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第168話 黒い悪魔


▽△▽△



「ぎいいいやあああっすううううううっっっ!」


 おしとやかさとは無縁な少女の声が、ダンジョン内に響き渡る。


 ここはサルカディア内に新しく発見されたエリア。

 五層南西にある魔法陣を抜けた先にあるこのエリアは、明かりが一切なく自分たちで用意する必要がある。


 内部構造は洞窟タイプになっていて、激しい高低差はないものの土の地面やぬかるんだ地面、岩肌が剥き出しの場所や染み出した水がたまった小さな池など、バラエティに富んでいる。


 話し合いの結果、直近まで探索を進めていた大森林エリアから、このエリアの探索へと切り替えていた『サムライトラベラーズ』。

 現在はその未灯火エリアの七層まで進んでいたのだが……。


「うっ……、またアイツか」


 先ほど上げた由里香の叫び声を聞き、視線を移した咲良は魔物の姿を発見してげんなりとした様子で呟いた。

 他のメンバーも例外なく同じような反応を見せていて、逃げ回る由里香を視界に移しながらも、のろのろとした動作で戦闘態勢に移っていく。


 その魔物は表皮が黒くテカっていて、大きさはそれなりに大きい。

 体高は三十センチほどで薄めなのだが、体長は六十センチほどあって細長く、腹部からは三対の脚が生えている。

 頭部からは二本の触角が伸びていて、それで獲物を探知しているのか先ほどから逃げ惑う由里香を追い回している。


 その足音は体の大きさからすると小さく、カサカサといった感じで地面だけでなく壁にまでよじ登る。

 体の大きさからすると小さな脚だが、移動の速さといい壁を苦もなくよじ登っていく姿といい、なかなか脚力は優れているらしい。


 そして、時折壁際から翅を羽ばたかせて飛んでくるソイツは、大きさこそ違えど、皆の嫌いな害虫ランキングで確実に上位に鎮座する、Gの姿そのものだった。


「【炎の矢】 【炎の矢】 【炎の矢】 っ!!」


 見てるだけで怖気のする黒い昆虫タイプの魔物に対し、やけくそ気味に魔法を連打する咲良。

 しかし、敵もさるもの。元のGの十倍以上の大きさの割に、動きがなかなか機敏で、壁を這うようにして避けられてしまう。


「GYGYGYGYGYGYOGYOGYO!!」


 それでも幾つかの魔法は命中したようで、これまた気色の悪い苦しそうなうめき声をあげる魔物。


「うー、この声も嫌なのよねえ」


 そう言いながら、陽子は"アイテムボックス"に収納してある小石を次々投擲スキルで投げていく。

 以前入手した〈アーダル魔弾〉や、鉱山エリアで入手した金属でルカナルに作ってもらっていた金属弾は、後で回収する時の事を考えて使用していない。

 ダンジョンの魔物は、倒すと体液から何まで全て粒子化して消えてしまうので、魔物の一部がこびりつくこともないのだが、そこは気分の問題なのだろう。


 この巨大Gの姿をした魔物、ブラックオイリッシュは見た目通りに表面が油っぽいので、剣などの斬りつける系の武器では、刃が滑ってダメージが通りにくい。

 かといって魔法で攻撃しようにも、何故かこいつらは魔法には妙に強いので、並の魔術士の魔法では余りダメージは入らない。

 だが今の咲良はステータスも大分上がり、"エレメンタルマスター"の効果もあって、当てればごり押しで倒すことが出来る。


 北条も前には出ずに、一人囮となっている由里香に群がるブラックオイリッシュを、魔法で一体ずつ丁寧に潰している。


「ううううぅぅぅ……まだっすかああ!?」


 体力的にはまだまだ問題ない由里香だったが、Gの大群を引き付けて逃げ回るのは精神的にきついらしい。


「ヴォフウウウッ!」


 由里香の悲痛そうな声に答えるように、マンジュウも着実に一体ずつ敵を仕留めていく。

 最近ようやく"雷魔法"を使えるようになったマンジュウだが、魔法が効きづらい相手のため、主に攻撃方法は牙による噛みつきだ。

 そのマンジュウの攻撃している様子を見て、陽子はふと昔自宅で飼っていた犬が、近くをうろついていたGをパクリと食べてしまった時のことを思い出す。



 それから十分ほどが経ち、十体以上いたブラックオイリッシュを全て撃退した北条達は、落ちていた魔石を拾い集めた。

 ……実はドロップとしてブラックオイリッシュの脚や触角もそこらに落ちていたのだが、それは見ないことにしている。

 ただし、時折瓶詰の状態でドロップするオイルだけは回収しておく。


「早くこいつらが出てくるフロアは抜けたいですねえ」


 回収を終えた咲良が心の底からといった調子でぼやく。


「ほんと、この先にある迷宮碑(ガルストーン)に登録したら、もうここには二度と来たくないわね」


 咲良の言葉に乗っかるようにして陽子も口を開くが、事前に調べた限りこのエリアの先の情報は仕入れられなかった。

 一応、九層までの地図が少し割高ではあるが売られていたので、それをもとに今は探索をしている。


 この無灯火エリアは何もブラックオイリッシュだけでなく、五層まで出てきたケイブゴブリンの上位種であるケイブホブゴブリンとその役職付きや、ナイトフライヤーという蝙蝠の魔物、オルガノンというネズミの魔物なども出没する。

 なので、全体的に見ればブラックオイリッシュと出会う確率は、それほど高くはない。


 実際、それからの探索では黒い悪魔に出会うことなく、野営の時間となった。

 まずは野営に適した場所を探し、"土魔法"なども使いながら簡易拠点を築き上げる。


 今日は探索中に他の冒険者と出会っており、互いに一言挨拶をしたくらいで特に問題もなく別れた。

 彼らと出会ったことで、今まで基本自分たちだけしかいなかったダンジョンの変化を、一同は意識させられた。

 これからは野営時に場所が被るなんてこともあるのかな? などと話しながら、夜は更けていく。




▽△▽△▽




 その日の夜の事。


 宿直を終えた咲良は北条に見張りを交代し、就寝の為に確保したスペースへと移動して横になっていた。

 だが、暗闇からブラックオイリッシュが迫ってくるような妄想が頭の中に浮かんでしまい、どうにも寝付けないでいた。


(うううん、眠気もそんなに感じないし……どうしよ)


 そんな咲良の閉じた瞼の裏に、唐突に光が当たった。

 北条が初めに設置していた淡く調節された【ライティング】の光ではなく、もう少し強い輝きを帯びた光だ。


「ふあぁぁ?」


 光が気になった咲良が、少しだらしない声を上げながら目を開いて周囲を確認する。

 すると、少し離れた場所で宿直をしている北条が先ほどの光の発生源だということが判明した。


「あの、何してるんですか?」


 一度目を開いてしまってから更に眠気が失せていった咲良は、気だるげに体を起こすと北条の近くまで移動する。

 そうして話しかけた咲良に、北条は「起こしちまったかぁ、スマンスマン」と言いながら振り返った。


「こいつぁー、まあ見ての通り……魔法の練習だぁ」


 北条が常日頃から魔法だのスキルだのの練習をしていることは、咲良ならずメンバー全員が周知していたことだ。

 しかし、咲良は漠然と違和感のようなものを感じていた。


「んんんんーー? 確かにそれはそうなんでしょうけど……」


 咲良は北条の答えに満足していないといった感じで、ウーンウーンと唸り始める。


「それより寝なくてもいいのかぁ? 睡眠はMP回復には重要だぞぉ」


 改めて北条にそう言われ、後ろ髪をひかれつつも再び寝床へと戻ろうとした咲良だが、「MP回復」という言葉を聞いて頭の片隅に浮かんでいたモノが急浮上する。


「MP回復……回復、えーと、んん?」


 そこまで声を発した咲良は、ようやく気になっていた点をハッキリ認識した。


「あ、そうだ! なんかさっきの光って"光魔法"の光り方じゃなくて、私が"神聖魔法"を使った時の光に似てませんでした?」


 "光魔法"、"神聖魔法"、"回復魔法"などは魔法を使用した時に光を発するが、咲良の言うようにそれら魔法使用時の光にも若干の特色がある。

 "神聖魔法"は"回復魔法"より派手に明るく光り、"光魔法"は術者の意志によって強弱などが変更できるが、蛍光灯とLEDの違いといった微弱な違いは存在する。


「……中々目ざといなぁ。こいつぁ、"光魔法"で回復効果を得られないもんかと試行錯誤してる新魔法なんだがぁ……」


 そういって先ほど使っていた魔法を咲良に使用する北条。

 咲良は何か心が少しスッとする感覚は覚えたものの、それは【癒しの光】や【キュア】を掛けられた時とは別の感覚だった。


「と、まあ、体験してもらったように、HPを回復するような効果はまだ生み出せそうにはないなぁ」


「なるほどお。もしそれが出来たら由里香ちゃんへの回復も楽になるかも?」


 現状だと【キュアオール】で全員まとめて回復させるしか遠距離の仲間の回復ができないが、この魔法が実用化できれば立ち回りも変わってくる。

 同じ前衛同士、近い位置で戦うことの多い由里香と北条。その北条が傷を回復出来れば、咲良は魔法攻撃に専念できる。


「ま、完成はいつになるかわからんがなぁ」


「んー、期待して待ってますね。では、私はもう寝まーす」



 謎の答えが解消され、先ほどまで失せていた眠気が再び咲良に襲い始める。

 先ほどの心がスッとした魔法も上手いこと作用したのだろう。

 軽く欠伸をしながら再び寝床へと戻った咲良は、今度こそ安らかな眠りへと誘われるのだった。





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