第182話 次なる計画
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信也らがダンジョンから帰還し、途中で龍之介たちと別れてから数日が経過していた。
しかし、未だに信也達三人が村に帰ってくることはなく、流石に心配になったメアリーらが、サルカディアへと続く山道の近辺を捜索するも、足取りをつかむことはできなかった。
北条もあまり拠点に姿を見せず、何か隠し事があると察している陽子の不安も日々増していく。
いや、不安を感じていたのは陽子だけではない。
その他のメンバーも、どこか先の見えない不安を感じ、少し神経質になってきていた。
一方、当の行方をくらました側である内のひとり。長井は、アジトに箱詰め状態でここ数日を過ごしていた。
そして、今、彼女の目の前には一人の男が立っている。
長井のことを、熱烈なる同士でも見るかのような目で見ながら、ペラペラと話しを続ける男。
そんな男を疎ましく思いながら、長井はここ数日の事を振り返る。
……それは、シュトラウス司祭と連絡を取ってわずか二日後のことだった。
早速彼の派遣した手の者数名が、長井達の潜む山小屋までたどり着いていた。
外部から来た彼らは、村での調査には打ってつけだった。
それまでは魅了を解除される危険を承知の上で、手下に村を探らせていた長井であったが、余り派手にやると手駒がまた奪われてしまう危険性を感じていた。
しかし、魅了にもかかっておらず、警戒も緩くて自由に動ける助っ人は、難航していた村での情報収集を、サクサクと進めていく。
もともとそういった諜報活動向けのメンバーが、若干名編成されていたことも、上手くいった理由だろう。
そして、村の調査で得られた情報を熱心に語る男は、陶然とした表情をしつつ、派遣メンバーを選出したシュトラウス司祭がいかに素晴らしい人なのかを語っている。
その顔は、長井の為にすべてを捧げると言っていた、信也を彷彿とさせた。
大きな身振り手振りでシュトラウスを賛美する男の左手の甲には、長井の右上腕部に刻まれたものと同じような、黒い模様をチラチラと覗かせている。
シュトラウス司祭の忠実なる僕を自称する、この男の名はドルゴン。
派遣されてきた助っ人のリーダーであり、腕利きの暗殺者らしい。
そのドルゴンが語った内容によると、どうやら村では魅了の原因は吸血鬼が現れたからということになっているらしい。
この場合の吸血鬼とはつまり長井のことだ。
そのため村では警戒態勢に入っていて、冒険者ギルドも何やら裏でこそこそ動き始めているらしい。
「で、誰が魅了を解除しているのかは分かったの?」
「それに関してはまだ半信半疑といった情報しかない」
「どういうこと?」
一頻りシュトラウス司祭への賛美をさせた後、頃合いを見てドルゴンへと問いかける長井。
しかし返ってきたドルゴンの答えに、長井は目を細める。
「なんでも〈魅了解除の白聖石〉、という魔法道具で解除しているという話だ」
「魔法道具……。そんなもので解除されたというの…………」
これまで"魅了の魔眼"を利用してきた長井にとって、それは聞き捨てならない話だった。
「いや、それがそもそも疑わしい。確かに魅了を解除する魔法道具やポーションなどは存在するだろう。だが、それらは皆高価な品だ。それがこの辺鄙な村に偶然あったというのは出来た話だ」
更にドルゴンは話を続ける。
「そもそも魅了状態は高価な魔導具でも判別できん。少し様子がおかしい程度の、魅了された確証もない相手に、高価な魅了解除の魔法道具を試すとも思えん」
「……つまり、魔法道具はブラフで他に術者がいるということ?」
「そうだ。吸血鬼に術者が狙われないようにとのことだろう。実際、解除現場に立ち会った者から聞き取りをしたが、一人怪しい風体の者がいたそうだ」
「怪しいって、見た目でそこまで判断できるわけ?」
「ああ。なんせ顔には仮面をつけ、ダボダボっとした服を着て体格すら分からず、一言も発しないので性別すら定かではなかった。ただ、身長は高めだったので、男の可能性が高いそうだ」
「それは、臭うわね」
いかにも疑って下さいというその仮面の男は、確かにドルゴンの言う通り魅了解除をしている術者の可能性は高そうだ。
(つまり、向こうも情報が洩れるのを警戒してるってことね。厄介な……)
「それで、ある程度調査は終わったようだけど、これからどうするつもりなの?」
すでに長井としては、打てる手がほとんど思い浮かばなかった。
今《ジャガー村》で魅了状態を解除している者をどうにかできても、すでに大ごとになっている以上、《鉱山都市グリーク》から応援が来ることは間違いないだろう。
そうなると、後は闇に潜んで次の機会を窺う位しか道はないように思える。
「村長の屋敷に襲撃をかける。これは、予めシュトラウス様より賜った、大まかな方針を素にした作戦だ」
続いてドルゴンは作戦の概要を説明していく。
その作戦の内容とは以下の通りだ。
まず、村長宅に密かに襲撃をかけ、村長を誘拐してくる。
その際にはグリーク領主の娘、アウラも同時に攫う。
どちらかというと、アウラの方が優先順位は高く、この二人は村長宅で一緒に行動していることも多いので、その時を狙うと一挙両得だろうとのこと。
村長には以前に魅了を一度掛けているが、既に解除されているようなので、攫ってきたらもう一度魅了を行う。
更に、アウラに関しても同様に魅了をかけていく。こちらは、相手が同性の上、レベルも相応に高いと思われるので、時間をかけて行っていく。
だが村長の方に関しては、捕らえてしまえば再魅了するのにそう苦労はしないだろう。
後は洗脳した村長に、現在村にいると思われる解除者を引き出してもらう。
その際、村長の再洗脳が疑われたとしても、向こうはそれを解除するために、村長に接する必要が出てくる。
具体的にどういう事態に展開するかはわからないが、向こうはドルゴンらの存在にはまだ気づいていないハズだ。
そこを、長井の魅了の能力を交えて上手く活用していけば、この《ジャガー村》……ひいては《鉱山都市グリーク》にも、強い影響力を持つことができるだろう。
「…………」
黙って説明を聞いていた長井は、ドルゴンの打ち立てた皮算用を、頭の中でシミュレーションしてみる。
だが未確定の要素が多すぎて、いまいち予測が出来ない。
上手く嵌れば成功する可能性はあるかもしれないし、ちょっとした事で計画が頓挫することもありえる。
「――という訳だ。……ナガイ、聞いているのか?」
もし計画が失敗したとしても、最低限自分の生命が守れるようにと、あれこれ思考を巡らせていた長井は、ドルゴンの問いかけに意識を現実へと戻す。
「聞いているわ。聞きながら問題点を考えていただけよ」
「そう心配することはない。確かに私の力だけでは完璧とは言えないが、我らにはシュトラウス様がついておられる。何も心配する必要はないのだ!」
「そうね」
素っ気なく答えた長井だが、再びドルゴンのシュトラウス熱がぶり返しそうな気配を感じ、慌てたように別の話題を繰り出した。
「そういえば、村の連中は私が吸血鬼だってのを信じてるようだけど、そういった前例でもあるの?」
ポンッと長井の脳裏に浮かんだ疑問だったが、同じ魅了の能力を持つ身として、気になることでもあった。
「前例はいくつか聞いたことがある。吸血鬼といえば、一般人にも知られている程有名な魔物だが、意外とその実態までは知られていない」
「実態?」
「そうだ。彼らは魔物の中でも知性が高く、無暗に人を襲わない。……襲ってくるとしたら下位吸血鬼であって、こいつらは吸血鬼の従属種ではあるが吸血鬼とはまた別種と言われている」
「へえ、詳しいのね」
「以前ちょっと、な。それで、吸血鬼といえば、吸血した相手を吸血鬼化させて、眷属にするという能力が有名だが……」
長井も別段ホラーやファンタジー作品が好きという訳ではなかったが、流石にそれくらいの知識は持っていた。
他にも太陽が苦手だとか、十字架が苦手だとか、そういった知識は長井の中にもある。
「……だが、奴らはそう好き勝手に同士を増やすことはない。吸血をしても、それは単に血を欲してのことで、相手を吸血鬼化する事はあまりないのだ」
「何故? 吸血鬼ってのは強い魔物なんでしょ。同士を増やしていけば、そうそう人間に負けることもないのに」
「私もシュトラウス様から伺っただけなので、詳しくは知らないのだが、吸血で眷属を増やす際に、自身の血と力を相手に分け与える必要があるらしい。なので、無闇矢鱈に眷属を増やしても、質がどんどん低下するだけのようだ」
「なるほど、ね」
確かにそのようなデメリットでもなければ、今頃吸血鬼はこの世の春を迎えていることだろう。
「そういった訳で、だ。吸血鬼達は、迂闊に吸血で眷属を増やしたりしないが、代わりに魅了の能力でもって、人の共同体を牛耳ることがあるということだ」
「そう……。となると、上の連中が私をどう判断してるかが重要ね。パーティーメンバーは私とは同胞だから、ギルドも私が吸血鬼ではないと知っているハズ……」
メアリーや龍之介らの知らない所で長井が吸血鬼化したという可能性もゼロではないが、この際は除外してもいいだろう。
「それなら単に、魅了の能力者として、目をつけられたのかもしれん。下手にお前を刺激して逃がさないように、包囲網を整えているのだろう」
(それなら、最悪私の命の心配はない……か)
「何にせよ、今後の我々の行動は先ほど伝えた通りだ。村長を確保した際には、魅了の方を頼む」
「分かってるわ」
こうして、村長誘拐計画が密かに立案され、実行されることになった。