第20話 謎アイテム
緊張した面持ちでサイコロをボードの窪みに嵌める咲良。
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………………
しかし、これといった変化は何も起こらない。
「あれ? 使い方間違ってたのかな? でも、やっぱりピッタリはまってるんだよね、コレ」
サイコロがきっちり嵌まっているボードを指差す咲良。
確かに一緒に同梱されていたことといい、サイズといい、間違いはなさそうだ。
更に細かい部分を見ると、窪みの両サイドの上部だけ少し隙間が出来ている。
これは、はめこんだサイコロを取り出しやすくする為の構造だと思われ、使い方はそう間違っていないのだと示している。
「そうなると……このスイッチみたいな奴か」
信也はそう呟くと、無造作にスイッチを右へとスライドさせる。
特にカチッとか音が鳴ることはなかったが、指に伝わってくる感触としては何かが嵌ったような感触が伝わってくる。
するとサイコロを弄っていた咲良が、
「あ、なんかサイコロがロックされたっぽい。取り出せなくなっちゃった」
「このスイッチは単にロックするだけなのか? ……となると、後怪しいのはこの白い部分か」
先ほどからその白い部分には何度か触れているのだが、今改めて触れてみても何も反応がない。
ちなみにつるっとした感触の青い石の部分とは違い、その白い部分の感触は曇りガラスに近いような感触だった。
「ふわぁぁああ。なあ、どうせならサイコロ全部ぶちこんじゃえばいーんじゃね?」
余りにも何も起こらないためか、明らかに興味を失いかけている龍之介が、あくび混じりに指摘する。
「そうね…‥試してみるわ」
そして一度ロックを解除し、今度は三つのサイコロを嵌めてから同じように色々と弄ってみる。
だが結果は変わらず終い。
「何らかの使い道があるとは思うんだがぁ、どうも今んとこ分からなそうだな。それはもう仕舞って、そろそろ探索に戻ろうか」
北条のその声を皮切りに、各自準備を整えはじめる。
尚、事前の話し合いにより、宝箱の中身は共有の財産として扱い、必要な人がいたら貸与という形をとることに決まっていた。
更に完全に引き取りたい場合、話し合いで決めた対価を支払うことで引き取ることも可能とした。
今回の戦利品の場合は、結局効果も分からなかったので、とりあえず信也の魔法の袋で一旦預かることとなる。
▽△▽
午後からの探索は、今までになくスムーズだった。
戦闘に慣れてきたこともあるが、やはり地道にレベルが上がっているのか、昨日より断然戦いが楽になっていたのだ。
特に北条は槍を手に入れてから、益々活躍の場が増えた。
というのも、
「ハァッ!」
気合の声と共に槍が突き出されると、回避することも出来なかったゴブリンの腹部に槍が突き刺さる。
と同時に穂先から赤い光が発せられ、ゴブリンはやがて光の粒子へと消えていく。
そう。
北条は初めこそ手探り状態で失敗もしていたものの、槍も自分自身と見なして穂先で触れた部位から"ライフドレイン"を発動できるようになっていたのだ。
こういった発想は、"気"の力を体だけでなく装備品にも纏わせる、といったよくある設定を基に試していた。
思いのほかこういった発想が実現出来たりすることに、北条はこの世界のスキルシステムの可能性を感じながら、残りのゴブリンへも攻撃を仕掛ける。
この攻撃の利点は、接近しないと使えなかった"ライフドレイン"が槍の間合いでも使えるようになった点。
更に、今まで二、三回光らせる必要があった相手も、槍のダメージが重なることで一発で倒せたり出来るようになった点。
この二つの恩恵は大きかった。
元々"ライフドレイン"はディレイが短く、比較的連打しやすかったとはいえ、相手の体に数秒接触するというのは、やはりリスクが高かった。
その問題をこのホブゴブリン産の槍は解決してくれる。
そして勢いに乗った一行は、探索においても新たな展開を迎えていた。
今、彼らの目の前にあるのは下りの階段。
空間的に横幅も高さも十分とられているその階段は、ひとつひとつの段差も高いということはなく、緩やかに下方へと若干横に曲がりながら続いていた。
「……どうする?」
短く信也が問いかけると、すぐさま長井が返事を返す。
「どうするって、私達出口に向かってるんでしょ? 下に降りて逆にどうするのよ」
「それはそうだが、俺が言いたいのはそういうことではなくてだな……」
と二人が会話しているのを尻目に北条は、
「あー、ちょっと……すまんがぁその地図を見せてくれないか?」
と、楓から地図を受け取り始める。
一方先ほどの二人は、
「だから、なんなのよ! 言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃない!」
などと相変わらずギスギスとしている。
地図を一通り見た北条はそんな二人に割って入った。
「つまりぃ、和泉が言いたいのは、現在地が分からないってことじゃないかぁ?」
「意味が分からない」とばかりに睨みつけてくる長井の視線から、逃れるようにして北条は言葉を続ける。
「今俺達がいるこの階層が一階とは限らないってことだぁ。四階かもしれないし、地下二階かもしれない」
北条の言葉に、今初めてそのことに気づいた者達は嘆息してしまう。
「それでだぁ、さっき見せてもらった地図の感じからすると、今の階層はもうそこそこ回ってるんじゃないかぁ?」
「地図」という言葉に一斉に楓へと視線が集まる。
思わずビクッとした楓は、注目を浴びた状態が気がかりなのか、
「あ……あの。確かに北条さんの言う通り……三分の一位は探索できた……んじゃないかと……」
と、自分への注目を外したいのか、北条の意見に同意してそちらに焦点を移そうとする。
「それなら、とりあえずは残りのあと三分の二の部分を調べよう。出口があればそれでいいし、のぼり階段があったら、それはそれで判断材料になる」
しかし会話のバトンを受け取ったのは北条ではなく信也だった。
「そうですね、私もそれでいいと思います」
メアリーもそんな信也の案に乗り、結局この階段は一旦置いといて、このフロアの探索を続行することが決まった。
そうして、下り階段を発見してから一時間程たった頃。
「あれはっ!」
そう叫ぶ咲良の声の先には、先ほどとは構造は同じものの、向かう先が下ではなく上へと向かう階段が口を開けていた。
「つまり、今いるフロアはダンジョンへの出入り口に向かう途中の階層ということか……?」
上下両方の階段があったからといって、その階層に外への出口がないという訳ではない。
一階部分から入ったとして、そこから地下と地上とに行先が分かれているダンジョンだってあるだろう。
しかし、すでにこの階層はかなり探索されており、特に地図の外周部分から埋めようとしていたこともあって、この階層から外への出口は恐らくないのだろうと予想できた。
「で、これからどうするんっすか?」
由里香のその質問に、明確な答えを持っている者はこの場にはいなかった。
だが、それでも、
「このまま上の階層へ移動しよう」
そう短く北条が述べた。
「それは……構いませんが、何か理由はあるんですか?」
信也の問いに、北条はあくまで確信は出来ないんだが、と前置きしつつ話し出す。
「このダンジョンは、見ての通り洞窟タイプだぁ。あーー、ダンジョンにも作品によって色々なタイプがあってな。別の異空間のような場所に繋がっているダンジョンと、あくまで外とは地続きになっているダンジョンの二種類だ」
北条のダンジョン解説に、龍之介や咲良はうんうん頷きながら聞いている。
「でー、前者の場合だと話は変わってしまうし、後者――地続きになっているダンジョンの場合でも、例えば山の麓の入り口から上へと昇っていくタイプもあるかもしれん。しかし、基本は空間的な問題から地下へと向かっていく方が、ダンジョンのスペース的に都合がいい。なもんで、出口に向かいたいなら進むのは下よりは上だな」
相変わらず、仮定を基に仮定を繰り返すような北条の思考法ではあるが、本人も言ってる通り確信があってのことではない。
「それに、この周囲の風景がもっと人工的なものだったり、塔などの建物っぽい感じだったら、下の階段を進むのもいいとは思う。しかし、薄暗い洞窟から脱出したいってのに、更に薄暗い地下へ向かうのは気乗りはしないなぁ」
そう口にする北条だが、「まあぶっちゃけ、さっきの場所に戻るのも面倒臭いしな」と、先ほどまでの発言を台無しにするようなことを言い放つ。
そんな北条に、しれーっとした顔を向ける者もいたが、北条の最後の言葉は確かに皆の心にも響いていた。
「そーだね~。わたしもさっさとここをのぼってけばいいとおもいますぅ~」
珍しく皆の意見が完全に一致し、一行はこの階層を後にした。