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閑話 追憶の楓 後編


▽△▽△▽△▽△▽




(これ、は……)



 次の瞬間、目を覚ました(・・・・・・)楓は辺りを見回した。

 そこは目覚める前の風景と若干似てはいるが、まったく別の場所。

 ダンジョンの中だった。


 ここは鉱山エリアを抜けた先にある、森林型のフィールドエリア。その森の中に流れる川の近くだった。

 北条達は前前回の探索で、新エリアにおいて猿の魔物に襲われた。

 その次の探索である前回では、敗退を喫した新エリアを経由して鉱山エリアの十九階層に戻り、鉱山エリアの探索を再開していた。


 しかし、鉱山エリアの探索は唐突に終わりを告げる。

 続く二十階層に降り立った北条達は、南北に続く広大な地下空間にたどり着いていたのだ。

 南北に続く空間とはいえ、横幅も数百メートルくらいはある広い空間だ。

 壁際にしか照明が設置されていないので、中央付近は明かりが届いておらず真っ暗となっている。


 だが障害物などもなく、高低差もほとんどない。おまけに魔物もこの階層にはいないようだったので、探索自体はすんなりと進行した。

 その結果、最初に鉱山エリアの十九階層から降りてきた階段は、南北に続く空間の内、ほぼ中央右側面部分に位置していることが判明した。


 そして、北と南の終点にはそれぞれ下り階段がひとつずつ。

 それから、空間のほぼ中央部。

 そこには謎のオークらしき石像と、石像を中心にした魔法陣が床に描かれていた。


 そのオークの石像は錫杖のようなものを右手に持っており、左手には箱状の物体を抱えている。

 この箱状の物体は蓋がついており、中を開けられるようになっていたのだが、開けてみたところ何も入ってはいなかった。


 こういった謎の構造物といえば、五階層にも竜を模した石像があったが、結局どういった意味や効果があるのかわからず放置されたままだ。

 この石像も魔力を通してみたりと色々調査してみたのだが、結局お手上げになってしまった。


 仕方ないので、北条達は北に続く階段を下りて先に進んだのだが、この下り階段が今までと比べて異様に長かった。

 鉱山エリア換算だともう十階層分くらいは下ったんじゃないかという位降りていき、ようやく新しいエリアへと到達した北条達は、すぐに階段が長かった理由を悟った。


 そこは人工の太陽の光が降り注ぐ、フィールドタイプのエリアだったのだ。


 とはいえ、外周部分を除くとフロアはほぼすべて木々で埋め尽くされており、せっかくの太陽もどきの光も、森の中に入ると大分遮られてしまう。

 実は楓達はフィールドタイプのエリアはこれが初めてではなかったのだが、それでも本格的に探索することになったのはここが最初だったので、一行のテンションは高まっていた。


 ――フィールドタイプがどういった特徴を持つか理解するまでは。



 フィールドタイプのエリアでは、魔物以外に動植物が多数存在していることもあるので、食料などを現地調達できる利点はあるし、開放的な空間は気分的にも良い。

 しかし、問題点ももちろん存在する。


 その問題のひとつは、一層ごとのフロアが広いということだ。

 そのせいで、前回の探索では二十一層から二十二層への階段は見つけたものの、そこで時間が切れてしまった。


 その後村へと戻り、ムルーダ達との再会や休日を挟んで再び潜った今回も、フロアの広さには辟易とさせられている。


 楓が夢を見ていたのは、そんなこんなで更に先への階段を見つけた先。

 二十三階層の森の中にあった、川のそばに建てた簡易キャンプでのことだった。


 少し離れた場所では焚火が焚かれたままになっており、その近くでは夜番をしている北条の姿が確認できる。



(懐かしい……っていうほど昔の話ではないけど……)


 楓は夢で見た時のことを改めて思い出していた。

 結局、男からもらった小説は続きが気になって、その後家に帰った後に続刊も買うことになった。

 なおあの男と話をした日は、大分時間も遅くなってきていたので、その後は家に直行して帰っていたのだが……。


(そういえば、名前も聞いてなかった)


 楓の方から話を振ることはほとんどなく、大体男の方から話しかけてばかりいたのだが、名前を聞いた記憶がなかった。


(今日は、みんなで川魚を取って食べてたし、それであの夢を見たのかな?)


 楓のすぐ傍では咲良や由里香らの寝息が微かに聞こえてくる。

 その様子を見て、楓も再度寝ようと思ったのだが、妙に頭が冴えていて眠りにつくことができないでいた。

 しばらく目を閉じた状態で横になっていた楓は、昔の夢を見たせいか過去の記憶を朧げに脳裏に浮かべ始める。



「…………っ!?」


 そこで不意に、過去の記憶と最近の記憶がクロスオーバーした。


(あのツヴァイという人の声……)


 つい先日、ムルーダ達と一緒にやってきた六人目のメンバー。

 その時に聞いた声を改めて思い浮かべる楓。


(……うん。間違い、ない)


 そこでようやく楓はその声の心当たりについて思い出すのだった。





△▽△▽△▽△▽




 ……ぴちょん。


 …………ぴちょん。


 どこからか微かに水の滴る音が聞こえてくる。

 もの静かなこの空間の中で、聞こえてくるのはどこからか響くこの水の音だけと思われた。

 だが、更に耳を澄ませてみれば、微かに呼吸音が聞こえてくる。

 それも自身の吐いた息だけでなく、周囲からも同様の吐息が幾つか聞こえてくるのが感じられた。

 

 ぼんやりとしていた女の意識は、誰かの上げた大きな声によって急速に覚醒へと向かっていく。


(こ、ここは……?)


 まだはっきりとしない状態で辺りを見渡すと、近くにはさっきまでの自分と同じように、意識を失ったまま倒れている人が幾人か確認できた。


(……洞窟の中?)


 更に視線を他の場所に這わせると、むき出しの土の壁や床が目についた。

 そして何故か壁が青くぼんやりと光を放っている。


(えっと、確か私は大学の講義が午前だけだったから、家に帰ろうとして……途中にあったファーストフード店で昼食を取っていた、ハズ……)


 意識を失う前の自分の行動を振り返っていた女――楓は、先ほど声が聞こえた方から再び話し声が聞こえてくるのを知覚していた。

 突然訳の分からない状態に陥っていた楓は、警戒しながらもその声のする方へとスキルを使って(・・・・・・・)歩き出す。



 楓も例によって、謎の声の主よりスキルの選択を迫られており、二つの天恵スキルを得ていた。

 そのひとつは"影術"であり、これから何度もお世話になるスキルだ。


 しかし、この時楓が用いたのは"影術"ではなかった。

 というより、まだこの時の楓は"影術"でどういったことができるかすら理解していない。

 楓が使ったのはもうひとつの方の天恵スキル、"透明化"であった。


 "影術"とは違い、名称だけで一発でどんなスキルなのかがわかるこのスキルを使い、楓は声のする方向へと歩いていく。

 この"透明化"スキルは、自分の肉体だけでなくその周辺もきっちり透明化してくれるので、身に着けているものもしっかりと見えなくしてくれる。

 ただし、使用者自身は自分の体は見えるので、鏡がないと本当に消えているのか、ひとりでは確認ができない。



 なので、念のためできるだけ足音もしないようにこっそりと近寄っていく楓の耳に届いてきたのは、二人の男の話し声だった。


「…………か?」


「……が、…………知ってい……」


 話している二人も、周囲に人が多数寝ている状況に気づいているのか、その話し声は小さく聞き取りづらい。

 そこで、"透明化"の力を信じて思い切って近づいていく楓。

 例え話に夢中になっていたとしても、明らかに気づくであろう距離まで近づいてみる楓だが、二人は楓の存在に気づいた様子もなく話を続けていた。


 内心ホッとしながらも、楓は二人の話に耳を傾ける。



「……らそう問題はないハズ。それと、進むなら下じゃなくて上の方へ向かうといい」


「分かった」



 だがどうやらすでに二人の話はほぼ終わっていたようで、二人の男のうち中年の男が「分かった」と答えると、若い男の方は部屋の隅に並べられていた箱の方へと歩き出す。


 そして迷うことなく中央部にあった箱を開き中身を取り出すと、慌てた様子で中に入っていたものを身に着け始める。

 それから若い男は部屋を出ていこうとしたのだが、何かに気づいたように取って返して、再び箱の傍へと近寄っていった。


 そして、その時の楓には何が起こったのか理解できなかったが、若い男が開いた箱に触れると、次の瞬間には箱そのものが消えてなくなっていた。

 これには中年の男も驚いていた様子で、若い男を見ていた。



「それじゃあ……」


 若い男はそう言って部屋を立ち去ろうとする。

 そんな若い男に向けて、中年の男が再び言葉を投げかける。


「ああ。また、会えるのか?」


「それは……分からない」


 中年の男の言葉に対し、逡巡する様子を見せる若い男。

 その口からでたのは、結局そのような曖昧な言葉だった。

 そしてそのまま部屋の出口から一人出ていってしまう。



 幾ら姿が見えないとはいえ、あまり近づいてしまうと相手が不意に動いた際に体がぶつかったりして気づかれてしまう恐れがある。

 そのため適度に間を空けて至近距離までは近づいていなかったため、楓は若い男の方の顔をしっかりと確認することはできなかった。


 だがその爽やかな感じの声質と、その声質に似合わない苦渋を感じられる声が、妙に印象に残っていた。

 それはあの時拠点予定地で聞いた声と、同じものであった。





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