第185話 村長宅への襲撃 前編
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「――幾人か仲間を連れた冒険者が、訪ねてきたんです」
事の起こりは、冒険者と思しきパーティーが村長宅に訪れ、それまで護衛任務をしていた『マッスルファイターズ』に交代を申し出た事からだった。
確かに、あと何時間かで交代の時間ではあったのだが、それにしてもまだ早い時間でもあった。
「少し予定を変更したらしくてな。ほらっ、これが報告用の証書と割り符だ。確認してくれ」
そう言って『マッスルファイターズ』のリーダー、マシモスに渡された証書と割り符には、不審な点はなかった。
新しくやってきた、冒険者の男が持つ割り符とそれはキッチリ合致したし、証書の方にも問題はなさそうだった。
なのでマシモスは一人、邸宅の方へと報告に向かった。
カレンは玄関でマシモスと別れの挨拶を交わした際に、実際それらの品を確認しており、間違いはないと判断していた。
しかし、彼女のアウラへの忠誠心は誰よりも高い。
マシモスと入れ替わるようにして玄関に迎え入れた男にも、警戒を緩めることはなかった。
「貴方が新しく冒険者ギルドから派遣された、護衛の冒険者の方ですか?」
「ええ、その通りです。デグル、と申します。護衛の方はお任せください」
デグルと名乗った男は軽く礼をした後に、懐からギルド証を手に取ってカレンへと差し出す。
そこには確かに『デグル』という名前と、冒険者ランクなどの各種情報が記載されていた。
「……承知致しました。ではアウラ様と村長に報告をして参りますので、こちらでお待ちください」
ギルド証を返したカレンは、不審を気づかれないように、注意をしながらデグルにそう告げると、アウラのいる下へと移動を始める。
逸る心を抑えながら、速足でアウラのいるリビングルームの方へと向かうカレン。
「おおう、カレンちゃん。どうじゃ、ワシらと一緒に茶ぁでも……」
部屋にはアウラの他に村長の姿もあり、二人してお茶を飲みながら談笑していたようだ。
そんなゆったりとした二人とは正反対に、カレンは焦った様子で村長の言葉を遮った。
「――今、玄関に素性の知れぬ者が訪ねております。交代の護衛にきた冒険者と名乗っており、ギルド証も所持していました。しかし、護衛にきたというのも、名乗った名前も偽りでした」
「刺客か?」
「その可能性はありま――」
カレンが最後まで言い終える前に、ヒュオオォという、小さな風切り音が聞こえてきた。
と同時に、カレンは横にステップを踏む。
「……ッッ」
しかしわずかに反応が間に合わず、背後からの風切り音の原因である、短剣の攻撃がかすかにカレンの腕に切り傷を刻んだ。
また攻撃はそこでは止まず、引き続き短剣による雨のような攻撃がしかけられる。
無言のまま攻撃を仕掛けてきたのは、先ほど玄関で会ったばかりのデグルと名乗った男だった。
「アウラ、様! お逃げ、ください!」
僅かな交戦の間に、相手の力量を見積もったカレンが、戦闘を続けながらも必死にアウラに訴えかける。
すでにこの短い戦闘時間の間に、カレンは幾つも浅い傷を負っていた。
自分の命を最優先するならば、カレンの言う通りに今の内に逃げる方がいいのだろう。
しかし、アウラという女性はその選択肢を拒絶する。
「…………カレン、下がれ! 【石壁】」
デグルとカレンの距離が僅かに離れた瞬間、アウラの中級"土魔法"である【石壁】が発動した。
カレンはその直前、アウラの指示に即座に反応して、後ろに下がっていた。
この魔法は初級"土魔法"【土壁】の上位の魔法であり、名前の通り石壁を生み出すという効果がある。
デグルも魔法発動に気づき、咄嗟に石壁が完成する前にカレンの方へと近寄ろうとしたが、一歩間に合わず。男とカレンの間には石壁が完成し、足止めに成功する。
【石壁】の魔法は、カレンの身体能力をよく知っているアウラが、カレンが咄嗟に後ろに下がった位置を予測して、発動場所を指定していた。
下がる距離が僅かに違っていたら、石壁に挟まれた可能性もあったのだが、カレンはすぐ目の前に聳え立つ石壁を見ても、まるっきり不安な顔を見せていない。
「今の内だ、カレン! 村長、勝手口から抜け出すぞ!」
賊の数が何人いるかは不明だが、援軍のアテもないまま、ここに立て籠もってもジリ損になると判断したアウラが、颯爽と指示を飛ばす。
得物もカレンの持つ短剣や暗器、それからアウラの持つ護身用の短剣しか所持していないが、取りに行っている余裕はなさそうだった。
三人はそのまま勝手口のあるキッチンへと急ぐ。
一方、石壁に阻まれたデグルはというと、
「……反応が妙だと思い追ってみたが、一体どこで気づかれた? まあ、いい。玄関前に配置した奴らを連れて、勝手口の方に回るか」
そう呟くと、おとなしく玄関の方へと引き返していった。
▽△▽
「ぬううん……。一体なんなんじゃが? もしかしてあの女吸血鬼が襲ってきたじゃが?」
「その可能性はあるが、まさか白昼堂々襲ってくるとは……」
村長とアウラが、移動しながら賊に対しての意見を交わしている様子を、カレンは黙って聞いていた。
(これは、毒、か……)
自分の体の異変を悟られぬよう、そっと先ほどかすった腕の切り傷に視線を移すカレン。そこには、薄く紫色に変色し始めた傷跡があった。
この様子では、他の斬られた箇所も同じ状態だろう。
「……にしても妻が外出中で良かったじゃが」
「村長、そういった話は我々が助かってからにしよう」
「そ、そうじゃが。では早速……」
そう言って、村長が外へと通じる勝手口の戸を開け、外に出ようとする。
だがその一瞬後には、アウラのいる方へと吹っ飛んでくる村長の姿があった。
「じゃがああああああっっ?!」
勝手口の先には武装した男がいたようで、蹴りを放っていた瞬間が丁度アウラ達にも確認できた。
叫び声を上げながら吹っ飛んできた村長であったが、年老いたとはいえ元Dランク冒険者として、どうにか受け身を取ることに成功する。
一瞬、村長を受け止めるべきか迷ったアウラは、その様子を見て一安心した。
「対象はそこの二人だな」
「殺しはするなよ」
「ああ、分かってる。だが、そっちの女はどうするんだ?」
「今は時間があまりない。始末しても構わんだろう」
物騒なことを話し合っている、武装した相手は全部で四人。
出口を押さえられている為、全員倒すなり、戦闘の際に隙でもつくなりしなければ、脱出するのは厳しい。
「お前たちが何者かは知らぬが、容赦はせん! 【岩砲】」
無駄に時間を引き延ばしても、不利になるだけだと判断したアウラは、中級"土魔法"、【岩砲】を放つ。
これはこの場でアウラが使える中では、最も威力のある攻撃魔法であり、初手でいきなり放つことで、機先を制しようとしたのだ。
アウラが魔法を放った直後、ドコォッ、バゴオォォ、カキィィィン、と三つの音が聞こえてくる。
アウラの【岩砲】は三つの岩くれを中空に生み出し、生成と同時に猛烈な勢いで相手へと飛んでいった。
先ほどの三つの音はその岩くれが命中した音で、一人だけは咄嗟に小盾によるガードが間に合ったようだが、余りの勢いの強さにそのまま壁まで吹っ飛ばされている。
残る二人だが、片方は腹部にまともに砲撃を受けて気を失っており、もう片方は避けようとした挙句、頭部にまともに食らってしまい、首が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
初手のアウラの魔法によって、一度に三人の足を止めることに成功した。
残るは斧を持った男一人だけだ。
「今だッ!」
この状況を絶好の機と見たアウラの指示に、カレンも村長も即座に反応した。
しかし、勿論それは、【岩砲】を受けていない最後の敵も同様だ。
自分の体でもって出口を塞ごうと、慌てて動き始める斧を持った男を見て、アウラは奥の手の使用を決断する。
「ハアアアアァァァッ!!」
アウラが気合の声を上げながら、人差し指を男に突き付けた瞬間。
男はその場にひざまずくようにして崩れ落ちる。
必死に体を動かそうとはしているようだが、やがて押しつぶされるかのように、床に突っ伏した。
その間にカレンを先頭に、村長とアウラは勝手口から外へと飛び出す。
辺りを見回し、誰もいないことを確認したカレンは、残る二人が付いてくるのを確認してから、村へ向かい走り出す。
目指すは今いる本村地区ではなく、ギルドがある拡張中の村の方だ。
だが、その歩みは走り始めて数歩で止まってしまう。
「あっ……?」
腹部に急激に熱を感じ、視線を向けたカレン。
その目に映ったのは、己の腹に突き刺さった短剣だった。
「生憎と、お前たちを逃がす訳にはいかん。……少し急いで正解だったか。まさかあの四人が突破されるとは――」
「カレエエエェェェンンッ!!」
カレンの腹部に短剣が深々と突き刺されているのを見て、アウラは絶叫を上げながら、反射的に手にした護身用の短剣で、男――デグルへと切りかかった。
それに対し、デグルはカレンに刺していた短剣から咄嗟に手を離すと、回避行動に移る。
「アアアァァァァッッ!」
親の仇でも前にしたかのように、アウラがデグルに切りかかるが、一向に攻撃が当たる気配すらない。
"短剣術"のスキルを所持していないアウラだが、"剣術"のスキルは持っているため、若干ではあるが短剣も扱えはする。
しかし、アウラの本来の得物は槍であり、剣の腕はそれほどでもなかった。
ましてや、こうも取り乱した状態では相手にならないのも当然と言えた。
「アウラ、さ、ま……」
そうしたアウラの様子を、少し離れた場所から見つめるカレン。
すでに腹に突き刺さった短剣は抜いてあり、右手で傷口を押さえていた。
その表情にはケガや毒による辛さだけでなく、自分の為にあのように取り乱してくれた、アウラに対する深い感謝の念も滲んでいた。
「ぬっ! カレンちゃん。新手が来たようじゃが」
デグルと距離が離れたことで、カレンの下に駆け寄ってきた村長が、右手側を指さす。
「はぁ……まったく面倒だわ。 【イクスハウション】」
「ハッハッハァアッ!」
いつの間に現れたのか。
そこには、新たに四人。
アウラが我を失い、デグルに切りかかっている間に、新たな敵の増援が駆けつけていた。