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第213話 第二形態


「さあて、残るファイターはユーだけね」


 そう言って悪魔は苛烈にジババを攻め立てる。

 先ほど悪魔の放った【ヘルフレイム】を食らったジュダは、少しの間は息がまだあったのだが、今はすでに骸と化していた。


 一方、これまでの攻防でダメージが蓄積していたジババは、ロベルトの最後の気力を振り絞った"神聖魔法"で、ある程度回復をすることは出来ていたが、本気を出した悪魔には相変わらず手が出せない。


 両者の攻防は時間の上ではそう長くなかったのかもしれないが、見ているロベルトやカタリナとして何倍にも何十倍にも感じられる時間だった。

 ボッコボコに殴られ、徐々に動きが鈍っていくジババ。


 格闘系の闘技スキルは、武器を用いるものとは違い、コンボとして連続で闘技スキルを使っても負担は比較的少ない。

 その特性を活かして悪魔はこれでもかという程、闘技スキルをジババへと叩きこんでいく。


 その様子を見ていた双子の兄妹は、声が枯れんばかりに応援の声を張り上げるも、ジババにはそれに応える余裕が最早ない。


 そしてついに、悪魔の放つ格闘系闘技秘技スキル、"グランドブロウ"がジババの鳩尾部分を打ち抜いた。

 それは先ほどジババが打ち込んだ、"竜鳴棍"以上の衝撃をジババにもたらす。


 並の相手であれば、体を突き抜けてぶちぬいたであろう悪魔の必殺攻撃は、頑健なジババの肉体によって攻撃が貫通するような事態は免れていた。

 その代わり、強烈な力の衝撃が体内で充満して拡散し、内臓のことごとくに甚大なダメージをもたらした。

 またその余りの衝撃に、ハーフジャイアントの巨大な体を数十メートルも吹き飛ばしていた。


「オヤジイイイイイイッッ!!」


 傍目から見てもわかる致命的な一撃を前に、魔力が尽き、意識を手放しかけていたロベルトも横っ面を殴られたかのように眼を見開く。

 そして、切歯扼腕しながら声を張り上げた。


「ゴボッ、ゴハァ……。むす、こよぉ。逃げ、ろおおぉ」


 それに対し血を吐きながらも、最期の力を振り絞ってジババがそう答える。

 しかしロベルトも、そしていつもは冷静なカタリナも、今だけはジババのその言葉を聞くことはできなかった。


「そんなっ……! オヤジを置いていくなんて、出来るわけないだろおお!」


 完全に頭に血が上っているロベルトは、魔力不足でふらついている状況でなければ、そのままジババの下に駆け寄っていきそうであった。

 そんなロベルトの体を支えるカタリナも、歯を食いしばってジババの言葉に従うこともできず、鬼のような形相で悪魔を睨みつけている。




「くっ……アアアアアアァァァ!!」


 そんな時、ふと聞こえてきた場違いな声の主は、まだ年端もいかない少年だった。

 苦し気な声を上げるその声の持ち主は、いつの間にかロベルトらの傍まで近寄っていた。


 それも声の持ち主である少年だけではない。

 他にも少年の仲間と思われる者達や、数組の冒険者パーティーがそこには集結していた。



「これで、終わってくださいい! "ガルスバイン神撃剣"」



 以前と比べ、レベルもあがり、威力も増している慶介の必殺技、"ガルスバイン神撃剣"。

 今回は何度も練習したことによって形になってきた、従来とは違った形での発動を強く意識する。

 それはビームを扇形に拡散していくのではなく、一点集中して威力を高めるというものだ。


 その全てを焼き尽くさんとする凝縮された熱線は、慶介の大きく開いた口から発射されていく。

 それは範囲を絞ったとはいえ、並んだ人間を二、三人はまとめて焼ける程の範囲になっていた。

 慶介は熱線を吐き出しながらも、どうにかしてさらに範囲を狭めようとするが、どうしても上手くいかない。


 対する悪魔は避けるつもりがないのか、それとも不意に食らった熱線によって、動くこともままらないのか、数秒間に及ぶ慶介の"ガルスバイン神撃剣"を受け続けた。


「……ぬあああっとおおお! ワオゥ! これはかの『ノーチラス』の使っていたスキルね。まさか、こんな所にユーザーがいるとは驚きね」


 慶介のとっておきを食らい、冒頭で初めて少し苦し気な声を漏らした悪魔であったが、まだまだその態度には余裕が見て取れる。


「ゲッ! アレを食らってピンピンしてやがるぞ……」


 その悪魔の様子を見て、龍之介がげんなりとした声を上げる。


 しかし、龍之介はピンピンしていると言っているが、まるっきり無傷という訳ではなかった。

 その証拠として、悪魔の体のあちこちには火傷跡が見られる。

 ただし、以前ドヴァルグ相手に"ガルスバイン神撃剣"を使った時の火傷跡と比べると、ダメージは大分少ないように見えた。


「フゥ、流石にこれだけダメージを負ってくるとミーもキツイね。【ミドルキュア】」


「なっ! あいつ悪魔のくせに"神聖魔法"まで使いやがったぞ!」


「……悪魔の使うソレは、"神聖魔法"ではなく邪神魔法と呼ばれるものですよ」


 龍之介の驚きの声に、律義に答えるシグルド。


「にしても、先ほどのあのスキル? はかなりの威力のようでしたが、あれでも倒せないとは……」



 今この場に駆け付けてきたのは、龍之介たち異邦人組と、『リノイの果てなき地平』。それから、雑事を済ませて合流した『マッスルファイターズ』や『黒髪隊』などの冒険者たちだった。

 中には、まだ魔力に余裕のある神官も駆けつけてきていて、その手には無事だった魔法道具を手に持っている。


 一番最初の悪魔の合図によって、オースティンやサンダリオ司祭などが一斉に蜂起した際に、最初に対悪魔用の魔法道具の破壊工作が行われていた。

 破壊できるものはそのまま破壊し、使用回数の決まっているものは無駄撃ちして篭められた魔力を使い切る。


 ただ全てを無力化できた訳ではなく、捕縛した敵が持っていたものや、そこらに投げ捨てられていたものなど、使えそうなものを拾い集めてこの場に持ってきていたのだ。


「まあとにかく、奴が治癒魔法を使ったということは、それだけダメージを与えている証拠だ。この調子で削り取って、奴を仕留めるぞ!」


『オオオオオォォォッッ!!』


 シグルドの掛け声に、周りの冒険者たちが大きな声で応える。

 先ほどは多くの者が恐怖に襲われて震えていたのだが、今の彼らの様子を見るとその名残は一切見当たらない。

 自らを鼓舞するように声を張り上げる彼らの目には、決意という名の炎が宿っているようであった。


「行くぞお!」


 そしてこの面子の中でもCランク冒険者として一番実力が高い、リノイと黒髪隊が率先して前衛を送り出し、他の者はそのサポートに力を注いだ。

 光属性の矢を撃ち出すステッキ型の魔法道具や、光属性の効果を限定的に引き上げる、【ライトフィールド】の魔法と同等の効果を持つ魔法道具。


 他にも、悪魔という種族に対抗するために開発されたという〈破魔矢〉と呼ばれる特殊な矢、悪魔と直接関係はないが、対象の能力を低下させる"呪術魔法"系の魔法道具なども、ガンガン使用されていった。


 強靭な魔法抵抗を持つ悪魔に対しては、デバフ系の魔法道具も抵抗されることは多かったが、確率としては効果が出る可能性はゼロではなく、何度も繰り返し使用することでいくつかのデバフをかけることに成功する。


「よしっ! 【敏捷低下】 が入ったぞ!」


 悪魔も完全に抵抗に失敗した訳ではないので、効果は完全成功時に比べると低かった。

 それでも僅かでも相手の戦力を削れたなら上等だ。

 こうして神官たちは使い切る勢いで魔法道具をガンガンに使っていく。

 更に、弱点という訳ではないが、軽減されずにダメージの入る芽衣の"雷魔法"なども使い、チクチクと悪魔のHPを削りとっていく。




「ウーン、これは少し遊びすぎたね。久々のまともな戦闘に、ついついハッスルしてしまったよ。バウト、そろそろエンドにさせてもらうね」


 そう言った悪魔は、この場に至ってついに真の姿を人々の前に晒し始める。

 ムキムキマッチョ系な肉体はそのままに、体格が一回り大きくなり、頭部からは二本の角が生えてくる。

 放たれる悪魔の気配も断然濃密さを増し、まるで肌にからみつくようだ。


 更には皮膚の色も紫色へと変化していく。それは人間でも獣人などでもない、異形の相手だというのが一目で分かる"悪魔"そのものといった姿であった。


「ハハハーハッ! では早速いくとするね。【魔力流出の霧】」


 真の姿を見せた悪魔が、中級"暗黒魔法"【魔力流出の霧】を使用した。

 すると悪魔の周辺から黒い霧が漂い始め、周囲の冒険者たちを包み込んでいく。


「くっ、これは!?」


「ッ! いかん! すぐに離れるぞ!」


 こちらも一般的な知名度が高くない魔法であったが、霧に触れた者はすぐさまその効果を理解し、即座に悪魔のそばから離れようとする。

 しかしそこに再び放たれたのは、一同を恐怖のどん底へと叩き込んだあの強烈なプレッシャー。

 悪魔の持つ種族固有スキル、"デビルサイン"であった。


「ア、アアァっ……」


 そのスキル効果は即座に発揮され、多くの冒険者たちがその場で体を硬直させたかのように、動きを止めてしまう。

 そこに襲い掛かるは先ほどの"暗黒魔法"による黒い霧。

 触れると、体内から強制的に魔力が外へ流出していってしまう、魔法で生み出されたこの黒い霧は、周囲の人間たちの魔力を次々と漏らしていく。


 これが"暗黒魔法"に限らず、マジックユーザーが一番恐れられている点であった。

 実力者の放つ魔法は、格下の集団を一掃出来てしまう程の威力や効果をもたらすのだ。


 この【魔力流出の霧】そのものは、中級の"暗黒魔法"であって、悪魔と同レベルの者が相手ならば、そこまで魔力を流出させることなく抵抗出来るものだ。

 しかし、格下相手には魔力の大部分を奪われかねない、凶悪な霧となって襲い掛かってくる。


 魔力というのは何も魔術士だけでなく、前衛職が闘技スキルを使用する際にも必要となるものである。

 それに魔力を大きく消費すると、段々と意識がぼやけていき、やがては気を失って倒れてしまう。

 それは戦闘中においては死を意味する。



 この場に集まっているのは、龍之介たちを除けばDランク以上冒険者や神官達であり、それなりにレベルも高いことから完全に気を失っている者は少ない。

 それでも大抵の者は魔力の流出によって、意識が朦朧とし始めてきている状況だった。


「ベリーグッドね。今回、ミーのコントラクターを殆どユーズしてしまったケド、新しい相手がメニーメニー見つかったね」


 死屍累々といった有様の周辺の冒険者を眺めながら、すでに戦闘は終わったものだとでも言うように、次の契約者候補を見繕い始める悪魔。


「フム? あのスキルを使ったボーイは逃れていたようね」


 悪魔の視線の先では、"恐怖耐性"によって威圧スキル自体の効果は発動しつつも、恐怖そのものには抗うことができていた、慶介を含む異邦人達の姿が映っていた。

 体が動くのであれば、霧の範囲外まで退避するのはそう難しいことではない。

 特に彼らは後方からの支援をしていたので、元々悪魔とは距離が離れていたことも幸いした。


「……こいつは、やべえな」


 絶望的な状況に、龍之介の闘志の炎も消えかけている。

 それは何も龍之介だけの話ではなく、他のみんなも皆似たような有様だった。

 現在まともに戦えそうな状態なのは、龍之介たち異邦人組と、【魔力流出の霧】の範囲外にいた一部の神官。それから耐性スキルで霧の効果を免れた、数名しか残っていない。


「ホウ? そっちのガールは"召喚魔法"のユーザーのようね。これは中々にインタレスティングな……」


 そこまで言った悪魔は、ふと何かを思い出したかのように言葉を止める。


「オー、リメンバーしたね。ユー達がナガイの言っていた連中ね。確かにこれは色々使い道(・・・)がありそうね」


 まるで物を見るかのように値踏みしてくる悪魔の視線に、芽衣はゾワゾワッとした怖気を感じる。

 だがそれは何も芽衣だけの話ではない。


 無意識のうちにみんなの呼吸は荒くなり、自分の心臓が発する鼓動音が妙に強く聞こえてくる。

 "デビルサイン"による恐怖はどうにか耐えられたものの、絶え間なく続く恐怖の感情の波に、"恐怖耐性"持ちである彼らの感情の防波堤は、既に決壊寸前にまで追い詰められていた。


「決めたね。まずはユーから契約していくとするね」


 そう言って悪魔が近づいていったのは、最初に注目をした慶介ではなく、"召喚魔法"の使い手である芽衣だった。

 ゆっくりとした足取りで芽衣へと接近する悪魔だが、それを止めようと動く者はいなかった。

 僅かに残った戦闘可能な者達も、身体的に問題がないというだけで、精神的にはすでに動けるような状況ではなくなっていたのだ。



 一歩、二歩。……そしてまた一歩、と近づいてくる悪魔の姿は、まったく状況は異なるものの、芽衣のトラウマとなっているあの時(・・・)の出来事をフラッシュバックさせる。

 そしてついに"恐怖耐性"をも乗り越えてやってきた、冷たい恐怖に呑まれてしまい、体がまったく動かせなくなってしまう芽衣。


 「状態異常:恐怖」などの状態異常からくるものではない、恐怖心だけからくる身体の硬直。

 こうした極限状態に置かれてしまった芽衣は、急性ストレス反応によって失禁してしまっていた。


「っっっっ…………!!」


 声にもならない声が、芽衣の口の端から微かに漏れる。

 芽衣に迫る悪魔の顔は、人間形態時と同じでにこやかな表情をしており、真っ青な顔をしている芽衣とは対照的であった。


「とゆー訳で、ユーにはミーとのコントラクトを結んでもらうね。アグリー、オーケー?」


 にこやかな笑顔のまま、契約を迫る悪魔。

 ろくな結末が待ち受けていないであろう、悪魔の契約を持ち掛けられる芽衣。

 普通の精神状態であれば、イエスと答える者はいないかもしれない。

 しかし、追い詰められた人間がどのような行動を取るのかは、人によって大きく異なる。


 ……しかして数瞬の時を挟み、悪魔の問いかけに対して答える声が発せられた。

 果たしてそれは承諾を示すものか、或いは拒絶を示すものか。

 されど発せられたその声は、芽衣のものではない第三者(・・・)の声だった。



「そいつぁ、困るなぁ」



 いつの間に悪魔の近くまで接近していたのか。

 当の悪魔にすら気づかれず接近を許してしまっていたその人物は、ふてぶてしい態度でそう言い放つのだった。




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