第159話 案内
「えっ! お前らがダンジョン発見したのかよ!」
予め大声を上げるなと注意をしてはいたのだが、ムルーダは驚きのあまり声を荒げてしまう。
幸い、最初の驚きの声の後は声を潜めていたので、ギルド内の喧噪に紛れて周囲には広がっていない。
「ああ、まあな。騒がれるのめんどーだから、他には言うなよ?」
「おう、分かったぜ。……で、どうなんだ?」
「ああん? どうなんだって言われたってなあ」
ムルーダが尋ねているのがダンジョンのことなのは龍之介も理解できるが、一言でどうだと言われてもパッと答えられる問いでもない。
だが、それでも頭の中をほじくり返し、どうにか返事をする。
「んー、まあ低層なら余程油断しない限りはラクショーだと思うぜ。今は人も段々増えていて、魔物と遭遇する確率も減ってそうだしな」
すでにその先へと進んでる信也達は、一層~五層までの領域がどのような状態なのかは分からない。
中堅以上の冒険者ならサクサクと先へ進めていけるだろうが、低ランクの冒険者にとってはダンジョンに慣れるための格好のエリアだ。
「へぇ、なるほどなあ。ちなみにどんな魔物が出るんだ?」
「そうだなー。低層だとケイブバットとかジャンガリアンとか……。あとは、ゴブリンもでてくるな」
「確かにそんくらいならイケソーだな」
腕を組みながらそう話すムルーダ。
そんなムルーダに「そういえば」と龍之介が話しかける。
「ダンジョン潜るんなら、回復役がやっぱほしーとこなんだけど……もしかして、そっちのあんちゃんがそうだったりすんのか?」
龍之介の目が前回会った時にはいなかった、ムルーダ達の六人目のメンバーを捉える。
そこには黒い髪をした長身の男が立っていた。
見た目はアジア人系の顔立ちをしていて、日に焼けた肌からして南国系のイケメンアイドルといった印象を受ける。
背中には槌を背負っているが、他の部分の装備からしてガチガチの戦士系という感じにも見えず、メアリーと同種な雰囲気がある。
元々ヒーラーを探していたとはムルーダから聞いていたので、龍之介はこの青年がそうなのではないかと睨んでいた。
「…………ああ、そうなんだ。パーティーメンバーを探している所にムルーダ達と出会ってね。あ、俺の名前はツヴァイ。『バトルヒーラー』として戦闘と回復を担当してるんだ、よろしく」
初めは緊張していた様子だったが、基本は爽やか青年といった感じのツヴァイは、人好きのする顔で挨拶をする。
それからは、初対面となる信也ら他の面子とツヴァイとの間で挨拶を交わし、そこからしばらくはダンジョンの話を中心に会話に花を咲かせた。
その会話の中で、ムルーダ達がFランクに昇格したことを知らされた龍之介は、「オレも、オレも!」と自分達もすでに昇格したことを伝える。
冒険者になったばかりの新人がもうFランクになったということに、ムルーダ達は驚いていた様子だ。
そこから「じゃあ腕試ししてみようぜ!」となるまで、そう時間はかからなかった。
「そんなら、拠点予定地でやろうぜ。今こっちは結構人多いっからな」
「拠点予定地、ですか?」
シィラが首をかしげて疑問の声を上げる。
「ああ。ダンジョンを発見したってことで、ここの村長から土地をもらって家を建てる権利をもらったんだよ。そこなら広さも十分あるし、俺らもよくそこで特訓してんだっ」
「おう、じゃあそこいこーぜ」
こうしてムルーダ達六人、信也達四人の計十人の団体は村の拡張区画を外れてズンズンと森の方へと進んでいく。
どこまで行くんだ? とムルーダ達が訝し始めた頃には、遠くからでもぼんやりと見えていた、大きな建造物が見える位置までたどり着いていた。
「おー、すっげえなあ。こりゃあ、魔物の侵攻を防ぐ砦か?」
その建造物は、およそ高さ十メートル程の堅牢そうな石壁に覆われており、周囲を深さ五メートル、幅十五メートルほどの空堀が巡っている。
そして、西と東の出入り口のある部分にだけ橋が架かっている。
門の部分は、工事中なのか分からないがそこだけ土壁のままで、下の方には壁の高さと比べるとちっぽけな木の扉が設置されている。
石壁の上の部分は渡り廊下のようになっていて、等間隔に見張り塔のような造りの部分もみられ、塔部分の高さは二十メートルを超えていた。
何より驚きなのは、その壁の一辺の長さは一キロメートル以上はあり、内部にまだ建物が建っていないことを抜きにしても、見るものに与える印象はとても強い。
「いや、これが俺たちの拠点予定地だよ」
そのような巨大な建造物を前にして、ムルーダ達に目的地はアレであると、気取ることなく淡々と龍之介が言う。
もう何度も目にして中で訓練を続けてきたせいか、龍之介にとっては風景の一部として特別な認識が薄れてきている。
しかし、初めて目にしたムルーダ達にとって衝撃は大きかった。
「えっ……。は、ハァ? ど、どーゆーことだよ!?」
ここに来る途中の会話で、拠点予定地はその名の通り、龍之介達がこの村で暮らすための家を建てている場所だ、という説明がなされていた。
それが到着してみればとんでもない大きさの建造物が待ち構えていたのだ。
ムルーダ達が驚き戸惑うのも無理はない。
「……まあ、村長も最初はそんな感じだったし仕方ないな」
信也はそう話しながら当時のことを思い出す。
当初の予定では「とりあえず家を何軒か建てられる敷地」程度のつもりだったのだが、北条が調子に乗ってガンガンと森を開拓した結果、とんでもない広さになってしまっていた。
流石にこれはやりすぎたと、後日村長を現場に招いた時は、流石に村長も開いた口が塞がらない様子だった。
そんな村長に「これだけの広さを伐採した分、納める木材もたっぷりだぁ」と北条が耳元で囁く。
その言葉のせいかは分からないが、結局村長はその広大な空き地をそのまま使用して構わないと、改めて約束してくれた。
「えっと。つ、つまりこの要塞の中で暮らすのか?」
「いやっ、別にこれ要塞って訳でもねーんだけど……。ま、確かに見た目はそっか」
ムルーダの反応を受けて、改めて堅牢そうな外壁を見直してみると、龍之介もようやく実際のモノに対しての認識が補正されてきた。
「というか、この建物はなんなんです? こんな立派な建物、前からこんなとこにあったっけ?」
思わずといった様子で尋ねてくるツヴァイ。
その質問に少し気になる点があった信也は、質問に答えると共にそのことについて尋ねる。
「ああ、これは俺らの仲間の一人である、北条さんが中心になって建設したんだ。というか、ツヴァイさんはこの辺りのことに詳しいのか?」
「い、いや……。詳しいという訳ではないんだけど、こんな要塞があるんならどっかで話を耳にしてるハズだと思ってね。どうやら《マズル砦》とも違うようだしさ」
《マズル砦》とは、《鉱山都市グリーク》から東にいった場所にある砦だ。
山脈を挟んで反対側にある隣国、『パノティア帝国』からの進軍ルートがこの近くには存在していて、その抑えとして建設された。
しかし、建設以来一度も帝国の侵攻を受けたことはなく、今ではもっぱら付近の森の魔物の暴走を食い止めたり、兵士たちの演習場所や訓練場所として用いられたりすることが多い。
「しっかし、これだけのものを作るなんて、北条さんって人はとんでもないなあ」
ツヴァイのその発言については、ムルーダ達だけでなく信也達もほとほと同感だった。
「ま、そんなことより早く中にはいろーぜ」
急かす龍之介に追い立てられるように、大きな建造物の割にこぢんまりとした木の扉をくぐって中へと入る一行。
拠点の外部は大分仕上がってはいるのだが、中身はまだまだスカスカで、建設途中のまだ基礎工事も終わっていない共同施設が、中央部に鎮座している。
他には、簡易的なつくりの建物内に乾燥途中の木材が放置されていて、休憩スペースとして椅子やテーブルが配置されてある。その傍には簡易的な調理用のかまどなどが設置された場所もあり、龍之介達が向かっているのはそのスペースの傍にある広場だ。
「よーし。じゃあ早速やろうぜ!」
どうやらここが、普段の訓練の場所として利用されている場所のようだ。
未だこの建造物のことでショックを引きずっていたムルーダだったが、広場で剣を構えながらそう言ってきた龍之介を見て、歯をむき出しにする。
「おうよっ! 吼え面かかしてやるぜ!」
やる気満々の龍之介に答えて吼えるムルーダ。
ライバル同士の久々の模擬戦は、両者互いの様子を窺う形で始まった。