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第127話 一触即発


「ところでアンタらは何をしてたんだ?」


 それは何時もの明るくうるさい龍之介の声とは別物で、信也達ですらほとんど聞いた覚えのないほどの真剣な口調だった。

 強く握りしめた龍之介の拳からは、薄っすらと血が滲んできている。

 余りに強く握りしめたせいで、爪が皮膚へと食い込んでいるのだ。


 龍之介はそう質問をしつつも、十中八九、目の前の男達の正体は見当がついている。

 信也達は、そんな龍之介と男とのやり取りに、ダンジョンでの枯れ木の化け物戦以上に緊迫した面持ちをしている。


「アァ? んなこたーてめーらには関係ねーだろっが」


 龍之介の質問に答えたのは、先ほど獣人を責めていた男――ドヴァルグだ。

 赤髪の男程ではないが背は高く、百九十センチほどはあろうかという体格。

 上等そうな鎧を身に着けており、明らかに前衛タイプの戦士だろう。


「奴隷相手だからって、さっきのは幾らなんでもやりすぎだろ!」


 先ほどの獣人とドワーフの首には、その身分を示す奴隷の首輪が装着されている。

 これはモノ自体に特別な効果はなく、あくまで奴隷身分だということを周囲に知らしめるためのものだ。


 そういった物理的なモノとはべつに、きっちりと認められた奴隷には"契約魔法"によって魔法的な束縛がなされる。

 別名"奴隷魔法"などとも呼ばれるこの魔法の使い手は少なく、そのほとんどは国などの機関に召し抱えられている。


 これは専用魔法というものに分類される魔法スキルの一種で、"刻印魔法"、"死霊魔法"、"通信魔法"など幾種も存在する魔法スキルのひとつだ。

 これら専用魔法は、高度なステータス鑑定で調べても「火魔法:初級」などといったような、初級だとか中級だとかといった分類が存在せず、ただただスキル名だけしか表示されない。

 "契約魔法"以外の専用魔法もそれぞれ使用者が非常に少なく、基本的に専用魔法のスキル持ちは重宝されがちである。



「何寝ぼけたこと抜かしてやがるんだ?」


「旦那ッ、この国では亜人や獣人の奴隷だろうが、人と同じように扱うらしいんで何か誤解してるんじゃねえですかい?」


「ハンッ! 畜生共を人と同様に扱うたぁ、笑けてくる話だなあ、オィ」


「別に誤解とかそーゆーのは関係ねーだろ! さっきみたいなことして相手が死んだらどーするつもりなんだよ!」


 激昂する龍之介に対し、何を言われたのか理解出来てないといった顔を向けてくる二人。

 次第に龍之介の言葉の意味が理解できてきたのか、ケチをつけられた不愉快さも、一周回って彼らの笑いのツボを突く結果になったらしい。


「ギャーハハハハッ! おい、ガキ。おめー、中々ギャグのセンスあるな」


「ヒーーッヒヒヒ。真顔な顔して『相手が死んだらどーするつもりだ?』って、は、腹が痛ぇでやす」


 爆笑する二人とは真逆に、龍之介の顔には険が増していく。

 その様子をハラハラした様子で見守る異邦人達。

 中でも信也とメアリーは、龍之介同様に不愉快そうな表情を隠しきれず、慶介は相手の純粋な悪意に戸惑うばかりだ。


「んなのは、また買い替えればいーだろうが。大体コイツらは奴隷は奴隷でも"犯罪奴隷"と"戦争奴隷"だ。この国でも扱い方は所有者が好きにしていいはずだろおが」


 彼ら『流血の戦斧』が所有する二人の奴隷も、きちんと"契約魔法"を受けた正規の奴隷であり、ドヴァルグの言う通り犯罪奴隷と戦争奴隷は所有者の好きなようにしていいとされている。

 『リノイの果てなき地平』のガルドが辛そうにしていたのも、そのことをよく知っていたからだ。


 この世界で生まれ育ったガルドは、そうした理不尽な仕打ちを納得は出来ずとも理解することはできる。

 しかし現代日本で暮らしてきた信也達にとっては、未だ馴染むことのない価値観であるのは変わりない。


「大体さっきのだって、俺がアイツの為にやってたことなんだぜ」


「な、何を……」


 言っているんだ? と続きそうになった龍之介の言葉を遮るように、ドヴァルグは話を続ける。


「ああして何度も窒息させるまで繰り返してやりゃー、その内耐性スキルが身につくことがあんだよ。そこの椅子(・・)だって、これで"水耐性"スキルに"窒息耐性"スキルを覚えてんだ。他にも"毒耐性"とか"痛み耐性"だの色々と覚えさせてやったんだ。ありゃー楽しかったな」


「キヒヒッ。初めのころに"火耐性"を付けさせようと、火だるまにしてた頃はまだ反応があって楽しかったでヤスね。最近は反応も鈍くてつまらなくなったでヤスが、あの犬っころはまだまだ反応があっておもしろ……」


 腰巾着のような小男――コルトが最後まで言い終える前に、龍之介が一歩前に足を踏み出す。

 まだ短い付き合いとはいえ、常以上に警戒をしていた信也は、龍之介が更に前に進む前に体を背後から押さえつけることに成功する。


「待て、龍之介。ここは抑えろ」


「ぐ、ぬぬ……」


 強引に信也の腕を振り払おうとする龍之介だが、信也も必死にそれに対応して止めようとする。

 そんな二人の様子を見て何かを察したのか、


「なあ、ヴァッサゴよ。ちょいとそこの椅子(・・)を貸しちゃあくれねえか?」


「…………」


 目の前のやり取りにはまるで興味ないような、上の空状態の筋骨隆々の赤髪の男――ヴァッサゴは、ドヴァルグの声に無言で応え立ち上がる。


 そして、彼らに椅子呼ばわりされているドワーフ奴隷のドランガランを引き連れていくドヴァルグ。

 それから先ほどの獣人と同じようにドワーフを後ろ手に縛り、容赦なくその顔面を水中へと押し付けた。


 先ほどと違うのは馬乗りになって頭を押さえつけるのではなく、龍之介を更に挑発するかのように、足蹴にして頭を水面へと押し付けていた点だ。


「こ、の……」


「おい、ちょっと誰か龍之介を止めてくれ!」


 その様子を見て明らかに冷静さを失っていく龍之介。

 抑える信也も必死で、誰かに手助けを頼もうと辺りを見回すが、慶介は何やら思いつめた顔をしていて反応せず、メアリーは龍之介同様に内心で強く憤っているのか、信也の声が耳に届いていないようだ。


 長井はこんな事態だというのにボーッと一点を眺めているだけだし、石田は我関せずと一人後ろに距離を取り始める。

 そんなことをしているうちにも時計の針は進んでおり、


「なあ? 見てみろよ。さっきのクソイヌはすぐにダウンしちまいやがったが、俺達が仕込んだこの椅子(・・)はこゆるぎもしないぜ。なっ? テメー等に文句言われる筋合いなんてなぁねーんだ。逆に耐性スキルを得られたコイツ等が、俺らに感謝すべき所なんじゃねーか?」


 その声音は本当にそう思っているというよりも、龍之介を挑発する為の意味合いが強い。

 すでに興奮して我を失っている龍之介に対しては余り効果はなかったが、信也やメアリーらに対しては効果的で、更にドヴァルグに対する嫌悪感が強く植え付けられる。



「ちょっと……話があんだけど。そこのアンタがリーダーよね?」



 突然の声を発したのは、それまで会話に加わることもなく突っ立っていた長井だった。

 その視線は、立ち上がったまま事態の推移を眺めていたヴァッサゴへと向けられていた。


「……ああ、そうだ。何の用だ女」


 確認が取れた長井はスタスタと前へと歩いて行き、もみ合う龍之介らの下を通り過ぎる際、


「考えなしに突っ込むんじゃないわよ。とりあえず話をしてみるわ」


 と小声で告げ、一人ヴァッサゴの近くまで近寄っていく。

 らしくない(・・・・・)長井の行動に、先ほどまで拘束を逃れようと必死だった龍之介の動きも止まり、視線が長井へと向けられる。


「アンタ達のことは、ギルドやリノイの連中からの情報で聞いているわ。私達も揉め事を起こすつもりはないから、あそこのバカを引き取って撤退させてもらうわ」


 相手に了承の確認も取らず、強引にこの場を切り抜けようとする長井。

 しかし、元々因縁を吹っ掛けて絡んで来るチンピラと同レベルの男達は、はいそうですかと見逃すつもりはないようだ。


「アアン? 何すっとぼけたこと抜かしやがる。元々言いがかりをつけてきたのはテメー達の方じゃねーか。お陰でジェイの訓練(・・)の時間が無くなっちまったじゃねえか。どう責任取るつもりだ、オラア?」


「そうでヤスよ。こっちは被害甚大でヤンス。……そうだ、丁度お前達もダンジョンから出てきた所のようだし、中で手に入れた戦利品を謝礼替わりに出すならこのまま返してやってもいいでヤス」


 ジェイという名前の、先ほど窒息させられていた奴隷獣人のことを持ち出して、言いがかりをつけてくるドヴァルグ。

 それに乗っかるようにコルトも物品をたかって来る。


 その目線の先には龍之介の魔法剣やメアリーの血まみれメイスが映っていた。

 本来低ランク冒険者など相手にしても大した金にならないものだが、発見されたばかりのダンジョンからの帰還直後のせいか、信也達からお宝の臭いを嗅ぎつけたらしい。


「何を言い出すのかと思えば論外ね。言っとくけどアンタ達は相当ギルドに目を付けられてんのよ。こんなチンピラまがいのことをしたって報告しただけでも、アンタ達のギルド証は剥奪されるわね」


 確かにギルドも『流血の戦斧』に目を付けているのは事実だが、これくらいのことで実際にギルド証の剥奪までするかどうかは微妙な所だ。

 だがそういったことはまるっきり口にせず、強気に押し通ろうとする長井。

 そんな確信の持てないことで格上の相手に立ち向かっているせいか、長井の様子は目に見えておかしい。


 脂汗をたっぷりとかき、呼吸は荒く苦しそうだ。

 かろうじて表情だけは平静を保とうとしているものの、完全には上手くいっておらず、笑顔が苦手な人が無理やり笑ったみたいな歪さがにじみ出ている。

 これではせっかく強気に押しても嘘をついているのがバレバレだろう。

 

「そのザマでよくそこまで戯言を言えんなあ? 雑魚冒険者がここまで粘るってこたぁ、ちょっとした小遣い稼ぎ以上になりそうだぜ、おい」


 どうやら長井の作戦は完全に裏目に出たようで、今までのただ街中で絡んでくるチンピラレベルから、確実に相手に襲いかかって強奪しようとする山賊レベルにまで、対応が格上げされたようだった。


「聞き捨て、ならないわね。確かに、揉め事程度で処分されるかは、怪しい所、だけど、強盗事件ともなれば、確実に終わり……よ」


 危険なムードが高まってきたせいか、長井は言葉を発することも途切れがちになってきている。

 そんな苦しそうな様子の長井を前に、ドヴァルグとコルトが何やら小声で短く話していた。


「どうだ?」


「遠くに少し……急げば……」


 そしてその短い会話を終えたドヴァルグは、自然な足取りで長井の下まで歩いていき――不意に強烈な突きを放つ。


「ゴファアッ!」


 突然の腹部への打撃に、数メートルは吹き飛ばされて飛んでいく長井。

 その様子を見ながらドヴァルグは、


「よーするに、てめーら全員、皆殺しにして奪っちまったほうが早いってこったな」


 と宣うのだった。





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