第211話 怒涛の攻勢
しばらくの間、異邦人達にとって隠れた脅威となり続けていた『流血の戦斧』は、こうして活動に終止符が打たれることとなった。
なお亜人奴隷の二人と、メインメンバーの中では盗賊のコルトだけが、止めをさされずに取り押さえられ、手足を縛った状態で転がされている。
また信也も気絶状態のまま魅了がまだ解除されていないということで、魔法を使えないよう猿轡をして拘束してあった。
「君たちのおかげで助かったよ。ありがとう」
「それはお互い様ですから……」
この場の戦いが終わり、挨拶を交わすシグルドとメアリー。
そこに龍之介の悔しそうな声が割り込んでくる。
「アァっ! クソ、あの女。いつのまにか消えやがった!」
各自がそれぞれの相手に必死に戦っている間に、いつのまにか今回の事件の首謀者である長井の姿が掻き消えていた。
その逃げ足の速さに龍之介は臍を噛む。
龍之介の言葉に、シグルドらも戦場を見回してみるが、近場はおろか見える範囲に彼女の姿は確認できなかった。
そして、改めて戦場を確認したことで、流血以外の敵方の中にも黒い光を発してる者がいることに気づく。
全体的な戦況としては、どちらかに大きく偏っている訳ではないが、契約の履行によって局所的に形勢が跳ね返されている所もあるようだ。
「仕方ない。彼女のことは一旦おいといて、劣勢になっている所に応援に駆け付けよう!」
シグルドの言葉に従い、メアリーらもシグルドに同行して戦場を移っていく。
芽衣も欠けてしまった魔物を再び補充して、準備を整えている。
応援に駆け付ける度に、他の冒険者や神官に芽衣の使役する魔物に驚かれてしまってはいたが、下手に分散せずに、戦力を集結したまま応援に駆け付けたせいか、一か所ごとの戦闘時間は短くなっていた。
そのことが、結果として次々と戦況を有利な状況へと変えていく。
それから十数分が経過した。
何か所目かでの戦いを終え、悪魔以外の連中を粗方片付け終わったシグルド達。
コルトなどの完全な敵方から、魅了されたままの人なども含め、捕らえた人たちは少し離れた別所にまとめられていた。
本来なら魅了を解除する予定だった三人の使い手は、一人は初めの段階からリビングデッドへと変えられていて、一人は魅了された気配もなく、アンデッドとなっていた訳ではなかったのだが、突如として味方を裏切って敵についた。
その結果として、戦闘中に致命傷を負った挙句、サンダリオ司祭は結局真意を掴めぬまま亡き人となっている。
最後の一人、『光の道標』のシャンティアは、オースティンの凶行によって一時は意識を失う事態にまで陥っていたが、その後一緒に共闘することになった『巨岩割り』のロベルトによって、解毒と治癒の魔法を行使された。
しかし、ロベルトも「状態異常:魔封」の解除までは出来なかったようで、シャンティアは今悪魔と戦っているメイン戦場から少し外れた場所で、口惜しそうに戦いを見守っていた。
そういった訳で、魅了状態を解除出来るものが現在この場にはいないため、片っ端から敵を捕らえてはひとところに纏めて縛ってあるという状態だ。
そしてその作業も終わり、ようやく残った者達が一丸となって、悪魔退治と洒落こもうじゃないか。……そんなタイミングでのことだった。
いつまでも冷める気配がなく、暗く沈み込むような悪夢が始まったのは。
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「ライオットはん! 今がチャンスやで!」
悪夢の始まる少し前。
羊鹿族のヴォルディが、必死の表情で悪魔の鎌による猛攻を食い止めつつ、振り絞るように声を発した。
対するライオットも、言われるまでもなくすでに自身の最強の"光魔法"の発動に入っていた。
ベルナルドが悪魔の手によって帰らぬ人となり、オースティンの凶行によって乱れていた『光の道標』と『巨岩割り』の冒険者たち。
しかし、流石は熟練の冒険者だけあって、今ではすっかりそれらのことは脇において、戦闘の方に集中していた。
目の前で家族同然の相手を失った、ロベルトとカタリナの兄妹も当初は茫然自失といった状況であった。
だが危機的な状況によって強引に気持ちを切り替えねばならず、シャンティアの解毒と治癒をするなど、少しは戦闘に復帰できるようにはなっていた。
カタリナの方も、目の前の高レベルな戦いに直接割り込める程の実力は持っていないが、自慢の"精霊魔法"によって少しでも力になれるようにと、懸命なサポートを続けている。
そんな戦闘の最中訪れた絶好の機会に、『光術師』であるライオットが使用したのは、【断罪の光剣】という、中級"光魔法"だ。
十本の光輝く光剣が敵の頭上を輪のようにして取り囲み、クルクルと回転しだしたかと思うと、一気に十本の光剣が相手に突き刺さるという、中級"光魔法"の中でも難度の高い単体攻撃魔法だ。
十本の剣をそれぞれ別の相手に飛ばすということはできず、攻撃対象は単体のみとなってしまうのが欠点だが、その分威力も抜群であり、光属性に弱いとされる悪魔に対してはまさに打ってつけの魔法と言える。
この魔法を見てまともに食らったらマズイと判断したのか、ヴォルディへの打ち込みを中断し、回避行動に入ろうとする悪魔。
「そうはさせん! 【アースバインド】」
しかしそこにジュダの【アースバインド】が発動し、悪魔の足元が突然隆起して、両足に絡みつくようにしてその動きを止めようとする。
「ホワット!?」
一瞬驚きの声を上げる悪魔であったが、強靭な魔法抵抗によってジュダの【アースバインド】は完全には決まっておらず、束縛する力は大分弱められていた。
その弱められていた束縛を力で強引に押し切り、かろうじて回避に成功……したかと思った所へ、今度は『光の道標』の無言の女剣士、ベルタが切り込んでくる。
「……斬る」
「斬る」などと言いつつ、剣で相手を突きさす"ソードスタブ"の発展形闘技スキル、"ベルンスタブ"を放つベルタ。
この闘技スキルは、強力な突きを放ちつつも、一瞬で剣を引き戻してスキル使用後の隙をほとんど見せないのが特徴だ。
レベル的には格下とはいえ、数による暴力に晒されている悪魔は、この攻撃を完全に躱しきれず、横っ腹にかする形で攻撃をもらってしまう。
更に、瞬時に攻撃前の体勢に剣を引き戻したベルタは、そのまま連続で"ダブルスラッシュ"を発動する。
闘技スキルの連続使用は基本的に使用者への負荷が高く、低レベルの者が使うには厳しいものがある。
けど、闘技スキルでも基本や応用レベルのものならば、中級者なら連続使用にも耐えられる。
「ブラアアボオオオォ!」
飄々とした口調でそう言いながら、上体を反らしてその追撃を躱そうとした悪魔だが、躱しきることはできず胸元に二本の赤い血筋が浮かんだ。
「まぁだぁだぁぁぁ!」
元々別のパーティーであった『光の道標』と『巨岩割り』の面々であったが、悪魔という共通の敵を前に、見事な連携を見せる。
最後にしかけたのは『巨岩割り』リーダーのジババであり、完全に体勢を崩している悪魔の武器に向けて、武器破壊系の槌系闘技スキル"ウェポンクラッシュ"を打ち込む。
相手との力量さや装備のグレードの差によっては、文字通り相手の武器を破壊してしまう威力のあるスキルであるが、悪魔の持っている鎌は上等な品らしく、破壊には至らなかった。
しかし、与えた衝撃の強さは並大抵のものではなく、悪魔の手にしていた鎌は遠くへと弾かれてしまう。
そこへ、ようやく発動が終わったライオットのとっておきの光剣が、一斉に悪魔へと襲い掛かる。
「罪を背負いし全ての者に、我が断罪の意を示さん。【断罪の光剣】」
満を持して発動した、ライオットの最強の"光魔法"が悪魔へと撃ち込まれる。
生み出された光剣は物質的なものではなく、【光弾】などと同じく魔法的なものなので、実際に剣で刺されたような傷を相手に与える訳ではない。
光と闇の魔法は直接相手のHPを削る魔法なので、どれくらい効いているのかが視覚的には測りにくいのだ。
だが……それでもその場で戦っていた者達は気づいてしまっていた。
なまじ冒険者として、これまで積んできた経験が豊富だったこともあったのだろう。
ライオットの必殺の魔法が、そこまで効いてはいないのだろう、と。
「……っ。まだです! 一発でダメなら何度も撃ちこめばいいだけです!」
「そうよ! 血の一滴も流れ出なくなるほど切り刻んでやれば――」
ツィリルが己を鼓舞するかのように発した声に、元々士気が下がってなどいない戦闘狂のエカテリーナが答えようとした、その時だった。
悪魔から猛烈なプレッシャーが放たれたのは。