第110話 揉め事
「貴様ぁ! 低ランク冒険者の分際で、対価を要求するとは身の程を知らないようだな。そもそも、お前達のような低ランクの持っている情報に、価値などある訳なかろう!」
激昂した様子のヘンリックは、今にも襲いかかってきそうな様子で喚き散らす。
しかし、北条は特に気にした様子もなく、ナイルズへと話しかける。
「別に"対価"に関して、無茶な金額を請求するつもりはないぞぉ。ちなみに出せる情報は五層までの地図と、それぞれの階層の魔物の種類や罠といった所だぁ」
自分を無視して話を続ける北条に、ついに我慢できなくなったのか一歩一歩近づいていこうとするヘンリック。
「それは止めといたほうがいいよ」
そこに、今まで黙って様子を見ていたシグルドがヘンリックを止めに入る。
右腕を掴まれた状態のヘンリックは、それでも前に進もうとするのだが、シグルドの腕力には敵わないのか、それ以上近寄ることはできなかった。
「ぬ、ぬうううぅ!」
悔しそうな声を上げ、シグルドによって強引に元の位置にまで戻されるヘンリック。
そんな二人のやり取りを傍目に、ナイルズは北条の申し入れを受け入れていた。
「そうだね。冒険者ギルドではダンジョンに関する情報を買い取っている。低層故に金額はそう高くはならないが、それでも構わないかね?」
「ああ、アンタなら買い叩いたりはしないだろう?」
そう言ってにやっと笑う北条。
「ハハハハハッ! いーだろう、いーだろう。では早速情報を教えてくれないかね」
ナイルズの返答に満足したのか、早速情報を話し始めようとする北条に、今度は信也から待ったの声がかかる。
「あー、その前にここにいるので全員なのか? 確か冒険者パーティーは三組いると聞いていたのだが……」
確かに信也の言う通り、この場にはシグルドとヘンリックの二人しかいない。
残りひとつのパーティーリーダーの姿が見えないのだ。
「ああ。実はアイツらなら既にダンジョンへと向かってしまったのだ。まあ、色々と"問題"のある奴らでね。今はとりあえず気にしないで、話を先に進めてくれて構わんよ」
そう言われると姿の見えないもう一つのパーティーのことが気になってもくるのだが、いないのならば確かに仕方ない。
信也は予め用意しておいた、写し取った地図を取り出して、ダンジョンの説明へと移るのだった。
▽△▽△
「なるほど、なるほど。思っていた以上に参考になったよ。ふむ、そうだな……。では、これらすべての情報料として、金貨一枚でどうかね?」
そういった情報の相場を知らない信也達は、特にこれといった反応を見せることはなかった。ただ、思ってたよりは高いのだな、位だ。
だが、二人の冒険者リーダー達は、その報酬額に驚いていた。
本来であれば、この金額の半分位が相場なのだ。
しかし、ナイルズは渡された地図の精緻さから、恐らくは"マッピング"持ちがいるのだろうと推測していた。
"マッピング"スキルは、未開領域では多いに役立つスキルだ。
だが、多くのダンジョンを根城にする冒険者たちは、すでに探索されている階層で生計を立てることが一般的だ。
なので、「マッピングする」ということをしない冒険者には、新たに"マッピング"スキルが生えてくることが少ない。
金貨一枚という報酬は、精緻な地図と、それを作成したと思われるマッパーに対する特別報酬。それと……期待の新人パーティーに送る、ナイルズからの心付けという意味合いもあった。
ナイルズはゴールドルのように"第六感"のスキルは持ち合わせていないが、今後「ジャガー村冒険者ギルド支部、ギルドマスター」として、信也達とは持ちつ持たれつの関係になっていくだろう、という予感をナイルズは感じていたようだ。
この新人に対する破格の報酬に、途中まで無理やりクールダウンさせられて黙っていたヘンリックも、全く納得できていない様子だ。
逆に、シグルドは驚きはしたものの、純粋に「よかったねえ」と感じていて、信也達に対する悪感情は一切窺えない。
明らかに苛立ちが募ってきているヘンリックだが、同じ過ちは犯さず、今にも掴みかかってきそうな雰囲気はそのままに、信也とナイルズの話を黙って聞いている。
その後、ナイルズより「情報料」として金貨一枚――では分配できないので、銀貨にしてもらってから報酬を受け取った信也。
それからは、話すことも一通り済んだので、信也と北条は出張所を後にした。
「……ふう、まったく今回の話し合いは少し胃に来たな。これでまた"ストレス耐性"が強化されたかもしれん」
出張所から少し歩いた所で、ふと信也がそんな言葉を漏らした。
「その調子で"強化"されていけば、ストレス性の病気などにかかりにくくなるかもなぁ」
対して、他人事だからと適当な慰めをしてくる北条の言葉そのものも、信也の"ストレス耐性"が強化される原因なのかもしれない。
「俺としてはそういったストレスのない生活が望ましいんだが……ところで《フロンティア》のことは報告しなくてもよかったのか?」
《フロンティア》とは、信也達が発見した五層北東部にある、扉の先から通じるフィールドタイプのエリアのことだ。
ミミックのような金の箱型の魔物からドロップした、〈金の鍵〉を使用することで、扉を開けて先に進むことができる。
「何も情報全てを素直に伝えんでもいいだろぅ。少なくとも、俺らのパーティーの方も《フロンティア》に到達し、和泉達がある程度探索を済んでからだなぁ。情報を出すとしたら、だが」
「まあ……それもそうか。俺達が〈金の鍵〉を入手したのも偶然のようなものだしな。まずは俺達で先に……ん、なにか揉め事か?」
話の途中であったが、どこからか揉め事のような声が聞こえてきて、辺りをキョロキョロと見渡す信也。
そこに、
「お、あれじゃないかぁ?」
と北条が指さしたのは、村の中央部にある広場だった。
そこには幾人かの村人と、《鉱山都市グリーク》から来た人が数人。
そして遠目からでもはっきりと分かる、黒髪の集団――異邦人達の姿もあった。
「オッサン! いい加減にしろよ。嫌がってんのがわかんねーのか!?」
少し離れた場所である信也達の下まで届く大きな声は、龍之介のものだ。
見ると、一人の男の前に立ちはだかり、背後にいる咲良や陽子らを庇っているような構図だった。
周囲には他に慶介やユリメイコンビもいて、一触即発といった雰囲気を醸し出している。
男は冒険者のようで、村にいるため防具こそ身に着けていないが、得物である槍だけは背負っていた。
揉め事の気配に、信也も北条も足を速めて現場へと急行する。
だがその間にも揉め事は進行しており、
「威勢のいいガキだなぁ? だが威勢だけじゃあ、どうしようもねえんだよ」
そう言うと同時に、素早い動きで龍之介へと迫り、腹部へと拳を叩きつける男。
「グフォアッ」
その一撃の"重さ"に、たまらず龍之介はくの字に崩れ落ちそうになる。
そこへ、男の跳ね上がるような蹴りが龍之介のアゴに命中し、龍之介はあっさりと意識を手放した。
「さあて、邪魔者もいなくなった所で話の続きといこうか。そこの小娘と女、どちらが俺の相手をしてくれるんだ? 俺としては二人同時でも全然構わないんだがなあ」
そう言って下卑たニヤケ面で咲良と陽子に迫る男は、やたらと彫りの深い濃い顔をしている。
日本人の一般的な好みからは少し外れるが、この世界ではそこそこに女性に受けがいいタイプと言えるだろう。
……あくまで見た目に関してだけ言えば、ではあるが。
龍之介が一瞬で倒され、今なお仲間に近寄ってくる不埒者に対し、由里香は無言で地を駆け、低い体勢からの足払いを仕掛ける。
「おぉ? っとお」
しかし常人から見たら素早い動きでも、男からすれば対処できる動きだったようで、少し体勢を崩しながらも軽く跳んで足払いを躱す。
だが、由里香はそのスカってしまった足払いの回転を、そのまま維持するように一回転しつつ、反対の足で"ミドルキック"による追撃をかける。
「チッ、ガキは興味ねーんだよ」
由里香の息をつかせぬ連続攻撃も、繰り出した足を掴まれて、その勢いのまま遠くに投げ飛ばされて防がれてしまう。
遠くへ飛ばされていく由里香に視線を向けていた男は、そこで左腕の違和感に気付いた。
「そこまでだ」
男が振り向くと、そこには髭面のずんぐりむっくりした小男――ドワーフがいつの間にか男の左腕を掴んでいた。
ドワーフは人間に比べると身長が低いのだが、眼の前のドワーフはドワーフにしては身長が高めで、おおよそ百四十センチはあるだろうか。
どちらにせよ、人間の子供より少し大きい程度の身長の彼らだが、筋力や体力に関しては種族的に優れており、今も男の左腕を掴む力は尋常ではなく、男も身動きが出来ないようだった。
「これ以上手出しせぬと誓うなら、この手を離しても構わんぞ」
「……ちっ、仕方ねぇ。分かったよ、今回は引いておいてやる」
"今回は"という物言いに顔を顰めたドワーフは、男の左腕を掴んでいる力を強めながら、更に念押しをする。
「今回だけでなく、次回も同じことだ。よいな?」
「ぐあぁ……。わ、わかったわかった。今後も手をださねえよ」
男の言葉を聞いて掴んでいた手を離すドワーフ。
その掴んでいた部分にはきっちり赤く、ドワーフの手の跡が残されていた。
ドワーフの拘束から解放された男は、そのままあとずさりながら、一定の距離まで離れると、そこからは身をひるがえして走り去っていく。
その場に残された面々が、そんな男の逃げ様をしばし見つめていた所、駆け寄って来る複数の足音が辺りに響いた。
その足音のうち二つは信也と北条のものであったが、それ以外にも幾つかの足音が混じっていた。
信也達とはまた別方向からこちらへと駆けてくるのは、二人の女性だ。
ほどなく、騒動の現場へとたどり着いた彼女達は、先に合流していた信也達が様子を見て黙っているのを尻目に口を開いた。
「ガルドぉ、どうやら問題は解決したみたいね?」
ドワーフの男に向けてそう声を掛けてきたのは、二人の女性の内のひとり。
少し耳が尖っているハーフエルフの女性だった。