第108話 初ダンジョン探索 結果報告その2
「という訳でなぁ、休憩を挟んだ後に左端の洞窟に入っていったんだがぁ……」
もうほとんど陽が暮れかけた頃、『女寮』に集まっていた信也達異邦人は、北条の話に耳を傾けていた。
北条達が入り込んだ洞窟はただの洞窟ではなくて、どうやら鉱山だったらしい。
松明による明かりもそうだが、内部の壁は木枠で補強されたような形になっており、崩落がおきないような構造になっている。
といっても、人の手で掘り進めた鉱山ではなくダンジョン内の鉱山なので、そもそもダンジョンが罠として設置でもしない限り、崩落などは起こったりしない。
その鉱山内はこれまた迷路のように通路が張り巡らされており、幾つか通路の突き当りで行き止まりになっていたりした。
そういった箇所や、部屋のような広い空間になっている場所で、試しに北条がそれっぽい壁をハルバードで掘ってみると、なんらかの鉱石っぽいものが採掘出来たらしい。
「こいつぁ、次からは〈魔法の小袋〉につるはしも入れといたほうがよさそうだぁ」
などと北条は言っているが、実際に他のダンジョンではこうした鉱山タイプのエリアを内包するダンジョンが複数存在しており、そういった所では鉱石採掘をメインとする冒険者もいるのだ。
この地域では元々近くに《鉱山都市グリーク》があるので、金属などにはそこまで困ることはないのだが、更に身近に採掘場所があれば、より《ジャガー村》の発展には寄与してくれることだろう。
北条の話はその後も続き、通路の行き止まり部分で野営をして夜を明かしたこと。
次の日、そのまま新エリアの入り口にあった迷宮碑まで戻って、昼過ぎには帰ってきたことなどを話した。
「それで、だぁ。ダンジョンの話はこれで終わりなんだがぁ、他にも話すことがある」
「村にいた人達のことですね」
メアリーの問いかけに北条は首肯した。
「そうだぁ。帰る途中にも見たと思うが、《鉱山都市グリーク》から団体さんが到着していてなぁ。冒険者ギルドとグリーク領主からの先遣隊というかなんというか……」
北条も実際に接したのは一部の人だけなので、具体的に「どういった人たちが」「どういった荷を積んで」「どういった目的で来たのか」までは詳しくは知らない。
ただ《ジャガー村》の人口からすると、かなりの規模の人数が送られてきている。
ギルドマスターとグリーク領主の、ダンジョンに対する意気込みや期待感が窺える陣容だった。
「まあとりあえず、その中でも冒険者ギルドの者とは話をしてなぁ。こちらの話を聞きたがっていたんだが、どうせなら和泉達と合流してからの方がいいと、その場は断っておいた。なので、明日にでも話を伺いにいこうと思っている」
「そうか。なら早速明日にでも伺うとしよう」
信也はそう頷くと、北条に相手のギルド関係者のことについてを訪ねた。
もちろん北条だって初対面だったであろうが、事前に情報を仕入れておくのは悪くないことだ。
しかし、やはり詳しいことは北条も知らなかったのか、「元冒険者の男、それも結構な腕前だろう」という情報と、《鉱山都市グリーク》の南支部で食堂長をしていた、という情報だけだった。
あの軽食スペースでは彼らも食事をしたことは何度かあった。
そこらの食堂よりもよっぽど美味しい食事がでてきたので、彼らも誰が作っているんだろう、とは気になって話題にも出ていたくらいだ。
そんな食事を作っていた男がまさか《ジャガー村》にやってくるとは意外であった。
しかも、単にこちらで食堂長として働くのではなく、《ジャガー村》に新設される冒険者ギルドの、ギルドマスターとして赴任してきたらしい。
「へー、あそこのメシはそこそこいけてたけど、こっちでは食えないのか。残念だな」
なんとはなしに話を聞いていた龍之介が、そんな感想を漏らす。
「まぁ、そういう訳で、俺と和泉は明日ギルドの関係者と話をしてくるので、明日は自由にしててくれぃ。ただ、村にやってきた連中と揉め事は起こすなよぉ」
「へいへい」 「はーーい!」
十二人の中でも問題を起こしそうな候補の二人――龍之介と由里香がめいめいに返事を返すと、ここで主な話し合いの議題はなくなって、フリータイムの雑談へと突入した。
今回は二つのパーティーに分かれての別行動だったので、それぞれ話し足りないこともあったようだ。
おしゃべりに興じる彼らの傍では、メアリーが戦利品である魔石灯を設置しようと、場所の選定や設置の仕方をうんうん唸りながら考えている。
燃料である魔石は自前で入手できるので、設置しておけばいつでもその明かりの恩恵に授かることができるだろう。
『男寮』では明かりが必要になった時には、"光魔法"が使える信也も北条もいるのだが、『女寮』ではランタンなどしかなかったので、今後少しは便利になるだろう。
それからも、少しだけ気の抜けた雰囲気でおしゃべりは続いていたが、既に時間も大分遅くなっていたことから、少ししてから話し合いは解散となり、男達も『男寮』へと戻っていく。
『初めての冒険』とも言える探索を終えた彼らは、ようやっと安息を取ることができ、張りつめていた精神も睡眠と共に少しずつ溶けていくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅぅ……。しかし、厄介な仕事を押し付けられたものだね」
髭を生やした男が、バリトンボイスの渋い声で独り言ちる。
頭部は中央部分がめっきり枯れ果てているが、左右にはまだまだ髪が残っており、男は独り言を口にしながら己のつるっつるな頭部をペチペチと叩いていた。
身長は男にしては低く小柄ではあるが、その身にまとう雰囲気は常人のモノではない。
しかし、そういった雰囲気は、ある程度の力量の持ち主でなければ見抜くことはできないだろう。
一般人からみれば、「少し眼つきの悪い爺さん」といった印象しか抱かない筈だ。
「三組も用意したのは、気張ったつもりなのかもしれないが、どうみても"問題アリ"な奴らばかりとは」
男の脳裏に《ジャガー村》までの道中を共にした、彼らの姿が思い浮かぶ。
それは、数日同行しただけだというのに、彼らがこの先起こすであろう問題が幾つも思い浮かぶほどであった。
ただ、一組だけはまともな冒険者たちも交じっていたので、そこだけが男にとって救いであった。
「ゴールドルの奴も厄介ごとを持ち込みおって……。まあ、確かに事が事だけに、そこいらの連中に任せられないというのは分かるが、指名された側としてはたまったものではないものだね」
そう愚痴をこぼしながらも、男は任された仕事については今まできっちりと実績を残してきた。
そういった今までの実績が昂じて、このような仕事が割り当てられてしまったという経緯がある。
「とりあえず、ダンジョン発見者である冒険者から、明日には話が聞けそうだが……」
そこで男は一旦口をつぐみ、何事かを考え始める。
その脳裏には、先日ゴールドルからこの話を持ち掛けられた時の話が蘇ってきていた。
「……確かに、"アレ"は普通ではないな。奴のようなスキルを持っていなくとも、薄っすらと伝わって来る違和感のようなもの……。ふうむ、あのような感覚を覚えたのは初めてかもしれぬ」
昼間に会った"あの男"のことを思い返す口髭の男。
思い返しただけで、男は恐怖や寒さによるものとは別の、何かが原因で鳥肌が立ってくるのを感じていた。
「ふうう。一緒にやってきた連中のことといい、どう転んでもただ事では済まないだろうねえ」
これからの事を想い、何度目かになる嘆息を漏らした男は、何事も起こりませんように、と叶いそうにない願いをしながら、眠りへとついていった。
第五章はここで終わりとなります。
この後は閑話と設定を挟んで第六章へと進みます。
ようやく冒険者らしい生活を送り始めた異邦人の元に、新たな人物たちが待ち受ける。
果たして彼らとの出会いは異邦人に何をもたらすのか。
なんて感じに煽り文みたいに書いてみましたが、相変わらずゆっくりじっくりと話は進んで行くことになります。
ではどうぞ今後ともよろしくお願いします。