第136話 《フロンティア》探索 ―東方面―
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北条が拠点予定地の外壁を魔改造した翌日。
《フロンティア》エリアのスタート地点にある迷宮碑の傍でキャンプをしていた信也達は、荷物をまとめて帰還の準備をしていた。
「今回は正直微妙だったな」
みんなの気分を代表するかのように、信也が今回の探索を総評する。
成果が全くなかった訳ではないが、探索の後半部分の不毛さが際立っていて、最終的な評価としてはこのような印象となっていた。
「ああ。最初はだだっ広い場所にワクワクしてたっけどよお、ここは広すぎんぜマジで!」
しかめっ面で悪態をつく龍之介。
「このエリアを探索するには、移動手段を確保してジックリと攻略しないとダメそうだな」
そう口にした信也は、今回の探索についてを思い返し始めた。
△▽△▽
前回の探索では南に歩を進めていた彼らは、今回は東に進路を取って突き進んでいた。
迷宮碑のある場所からかなり遠くに山脈が見えていたが、しばらくは平原の続くなだらかな地形が続く。
二日目には前回遭遇したのと同じ番人らしき魔物を発見。
今までの探索では、スタート地点より離れる程魔物が強くなってくるという規則性がみられており、スタート地点から近い場所にいたこの番人はヴァリアントイービルトレントに比べると大分弱かった。
その分、報酬の宝箱も前回よりはしょぼかったのだが……。
その後も真っすぐ東へと進んでいた信也達は、やがて植物がまばらに生える荒野のような地形に突入し、先に進めば進むほど大地からは生命の営みが失われていった。
スタート地点から遠くに見えていた山脈が、大分近くに見えてくるようになると、ろくに植物の生えていない岩砂漠のような環境になっていった。
昼間の気温は上がり、夜になると冷え込んでいく。
湿度は下がってカラッカラとなっていき、慶介の"水魔法"が大いに活躍する。
前方に見える山脈は一部標高が低くなっている場所があって、その場所から山脈の向こう側まで行けそうに思えるのだが、その地点にたどり着くまでまだまだ時間はかかりそうだ。
すでに探索四日目となっていた『プラネットアース』の面々は、このままだと埒が明かないという結論に達し、早々に撤退を選択。
前回の湿地帯も歩きにくいなどの問題はあったが、今回の荒野と岩砂漠の環境は、準備なしで挑むような場所ではなかった。
こうして、結局二日目に遭遇した番人以外は、特に収穫のない探索は終了した。
▽△▽△▽
「よし、じゃあ戻るぞ。転移直後には気を付けてくれ。一応安全装置のような仕組みはあるようだが、油断は禁物だ」
信也の言う安全装置とは、迷宮碑に備えられた仕組みのことで、転移によるトラブルを防ぐための措置が色々と取られている。
例えば転移先に人がいる場合は、転移をすることができないようにするシステムがあるようだ。
その際には、迷宮碑の一部が警告の意味を持つ赤い光を発する。
これは転移先の迷宮碑も同様で、魔法陣の範囲内にいるときに何もしてないのに赤い光が発せられたら、その時はその迷宮碑に誰かが転移しようとしてきてる証だ。
この場合は、ただちにその魔法陣の範囲内から離脱する必要がある。
無理やりそのまま留まろうとすると、足元にある魔法陣の別の機能が発動し、魔法陣内にいる者は魔力をほぼ吸い取られてしまう。
更に、その直後に念動力のような力で魔法陣内から強制的に追い出されるおまけまでついてくる始末。
この迷宮碑の仕組みに抗おうとした者は数多いが、"結界魔法"を使おうが特殊な魔導具やスキルを使おうが、等しく同じ結果となった。
こうした一連の排除作業が終わると、転移元の迷宮碑では今度は緑色の光が発せられ、転移が可能になったことを知らせてくれる。
ここでそのまま転移する者もいるが、赤く光ったということは転移先に誰かがいたのは確実だ。なので、大体は時間を空けてから再度転移するか、別の場所に転移するなどの対策を取る。
なお、魔物は通常ではまず転移部屋に侵入して来ることはないので、エラーが発生した場合は間違いなく他の人間が関わっていることになる。
普通に転移が成功した場合にも安全装置は働いていて、転移してから十五秒程の間は魔法陣の外縁部に沿って強力な結界が張られており、転移直後を狙った不意打ちが出来ないようになっている。
信也が警告をしたのは、この転移直後に展開される防護用の結界も時間が経てば消えてしまうので、あくまで不意打ちを防ぐとか、敵対者がいた場合にまたすぐ別の場所に転移して逃げる、などといったことしかできないからだった。
仲間に注意を促した信也は〈ソウルダイス〉を迷宮碑の台座部分にある窪みへと嵌め込み、スタート地点の転移部屋を転移先へと指定する。
すると足元の魔法陣が光りだし、信也達全員を指定された場所へと一斉に転移させた。
そこは相変わらず静謐さにあふれた空間で、厳かな雰囲気に満ちていた。
微かに聞こえてくる水の音が、聞く者の心を静める。
そんな静寂に包まれた空間で、"気配感知"のスキルを使って周辺を探る長井。
「どうだ?」
信也が必要最低限の言葉で長井に尋ねる。
もし襲撃者……この場合『流血の戦斧』が待ち構えていたとしても、ダンジョンの性質を知る者ならば、転移してきた者を即座に襲うような真似はしない。
前述したように、転移直後は防護結界が展開されているからだ。
そこで、何らかの感知スキル持ちや"臭覚強化"など探知に向いたスキル持ちは、その間に潜んでいる者たちがいないかどうかを確認する。
長井もまだ熟練度は低いが"気配感知"のスキルは覚えている。
しかし、どうやら"気配感知"には何もひっかからなかったようで、長井からは「問題ないわ」との声が掛かった。
「ふぅ、そうかあ」
長井のその報告を聞いて緊張を解いた信也。
あれから連中がどこに逃げていったのかについては、可能性だけで言うなら幾つも存在していて、未だに気が休まらない問題だ。
また前のようにダンジョンを出てすぐ近くの場所にいた、なんて可能性もあり得るので、村に戻るまでは緊張の糸を保たなくてはならない。
「あ、戻る前にちょっくら水汲んでくるわ」
そう言って龍之介は一人中央にある手水屋の方へと向かう。
この広大な部屋の中央には、日本を彷彿とさせる構造物が幾つも存在するが、中でも手水屋から湧き出てくる水は余計な雑味を感じないクリアな水質で、味はないのに美味いと感じるほどだ。
「あ、おい!」
一人駆け出す龍之介の後をついていこうかと迷った信也だが、結局はそのまま行かせることにした。
そして数分後には龍之介も小走りで戻ってきたので、ダンジョンを脱出しようかと信也が歩き出した所で、今度は長井から声が掛けられた。
「ちょっと……先に行っててくれない? 出口までには追い付くわ」
「ハァ? 何言ってんだよ。アンタも水汲みたかったんならオレと一緒に行けばよかったのに」
「違うわよ! アンタがこんな所で待たせるからいけないんでしょ!」
「アアン? なんだそりゃ。一体どーゆー……」
この転移部屋のある空間は、内部を流れている水のせいか少しひんやりとして肌寒い。
一向に状況を察することが出来ない龍之介に、諭すように別の方向から声が掛けられた。
「ほら、龍之介君。彼女の言う通り私たちは先に行きましょう」
「え? お、おう……」
これまで長井に食い掛かっていたことがなかったことのように、メアリーの言葉には素直に従って出口へと向かい始める龍之介。
その様子を見送った長井は、
「ハッ、まったく」
そう呟きながら部屋の隅の方へと移動するのだった。