第143話 アウラとの話し合い その2
ガシャンガシャンと金属のこすれあうような音が森の中に響く。
しかし、アウラやマデリーネらの着用する金属鎧から奏でられる音は、それほど大きなものではない。
鎧自体がガッチリしたタイプの金属鎧ではないことも理由だが、"中装備"などの防具スキルには物音を若干軽減する効果もある。
音が小さいということは、それだけ熟練度が鍛えられているのかもしれない。
北条達が村からダンジョンへと通じる獣道まで戻ると、少し先でこちらの方に向かっている集団が見えた。五人の女性たちの集団――咲良達だった。
「あ、北条さん! ちょっと帰りが遅いから心配で戻ってきたんだけ、ど……」
先頭を歩いていた咲良が北条に呼び掛けるも、周囲にいる見知らぬ女性達のことが気になるようで、語尾がしりすぼみになっていく。
「おぅ、それでわざわざ戻ってきたのかぁ。心配かけたなぁ」
「むっ、メンバーは女性ばかりではないか。それも『転職の儀』を果たしてまもないような少女まで連れているとは、やはりこの男はケダモノに違いない……」
咲良へと返事をしている北条の背後では、マデリーネが何やらブツブツと呟いている。
位置的に北条にも聞こえる位の音量なのだが、まるでマデリーネの声が耳に入っていないかのように北条は遅れた原因を話し始めた。
「遅くなった原因は、こちらの方々と接触していたからでなぁ。最初は『流血の戦斧』の連中かと思ったんだが、見ての通り別人だぁ」
「お初にお目にかかる。私の名はアウラ・グリークだ」
それからお互いの自己紹介を軽く済ませた結果、領主の娘ということで咲良達はみんな少し緊張してしまう。
そんな彼女達の反応を見て改めてアウラは思う。
立場を知ってもなお口調を変えずに話しかけてくる北条は、自分に新鮮な気分を与えてくれていると。
「――で、挨拶はこの辺にして本題なのだが……。あれほどの防壁を築ける"土魔法"の使い手であるホージョーを、私の配下として迎え入れたい」
アウラの突然の申し出に驚きの表情を見せる咲良達。
しかし、当の北条本人はポーカーフェイスのままだ。
「……申し出はありがたいがぁ、俺達には目的があって同じ郷の者同士でパーティーを組んで冒険者をしている。従って力には、なれん」
「き、貴様ッ! アウラ様のせっかくのご好意を無にするというのか!」
「マデリーネは少し心を落ちつかせて下がっていてくれ」
「し、しかし!」
「はいはあい。マディちゃんはこっちねえ」
見た目に似合わず力の強いアリッサが、幼馴染を強引に後ろに下がらせる。
「彼女のことは私への忠義からの言動故、どうか気にしないでくれ。残念ではあるが、ホージョーがそう言うのであれば、勧誘は諦めよう」
権力者の家に生まれたハズのアウラだが、権力を振り回すといったことはしないようだ。
これは現在の『ロディニア王国』の貴族では珍しいほうで、露骨には行使しなくても、言外に含ませた態度を取る貴族は多い。
またそれ以上に強権を振りかざす、民衆から蛇蝎の如く嫌われている貴族が多いというのが、この国の現状だった。
「だが、もしよければあの防壁を築いた魔法について教えてもらえないか? 秘伝の魔法や技術を用いているというならば、無理に言わなくても構わないが……」
そうは言いつつも「是非とも教えて欲しい」という気持ちが抑えきれない様子のアウラ。
本人は気づいてなさそうだが、若干体が前のめりになっていた。
「いやぁ、別に秘伝なんてモンはないがぁ……。そんな大したコトはしてないしなぁ?」
そう前置きをしつつ、北条は簡単に作業の流れを説明しはじめた。
「まずはー【土操作】の魔法で空堀を作りつつ、のけた土で土壁を作る。次に土壁を【土を石へ】の魔法で固める。最後に【アースダンス】で強度を高めて終わりだぁ」
「ほおう。確かに話だけ聞くと特別なことはしていないようだが……。ときに【アースダンス】という魔法はどんな魔法なのだ?」
どうやらアウラは【アースダンス】の魔法のことを知らないらしい。
これは冒険者ギルドでシディエル爺さんから教わった基本魔法のひとつだったのだが、シディエル自身は"土魔法"が使えなかったため詳しい説明は受けていない。
北条は魔法名と効果についてアウラに解説し、土の初級魔法の中では難しい部類に入ると説明を加えた。
「ううむ、このような魔法があったとは知らなかった。にしても方法は理解できたが、あれだけの規模のものを短期間でどうやって作り上げたのだ?」
別にアウラは北条がまだ何かを隠していると睨んで質問したのではなく、純粋に疑問が口から洩れたようだ。
「そー言われても困るがぁ、普通にやってただけだぞぉ? まあ、俺もそこにいる手伝ってくれた咲良も、魔力が多いから短期間で工事も進んだんだろぅ」
「魔力、か。私は"土魔法"しか使えんので、本職の魔術士に比べるとそこがネックだった。ホージョーやそちらの娘は他属性も扱えるということか?」
「あぁ。俺ぁ、光と火と風なんかも使える。そっちの咲良は四大属性は全て使えるぞぉ」
「なんとっ!」
北条のこの発言にはアウラのみならず、背後に控えていたマデリーネ達も驚きを禁じ得なかった。
"土魔法"を扱うアウラや"水魔法"を扱うマデリーネは、マジックユーザーとして複数の属性を取得することの難しさを直に知っている。
二、三属性でも大したモンなのに、四属性も使える魔術士はそう多くない。
「なるほど……。ナイルズの言っていたことも理解できるというものだ」
「ナイルズ……? ギルマスが何か言っていたのか?」
「ああ。『ダンジョンを発見した冒険者たちは新人だという話だったが、実力の方はそうではない』というようなことを語っていた」
自分達のいない所で評価されていたことに、咲良などは少し照れ臭そうな表情を浮かべる。
「あの男はどうも俺達を高く評価しているようだなぁ。余り妙な期待をされても困るんだがぁ……」
「他のメンバーについては分からぬが、私もホージョーに関して言えば彼の評価は妥当だと思うぞ」
アウラの率直な賛辞を受けた北条の表情には、僅かに不満の感情が見える。
しかしその僅かな表情の変化に気づく者はいなかった。
「この話はその辺にして、話というのは以上かぁ? 他にないのなら俺達はこれで失礼しようと思うがぁ」
「そうだな。これ以上足止めしても悪い。手間を取らせたな」
「いやぁ、まあお陰で良いモノも見れたし構わんぞぉ」
そう言って仲間と共に村へと去っていく北条達。
その場に残っていたアウラ達は、去り行く北条達の背を黙って見送っているが、北条の最後の言葉を聞いたマデリーネだけは北条へ悪態をついていた。
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「それで、どうだった?」
北条達が立ち去り、周囲から人の気配が消えた後に、アウラが短くカレンへと問いかける。
「……嘘は言っていなかったように思います。ただ……」
そこでカレンは一旦言葉を溜める。
「嘘を見抜く私の"洞察眼"も万能ではありません。実力差のある相手や、特殊なスキルを持った相手には通用しないこともあります」
「ホージョーはそのどちらかのパターンだったと?」
「それが、本当によく分からないのです。今までそのどちらのケースも経験したことはありますが、それらとはまた違った感じで……」
これまでアウラの従者として様々な相手と接してきたカレンでも、北条という男がよくみえなかった。
カレンの"洞察眼"は生まれ持った天恵スキルであり、本来なら多少のレベル差など関係なしに効果を発揮できるハズなのだ。
「少なくとも嘘はついていない、と私の眼は言っていますが確信はできません。ただ実力だけは本物です」
カレンは北条との戦闘の時の様子を思い返す。
「あの者は"隠密"状態の上"サイレントステップ"で近づいた私に反応していました。更には"ヒドゥンウェポン"で隠蔽した短剣にも気づかれ防がれてしまいました。初見でこれらを回避できるとなると、少なくともDランクの実力はあるかと思います」
「うむ。もしくはカレンのように"空間感知"など何らかの感知系スキルを持っていたか、だな」
「一体何者でしょうか?」
「そんなのは決まっています! あの男は生粋の変態男に違いありません!」
マデリーネは未だに北条に対する悪感情が抑えきれないようだ。
そんなマデリーネの様子に、いい加減注意するのも疲れたのか、或いは北条のことを考えているのか。
アウラはしばし無言でその場に佇む。
「ここで考えていても埒が明かないな。当初の予定通り、ダンジョンへと向かうとしよう」
結局考えても答えは出なかったようで、アウラは考えるのを止める。
そして当初の目的を改めて従者達へと伝えた。
こうしてアウラ達はダンジョンへと向かい始めたのだった。