第187話 森中の追跡
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「状況は理解したぁ。これはすぐにでも追跡するべきだぁ」
北条の与えたポーションによって、九死に一生を得たカレンは、細かい所は省いて大まかな状況説明を北条達に話した。
北条の言葉を受け、マデリーネは今すぐにでも動き出そうとするが、機先を制するようにアリッサの声が押しとどめる。
「ちょっとお、マディちゃん落ち着いてえ」
「な、なにを言うアリッサ! 急がなければ、アウラ様が……アウラ様がっ!」
「でもどうやって追うつもりなのお? カレンちゃんを一人ここに残してはいけないしい、村の誰かに知らせないといけないよお?」
「む、それは……」
アウラの現況を聞いて取り乱していたマデリーネは、アリッサの正論を聞いて押し黙ってしまう。
何をするにせよ、ここにいるのはカレンを含めても四人だけだ。何か行動を起こすにしても、人手が足りていなかった。
マデリーネがどうするべきか、と悩んでいると、不意に下草を踏むような音が聞こえてくる。
「誰だっ!?」
「うひゃあぁっ!」
マデリーネの鋭い誰何の声に、足音の主は気の抜けたような情けない声を上げる。
「え、ちょ……何なの一体?」
すでにマデリーネは腰元の剣を握り、いつでも抜剣できる状態だ。
そんなマデリーネに対し、戸惑いながら問いかけてきたのは、北条もよく知る人物……咲良だった。
「おお、咲良ぁ。ちょうど良いとこに。すまんがぁ、この娘を治してやってくれんかぁ?」
「え? あ、はい。それはいいんですけど、一体何があったんですか?」
「その辺は後で話そう。今は時間がなくてなぁ。あ、先に【キュアポイズン】から頼むぞぉ」
「!? 分かりました」
毒を治す【キュアポイズン】の魔法を求められたことで、何か事件が起こっているのだと悟り、疑問は胸においといて、咲良は先に"神聖魔法"による治療に入った。
「ええっと……。この者を蝕みし毒よ。清浄なる光で浄化せよ。【キュアポイズン】。っと、それから【ミドルキュア】」
「おお、中級の治癒魔法か!」
流れるような仕草で、解毒と治癒の魔法を唱えた咲良に、マデリーネが感嘆の声を上げる。
「ふう、これで多分大丈夫だと思いますけど……」
咲良の使った【キュアポイズン】は初級の魔法であるが、【ミドルキュア】に関しては中級の"神聖魔法"である。
部位欠損まで治すことはできないが、凄腕の使い手ならば、それに近いことまで出来るようになる魔法だ。
例えば、眼球が潰れてしまった場合や、指を切り落とされたけど、指そのものが紛失していないような状況。
破損した箇所が完全に紛失したり、焼け焦げたりした場合は治せないが、モノが現存していれば、修復することも可能になる。
更に咲良の"神聖魔法"は、初期スキルに選んだ天恵スキルであり、その効果は他より高い。
失ってしまった血液までは取り戻せていないが、少し重い貧血状態という位にまで、カレンは回復することが出来た。
「あの、ありがとうございます」
「あ、いえいえ。これくらいのことなら……」
お礼の言葉が言える程度にまで回復したカレンと、未だ何が何だか分かっていない様子の咲良。
今度こそは何があったのか聞こうと、咲良が口を開きかけようとする……が、先に北条が口を開く方が先だった。
「これでカレンはもう大丈夫だぁ。後はー、俺とそこの二人で賊を追うとしよう。すまんがぁ、咲良はカレンを安全な所まで送りと……」
「ちょっと、い『お願いがあります!』
北条の話に食い込むようにして割り込んできた咲良に、更に追加でカレンが強い声で割り込んできた。
まさかのタイミングで割り込まれた咲良は、思わず口をパクパクとしてしまう。その間に、カレンは続きを話し始める。
「私もアウラ様の救出に参加します!」
「いや、カレン。しかし君はさっきまで危険な状態だったのだぞ」
「ケガも毒も治療して頂いたので問題ありません! それに、私には"足跡追跡"のスキルもあります」
カレンの提案に、どうしたものかと迷いを見せるマデリーネ。
アリッサも、事態が呑み込めていない咲良も、発言するべき言葉を見いだせず、無為に時間が過ぎようとした時。
北条が即断即決で指示を出す。
「よし、わかったぁ。追跡はカレンに任す。咲良もすまんがぁ、一緒についてきてくれ。詳しくは道中で話す。カレンはこれを……」
そう言って北条は〈魔法の小袋〉から赤いビー玉ほどの大きさの玉を取り出す。
「〈造血玉〉だぁ。副作用はあるがぁ、急速に体内で血を作ってくれる」
信也達のパーティーには、"回復魔法"を使えるメアリーがいて、こういった場合【ヘマトポイシス】の魔法で失った血をある程度補填できる。
しかし、北条のパーティーには"回復魔法"の使い手はいない。
ダンジョンの新エリアで痛い目に遭ったこともあり、北条は出血という事態に対処すべく、〈造血玉〉をギルドで購入していた。
「何から何まで、本当に感謝致します」
カレンは礼儀正しくそう言って〈造血玉〉を受け取ると、そのまま飲み下した。
気安くホイホイ使えるものでもないが、そこそこ出回っているアイテムなので、知名度もそこそこ高い。
マデリーネ達も身の回りで使われてるのを見たことはあったので、カレンが〈造血玉〉を飲み下す様子をじっと見守る。
「では、早速だがアウラの救出に向かうぞぉ!」
村の人に事態を報告することは人数不足の点から今回は排除し、先に救出に専念することにした北条達。
北条の掛け声と共に、新たに咲良を加えた一行は、村の北部分へと続く、足跡を辿って追跡を開始するのだった。
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アウラを救出せんと、村の近くの森に入ってから小一時間ほどが経過した。
追跡は順調に進み、すでに北条の索敵圏内に敵の一団を捉えていた。
「ようやく追いついたのね」
道中、急ぎ足ながらも今の状況について説明を受けた咲良は、無事に相手を見つけたことで安堵の息を漏らした。
「アウラ様が……私を信用してくれていたお陰です」
カレンが謙遜気味にそう言った。
何でも、カレンによると、アウラはわざわざ足跡が強く残るように歩いているそうだ。
只でさえ、お仕えする主の足跡の特徴はしっかり頭に入っている。
その上、分かりやすいように足跡が残されているので、追跡も大分楽になっていた。
「捉えた人数は全部で……十人。特に隊列などを組んでいる訳ではないがぁ、村長とアウラは中ほどを歩かされている」
そう言って更に森の奥を観察する北条。
「んんっと、剣と盾を持った男に盗賊らしき男に斧男。格闘タイプの男に、女も二人いるなぁ。恐らく盗賊系と女魔術士だ。それと神官服の男もいる」
「凄い……です。私の"視覚強化"ではそこまで見分けが出来ません」
「いやいや、見える分それでも凄いですよ。というか、そもそも木がたくさん生えてるのに、どーやったらそんなに見えるんですか?」
咲良からすると、まったく不可解な視界を持つ二人。
両者とも、微妙に立ち位置を変えながら観察していたことから、木々の隙間を縫うようにして見通していたように思えるが……。
「敵は八人……。それも一人はカレンを軽くあしらうほどの腕前か」
カレンは最初こそ小姓としてアウラに付き従っていたが、主の役に立ちたいという強い思いで、腕を磨いてきた。
当初は反対していたアウラも、カレンの意を慮り、カレンを鍛えるための体制を整える。
護衛としてではなく、情報関連などを主に取り扱う盗賊系として、訓練を重ねていったカレン。
その結果、『隠密』の職に就いたカレンだが、戦闘の方も鍛錬は続けていて、"暗器術"による戦闘は初見の相手には有効だ。
それでも、あのデグルと名乗っていた男に対しては、お得意の"暗器術"を使う暇も与えてもらえなかった。
レベル的に、Dランク下位の盗賊職に匹敵するカレンは、特に対人の訓練を積んできている。
それがああも歯が立たないということは、デグルという男はCランク級の腕を持っているのかもしれない。
「それで、この後はどうするんだ?」
マデリーネが単刀直入に北条に尋ねる。
彼女には彼女なりの考えはあったのだが、アリッサやカレンとは違い、マデリーネからすると、北条と咲良については不明点が多い。
何か事態を打開するいい手があればラッキー、程度に質問をしたマデリーネ。
そのマデリーネの期待は、良い方に裏切られることになる。
「そうだなぁ。まずはこいつに登録を頼む」
そう言って北条が取り出したのは、冒険者にとっては必須とも言われるアイテム。
さいころの形をした〈ソウルダイス〉であった。