閑話 ダンジョン公開 後編
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「――ダンジョン公開に関する報告は以上となります」
華美ではないが、一流の職人が作り上げた機能美に溢れる机や本棚が並ぶ書斎部屋で、二人の人物が話をしていた。
「うむ、大きな混乱はなかったようで何よりだ。予め冒険者が買い求めそうな物資などを確保しておいたのが功を奏したようだな」
「はい。今回の件に関しましては、メッサーナ商会の協力が大きかったかと……」
ここは《鉱山都市グリーク》に於いて、最も重要な施設のひとつである領主の住まう場所。その居城の内部にある領主が職務を行う書斎の中だ。
部下からの報告を受けているのは、グリーク領の領主であるアーガスその人であり、ひとまずの区切りを迎えたことで若干安堵していた。
「そうだな。ダンジョンが発見された場合に、まず確保しておきたい人材を提供してもらったのは僥倖だった。もう今頃は村に着いている頃だな」
そう口にするアーガスだが、実際の所はその人物よりも、予定より早く《ジャガー村》へと出立していった娘のことが気がかりだった。
自分に似て真っすぐで不器用な所があるせいか、四人の子供たちの中でも次女アウラのことはどうにも気になってしまう。
――まさか、何日か前にその大事な娘が素っ裸の状態で、謎のオッサンと戦っていたなどとは、アーガスには知る由もなかった。
「予定ではそのハズでございますね。それと、『ジリマドーナ教会』からも返事が届きまして、転職碑の方も手配が整ったとのことにございます。冒険者ギルドからの働きかけが効いたかと思われます」
転職をする際に必要となる転職碑。
元々は世界各地に点在していた石碑であり、その石碑が建つ場所に町や神殿を築き、人類は発展を続けてきた。
またこの石碑は手間はかかるが移設も可能であり、《鉱山都市グリーク》にある転職碑もそうして移設されたものだ。
また転職碑はダンジョンからも稀に発見されることもあり、その数は徐々にだが増えていっている。
《ジャガー村》で発見されたダンジョンから発見されることも、今後は期待できるだろう。
「そうか。もっとこの街から近場だったら必要はなかったのだが、徒歩で五日の距離は少し、な……」
今後のことを考えると、近場で転職できるというのは大きな利点だ。
事実、迷宮都市を標榜している都市には大抵転職碑が設置されている。
「それと、ジリマドーナ以外の教会勢力からも、分殿を建立したいとの申し出が殺到しております」
「フゥゥ……。その件に関してはとりあえず待ってもらうしかない。何せまだろくに村の開発も進んでいない状況なのだ。だが、ゼラムレット教会とガルバンゴス教会は先に融通せんとな……」
話が宗教関連へと移り、思わずあの巨漢の男を思い出したアーガスは、初めに大きなため息をつきつつも、部下へと教会勢力に対する方針を伝える。
アーガスの挙げたゼラムレット教会とは、《ヌーナ大陸》で一番信仰されている太陽神『ゼラムレット』を信奉する組織だ。
この《鉱山都市グリーク》にも多数の信者がいて、為政者にとっても無視できない存在である。
そしてガルバンゴス教会とは、迷宮を管理しているとされる迷宮神『ガルバンゴス』を崇める組織で、今回のようにダンジョンが発見されたとなれば、この教会を無視するのは余りよろしくはない。
「まだまだこれからだな」
ひとり小さく呟いたアーガスの声は部下の下に届くことはなく、アーガスの期待や不安を宿らせたその声は、儚く部屋の片隅へと消えていくのだった。
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「お聞きになりましたか? シュトラウス司祭。なんでも辺境の村の傍に、ダンジョンが発見されたそうですよ」
細身の神官服を纏った青年が話しかけているのは、身長二メートルにも及ぶ巨漢の男だった。
その肉体は分厚い筋肉に包まれており、とてもじゃないが司祭というよりは戦士といった方がしっくり来る。
「オー、その話はミーもリッスンしてるね。とてもとてもインタレスティングな話題ね」
若い神官へと返事する巨漢の男は、独特な話し方とイントネーションが特徴的だ。
そして、終始浮かべている笑顔はまるで鉄面皮のように張り付いていて、不気味な印象を相手に与えることもあるが、この若い神官は慣れているようで気にする様子はない。
「我々としては直接的に影響はないでしょうが、ダンジョンから持ち出される魔法道具には興味があります」
二人のいる場所は、イドオン教会の内部にある関係者の生活する施設だ。
イドオンは魔法を司るとされる神で、魔術士の間で広く信仰されている。
無論その神を信奉する神官たちも魔法に対しては敬意や情熱を向けており、魔法の研究や魔法道具などには目がない。
とはいえ、神官である彼らが他属性の魔法まで使用できるかというと必ずしもそうではない。
なので、自らの十八番である"神聖魔法"を研究したり、魔法を使用しないで出来る研究をしたりと活動は様々だ。
しかし、イドオンは魔法を司る神だけあって、"特殊神聖魔法"には魔法に関するものが多い。
"特殊神聖魔法"とは、神官達が奉じる神々に応じて個別に使用できる、特殊な"神聖魔法"のことだ。
例えば、戦の神『ガルドブーイン』を信奉する神官ならば、戦意を高揚させる"特殊神聖魔法"である【ファイティングスピリット】を使用することが出来るが、他の神を信奉する神官にはこの魔法を使うことが出来ない。
イドオンの"特殊神聖魔法"には魔力感知能力を強化する【センスマジック】や、魔法道具の効果などを調べる【アナライズマジックアイテム】があり、イドオンの神殿ではこれらの魔法を使用して魔法道具の鑑定が行われている。
「ソウね。興味ありすぎてダンジョンにダイブする神官も出てきそうね」
「ハハハ、確かに。私達はひとつの物事に興味を覚えると、周囲が見えなくなっちゃいますからね」
それから二人はダンジョンについての話を十分ほど交わした。
巨漢の男――シュトラウス司祭も若い神官も、発見されたダンジョンについては興味津々だったのだが、若い神官の方が用があって席を外したので、会話は途中で打ち切られる。
シュトラウス司祭はイドオンの司祭ではあるが、実は"神聖魔法"を使用することが出来ない。
その代わり、各種属性魔法についてはかなりの腕前を持っており、その能力でもって、入団して十年も経たずに司祭の位を得るに至った。
これは魔法を司るイドオンならではの出世といえるだろうが、実際他宗派でも"神聖魔法"が使えない、もしくは使えても初級しか使えないような者が上の役職に就くことは珍しくない。
中には金で立場を得ているような不届き者もいる程だ。
「フーム……。今はいいケド、これはプランのチェンジが必要ソウね」
若い神官が部屋を出ていった後、誰もいなくなった部屋にて独り言をつぶやくシュトラウス。
その顔は周囲に誰もいないというのに、若い神官と話していた時と同じニコニコ顔のままだった。
「近いうちにミーが直々にチェックしたほうがヨサソーね」
独り言をいくらか呟いて考えがまとまったのか、徐に立ち上がるシュトラウス。
そして計画の修正の為に行動を開始するのだった。
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「過去最大規模のダンジョン……ねえ」
ひと月ほど前、『ロディニア王国』にあるギルド支部からもたらされたその情報は、ギルド総本部に少なくない衝撃をもたらした。
これまで最大規模のダンジョンといえば、ギルド総本部のお膝元にある《ブレイブキャッスル》であり、ギルドだけでなく冒険者の国『ユーラブリカ』そのものにとっても象徴と言えるダンジョンだったのだ。
すでにギルドの上の方の連中や、『ユーラブリカ』の上層部には通達されている新ダンジョンの情報だが、《鉱山都市グリーク》での情報公開に合わせ、ギルド総本部のある『ユーラブリカ』の王都でも情報の開示が行われた。
しかし、その反応はそれほど大きいものではなかった。
確かにダンジョンの発見というのはめったにあるものではないが、それでも数年に一度くらいの割合で発見されているのだ。
冒険者が多く在籍する国だからこそ、大きな騒動に発展しなかったとも言える。
――ただし、それは通常のダンジョンの場合の反応だ。
今回、ギルド側は敢えてダンジョンの詳細については説明しなかった。
『ユーラブリカ』に暮らす者は、自国に大陸最大規模のダンジョンがあることを誇りに思っている節がある。
そこへ、更に規模の大きいダンジョンが見つかった! などと火に油を注ぐようなことは避けたかったのだ。
そもそもダンジョンが見つかった場所の整備もまだまだ整っていない状態だ。今の状態のまま冒険者がわんさか押し寄せても、現地で対応しきれないだろう。
なので、今回のダンジョン発見は「辺境でダンジョンが発見された」程度に留まっている。
しかし、真実を知る者の一部には、長旅の準備を始める者や子飼いの冒険者を派遣しようとする動きもみられる。
「ゼンダーソンの奴がこのことを知ったら、真っ先に駆け付けそうだなあ」
白髪の青年は物憂げな表情でそう呟く。
見た目まだ二十代に見えるこの小柄な人族の青年は、冒険者ギルド総本部の総責任者……つまり、グランドギルドマスターその人である。
エルネスト・ルビアレスという名のこの青年は、既にグランドギルドマスターに就任して数十年になる。
かつてはSランクの冒険者として活躍しており、『白の悪魔』などと呼ばれて恐れられた魔術士だ。
一癖も二癖もあるような者が集う冒険者ギルドを、長きにわたって手綱を握ってこれたのは、それだけの実力を持っているという証でもあった。
しかし、中にはエルネストの手綱を振り切って好き勝手やっている者たちもいる。
先ほどの「ゼンダーソン」というのも、そうした制御できない冒険者の一人だ。
性質の悪いことに、現役で活動している四人のSランク冒険者の一人でもあるゼンダーソンは、獣人らしく本能に忠実だ。
冒険で得た金を派手に使って女を侍らしたり、強者を求めて国外にまで出向いて行ったりして、Sランクに認定され英雄と呼ばれるようになった今でもその言動は変わらない。
現在は《ブレイブキャッスル》のデビルホールエリアに挑んでいるハズだが、このエリアは未だ踏破者のいない難関だ。
それはSランク冒険者であるゼンダーソンにとっても生きて帰れるか分からないということを示している。
既にSランクとなり、その存在だけで他国への武威としての効果があるゼンダーソンを、そうした死地に向かわせるのは、ギルド側も国側も望んではいない。
だがあの男を止められる者は存在しておらず、今もこうして無事帰ってくるかヒヤヒヤしながら待っているという状況だ。
「とりあえず、ヤツだけなら無事にデビルホールエリアから帰って来れるかもしれないけど、このダンジョンの話を聞いたら、またスッ飛んでいきそうだ」
エルネストは脳裏でゼンダーソンを留める方法を検討するも、一時的に抑えたり制限を加えたりする程度が限度だろうと予測した。
「気分が乗らない」とか「遠いからヤダ」などといった理由で、ゼンダーソンへの指名依頼は滞っており、エルネストとしては少しでもそうした依頼を受けてほしい所なのだが……。
「ま、無理か」
ゼンダーソンの傍若無人っぷりには、さしもの『白の悪魔』もお手上げのようだ。
かくして、新たな大規模ダンジョンの情報は大陸各地へと伝達されることになる。
そして、ダンジョン近くにある泉から名をもらい《サルカディア》と名付けられたそのダンジョンに向けて、各地の腕自慢や夢を見る冒険者が徐々に集い始めるのだった。