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第131話 金星


 北条の魔法が発動されるより先に、陽子の【魔法結界】が発動する。

 その様子を見て魔法が変に被ることを恐れたのか、半ばまで発動しかけていた北条の魔法は器用にも発動を停止し、本来使用されるはずだった魔力(マナ)が大気中に霧散していく。


 陽子が使用する"結界魔法"は、その名の通り結界を張るだけの魔法ではあるが、必要とされる場面は多く、また応用もある程度効く。

 これまでも何度か使用してきたが、結界の範囲を調整したり部分的に結界を解除したりするといったことも可能だ。

 

 今回発動した陽子の【魔法結界】は、そうした応用の使い方の中でも結界の範囲を極端に調整したものだった。

 陽子自身も体験したあの闇の範囲攻撃魔法は、陽子がフルパワーで魔法結界を張ったとしても到底耐えれそうにはない。

 かといって、一方向だけに結界を集中させて強化しても、範囲魔法に対しては無意味だ。


 そこで陽子は結界の範囲を極力狭め、自分たちのいる場所から前方部分。

 敵の放った魔法と自分たちとの間。"結界魔法"の届く範囲ギリギリの所に、その範囲を狭めて強度を増した【魔法結界】を設置した。




「ヤベェ!」


 陽子の魔法を見て何かを悟ったのか、コルトは仲間を見捨て一人奥の方へと逃げ始める。

 "危険感知"のスキルをコルトが所持しているのを知っていた他の面子は、コルトの様子を見て反射的に回避行動を取ろうとするが、それは少しばかり遅かった。


 デイビスの放った"増魔"スキルによってブーストされた大きな闇の球体は、陽子が進路途中に展開した【魔法結界】と衝突し、その場(・・・)から球状に闇の領域が広がっていく。

 着弾予定場所が大きくズレ、デイビスの近くで発動してしまった【ダークネスボム】は、術者であるデイビスをも飲み込み、範囲内にいるものに等しく闇属性のダメージを与えた。


 今まで"闇属性"の攻撃魔法に対し、光属性の魔法で相殺、あるいは威力減衰をされたことは何度もあった。

 だが、着弾後に効果範囲が広がるという【ダークネスボム】の性質を利用して防がれたのは、デイビスにとっても初めての経験だった。

 そもそも"結界魔法"持ちの冒険者というのがまずほとんど存在しない。

 そのため、原理としては知られていても、実戦の場でこのような使い方をされると即応できるものではなかったようだ。


「ナンとっ!」


 自身の魔法の威力を味わいながら、まさかの返し技に驚きの声を上げるデイビス。

 "闇の友"というスキルによって闇属性の魔法に対して耐性のあるデイビスと、"闇耐性"のスキルを持つドヴァルグは、ある程度ダメージが軽減されている。

 しかし元々重傷だったドヴァルグは味方の魔法を食らって完全に意識を手放していた。

 むしろまだ生きているのが信じられない位だ。


 一方耐性もなく、本来のダメージをそのまま味わったヴァッサゴは、唸り声を上げつつもその表情に苦痛の色はない。

 若干フラついてはいるものの、眼の前に敵がいればすぐにでも襲い掛かっていきそうな気配を漂わせている。

 実際今も距離が離れてしまった敵――信也達を見渡して今にも攻め寄せてきそうだ。


 陽子の機転によって大きく戦況が覆ってはいたが、ヴァッサゴの様子からしてまだまだ気を抜くことはできない。

 そう思っていた信也達に、ヴァッサゴの意外な言葉が聞こえてきた。


「……お前ら、ここは撤退するぞ」


 信也達を見回していたヴァッサゴだったが、メアリーのいるあたりで視線を止めると、少しの間動きを止めてジッと見つめ始める。

 激戦の続く中、隙を見ては少し離れた場所に飛ばされた長井を回収しようとしていたメアリー。

 ようやくその機会が訪れたとみて長井の下へ向かったメアリーは、ヴァッサゴの執拗な視線を受けることになる。


(今動いたのは失敗だったかしら? もしこっちに突撃してきたら……)


 タイミングを誤ったかと内心あせるメアリー。

 ここは下手に動かずもう少し様子を見た方が良かったのかも、と蛇に睨まれたカエルのように恐る恐るヴァッサゴの様子を窺うメアリー。

 そこへ聞こえてきたのが先ほどのヴァッサゴの撤退の言葉だった。


(撤退? さっきの自爆が効いた? どちらにしても、この視線の先って……)


 ふとメアリーが何かに気づきハッとした様子を見せる。

 ほぼ同時にヴァッサゴは固定されていた視線をようやく外し、完全に撤退を開始し始める。

 傍にはいつの間に目覚めたのか、二人の亜人奴隷の姿もありドワーフ奴隷のドランガランが気絶したドヴァルグを抱えていた。


「親分! マジで撤退するんでヤスか?」


「そうだ」


「けど、このまま撤退したらギルドとはもう……」


「状況をよく見ろ。戦いたければお前ひとりで勝手にやれ」


「ぐぐ、わかりやした」


 渋々といった様子でヴァッサゴに従うコルト。

 言われるまでもなく、状況だけみると『流血の戦斧』が相当押し込まれているように見える。

 しかし、倒れていた奴隷二人も戻ってきたし、何よりヴァッサゴの奥の手(・・・)もまだ使っていない。

 ドヴァルグは今回の戦いではもう使い物にならなそうだが、まだまだ勝ちの目はあるハズだ、とコルトは見ていた。


「親分の言葉通りだ、さっさと撤退すんぞ!」


「ウウン、ワタシとしては興味深い相手デシタが、ここは従うとしよウ」


 味方の魔法の同士討ちから逃れ比較的ピンピンしているコルトは、奴隷二人を急かすように撤退を始める。

 デイビスも後ろ髪を引かれるような気持ちだったが、大人しくコルトの後に続く。



「待てや、オラアァ!」


「待つのはお前の方だ、龍之介」


 撤退する『流血の戦斧』を見て、後を追いかけようとする龍之介。

 しかし、闇の球体を迎え撃とうと先行していた信也に首根っこを掴まれ、強制的に動きを止められる。


「ぬあにすんだっ! このままだと敵に逃げられっちまうぞ」


「お前ひとりで行ってどうする。そもそも奴らは俺らより格上の相手だ。返り討ちに合うのは目に見えてる」


「ま、そういうことだぁ」


 少し落ち着いて龍之介が周囲を見渡すと、追い打ちに賛成する者は一人もいないようだった。

 元々戦闘の流れの中で、お互い大分距離を取っていた状況だったのだ。

 自分たちよりレベルが高く、身体能力に優れた相手を追いかけるのは無謀と言えるだろう。



「ふう、どうなることかと思ったけど何とかなったみたいね。とりあえず先に治癒魔法を掛けていくわね」


 とっくにヴァッサゴの"咆哮"の効果から回復し、前衛の位置まで駆けつけていた咲良。

 最初に食らった【ダークネスボム】によってダメージを受けた北条と由里香に、"神聖魔法"の【キュア】を掛けていく。


「おぅ、サンキューなぁ。そいじゃあちっと、様子を見てくるわ」


 咲良の【キュア】を受けるなり、そういってさっさと来た道へと戻っていく北条。


「ああん? オッサンはどこに行くんだ?」


 まさかオレを止めておきながら、一人で敵を追うんじゃねーか、と一瞬勘ぐった龍之介だったが、向かう方向が別の方角だったのでそれはないかと考えを改める。


「……ま、北条さんのことは置いといて。まずはいったん全員集合するわよ」


 何かを察した様子の陽子がそう話を持っていくと、バラバラになっていた異邦人達はひとまず一か所に集まることになった。




▽△▽



「いよう、いつまでソコでそうしているつもりなんだぁ?」


 仲間の下から離れて移動していた北条は、目的の場所にたどり着くと誰もいない(・・・・・)森の一角でひとり声をあげた。

 そこに、森を抜けてきたさわやかな風が優しく北条の頬を撫でる。

 静謐さの中に潜む、小さな生き物たちの息吹がそこかしこから感じられる中、北条はその場でしばし佇む。


「……ど、どうして、ここに」


 やがて根負けしたのか、誰もいないハズの空間から小さなささやき声が聞こえてきた。

 北条が声が聞こえてきた方に顔を向けると、そこには俯いたまま顔を合わせようともしない楓の姿があった。


 ただでさえ影が薄い楓は、この異世界『ティルリンティ』へと送り込まれ、"影術"という天恵スキルを得てから、更にその存在感を希薄にさせる術を身に付けていた。

 確かにそこに存在しているのに、眼の前を歩いている人にも気づかれない。

 それは他人と関わりたくないと願っていた楓にはピッタリな能力だ。


「そりゃぁ、もちろん迎えにだぁ。とりあえず問題も片付いたんでなぁ」


 そう語りかける北条はいつも通りの口調だ。

 思えば、北条が声を荒げたり慌てたりといった様子はあまり記憶にない。

 しかし、その北条の態度が逆に今の楓にはきつく感じられた。


「……んですか?」


 震えるような楓の声は、冒頭の部分がほとんど聞き取れないほど小さい。

 しかし、続けて発せられた楓の声は、感情の高ぶりを表すかのように、今まで聞いたことないほどの音量と感情を伴っていた。


「ひとり仲間を見捨てて安全な所で震えてた私がっ! 今更どんな顔して会いに行けばいいんですか!?」


 今にも泣きだしそうな表情をした楓が、体を震わせながら悲痛な響きを持つ声を上げる。その後悔と拒絶が混じった楓の声は、静かな森の中へと木霊していった。




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