第117話 "召喚魔法"と"契約"
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次の日。
シグルド達と別れた後は、八階層の探索をしていた北条達だったが、今日は朝から次の九階層にまで足を伸ばしていた。
階層を下るごとに少しずつ出現する魔物も変わる……というより、魔物ごとの出現度合が変化していく。
無論新しい魔物も出てくるようにはなるが、新しい階層では割合として新しい魔物はそこまで現れない。
第八階層では新しく、直径数十センチ、全長が人間の身長と同じ位のミミズが出てくるようになったが、八階層では出現頻度はまだ低かった。恐らく九階層からは更に良く出るようになってくるのだろう。
このミミズの魔物――マイナーワームは、最初地面に潜った状態から突如襲ってくるので、対策が取れてなかったり初見だったりすると危険な相手だ。
北条達の場合は北条が地中から接近してくる音を拾ったので、不意打ちされることだけは防ぐことができたが、戦闘中にも地面に潜って来るので戦いにくい相手だった。
更に頻度は低いが"土魔法"まで使ってくるので、距離が離れているからといっても安心はできない。
ギルドではこの魔物はFランクとしているが、Fランクの中でも対策が取れないと上位の部類に入るとされている。
だが――
「おーい、そっち行ったぞぉ」
九階層の探索途中、マイナーワームと出くわし戦闘をしていた北条達。
その内二~三匹が地面に潜り、前衛をすり抜け後衛へと迫っていた。
しかし、地中から後衛へと襲いかかろうとしたマイナーワームは、壁のようなものに阻まれて地中から姿を現すことはできなかった。
「通しは、しないわよ!」
床部分にも【物理結界】を張り巡らしていた陽子は、体当たりされるような振動を、自身が張り巡らした結界越しに感知する。
その度に結界を強化しつつ、他の後衛に指示を出して場所を移動させる。
すると、元々いた場所からにょきっとマイナーワームが姿を現した。
「いい加減にしなさい! 【炎の矢】」
そこに咲良の"火魔法"が炸裂し、二本の炎の矢に貫かれた魔物は、全身を炎に焼かれながら、しおしおと萎れていく。
「うんっ、いい調子ね!」
Fランクの魔物であるマイナーワームは、通常同ランクの魔術士の魔法一発で倒せるような相手ではない。
だが、魔物には属性相性というのがあるようで、マイナーワームに関して言えば火属性に弱かった。
代わりに土属性に対しては強く、おまけにスキルとして"土耐性"を持っているらしく、よほど強力な"土魔法"でない限りダメージは通りにくい。
ただ、それだけで一発で倒せるかというとまた別で、咲良の場合、ただでさえ天恵スキルの"エレメンタルマスター"で強化されている所を、魔力の拡大消費で矢を二本放ったことが効いたのだろう。
続いてにょきにょきと姿を現した二匹のマイナーワームの片方に、芽衣の"召喚"していた森牙狼が喉元に食らいつく。
芽衣自身も【雷の矢】をもう片方のマイナーワームに向けて放った後は、杖による近接戦闘をしかける。
これには他の後衛も参加し、複数の女性らによる叩く突くの暴行が行われ、マイナーワームは再び地中に潜ることなく「キュウゥゥ」という声を上げて倒される。
もう一匹の方も、ランクが低いとはいえ三匹の森牙狼が相手では分が悪かったようだ。
"従属強化"のスキルの影響もあったのだろう。
なお、芽衣は現在魔物を同時に四体まで召喚できるようになっており、残りの一匹は芽衣の護衛として傍に待機している。
前衛の方も戦闘が終了したようで、何時も通りにドロップの回収を始めた。
マイナーワームが倒された後には魔石と共に、皮の袋がよく残されている。
確実にドロップする訳ではないようだが、この袋の中には土のようなものが入っていて、恐らくは肥料かなにかだろうと思われる。
匂いはそれほどしないのだが、でかいミミズからのドロップだからという理由でそう判断したのだが、実際にその判断は合っていて、畑に適量混ぜて漉きこむことで作物に栄養を行き渡らせるのだ。
「よおっし、少し休憩を入れるぞぉ」
ドロップの回収を終えると北条がそう宣言した。
それから各自水分の補給を取ったり、雑談をしたりしながら過ごしていると、珍しく北条が芽衣へと話しかける。
「なぁ、芽衣。ひとつ思い浮かんだことがあるんだが、試してみないかぁ?」
「んー、なんですか~?」
ニコニコとした顔でそう聞き返す芽衣だが、最近は由里香以外のメンバーはその笑顔が表面だけのものだということに気付き始めている。
由里香に対して向けられる笑顔だけは、裏表のない"本当の笑顔"なのは間違いないのだが……。
「お前さんの使う"召喚魔法"だが、あれから召喚できる数も増えたし、【視覚共有】や【聴覚共有】も使えるようになった。そこで、また新たな魔法追加に挑戦するのはどうかと思ってな」
"召喚魔法"というのは使い手が非常に少なく、書物にもほとんど情報が残されていない希少な魔法だ。
それ故、"召喚魔法"で何ができるのか、ということが知られていない。
初めのうちは、【サモンアニマル】 【サモンインセクト】などの、召喚できる魔物の種類を増やす位しかできなかった。
だが再びこの《ジャガー村》に帰ってダンジョンに挑戦し始めてからは、"召喚魔法"の研究も進められていて、新たに二つの魔法を覚えることに成功した。
それが先ほど北条が挙げたふたつの魔法で、その名の通り召喚した魔物の一体と視覚や聴覚を共有するというものだ。
諜報や索敵などに便利そうなこれらの魔法だが、短所も存在する。
それは、一定以上魔物との距離が離れると接続が切れてしまう、という問題だ。
色々と試してみた所、召喚した魔物を一定以上離れた所まで動かすと、そもそも操作そのものが受け付けなくなってしまい、自然と感覚の共有も切れてしまうようだ。
なので、ダンジョン探索時には北条が敵の感知を行えることもあって、索敵としてより戦闘用に主に使用されていた。
「昨日のディズィーの精霊の話を聞いていて思ったんだがぁ、もしかしたら召喚した魔物でも"契約"って出来るんじゃないかぁ?」
「あああぁ! 確かにっ! それはいけるかも」
咲良が少し興奮した様子で北条の発想に同意する。
あの時ディズィーから聞いた話によると、精霊と契約を交わした場合、精霊が休める場所……宿る場所として精霊石などを用意する必要があるらしい。
もしかしたら魔物との契約でもそういった物が必要になるかもしれないが、試してみるだけなら問題はない。
そう判断した芽衣は、北条の提案にのって魔物との契約を試してみることにした。
対象となるのは、よく召喚している森牙狼だ。
中でも芽衣の護衛を任せていた森牙狼に試してみることにしたようで、フサフサとした頭部を撫でながら芽衣は集中を重ねていく。
それから、休憩予定時間を過ぎた後も、じっと目を閉じて集中している芽衣。
やがて「あっ……」と小さな声を上げたかと思うと、
「い~い? あなたの名前は『マンジュウ』よ。 【コントラクト】」
芽衣が魔法を発動させると同時に、芽衣と森牙狼――マンジュウを繋ぐ、薄っすらと白く光る糸のようなものが一瞬浮かんで消えていく。
具体的な変化はそれで終わり、珍しく少しドヤ顔をしている芽衣と、その傍に寄り添うマンジュウの姿だけが残される。
「どうやら成功したみたいです~」
「あ、あぁ。それは見てれば分かるがぁ、まんじゅう……」
北条は名前が気になるのか、小さく「まんじゅう……」と呟いている。
一方由里香や咲良達は、契約に成功したマンジュウを撫でまわしていた。
「これって、もう時間制限で帰ったりしないのかな?」
「ええっと、そうみたいです~。けど、これからはちゃんとご飯も上げないとだめみたい~」
咲良の質問に答える芽衣。
それから、なでなでタイムはほどほどにして、先ほどの【コントラクト】について軽く検証をしたのだが、どうやら契約したとはいえ扱いは召喚された魔物と同じで、一定以上距離が離れると指示が届かなくなるらしい。
それと、召喚できる枠がひとつ減った……というより、契約した魔物もカウントされるらしく、マンジュウと契約した結果、現在芽衣が追加で召喚できるのは三体までとなった。
「ううん、常時召喚できるようになったけど、枠がその分ひとつ取られて食事もさせないといけないってことね。……あの、もし、だけど死んだらどうなるのかしら?」
「ん~、多分ですけどフィールドの魔物と同じように、ふつうにそのまま死んじゃうと思います~」
「それはダメだよっ! 絶対にマンジュウを死なせたりはしないからね!」
決然とした顔でそう告げる由里香。
契約を結んで常時召喚となったことで、可愛い動物に対しての想いが爆発してしまったらしい。
「た、たとえばの話よ。私だってそんなのは御免よ」
少し慌てた様子の陽子。
どうやらマンジュウは、すっかりみんなのアイドルになっているようだ。
「はぁ……。まあ一先ず実験は成功ということで、そろそろ探索に戻ろうかぁ」
北条のその言葉を機に、『サムライトラベラーズ』はダンジョン探索へと戻るのだった。