖によって固まっていた体が解きほぐされたようだった。

 悪魔の余りの強さを見て、絶望に覆われそうになっていた彼らの心も、一気に晴れ渡っていく。


「……そう、か。ユーがホージョーね。ハハ……ハハハハ、確かにこれはデンジャラスね」



『ホージョー。キケン。魅了解除スキル所持』



 少し前にこの村に派遣していた手駒の一人が、死に際に送ってきたメッセージ。

 悪魔は当初このメッセージの意味を、魅了解除スキルを持っている者がいるので、計画に影響を与える可能性が高い、という意味で"キケン"であると捉えていた。


 だが、事実はそうではなかった。


 確かにあのメッセージを受け取った時、メッセージを送ったドルゴンが"ホージョー"へ恐怖心を抱いていたのが、微かに悪魔にも伝わってきてはいた。

 だがそれは、悪魔から見れば数段も劣る男が感じたものであり、自身の直接的な脅威になりえるとは思っていなかった。


 しかし、こうして強力な一撃を放ってきたホージョーの実力は、悪魔をも脅かす程の力量を備えている。

 そのためか、これまでの杓子定規な口調にも陰りが見え、人間的に言えば"感情的"な部分が現れ始めていた。


「ほおう、あれだけの一撃をぶち込んでもすっかり元通りかぁ」


 北条に吹っ飛ばされ、少し距離が離れてしまった悪魔。

 先ほどからその体より、白い水蒸気のようなものが立ち上っていた。

 北条の一撃によってはじけ飛んだ右上半身が、その霧のようなもので高速再生されるかのように、みるみると体が復元していく。


 悪魔が話しかけてきた時には、既にその体はほとんど修復されており、大ダメージを負った痕跡は破れた衣服くらいにしか残されていない。

 その破れた部分から見える悪魔の素肌は、傍からみるだけでもバッキバキに硬そうな筋肉の鎧に覆われている。

 この見た目で上級の魔法まで使うとは、中々想像もできないだろう。


「ハハハッ、ユーのアタックはベリーベリー効いたね。バウト、その程度でミーは沈まないね」


「そいつぁ、本気で言ってるのか、それともただの強がりかぁ? "ストレージ"は使い果たし、"ストック"もないというのになぁ?」


 北条の言葉に、悪魔が北条に向ける視線が強くなる。


「それとも、魔力の"ストック"があと一つあるからこその余裕なのかぁ?」


 続けて北条が話を続けると、これまで終始ニコニコ顔を崩さなかった悪魔が、僅かに表情を変化させる。

 大きな変化というものではなく、それでも笑い顔の体は残しているので、注意してみなければ分からないような違い。

 しかし北条は悪魔の表情が変化したことを、敏感に察知していた。


「おぉ? 顔色が変わったかぁ? 悪魔にも存外人間らしい所もあるんだなあ」


「シャラーップ! ミーを侮辱するのはそれまでね。これでも食らうといいね。 【アストラルブレイク】」


 北条が悠長に話してる間にも悪魔は魔法を構築していたようで、ツィリルを廃人へと追いやった、上級"暗黒魔法"を北条へと使用する。

 それは北条の周囲に黒い光を現出させ、やがて北条を中心に収束していく。


 得体の知れない相手を警戒し、悪魔はツィリルの時よりも【アストラルブレイク】に多めに魔力を注ぎ込んでいた。

 それでも黒い光が収束し、魔法が完全に効果を現わした後に現れたのは、平然とした様子のふてぶてしい表情を浮かべた北条であった。


「おおう、こいつぁなかなか"効く"ねぇ。"暗黒魔法"の上級……か」


「ば、バカな! まるっきり効いていない……? まさかミーのマジックをパーフェクトレジストした? それとも"暗黒耐性"スキル……?」


 驚きを隠しきれない様子の悪魔。

 そんな悪魔を煽るように北条が声をかける。


「どうしたどうしたぁ。人々から恐れられる悪魔の力というのは、その程度のもんなのかぁ?」


「おい、オッサン! 余裕こいてないで、さっさとソイツをぶっ殺しちまえよ!」


 そんな北条に対し、同じ立場なら同じように調子に乗っていそうな龍之介が、北条へと忠告をする。


「龍之介くん。北条さんには北条さんなりの、何か考えがあるんだと思うよ。俺たちは彼の邪魔にならないように、黙って後ろに控えておこう」


 そう口にするのは、楓の【非存影】によって、こっそりと現場に辿り着いていたツヴァイ(頼人)であった。

 彼は一周目の世界においても、北条が悪魔と戦う姿をその目にしている。

 その際も、北条はあのように悪魔と言葉を交わしながら戦っていたのを記憶していた。


「ぐっ、ぬぬ……」


 口惜しいことであるが、あの悪魔に対しては龍之介では手も足も出ないのは事実だ。

 己の至らなさに苦渋を舐めさせられる龍之介。そこで龍之介はふと"ライバル"のことを思い出す。


(……そうか。アイツもこんな気持ちだったのか)


 自分も同じ状況に陥って、ようやくあの時の"ライバル"の気持ちがどんなものだったのか、痛いほど理解する龍之介。

 これまでも北条に対する対抗心を持っていた龍之介。

 だがそれ以上に肝心な時に役に立てないというのは、龍之介にとっては"あの時"のことを突き返されたように感じられて、胸を刺すような痛みを齎していた。



「それ、なら……。こいつを味わっても同じセリフが言えるのか。トライしてみるといいね! 【漆黒弾】」


 そう言って悪魔が発動したのは、見た目的には【闇弾】に似た、黒い球状の何かだった。

 しかし、【闇弾】とは違い、吸い込まれるようなその漆黒の球は、見ているだけで何もかもが虚無へと落ちていくような、深い黒色をしている。


 まるでブラックホールが地表に現出したかのようなその黒い球体は、まっすぐに北条の下へと飛来していく。

 その飛んでくる速度はなかなかのものではあったが、スキルなども使えば避けることはできそうにも見える。

 ……追尾機能などがなければ、の話だが。


 しかし、北条は避けるという選択肢を取らず、真っ向からその漆黒の球に立ちはだかった。

 その様子を見て悪魔も愚かなことを、と内心せせら笑っていた。

 悪魔が使用した【漆黒弾】は、"暗黒魔法"ではない。

 その『上位魔法』である"漆黒魔法"であったのだ。


 上位魔法には、下位魔法のような初級、中級などといった等級分けはされていないが、最低レベルの上位魔法でも、下位魔法の上級クラスの威力はあるとされている。

 そして、同じ魔力量で同程度に調整した下位魔法と上位魔法をぶつけ合うと、相殺することもなく、上位魔法が押し勝つという。


 この辺りの研究は、そもそも上位魔法の使い手が少なくて、あまり進んではいない分野ではあるが、単純に上位魔法というだけで脅威になるのは間違いない。


 見た目的に【闇弾】とそう大きく違いがないことから、問題ないと判断したのか。はたまた何か思惑があるのかは北条にしか知りえぬことである。

 果たして眼前に迫る漆黒の球に対し、北条は特に何かをしたようには見えなかった。

 しかし……。



 キイイィィンッ!



 という、固いものがフライス盤で削られるような音がしばし響いたかと思うと、漆黒の球が急激に薄れていき、やがて北条の一メートルほど前方で完全に消失する。


「インポッシブル! 何を……。今、ユーは何をしたのです!」


「さあてなぁ。お前の魔法が不発だったんじゃあねえかぁ?」


「ノー、ノーッ! そんなことはナッシング! ありえないことね!」


 狂乱したかのように悪魔がそう叫ぶと、続けて【漆黒弾】が連続して数発撃ち込まれるが、いずれも先ほどと同じように北条に届くことはなく、甲高い音を立てては消失していく。

 それはまるで、漆黒の球の発する断末魔のようであった。



「あれは、まさか……」


 心当たりがあるのか、目の前の光景を見てぽそりと呟く陽子。


「知っているのか、陽子!?」


 それは誰に聞かせるでもなく、思わず口から洩れたといった小さな声であったが、耳ざとく聞き付けたツヴァイ(頼人)が気になって陽子へと尋ねる。


「うん……」


 答えに自信がないというよりは、目の前の事が信じられないといった陽子。

 そうした困惑を呑み込むように陽子は喉を鳴らすと、北条が敵の魔法を防いだ手段について、陽子が話し始めた。




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