第202話 尋問
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「まさか、アンタが魅了を解除していたとはね」
そう言って長井がにらみつけるような目で見ているのは、呪具で動きを封じた上で、更に粗末な椅子に縛り付けられている北条だ。
コルトからの報告によると、呪文名も唱えずにメアリーの魅了状態を解除していたことから、迂闊に自分の手下を使って、魅了を解除される訳にはいかなかった。
とはいえ、《鉱山都市グリーク》からきた応援も、村長らを攫ってくるのに失敗して今は残っていない。
従って北条から話を聞くために、長井が直々に二人きりで話をすることになった。
今は北条の猿轡も外されているが、長井が常に目を見張らせている為、魔法を唱える隙もない。
「一体どうやって私の魅了を解除したの?」
「さあてなぁ。お前に愛想が尽きただけじゃないかぁ?」
北条が人を小馬鹿にするような口調でそう言うと、長井は無言で鞭で持ってその意を示した。
「ぐ、ぬぬ……」
ビシバシッっと長井が振るう鞭を、避けることも叶わず一身に受け続ける北条。しばらくの間、くぐもった北条のうめき声が響き渡る。
それから長井は再度同じ質問をした。
「で、どうやって解除したの?」
「フゥッハァッ……。ハハハハッ! お前、その女王様スタイルがよく似合っているぞぉ。日本にいた頃はその手の店で働いてたのかぁ?」
すでに北条の体には、あちこちミミズ腫れのような痕が出来ており、所々皮膚が裂けているのか血も滲みだしてきている。
しかしそんな状態でも変わらない北条の悪態ぶりを聞いて、長井は手にしていた鞭をいったん腰のベルトに仕舞いなおす。
それは北条のセリフを気にしてのことでは勿論なく、そのあと無言で長井が腰のベルトから引き抜いたのは、一本の短剣だった。
その短剣を手に、長井は相変わらず無駄口を叩くことなく、無言で北条に近寄り……北条の左目にその短剣を突き刺した。
「うぎぁぁああああああっっ!!」
これにはたまらず悲鳴を上げる北条。
しかし長井はそれだけにとどまらず、目に突き刺した短剣をさらにグリグリと捻って動かすと、そのまま眼球をほじくり返すようにして引きちぎった。
そして、再び同じ質問が繰り返される。
「で、どうやって解除したの?」
しかし、北条は痛みの余りか、苦痛の声を上げるだけでろくな反応を見せない。
すると長井は、痛みに声を上げている北条の口元に短剣を近づけると、そのまま押し込むようにして、突き刺さっていたモノを北条の口に含ませる。
そして、そのまま北条が呑み込むまで、口中に短剣を突き立てていた長井は、北条の喉が大きく呑み込む様子を確認すると、北条の口に突っ込んでいた短剣を抜いた。
「自分の目玉の味はどうだった?」
「ぐ、ぐぐぐ……。ち、血の味がスパイスに効いていて悪くないぞぉ」
「…………そう」
冷めた口調でそう言った長井は、下手な拷問はやめて、さっさともう一つの方法を試すことにした。
まず目元に力を籠め、魔眼の発動準備を整えた長井は、残った北条の右眼を強引に指でこじ開け、そのまま北条と眼を合わせる。
それから十秒、二十秒と時間が過ぎていき、徐々に魔眼の効果を高めていった長井は、何度味わっても慣れぬ苦しさに、額からは大粒の汗が滲んできた。
余りの苦しさに数秒が数分にも感じられるような、時間が曖昧になる感覚を覚え始める長井だったが、実際にそうして見つめ合っていたのはせいぜいニ、三分の事だった。
「ふうぅぅぅぅぅ……」
大きく息を吐いた長井は、限界を迎えて魔眼の発動を解除した。
これまでにないほど全力で魔眼の能力を発動したせいか、心なしか顔もやつれているように見える。
(な、なんなのコイツ……!?)
表面上では疲弊した様子しか窺えない長井だが、内面では驚きに満ちていた。
長井の魔眼の能力は、使用すると相手にどれだけ効いているかということが、感覚的に本人には伝わる。
あったかい物に触れてその温度を感じるように、だ。
しかし、北条に対してはあれだけ全力で能力を行使したというのに、まるっきり効いている手ごたえというものが感じられなかった。
かつて、『流血の戦斧』のヴァッサゴに使用した時や、"魅了の魔眼"が効きにくい同性相手、或いは慶介のような耐性持ち相手と、今までも魔眼が効きにくい相手というのは存在していた。
だが北条に対しては、暖簾に腕押しといった具合で、まるっきり手ごたえが感じられなくて、自分が本当に魔眼を使用しているのかすら分からなくなるほどだった。
「……とりあえず今日はこれまでにしておくわ」
そう言って長井は再び北条に猿轡を噛ませると、よれよれとした足取りで部屋を出ていった。
この時長井は気づいてはいなかったが、実は以前にも同じように"魅了の魔眼"が全く通用しない相手が一人だけいた。
いや……一人、というべきか微妙な相手ではあったが。
こうして部屋を出て行った長井を見て、北条は内心で長井の容赦なさに辟易としていた。
(ちっ……。目をえぐり取って食らわせようとするとは……。夏侯惇じゃねーんだからよ)
そう思いながらも、あの長井の様子からとりあえずしばらくは大丈夫そうだな。などと思っていると、十分もしない内に再び部屋の扉が開いた。
また長井が帰ってきたものかと心を引き締めた北条だったが、部屋に入ってきたのは長井ではなかった。
「へ、へへへへっ。ざまあねえなあ、おい」
愉快で堪らないといった口調で話しかけてきたのは、北条もよく知る人物。石田であった。
後ろ手に扉を閉めた石田は、ニヤニヤとした顔をしながら北条へと近づいていく。
「おー、おー。こいつぁ、あのサディスト女に大分やられたようだなあ、くくくっ」
そうして近づいてくる石田に対し、北条はこれといった反応を示さなかった。
無論、拘束され猿轡された状態では何もできないのも当然ではあったが、体を動かそうとしたり、何か伝えようとしたりといった素振りすら見せていない。
そのことが癪に障ったのか、石田は上機嫌だったのが一気に不機嫌へと変わり始める。
「おいっ……。なんだ、テメーのその態度はよぉ。それが助けにきてやった仲間に対する態度かあ!?」
そう言いつつ猿轡を外していく石田。
しかし、猿轡を外されようやく口を利けるようになっても、北条が口を開くことはなかった。
「なんで、何も喋りやがらねえんだ! オイコラ! なんか言ってみろよ!」
「……お前はぁ『仲間』、じゃあないからなぁ」
激高してきた石田に対し、ようやく口を開いた北条。
その言葉を聞いて更に石田のボルテージは上がっていく。
「ハァッ!? 何言ってやがんだ? 確かにテメーとはパーティーは別だったが、同じ日本人の仲間だろうが! それとも何かあ? テメーにとって、俺は仲間でもなんでもない、取るに足らない存在だってことかあ?」
これまでの石田のボソボソッとした声ではなく、これが素の状態なのかと思わせるほど、流暢に声を荒げていく石田。
そんな石田に対し、全身のミミズ腫れと左目の負傷を抱えつつも、冷静そのものといった様子の北条。
「ふぅぅ……。『仲間』ってのぁなあ、捕らわれ、痛めつけられてる相手を前に、心底楽しそうな表情でニコニコ近づいてくるもんでもないし、グダグダ言う前に拘束を解き放つもんなんだよ」
「なっ……!?」
まるで小さな子供でも諭すかのように、正論を突き付けられた石田は一瞬言葉が詰まる。
北条の言うように、猿轡はすでに外されているものの、椅子に縛り付けられている部分に関しては石田は全く解除する気配はなかった。
だが正論というのは石田にとって、激情への起爆剤にしかならなかったようだ。
「このっ! テメーは! 大人しくぅっ! 泣き叫んでッ! 跪けばッッ! いいんだ!!」
口汚く北条を罵りながら、殴る蹴るの暴行を加えていく石田。
しかし、思いのほか手足に当たる感触が硬く、暴行を加えている石田の方の手足が痛み始める。
「お、まえは……」
痛みの余り手を出すのを止めていた石田。
その間に北条が絞り出すような声を発する。
「こんな、ことをして……タダで済むと、思っているのかぁ……?」
「あぁんッ!? 何寝ぼけたこと言ってやがるんだ? この世界じゃあ、うざったいサツもいねえんだ。"力"のある奴が何しようが、悪ぃのはクソ雑魚の方なんだよ」
「それがお前の、本心……なのかぁ?」
「んん? ……あぁ。あの女の能力のことを言ってやがんのか。ったりめえだろうが。そもそも俺ぁ、最初こそ能力で従わされたが、それ以降はほとんど魅了もかけられず、俺の好きなように俺自身の意志であの女に従ってやってんだ」
そこまで言って石田は何かに気づいた様子を見せる。
「なるほどな。つまり、テメーがそう余裕振ってるのも、俺の魅了を解除したらいいとか考えてやがったのか。生憎だが、俺は日本にいた頃からなーんも変わっちゃいねえぜ」
ようやく合点がいったといった様子の石田。
一方北条はそんな石田に向けて、はじめこの部屋に入ってきた時から変わらぬ冷たい視線を送り続ける。
しかし、石田は北条のその視線には全く気付く気配はなかった。
「日本に……帰るつもりは、ないのかぁ?」
「どーゆー意味だ、そりゃあ」
「長井、には……日本に帰るつもりが、ないように……見える。奴に付くなら、お前も帰ることは、できんぞぉ」
途切れ途切れ、北条がそう言うと、石田は心底人を馬鹿にしたように言い放つ。
「んなもん、願ったり叶ったりだぜ。そもそも俺は向こうでは指名手配されてっからなあ。今更戻るつもりなんてねーよ」
「し、指名……手配……?」
「ああ。どこぞのクソ女が俺の運転するトラックにぶつかってきやがってよ。ったく、いい迷惑だぜ。死にたいなら俺と関係ない所で死ねってんだよ」
それから石田は、転移の数日前に事故を起こし、以降数日の逃亡生活を送ってる時に、この世界へと転移したと北条に語った。
内容の九割位は相手の女や自分の不幸を呪った言葉であり、そこには相手に対する後悔の念や詫びの言葉など一切存在しなかった。
「大体よ。あんだけ探索してるのに、元の世界に帰る手がかりなんて一切掴めてねーじゃねえか。レベル上げの為に適度にダンジョンに潜んのはいいが、あの和泉の奴みてーにマジに帰ろうとしてる奴なんて、他にいんのか?」
石田の言う通り、北条自身も以前楓に告げていたように、元の世界に帰る気は更々なかった。
龍之介や咲良なんかも、憧れていた世界に来れて楽しんでいるようだし、由里香も特に帰りたいと強く口にすることもない。
「飯が不味かったり、生活に不便だったり、不満も色々と多いがよお。何だかんだでこの世界はいいぜぇ。力がありゃあ、女だって好き勝手できる」
『流血の戦斧』が攫ってきた女のお下がりを石田が譲りうけ、めちゃくちゃに壊した後に、今度は"死霊魔法"のデイビスがソレを有効活用する。
常人が見たらしばらく悪夢に襲われるような悍ましい行為に、すっかり染まってしまっていた石田。
この男がもし日本に帰れたとしても、待ち受ける未来は暗い道しかないだろう。
「ちっ、なんだか興が削がれたな。今日はこんくらいにしておいてやるわ」
北条に暴行を加え、本人は意識していなかった日本での最後の数日間の鬱屈した内面を語ったせいか、少しは気が晴れた石田。
痛めた手を軽く振りながら、そのまま部屋を出て行ってしまう。
(ふぅ……。さて、どうするか……な)
一難去って更にやってきた一難も、ようやく去っていってくれた。
北条はこれから先のことを思い、深い思考の海に落ちていくのだった。