第209話 助っ人参上
「フゥッ、くぅ……。い、【癒しの群光】」
デイビスの魔法攻撃に加え、大型メイス人形の一撃をまともに食らっていたメアリーは、慶介の手助けもあってどうにかパーティー全員に回復効果をもたらす【癒しの群光】の発動に成功する。
メアリーは"癒しの祝福"を持つので、治癒系の魔法効果が上昇すると共に、自身にかけられた治癒系の魔法の効力がアップする。
それでももらったダメージが大きかったのか、メアリーは再度【癒しの群光】を唱えると、ようやく痛みもほとんどなくなってきた。
「くっ、やあ! たああっ! "杖突"」
そんなメアリーの前では、【ウォーターカッター】を撃ち終えた慶介がすぐさま応援にかけつけてきており、慣れない近接戦闘をしてメアリーを守っていた。
「慶介君、ありがとうね。私もダメージは抜けたから一緒に戦いましょう」
そう言ってメアリーも戦闘に復帰し、慶介とニ対一で大型メイス人形を追い詰めていく。
「うぅっ、マンジュウ……」
格闘タイプの人形に横から思いっきり殴られ、数瞬まともに息も出来ないような事態に陥っていた由里香。
幸い呼吸自体は、乱れながらもすぐに出来るようになっていたが、先ほどの打撃で肋骨が折れてしまっていた由里香。
動こうとする度に、その小さな胸に強い痛みが走り抜ける。
胸を手で押さえながら、目の前で代わりに戦うマンジュウを見つめる由里香。
動きはまだ鈍ってはいないのだが、マンジュウが激しく動き回るたびに、剣人形に斬られた傷から血が噴き出していく。
「ウウアアアアッ!」
更に後続からは、先ほどマンジュウを切りつけた剣人形もダッシュで駆けつけてきている。
それを見て、無理に体を動かそうとする由里香であったが、まるで折れた肋骨が心臓にでも突き刺さったかのような痛みに、理性ではなく本能の部分が咄嗟に体にストップをかけてしまう。
そこに苦し気なメアリーの声が微かに聞こえてきた。
目の前の事に気を取られていた由里香は、メアリーが何を言っていたのかを理解していなかったが、彼女が言葉を発した後に急激に体が楽になるのを感じる。
続けて二度目の――今度はしっかり"回復魔法"を使うメアリーのことをハッキリと認識出来た由里香は、二度目の【癒しの群光】を受けるとすぐに、マンジュウの援護へと向かった。
マンジュウもしっかりと二度の【癒しの群光】を受け、傷がしっかりと塞がっており、応援にかけつけた由里香と共に二体の人形へと立ち向かう。
「……死んでください。【落雷】」
完全に形勢が逆転しはじめる中、メアリーの魔法によって完全復活した芽衣は、誰にも聞こえないような声で小さく物騒なことを呟きながら、中級"雷魔法"の【落雷】を長井へと向けて放つ。
「ギイイヤアアアアァアァ!!」
いち早く事態を理解して、すでに逃亡し始めていた長井であったが、殺気のこもった芽衣の【落雷】をまともに食らい、その足もビタンと地面に張り付いたかのように止まってしまう。
しかし、長井は鬼のような形相で、この魔法を使った芽衣のことを遠目に睨みつけると、歯を食いしばりながら再び逃走を開始する。
「そうはさせるかよお!」
そこへ信也を降した龍之介が逃がしはしないとばかりに、長井へと駆け寄っていく。
目の前のあの女だけはっ…………!。人を弄び、喜んでいるこの女だけはどうしても許せない!!
そんな龍之介の気迫は、今日一番と言えるほどに燃え上がっていた。
しかし元々距離が空いていたこともあって、龍之介が長井に追いつくよりも、長井が隣のリノイと流血の戦っている戦場に逃げ込む方が先となった。
そこではすでに両者大分やりあった後であり、『流血の戦斧』の中で立場的にもレベル的にも格下であった奴隷の二人は、すでに戦闘不能状態になっていた。
息の根を止めた訳ではなく、強制的に意識を刈り取られた状態だ。
残るは流血の主要メンバー四人だけなのだが、戦況はリノイ側有利から、流血側有利へと変化していた。
その原因となっているのは……。
「ガアアアァァッ!!」
理性を失った獣のように暴れまわっているヴァッサゴ達。
彼らは皆一様に、全身から薄っすらと黒い光を発しながら、大幅に強化されたステータスを見せつけるように、シグルドらを追い詰めていた。
それは魔術士であるデイビスも同様で、近接戦闘を行う訳ではない彼だが、魔力が強化されたことによって放たれる魔法の威力が向上していた。
「チィ、厄介だねえ」
そう言いながら投擲用の短剣を投げつけているケイトリン。
彼らが黒い光を発し始めたのは同時であり、彼ら自身の戸惑う様子からして自分で発動させたものではないことは明確だった。
この時の戦場全体を俯瞰してみれば、他の数か所でも同様の光景が幾つか目に映ったことだろう。
契約をした主である悪魔本人が、強制的に契約者の最終段階を発動させたことによって、徐々に鎮圧されつつあった悪魔側の勢力が、僅かに盛り返しを見せつつあったのだ。
中でもヴァッサゴの狂態ぶりは凄まじく、低ランクの冒険者なら勢いに呑まれて動けなくなる程の危険なオーラを発している。
天恵スキルである"ベルセルク"を発動し、更に悪魔の最終契約によって黒い光を放っているヴァッサゴは、最早シグルドでも防戦するので手一杯な程だった。
「……なんかアッチのがやばそーだな。とりあえず、あのオバハンは後にしてあっちに助太刀にいくか」
長井をとっちめてやりたいという気持ちを抑え、龍之介はシグルドらの戦いの場へと介入を決意する。
「オレも加勢するぜ!」
「む、お主は……。そうか、そっちは片付いたのか」
「ああ、まあ粗方な。生憎とあの女だけは逃しちまったが」
そう言って、暴れまわるヴァッサゴらを盾にするような位置にまで逃げていた長井に向けて、視線を這わせる龍之介。
「助太刀は助かるが、見ての通りじゃ。無理はするなよ?」
「ああ、分かってるって。アイツらなら遠慮はいらねーから、逆にやりやすい位だぜ」
そう言って凶暴な笑みを浮かべる龍之介。
「ワハハ、言うではないか。ではお前さんの力、アテにさせてもらうぞ」
そう言いながら、苦戦しているシグルドの下へと向かうガルド。
「任せておけ! って言っても、流石にレベルがたけーなこりゃあ」
Cランク冒険者であるシグルドらが苦戦している、黒い光を発した流血の連中に、ビッグマウスを吐いた龍之介はどうしたもんかと考え込む。
「……あのヤベーのは二人がかりで相手してるし、あっちのクズ野郎は三体の魔獣とやりあってる……」
そうして改めてこちらの戦場の様子を眺めていると、相手の小柄の盗賊の男はケイトリンが相手しており、時折ディズィーの弓矢による援護や、ケイドルヴァの魔法による援護が飛んでいるようだ。
「となると、オレが狙うのは奴だな!」
そう言って龍之介が狙いをつけたのは、敵方の魔術士であるデイビスだった。
これまでもあの魔術士には何度か痛い目に遭わされてきた分、早めに仕留めておくに越したことはない。
流石にCランク相当の実力者とはいえ、後衛の魔術士相手なら何とかなるだろうという目算も、龍之介にはあった。
「こんにゃろおおお!」
狙いを定めた龍之介は、叫びながらデイビスへと突進をかけていく。
それに気づいたのか、デイビスは慌てて龍之介へと向けて魔法を放とうとするが、龍之介の勢いは止まらず魔法が間に合うかは微妙だった。
遠距離攻撃のある相手に真っすぐ突っ走っていくというのは、前衛としては、時に必要になる場面も出てくることであるが、それなりの胆力も必要となる。
要するに銃口を突き付けられた状態で、その相手に向かっていけるかどうかということなのだ。
龍之介はそんな状況でも、少しも迷わずに全力で前へと突進をかけることができていた。
幾ら無鉄砲な龍之介でも、この世界に来て間もない頃の彼だったならば、ここまで思い切ったこともできなかったであろう。
その勢いのまま威勢よく切り込んだ龍之介に対し、デイビスは器用に手にした杖を使って攻撃を捌いていく。
この世界の魔術士というのは、必ずしも後ろから魔法を放つ砲台の役目だけではなく、ある程度の接近戦をこなすことが求められることもある。
特に冒険者であるならばそれは必須とも言えた。
"杖術"に加え、"護身術"をも身に付けているデイビスは、中々に巧みな杖捌きを見せて、龍之介の攻撃を受け流していく。
黒い光によって、魔力だけでなく筋力や敏捷などが強化されていることも、デイビスにプラスに作用していた。
当初の想定とは違った相手の近接戦闘の巧みさに、思わず龍之介は軽く舌打ちをする。
しかし、敵の遠距離からの援護を龍之介が封じてくれたおかげで、シグルドらが戦う戦場では各自の負担が若干減っていた。
更にそこへ、
「大丈夫ですか!? 【癒しの来光】」
「丸焦げになっちゃえ~。【落雷】」
「ウォフゥゥゥ!」
「ゲロゲーロ、ゲロゲーロ」
「キュウゥゥゥ」
「ピッコピコー!」
とやたらと自己主張の激しい鳴き声と共に、メアリーと芽衣の魔法が飛んでくる。
メアリーの【癒しの来光】は、パーティーメンバー以外の離れた場所にいる相手にも使用可能な治癒魔法で、使用すると相手の頭上から光が降り注ぎ、相手のHPを回復してくれる。
メアリーはそれを、ヴァッサゴの攻撃を受けてヤバそうだったシグルドに向けて使用した。
そして芽衣の【落雷】は、体から黒い光を発し、ますますすばしっこく動きまわるコルトに向けて見事命中する。
「あたしもいっくよおお!!」
最後に由里香が元気いっぱいな声で参戦を表明するも、リノイの面々は一緒に現れた鳴き声の持ち主たちを見て、一瞬呆気に取られるのであった。