第176話 網にかかる流血
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新しいダンジョンの存在が公表され、冒険者達がこの地に集うようになってから、サルカディアと名付けられたこのダンジョンは、幾人もの人を飲み込んでいき、そして吐き出していく。
その際、数が減っていることもあり、そうしたパーティーは軒並み沈んだ顔をしながら出てくる。
今もまた、大きく開いたダンジョンの口から、一組の冒険者たちが姿を現した。
一部を除き、余裕のある彼らの表情を見れば探索が上手くいったのだろうということが窺えた。
しかし彼らのダンジョン探索はこれで終わりではなかった。
それは家に帰りつくまでが遠足だ! というようなノリの話ではなく、突然彼らに危険が降りかかったからだった。
「我が雷は汝を制す……。【スタンボルト】」
「大いなる大地は雨の恵みによって潤う……。【土を泥へ】」
衛視の見張るダンジョンの入口だというのに、今しがたダンジョンから出てきた冒険者達に向けて魔法が飛んでくる。
「……ッチィ!」
男たちの内、小柄の男はいち早く危険を察知し、魔法の範囲から逃れることに成功する。
しかし、ドワーフの男と魔術士風の男。それから獣人の男の三人は、【スタンボルト】の魔法によって、一時的に体が動かせなくなる「状態異常:スタン」にかかっており、更に彼らの足元がぬかるんだ泥になって、移動もままならなくなっている。
「よし! 入り口は押さえた! あとは慌てずに取り囲んでいけ!」
本来住人を守るはずの衛視までも、先ほど出てきた冒険者達をサルカディア内に逃亡させないように、入り口を封鎖する。
そして、どこに隠れていたのか、更に十人近い衛視や冒険者たちが取り囲むようにして布陣した。
先ほど魔法を放ったのも、この取り囲んでいる内の誰かだろう。
「あれは……『疾風の雷土』か」
取り囲んでいた冒険者達を見て、【スタンボルト】の影響も見えない赤毛の男が、相手の素性を明かした。
その燃えるような赤髪に反して、表面上は冷静沈着に見える。
現在絶賛指名手配中である『流血の戦斧』のリーダー、ヴァッサゴであった。
パーティー名を指摘された『旋風の雷土』の面々は、この状態で冷静さを保っているヴァッサゴを見て警戒を強めている。
『旋風の雷土』は四人のDランク、二人のEランクで構成されているパーティーで、珍しいことに二人の魔術士が在籍しているパーティーだ。
"雷魔法"の使い手であるDランクのリーダーと、"土魔法"の使い手であるEランクの魔術士。それから、疾風の如く素早い動きで相手を翻弄する、Dランクの軽戦士の存在がその名の由来となっている。
「スウゥゥ……。"連射"」
「フンッ! フンッ!」
残る他の『疾風の雷土』のメンバーが、足元がぬかるんで動きの取りにくいヴァッサゴらに、弓の闘技スキルや、石の投擲などをしてくる。
だがヴァッサゴらは襲い来る矢を最小限の動きで躱して避けたり、防具で弾いたりと、流石に実力だけはCランク相当というだけの動きをしてのける。
そして【スタンボルト】の影響のないヴァッサゴとドヴァルグは、足元がぬかるんでいるとは思えない一足での踏み込みで、大きく飛んでぬかるみゾーンを脱出。
すぐさま周囲を囲んでいる『疾風の雷土』のいる一角に切り込んでいく。
「フウ、突然なので驚きまシタ。では、こちラも……。【土を泥へ】」
『流血の戦斧』の魔術士、デイビスの"土魔法"によって、今度は囲んでいる衛視たちの足元が泥へと変わっていく。
それも先ほどの魔法より範囲も深さもあるようで、前衛主体の衛視たちは足を止められ慌てている。
その様子を見て衛視や『疾風の雷土』らも、飛び出てきたヴァッサゴらに対抗しようとするが、一対一では到底勝ち目はない。
「オラオラオラァァァッッ!! これっでも、食らいぃやがれぇ!」
ドヴァルグの放った"ボーンクラッシュ"は、受け止め損ねた『疾風の雷土』の戦士の肩口に当たり、そのスキルの持つ特性によって相手の鎖骨もろとも粉砕する。
「グアァァ!」
「ガルダスっ! おのれぇぇ!」
仲間のガルダスが致命傷を負った様子を見て、逆上する双剣を手にした軽戦士は、身軽な動きでドヴァルグの下に迫る。
「っとお、ハハハ! お前が疾風かぁ? その程度で疾風とは笑わせてくれるぜ」
「くぅっ……」
双剣使いのエディンは、Dランクに上がって一年程が経つが、総合的な強さはまだまだDランク中位に届かないレベルだ。
しかし、素早さだけは自信があり、Dランク上位と比較しても並び立つことが出来た。
だがそれもCランク相当の実力を持つドヴァルグにはアドバンテージにはなりえなかった。
「エディン、落ち着け! 一人で相手する必要はないんだ」
自慢の素早い動きに対処されたエディンは、焦りによって動きに精彩欠いていたが、リーダーのディストマの声で我を取り戻す。
「ハンッ! 雑魚共は、群れるのが好きだなあ!」
そう嘲るドヴァルグであったが、内心ではあせりも感じ始めていた。
(チッ。今んとこはなんとかなってるが、長期戦はよろしくねえな)
ヴァッサゴら、流血の主要面子四人は実力的に問題はなかったが、奴隷であるドワーフのドランガランと獣人のジェイは、実力的に主人達より劣る。
一応ドランガランはDランク中堅、ジェイもDランクなりたて位の実力は持ち合わせているのだが、他の面子に比べるとやはりそこが穴になってしまう。
「追加でこれデモどうゾ。【ダークネスボム】」
足元が悪くなってマゴマゴしている衛視たちに、デイビスの中級"闇魔法"が襲い掛かる。
範囲魔法とはいえ、中級の中でもそれなりに難度の高いこの魔法の威力は、決して軽く見ることはできない。
闇魔法の特質として見た目的にはダメージを受けたようには見えないが、直接生命力を削られた衛視たちは、次々とぬかるんだ地面に倒れていく。
「おおおわいっ! あっぶねえ。もう少し範囲には気を付けろや!」
「オオ、これはこれは申し訳ありませン」
範囲内から抜け出せないように、少し広めに設定した【ダークネスボム】は、後少しで味方のドヴァルグにも当たる所であった。
しかしこの範囲攻撃魔法によって、相手の人数は大分減った。これなら行ける! と、ドヴァルグが思った時、ダンジョンの入口付近から何か声が聞こえたかと思うと、炎で構成された槍が高速で飛来してくる。
「グッグゥゥ……」
予想外の攻撃にドヴァルグは躱すことができずまともに食らってしまう。
ある程度魔法をレジストしてダメージを軽減できたとはいえ、少なくないダメージをもらったドヴァルグ。
入り口へと視線を向けると、そこには丁度帰ってきた所と思われる、別の冒険者たちの姿があった。
「旦那ぁ! ありゃあ、『青き血の集い』の連中ですぜ!」
同じく新手の冒険者たちの姿を確認したコルトが、警告の声を発する。
『青き血の集い』といえば、はじめ一緒にこの《ジャガー村》までやってきた、ダンジョン調査パーティーの一つであり、Cランク相当の実力者も在籍している。
「ドヴァルグ! デイビス!」
この状況の変化に、衛視を相手に戦っていたヴァッサゴが声を張り上げる。
今でこそCランク相当の実力者である彼らだが、かつては今ほどの力もなく、強敵から渋々逃げ出していた時期もあった。
そこでムキになって戦いを挑んでいくようでは、長生き出来ないのだ。
そうした今までの経験から、いざという時の流血メンバーの手際の良さとチームワークは磨かれている。
例え、メンバーの誰しもが自分以外を信用していない……どころか、機会があればクビを狙っているような関係性であっても、撤退時だけは申し合わせたように息が合った。
「ジュンビできてますヨ。【ダークネス】」
"増魔"のスキルで魔力を増幅し、範囲を広範囲に広げたデイビスの魔法は、辺り一面を真っ暗闇へと変えた。
"闇魔法"の中でも初級の基本的な魔法である【ダークネス】だが、対抗属性である"光魔法"や特殊なスキル、或いは何らかの魔法道具でもないと、この暗闇を即座に解除することが出来ない。
とはいえ、暗視スキル持ちや、元々暗闇でも目が見える魔物には、効果範囲でも星明りの照らす夜程度には明るくみえる。
加えて闇属性への耐性が強ければ、更に暗さを軽減することが可能だ。
そのような短所が存在し、また使う場面も限られてはいるが、【ダークネス】は意外と便利な魔法であった。
「クッ、これでは!」
「おい、お前が下手に【フレイムランス】なんて撃つから、しょうもないことになったではないか」
「フンッ! あれしきのことで逃げに徹するような相手など、私の相手ではない」
「あの……このままでは逃げられてしまうのでは……?」
「そんなこと知るかっ! たまたま遭遇したから加勢はしたが、積極的に僕らが奴らを追う必要などない!」
衛視の慌てふためく声や、『青き血の集い』の面々のやり取りが聞こえてくる中、『流血の戦斧』の面々は一斉に戦場を離脱していた。
それも、この暗闇の中全員が同じ方向へと逃げていく。
衛視たちも走り去るような足音を捉えている者もいるのだが、それが流血の連中なのか、流血を追いかけている味方なのかの区別がつきにくい。
彼らの中には"闇耐性"を持つものもいたのだが、"暗視"系統のスキルも一緒にないと、夜の暗さとそう変わらない明るさにしかならない。
こうして『流血の戦斧』は村へ続く道がある方面ではなく、裏をかいてダンジョンの入口のある崖際を沿うように、東方面へと逃げおおせることに成功した。