第179話 秘密の会談 その1
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信也が完全に魅了状態となり、長井と石田が高笑いを上げていた日から、遡って数日前。
そこにはヤボ用を済ませにいくと、ツヴァイと一緒に受付へと向かう北条の姿があった。
そして、ギルド受付にて重要な要件があると切り出した北条に、受付嬢は半信半疑ながらも、ギルドマスターであるナイルズへの取次を引き受ける。
その結果、北条達とナイルズの関係性のためか、あるいは単純に時間が空いていたからなのかは分からないが、ナイルズは北条との時間を割いてくれるとのこと。
北条はもし断られたとしても、強引にでも話しに行くつもりであったので、この展開は好都合であった。
勝手知ったる何とやらという感じで、北条はギルドマスターの執務室へ続く廊下を歩いていく。
当初案内役に抜擢された職員がいたが、場所は分かるから勝手に会いにいくと伝えると、あっさりと自分の職務へと戻った。
そうして二人はギルドマスターの執務室前に辿り着く。
おずおずといった様子で北条の後をついてきたツヴァイは、若干緊張しているようだ。
そんなツヴァイに対し、北条はツヴァイの耳元で彼だけにしか聞こえないような声で囁く。
「どういった流れになるか分からんがぁ、とりあえず俺の話に合わせてくれぃ」
「あ、ああ……。任せるよ」
ツヴァイの返事を聞いた北条は、今度は打って変わって大きな声を上げた。
「入るぞぉ」
軽く入り口のドアをノックした北条は、そう言いながらツヴァイを引き連れて部屋の中へと進入していく。
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「やぁ、よくきたね」
見た目的には紳士には程遠いのだが、ナイルズの口調にはどこかしら優雅さを感じさせる。
ちょっとした端々の動きにもそういった節は見られ、洗練された自然な動きは元冒険者とは思えないほどだ。
その貴族然とした所作でソファーに腰掛けるように促された北条は、ツヴァイと隣り合うようにして席につく。
そして北条らと向かい合う位置にナイルズも腰を落ち着けると、フゥっとため息のようなものを漏らしながら、軽く肩を回す。
「相変わらず忙しそうだなぁ」
そうしたナイルズの様子を見て、率直な感想を漏らす北条。
「ハハハ、お蔭さんでね。幾ら仕事を片付けても、次から次へと新しい仕事が出てくるのには参るよ」
両手を上げ、ヤレヤレといったジェスチャーを取るナイルズ。
「そうかぁ。ならお疲れの様子のギルドマスターにはこれを進呈しよう」
そう言って、北条は背負っていたバッグから皮袋を取り出した。
「多少中身が崩れてるかもしれないがぁ、以前渡したのと同じ焼き菓子だぁ。お茶の時間にでも一緒につまんでくれぃ」
「おお、これはこれは助かる。私も料理をするから分かるが、こいつは中々の出来栄えだよ。それなら早速お茶の方も用意してこよう」
かつて《鉱山都市グリーク》の冒険者ギルド内で、食堂長をしていたナイルズだ。
元々料理は好きだし、スキルとしても"料理"スキルを所持している。
そんな彼はお茶にもこだわりを持っていて、常に幾種類かのお茶を隣室に用意してあった。
「ちょっと失礼するよ」、そう言い残して隣室へとお茶を手ずから淹れに行ったナイルズは、前回食べた焼き菓子の味を思い出し、一番合いそうなお茶をチョイスする。
そして小型の湯を沸かす魔法道具で、程よい温度に調節してお茶を淹れると、トレイに三人分のカップと木皿を乗せ、執務室の方へと戻る。
「お待たせした。どうぞ、熱い内に飲みたまえ」
そう言いながら、ナイルズは皮袋の中身を持ってきた木皿に移す。
しばし焼き菓子をほうばりながら、お茶をすするゆるやかな時間が流れる。
「ううむ、たまらないねえ。こうも机に向かい合ってばかりいると、気分が滅入ってきてしまうものだが、お茶の時間だけは私を癒してくれる」
どこか落ち着きがなかったツヴァイも、温かいお茶を飲んだことで少し落ち着きを取り戻してきたようだ。
と、そこで北条が本題へと入り始める。
「あー、そんな癒しの時間に申し訳ないがぁ、一つ重要な話がある」
北条がそう告げたあと、ナイルズはお茶をもう一口すすると、ゆっくりとカップをテーブルの上へと置く。
「ふむ、どんな話かね?」
先ほどまでのゆるやかな態度から、仕事モードへと切り替えるナイルズ。
若干目じりに皺の寄った、真剣な目で北条のことを見つめる。
「まずはー、こいつを見てくれ」
そう言って北条は腰のベルトに下げている袋のひとつから、白い手のひらサイズの物体を取り出した。
「これは……〈白聖石〉かね? 何やら刻んであるようだが……」
よく見えるようにテーブルの上に置かれたその物体は、白い色をした石のカケラといった形をしている。
正方形や長方形などといった整った形はしておらず、所々が角ばっていてそこいらに落ちている石とさほど違いはない。
だが唯一、石の一面に刻まれた文字と図形だけが、異彩を放っていた。
「こいつぁ、ダンジョンで発見した魔法道具なんだがぁ……。この先の話をするためには、こいつをあんたに使う許可をもらいたい。もちろん、これは呪いをかけるとかいった類のモンではない。寧ろ逆だ」
「ほう……」
北条の要請に、ナイルズは一言そう呟くと、魔法道具をつぶさに観察し始める。
(私も専門ではないが、"目利き"スキルではこれは間違いなく〈白聖石〉だと言っている。〈白聖石〉は神聖なる力を宿した石で、確かにこれにいかような手を加えても呪いの品にはなるまい……)
そこまで思考してから、次にナイルズは北条へと視線を移す。
(嘘を言っているようには見えん、か。"危険感知"スキルも全くといっていいほど反応はない……)
更に少し考え込んだナイルズは、北条へと質問を返す。
「ちなみに、この魔法道具にはどのような効果があるのだね?」
「残念だがぁ、そいつは今は言えない。言えない理由がぁある。だがぁ、使用した後にはその効果も説明をするし、そうすればなぜこのような迂遠なことをしているかも理解できるハズだ」
「……なるほど。分かった。その魔法道具とやらを使っても構わんよ」
「不躾な要請に答えてくれて、感謝するぅ」
そう言うと北条は立ち上がってから、テーブルの上に置かれた白い石を手に、テーブルを回りこむようにしてナイルズへと近寄る。
と、その瞬間。
「ただし、余計な何かをしようものなら、その首元に風穴が開くことを覚悟することだ」
座っていた体勢のナイルズが、いつの間にか手にしていた短剣を、北条の首元につきつける。
後一ミリでも動いたら首の薄皮が切れる。……という、絶妙の位置に当てられた金属の短剣に、北条は首元にひんやりとした感触を覚えた。
突然のギルマスの行動に、ツヴァイなどは顔を真っ青にさせている。
「ああ、分かってる」
しかし当の北条本人は、首元に刃を突き付けられているというのに、表情を見ても全く動揺の色が見られない。
(これは……"強圧"が効いていない、か? もう一人の男には効果が発揮しているようだが)
ナイルズの持つ"強圧"スキルは、特殊能力系スキルに分類される。
効果は周囲の相手に対して威圧感を放つスキルであり、耐性もなくレベルも低い者が対象だと、威圧感に飲まれて恐怖を感じたり、下手すると気を失ったりすることもある。
ナイルズがこのスキルを覚えたのは大分昔で、今では大分使い慣れているため、スキルの効果範囲にある程度指向性をもたすことができる。
そのスキルの効果範囲から少し外れた場所にいるツヴァイには、明らかに"強圧"の効果があるのは見てとれた。が、肝心の目の前の男に対しては効いているか甚だ疑問だった。
(全く……難儀なものだねえ。私にもあの男の"第六感"スキルのようなものがあれば、良かったのだが……)
ナイルズの脳裏に、無意識に自身の肉体を見せびらかしてくる暑苦しい男の姿が一瞬だけ浮かぶ。
それからナイルズは、北条の首元に突き付けていた短剣を、鞘へとしまい直す。
「それじゃあ、行くぞぉ」
ナイルズの脅しにも動じることがなかった北条は、そう言ってようやく白い石に魔力を込め、魔法道具の効果を発動させるのだった。