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第215話 怨讐の果て


 部屋の入口から迫る二体の人形は、無機質な目で室内を睥睨する。

 そして標的であるツヴァイ(頼人)らを部屋の隅に捉えると、適度の間隔を空けながら迫っていく。


「おい、人形共。ちょっと待て」


 そこへ石田の指示が飛び、動きを止める人形達。

 予め設定でもしてあったのか、人形達を侍らしていた長井だけでなく、石田の命令も聞くようになっているらしい。


「で、お前たち。俺は何もお前らを殺すのが目的じゃねえんだ。ここで降伏するなら痛い目に遭わずに済ましてやるぜ?」


 人形達を一旦ストップさせた石田は、のうのうとそのようなことを口にする。

 あれだけ北条を痛めつけておいて今更ではあったが、石田の言葉に嘘はなかった。

 元々長井からの指示では、異邦人達は生きたまま捕らえることになっていたからだ。


 もっとも、今の外での状況的に、そのような悠長なことを言ってられる段階ではないのだが、小屋に引きこもっていた石田はまだ外の状態を詳しく知らずにいた。


「そんな話、信じられる訳ないでしょ」


 そんな石田の提案に、にべもなくピシャリと言い放つ陽子。

 だが意にも介していないのか、石田は更に話を続ける。


「勿論タダで済ますつもりはねーぜ? そうだな……。そこの女共が、この場でストリップショーをやるなら許してやろう」


 先ほどの陽子の声がさっぱり聞こえていないかのような、余りにアレな様子の石田。

 既に気持ち悪さや怒りの感情を通り越して、一同は思わず閉口してしまう。


「だからよお、さっさと俺様に感謝しながら素っ裸になってその場でおど――」



「――る必要なんかないぞぉ」



 常軌を逸して饒舌になっている石田の声に、割り込んでくる声があった。

 それはこの場にいる誰もが知っている声であり、興に乗っていた石田でさえも言葉を止めて声の聞こえてきた方へと視線を向ける。

 そこには……。


「北条さん!」


 こみ上げてくる熱い胸の思いと共に、咲良がその声の持ち主に呼びかける。

 見ると北条はいつの間にか、椅子に拘束されていた筈の手足の縄と猿轡が外されている。

 そして北条は手早く石田の手から短剣を取り上げると、石田の横っ腹を思いきり蹴飛ばした。


「グアアァッ!」


 叫び声を上げながら部屋の隅にすっとんでいく石田。

 それを見て、傍らにいたアンデッドにされた女性も、ノロノロと北条の方へ向かい始める。


「……スマンなぁ」


 そう言って北条は今度は蹴りではなく、拳を女性のアンデッドに向けて放つと、石田と同じように部屋の隅へと吹っ飛ばす。


 この北条の動きに対し、部屋の入口にいた二体の人形も襲い掛かってきていたが、楓とツヴァイ(頼人)がそれぞれ一体ずつ相手になって食い止めていた。

 それを見た北条は、石田への追い討ちではなく、人形達の方へと素早く移動する。


 奇しくも短剣とメイスという、人形達と同じ武器で戦っていた楓とツヴァイ(頼人)の二人。

 そこに割り込んでいった北条は、石田から奪った短剣で横から戦いに割り込んでいくと、三十秒もしない内に人形の一体が活動を完全に停止させた。


「えっ!」


 部屋の隅で戦闘の様子を見ていた陽子が思わず声を上げる。

 満身創痍といった状態の北条が、いつもの使い慣れた〈サラマンダル〉ではなく、どこにでも売ってそうなチャチな短剣であっさりと人形を一体仕留める。

 それも戦闘の際の動きが目で追えない程に速く、何が決め手となったのかも陽子には掴めなかった。

 幾らハルバードに比べて小回りの利く短剣だとはいえ、その動きは余りに早すぎた。


「ら……、ツヴァイ(頼人)! こっちは俺に任せろぉ。お前はあの腐れ外道を頼む。それと咲良はあの女性に【ターンアンデッド】を試してみてくれ!」


「スマン、感謝する」


「分かりました!」


 精神的に余裕がないのか、ツヴァイ(頼人)は短く感謝の意を示し、咲良は素直に頷きの声を上げた。


「それじゃあ……」


 早速咲良は、死しても尚いいように扱われているアンデッドの女性に向けて、アンデッドを強制的に浄化させる【ターンアンデッド】を放つ前準備を行う。

 "増魔"によって一時的に魔力を強化し、"エンハンスドスペル"によって、次に放つ魔法の威力を増強させる。

 これら魔術士の定番スキルコンボに加え、咲良にとって"神聖魔法"は最初に選んたスキルの一つで天恵スキルでもある。



「どうか安らかな眠りにつけますように。【ターンアンデッド】」



 咲良が魔法を発動すると、高位の司祭が放つそれにも引けを取らないような、強い浄化の光をアンデッドの女性が発し始める。

 そして聞くだけで苦しくなるような悲鳴を上げながらも、徐々にその声は安らかな安堵の声へと変じていく。


「――――」


 最後に女性が何か口にしたような、そんな気がした次の瞬間。

 女性を取り巻いていた白く輝く光が減じ始め、少しすると完全に光は消えていた。

 残ったのは安らかな顔で眠りについた女性だけ。


「ふぅぅ……。よかった」


 無事に魔法が成功したことで、安堵のため息を吐く咲良。





「クソガアアァ! なんでだぁぁっ!」


 一方北条に石田のことを任されたツヴァイ(頼人)は、石田を追い詰めながらも未だに止めはさしていない状態だった。

 石田が魔法を発動しようとした時にだけ、その発動を阻止しようとツヴァイ(頼人)が攻撃を加える。

 それを繰り返していると、為す術がなくなった石田は自分の思い通りに事が運ばないことに、子供のように苛立ちの声を発した。


「……最後にお前に一つ聞きたいことがある」


 そんな石田に対して、ツヴァイ(頼人)は静かな口調でそう話しかける。


「あぁ? 聞きたいことだあ?」


「お前はこっちに来てからそうなった(・・・・・)のか? それとも元からか?」


「何を突然、訳わからねーことをぬかしやがる!」


 ツヴァイ(頼人)が言っている言葉の意味が理解できず、問い返す石田。

 その問いかけに対する答えを聞いた石田は、北条が突如復活した時以上の驚きの表情を浮かべることになる。


「つまり……だ。お前は日本で女性をトラックで跳ね飛ばした時も、罪悪感を感じるでもなく、逆に被害者のことを罵るような、そんな性格をしていたのかと聞いている」


 ツヴァイ(頼人)のこの言葉には、石田のみならず咲良や陽子らも驚きの表情を浮かべていた。

 ただし、元からツヴァイ(頼人)の素性を知っていた北条と、ツヴァイ(頼人)が《始まりの部屋》にいたことに気づいていた楓だけは、表情に変化は見られない。


「はっ、はははハハハハハッ! そうだ……そうだよ! あのクソ女がいなけりゃあ、俺がサツに追われることもなかったんだ!」


 石田も突然の質問に当初は驚きを現わしていたのだが、すぐにどうにでもよくなったのか、日本での出来事を思い出して悪態をつき始める。

 聞くに堪えないその雑言は、どれだけひいき目に見ようとも、石田の独りよがりな性根が浮き彫りになるだけのものでしかなかった。


「――もういい。やはりお前は生きているべきではない」


 いつ尽きるとも知れない、延々と続く石田の聞く価値の無い話に業を煮やしたのか、ツヴァイ(頼人)はそう言い捨てると、手にしてメイスを大上段に構えた。


「死んでしまえ」


「……死ぬのはテメェだあああ!」


 いざツヴァイ(頼人)がメイスを振り下ろそうとした瞬間、石田が逆上したかのような声を張り上げる。

 と同時に、石田のそばから不可視の何かが飛来してくる。


 "邪念波"という特殊能力系に分類されるそのスキルは邪属性の、衝撃波のような念波を相手にぶつけるスキルだ。

 使用者の邪属性の感情を依り代にして発動するので、根っから明るい人が使用しても威力がでない。

 しかし石田のような男にとっては、これとないほどの相性のいいスキルでもあった。


 死の間際まで追い詰められ、極限にまで高まった石田の負の感情。

 それと、発動時に魂を削られるような、特殊能力系スキルの特徴によって、石田の魂は軋みの音を発する位までダメージを受け、その分だけ"邪念波"の威力も高められていた。


 しかし石田の最後のあがきは、両者の間に割って入った者によって、完全に防がれてしまう。



「詰めの場面で油断するのはぁ、よくないぞぉ」


「っ! 北条さん」


「アアアアァァァァアッッ! ホオオオオオジョオオオオオオッッ! てんめぇぇぇ!!」


 それは残るもう一体の人形をサックリと片付け、ツヴァイ(頼人)と石田の様子を窺っていた北条であった。

 どのような方法を用いたのかは不明だが、石田の放った"邪念波"は、北条によって完全に防がれてしまう。


 そして今度こそは隙を与えまいと、割って入った北条の脇を抜けて石田へと迫るツヴァイ(頼人)は、槌系闘技基礎スキル、"フルスイング"でもって石田の頭部を激しく打ち付けた。


 ドスンッ、という鈍い音と共に、攻撃を加えたツヴァイ(頼人)にだけ伝わってくる、相手の頭蓋が割れる鈍い感触。


 それは完全に、石田の生命活動に終止符を打つものであった。




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