第118話 こんな事もあろうかと
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芽衣が新たに契約した、森牙狼のマンジュウを仲間に加え、九階層の探索は続いていた。
そして目標にしていた、九階層で新しく出現した魔物――二足歩行のもぐらを倒した一行は、一路迷宮碑へと引き返しはじめた。
ちなみに、もぐらの魔物は単体ではそこまでの強さではなかったのだが、数が少し多めだった。
だが範囲攻撃の手段も増え、魔物召喚で手数も増えた彼らには大した問題ではなく、苦戦せずに倒すことに成功。
ドロップしたもぐらの肉は、「ううん、元を知ってると余り食べたくはないわね」と不評だった。
この世界の人達は魔物の肉も普通に食するが、異邦人である彼らには牛・豚・鳥などの肉以外はハードルが高いらしい。
その後はこれといった問題もなく、無事に鉱山エリア六階層の迷宮碑まで辿り着くことができた。
今回の成果は各種ドロップ品と、七階層で発見した「木の宝箱」だ。
それからは、『流血の戦斧』など他パーティーの痕跡すらも見受けられないまま《ジャガー村》へと帰還した北条達。
どうやら現在ダンジョンに潜っている中で、自分達が一番最初に帰還したらしいことをナイルズから知らされる。
「無事帰ってこれたようで何よりだよ」
そう言っていたナイルズの顔には、確かに安心したような様子が窺えた。
今回は帰りが夕方遅くとなってしまったので、挨拶もほどほどにして北条達は一旦家へと戻り休息を取ることにする。
生憎と今回発見した「木の宝箱」からは、前回のような目玉商品は入っておらず、保温機能のあるスープ皿とか宝石の原石らしきものなどが入っていただけだ。
なので、分配も揉めることなくすんなり決まり、雑談タイムへと移行していた。
「あっちのパーティーは、今どこら辺をうろついてるのかしらね」
「なんか前は散々迷ったって言ってたし、今回も迷ってるかも?」
「とても広いエリアのようですからね~」
そう語る彼女達の脳裏には、常にもうひとつの可能性が浮かんではいたのだが、そのことを口にする者はひとりもいなかった。
不安な気持ちは彼女達をいつもより饒舌にさせる。
そんな彼女達の傍らには「マンジュウ」が行儀よく伏せていた。
当初は、畑から村に帰る途中の農民たちに驚かれたものだったが、芽衣が魔物使い系のスキルを持っていると説明すると、一応の納得をしてくれたようだった。
ナイルズにも明日、このマンジュウの件も報告をしないといけないな、と思いつつ、北条は夜も更けてきたので、一人誰もいない『男寮』へと向かった。
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明けて次の日。
朝食を終えた北条達は、合流した後にみんなでナイルズの下へと向かう。
現在、村には他の冒険者パーティーはおらず、絡まれることもないとは思うのだが、その後の予定のことも考えてみんなで一緒に行動をしている。
ナイルズ達《鉱山都市グリーク》からやってきた者達は、一部は村の中で寝泊まりしているのだが、その多くは屋外でテント暮らしだ。
それは、ギルドから派遣されてきた支部長のナイルズも同様で、彼に会うには村からダンジョンのある森へと通じる平地にある、開拓者たちの居留地まで移動する必要があった。
「朝早くから大変そうねえ」
その途中、陽子がそう口にしたのは、視線の先で建物の基礎工事を行っている人達を見かけたからだ。
今回《鉱山都市グリーク》からやってきたのは、何も冒険者ギルドからの調査隊だけでなく、こうした村の拡張工事をするための人足や職人なども多数連れてこられている。
また丁度時間が合ったのか、村から遠く離れた街道には多くの荷馬車がゆっくりと《ジャガー村》に向かっているのが見えた。
こちらは人員ではなく物資の輸送のためで、今後大量に必要になる建材などをピストン輸送で次々と送り込んでいた。
「おらー、そこぉ足場脆くなってるから気を付けろい!」
「バックアモン! こんなとこに穴掘ってどうする! 井戸を掘る場所はあっちだ!」
そんな朝っぱらから騒がしい声が響く中、北条達はナイルズのテントに到着する。
傍らにはもちろんマンジュウの姿もあった。
すっかり女性陣のお気に入りのペット枠に収まりつつあるマンジュウ。
そのマンジュウだが、最初に契約した時と比べて、若干体が大きくなっていた。
食事をするようになったせいなのか、という意見もあったが、実は変化はそれだけではなく、以前より明らかに動きにキレが出てきて、力も増しているようなのだ。
そこまで来ると、これはもうマンジュウがレベルアップしているのではないか、という考えが浮かんでくる。
その辺りのこともナイルズに尋ねてみるつもりだ。
「あー、北条だがぁ、ナイルズはいるかぁ?」
テント故にノッカーなども存在していないので、とりあえず入口付近から声を掛ける北条。
するとすぐに中から返事があった。
「どうぞ、中に入ってもらって構いませんよ」
中から聞こえてきたのは女性の声だ。
北条もまだ数度しか会ったことはないが、ギルドからきた受付嬢の女性だろう。
名前は……度忘れしてしまったが、気にせず言われた通りに北条はずいっとテントの中へと入る。
テントといっても、キャンプでよく見かけるようなピラミッド状のものではなく、遊牧民が使うような簡易住居のような作りをしている。
中へと入ると、簡易的な机や椅子も設置されており、そこにはナイルズと受付嬢が特に何をするでもなく、来訪者を迎えていた。
「よく来てくれた。見ての通り、まだこれといって特に仕事はなくてね。暇……というほどでもないのだが、時間を持てあましていたのだよ」
本人はそう語っているが、何も仕事をしていないという訳ではない。
彼は冒険者ギルドから送られた調査隊の代表としての立場の他に、《鉱山都市グリーク》から派遣された者達全員を監督する立場も承っていた。
本来であれば、領主であるアーガスの手の者が現場監督として派遣される予定だったのだが、急なダンジョン発見の報に、丁度いい人材が確保できなかった。
それ故、ナイルズに白羽の矢が立てられたという訳だ。
「ああ、そうそう。まだ他の連中が帰ってきてないので、彼らに伝えるのは後になるがね。……君たち、ダンジョン発見者を除く、三組のパーティーには本村への出入りを禁止することにしたよ」
マンジュウのことを話そうとした北条達だったが、先制するかのようにナイルズからの報告が先に入ってくる。
「あの、でもそれってあの人達が律義に守るんですか?」
意味があるとは思えない、といった様子で尋ねる咲良。
「ああ、確かに『流血の戦斧』の方は怪しいがねえ。『青き血の集い』はまあこれ位なら言うことは聞くだろう。もし破った場合、私が直々にお灸を据える為の理由にもなる」
そう言ってトントンと机を指で叩くナイルズからは、得体のしれない圧が微かに伝わってくる。
その気配に敏感に反応した由里香は、「ほわわっ」と少し慌てた声を上げる。
「ああ、すまんすまん。少しばかし力が入り過ぎたようだ」
「あ、あの。ナイルズさんって元冒険者っすか?」
思わずといった様子で、由里香がナイルズに問いかける。
「ん? ああ。その通りだよ。かつてはCランク冒険者として活躍していた」
ナイルズの答えに由里香だけでなく、他の面子も納得顔だ。
すでに老境を迎えたであろうナイルズだが、時折見せる鋭い視線や身軽でスムーズな体重移動など、まだまだ現役でも通用するレベルだった。
「まあ、私のことは別にいいだろう。それよりも、そこにいる可愛いワンちゃんのことを話しに来たのではないのかね?」
「ああ、そのつもりでここに来たぁ。見ての通り、うちのメンバーがこいつの"テイム"に成功してなぁ。だが、従魔については余り詳しくはないので、話を聞きたい」
と、北条が本題に入る。
"テイム"とは、『魔物使い』が魔物を手懐けることを指していて、『魔物使い』は特殊なスキルでもって、魔物と魔力的な繋がりを得ることが出来るらしい。
従魔は、そうしてテイムに成功した魔物のことだ。
「ほおう、『魔物使い』とはこれまた珍しい。どれどれ……」
そう言って、徐ろにマンジュウの頭をなでるナイルズ。
撫でられているマンジュウはどうも気になるのか、体をピーンとして緊張している様子だ。
「ふむふむ。どうやら問題はなさそうだね。時折強引に魔物を従えさせた"自称"魔物使いが現れたりするのだが、ちゃんと繋がりもあるようだ。ちょっと待っていたまえ」
どうやら何らかの手段によって、マンジュウは問題なしを判断されたようだ。
「少し待つように」と言ったナイルズは、テントの奥の方に積み重ねられていた木箱をあっちゃこっちゃと中身を探りはじめる。
やがて目的のものが見つかったのか、元の場所へと戻ってきた。
「『魔物使い』は数はそう多くないんだが、皆無という訳ではないのでね。今後、この場所には各地から冒険者が集まるだろうと思って用意したものだが……早速役に立つとはね」
そういって机の上に手にしたものを置くナイルズ。
それは認識票のようなものがついた首輪だった。