第180話 秘密の会談 その2
「これは……?」
魔法道具の効果が発動した直後、ナイルズの体を白い光が覆った。
それはまるで"神聖魔法"を使われた時の感覚に似ていたが、ケガを治療する【キュア】などとは違っていた。
どちらかというと、【キュアポイズン】など、毒や麻痺の治癒魔法を掛けられた時の感触に似ている。
具体的にどのような効果があったのかは、使われたナイルズ本人にすら詳しく分からなかったが、どこか心がスッとしたような感覚を覚えていた。
「よし、これでもうナイルズに関しては問題ないぞぉ」
「……それは一体どういう意味だね?」
鋭い視線を北条に向けるナイルズ。
とはいえ、明らかに何か悪いことをされたという感覚もなく、いまいちどう反応していいのか判断に困っているというように、その視線は僅かに揺れていた。
「まずは、この魔法道具の効果について説明しよう。こいつぁ、魅了状態にある者を解除する効果がある」
「魅了状態…………? ハッ、もしや吸血鬼か!?」
ナイルズが驚きの表情をしたまま、北条に尋ねる。
「いやぁ、そうじゃあない。……というか、吸血鬼は魅了能力持ちかぁ……」
「ああ、下位種なら問題ないが、中位種以上は大抵魅了の力を持っているのだよ」
ちょっとした豆情報を頭の隅に記憶しながら、北条はこれから先に伝える予定の情報のせいで、少し重くなってしまった口を無理やりに開き、説明を続ける。
「吸血鬼ではないんだがぁ、魔眼系のスキルの中には"魅了の魔眼"というものがあってなぁ」
そこで一旦話を区切る北条。ナイルズも余計な口を挟まず続きの言葉を待っている。
「そいつをなぁ、俺らの同朋の一人が持っていることが判明した」
そこまで話を聞いたナイルズは、とりあえず中位種以上の吸血鬼が原因ではないことに安堵の息を漏らした。
(だが……いや、待てよ?)
最悪の事態だけは避けられたと思っていたナイルズだが、現況を思い返してみるに、事態はそう簡単なものではないのでは? と考え直し始める。
「君が私に対してその魔法道具を使用した、ということは、私も既に魅了されていた可能性を疑っていた訳だね」
「まぁ、そういうことだぁ」
「これは、確かに……」
ナイルズは、改めて現況について考え始める。
(魅了状態は中級"神聖魔法"に『解除』する魔法は存在するが、魅了された者を『探す』方法は知られていない……。確か鑑定の魔導具ですら判別できない程だったはず)
魅了状態は、能力を持った者が常にかけ続けない限り、いずれは効力が弱まっていくので、余り多くの人間を魅了の力だけで操ることはできない。
種族的能力にせよ、スキルにせよ、魅了させるには魔力なりなんなりの代償や時間が必要になるからだ。
それに完全に支配して操る訳でもないので、根っからの善人に悪事をさせようとした場合、よほど念入りに毎日のように魅了し続けないと、しっかりと言うことを聞いてはくれない。
そういった面から、魅了の能力持ちが暗躍している場合、問題を解決するにはその能力者本人を狙うのが定石だ。
根本さえ断てば、あとは時間が解決してくれる。
しかし、欲深い人間は魅了の能力者を自分の手駒に加えようと、能力者とは関係ない所で、幾つかの勢力に分かれて争い合うこともままあった。
「君たちは、現在の状況について、何か掴んでいるのかね?」
「下調べは多少してある……がぁ、誰が魅了されているのかまでは、いちいち特定できてはいない。確実に分かっているのは、"魅了の魔眼"のスキルを使って、よからぬ事を企んでいるってことだけだぁ」
そう前置きをしつつ、北条はここ最近密かに嗅ぎまわっていたことについて報告をしていく。
まず、肝心の能力者は『プラネットアース』で盗賊職を担当している、長井であるということ。
これに関しては、本人がずっとスキルを隠していたので、仲間の誰もそのことを知らなかったことも併せて、ナイルズに伝えられた。
そして、《ジャガー村》村長や、ギルドに出入りしている冒険者とギルド職員。それから、村の有力者や教会関係者らと接触を取っていたことが、判明している。恐らく、それら接触者の中には、魅了された者もいるだろう。
そして…………、
「あの『流血の戦斧』とも手を組んでいる、と?」
「ああ。多分、なぁ」
北条の歯切れが少し悪いのは、身内が敵とつるんでいた事実に気後れしているのではなく、単に確定した情報ではない為だ。
「それは確かなのかね? 何か気にかかる点でも?」
だが敢えてナイルズは、歯切れの悪い北条に確認を取った。
時には、本人が見落としていることや気にしていないことから、答えに辿り着くこともある。
そういった意図でナイルズは尋ねてみたのだが、それに対し思わぬ返答が返ってくる。
「……これは秘密にしてもらいたいのだがぁ、実は先ほどから一緒にいるこのツヴァイは、未来予知系のスキルを有している」
突然の北条の振りだったが、どうにか動揺を表に現さず、神妙な表情で静かに頷きだけを返すツヴァイ。
ナイルズはそんなツヴァイを見て、いまいち判断がつかない様子だ。
「ハッキリと未来が分かるものではないし、知りたいことが知れる訳でもないらしいがぁ……」
そう言ってツヴァイへと視線を移す北条。
その意図に気づいたのか、ツヴァイが重い口を開く。
「ええ、確かに北条さんの言う通り、言う程便利な能力でもないんですが……。この能力で『流血の戦斧』が、相手側に加わっている様子を見たんです」
日本でこんなことを言いだしても真面目に捉える奴は少ないだろうが、この世界にはスキルというものが存在しており、実際に予知系統のスキルも複数存在している。
ただ、目の前の男がそうしたスキルを持っているかどうかは疑問だったし、それが正しいのかも今のナイルズには判別が難しい。
「ツヴァイ、直近でステータス更新を受けたのっていつだっけかぁ?」
明確に疑っている、というよりはどう判断したらいいか迷っている様子のナイルズ。
そんな彼を見て、北条が話の矛先をツヴァイへと持っていく。
「え? あ、んーっと、いつだっけかな。多分一か月位前だと思うけど……」
「成る程ぉ。それだとまだギルド証にも載っていないかぁ。予知系スキルを覚えたのはつい最近だと言っていたしなぁ」
「あ、ああ。そうだな」
北条の考えに気づいたツヴァイが、内心ドキドキしながらも返事をする。
「…………」
そんな二人をじっと見つめるナイルズ。
鋼の心臓をしているのか、北条は更に余計なことまで言い始める。
「まぁ、気になるならぁ後でギルド証の更新をしてスキルを確認すればいい。少なくとも予知系スキル持ちだというのは、それで確認できるだろぅ」
「……まあ、その件については了解した」
北条の言葉を聞いて、無茶振りされた芸人のような心境だったツヴァイだが、とりあえずナイルズも納得してくれたようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「ひとつ補足するとぉ、長井と流血の関係までは掴めなかったがぁ、彼が予知で見たそれ以外のことについては、既に幾つか裏をとってある」
「その結果、流血に関しても恐らくは黒だろうと……そういうことかね」
「ああ」
短いが、力強い声で頷く北条。
「なるほど……。実は最近私も気になる事があってね」
「気になる事?」
「うむ。実は最近サルカディアからの未帰還者達が増えている、という報告があるのだ」
「それはー……単純に魔物にやられたり、罠にかかったりということではないのかぁ?」
ナイルズの言葉に北条が反論を返すが、ナイルズは顔を横に振って否定の意を示す。
「それは考えにくいね。一人、二人が帰らぬのならともかく、パーティー全員が帰ってこないというのは不自然なのだよ」
ナイルズの話によると、奥深くではなく比較的浅い層に向かった低ランク冒険者達が、パーティーごと行方不明になる事件が増加しているらしい。
まだ、あからさまに不自然という程の件数ではないのだが、不審な点としてギルドでも気にかかっていたという。
「今ではダンジョンの入口は、領主様が派遣した衛視が見張りに付くようになっているが……」
「……長井が流血と結びついているならぁ、衛視を魅了して奴らを手引きしている、と?」
「ありえることだねえ」
「…………」
思わず眉を顰める北条。
しばし両者の間に沈黙の時間が続いたが、話を先に進めるべく、ナイルズが口を開いた。
「……それで、他に何か情報はあるのかね? それと君たちはこの件について、どう動くつもりだね?」
「そうだなぁ。どこまで魅了の魔の手が伸びているのかが分からん以上、あの魔法道具で少しずつ有力者を解除していって、相手勢力を削っていこうと思っていたがぁ……」
「それでは相手に警戒心を抱かせるだけではないかね? それに、解除されてもまた魅了をかけられたら同じことだ」
北条の意見に反論を返すナイルズ。
「それは、相手の能力のことを知らずにいたせいだろう。解除した後に、長井に魅了の能力があると伝えれば、強引に攫われでもしない限り、再度接触を取ることもないハズだぁ」
北条の言い分に対し、反論はひとまず止めて、まずは聞く体勢に入るナイルズ。
「そうだなぁ、先ほど話に出た吸血鬼。長井がその吸血鬼であると説明すればぁ、再接触を避けようとするだろうし、危機感も抱くだろう。それから解除済の信頼できる者を村の見張りにつければぁ、長井の接触を妨害もできるし、そもそも向こうも異変に気づいて、村に姿を見せなくなるかもしれん」
一通り北条が話し終えると、内容を吟味していたナイルズが口を開く。
「そこが、まず分からないのだが……ナガイ、と言ったか。彼女が問題ならば、まずは先に彼女を捕えるなりすれば良いのではないかね? 君の言う通り、姿を隠されでもすると、探すのに手間がかかるだけだと思うが?」
ナイルズの言葉に、北条は少し困ったような考えるような素振りを見せる。
「同朋ということで、彼女に関しては自分たちで対処したい……そういう訳かね?」
目の奥に鋭い光を宿しながらナイルズが問う。
しかし、ここでもナイルズの想定外の答えが返ってくることになる。
少し言いよどんでいた様子の北条は、一度ツヴァイに目配せした後に口を開いた。
「実は――」
そして、北条の言葉を聞いたナイルズは、今日一番の驚愕の表情を浮かべるのだった。