第105話 新エリア到達
トントントン……。
右の方へ弧を描きながら、下へと続く階段を下りていく北条達一行。
横幅はそこそこ広いとはいえ、閉鎖空間で他に物音がほとんどしないせいか、彼ら自身の足音が妙に耳に残っていく。
先を進む北条は静かに階段を下りていて、その雰囲気に合わせたのか、それとも単に話題がなかっただけなのかもしれない。
いつもはよく二人でお喋りしている由里香と芽衣も、黙って北条の後をついていく。
やがて最下段へと到達した北条は、その勢いのままスタスタと通路を先へと進み始める。
他の者もそのまま北条の後をついていったのだが、ふとあることに気付いた。
「ここってあの蒼い光がなくて見難いですね~」
芽衣が静かに囁くような声を発する。
確かに言われてみると、通路には相変わらず松明が設置されているものの、壁が蒼い光を発することはなかった。
蒼い光もうっすらと光量が増減して見辛い部分はあったが、松明のゆらめくような明かりは更に視認性がよろしくない。
単純に明るさだけでいっても、松明の方が照らす範囲が狭いので、これまでの階層より真っ暗で見通せない領域が増している。
だがそんな薄暗い道をものともせず、北条は先へと進む。
とはいっても、すぐに通路は終点へと到達し、その先の広大な部屋へとたどり着いた。
「う、わあぁぁ……」
そこは部屋というよりは巨大な空間と呼ぶべき広さを持っていた。
ここのダンジョンの転移部屋も相当な広さであったが、この空間もそれに匹敵するか、それ以上の広さのように思える。
思える、というのは部屋が暗いので先が全部見通せず、いまいちはっきりとしないからであった。
壁際には等間隔に松明の明かりが照らされているものの、そんなものではこの広大な空間を照らすには力量不足……いや、光量不足であった。
「ヤッホーーーーッッ!!」
ヤッホー……ヤッホー……。
突如大声で叫んだ由里香の声が、木霊のように微かに帰って来る。
「ちょ、ちょっと由里香ちゃん。そんな大声で叫んだら魔物が寄ってくるわよ!」
「あ、すいませんっす! なんか、つい叫びたくなっちゃって」
由里香の突然の行動にあわあわとして注意をする陽子。だが、幸いにも由里香の声によってつられてやってくる魔物はいないようだった。
「ふう、魔物がわらわら寄ってこなくてよかったっす」
「由里香ちゃんは頭じゃなく心で動いてるからね~」
何気に辛辣な言葉を投げかける芽衣だが、由里香の方はいつものことといった感じで気にした様子はない。
「おいおい、お前達。じゃれるのはその辺にして、ほらぁ……そこにあるのは迷宮碑じゃないかぁ?」
そう言いながら指で指し示す北条。
まるで誘蛾灯のように、その指先に釣られて視線を移した彼女達は、ひっそりと聳え立つ迷宮碑を発見した。
「おお、まじっす。これが例のあれっすよね!」
「そうね~。これが例のあれだね~」
「そうだぁ。コレをアレすればびゅびゅんびゅんだぞぉ」
本当にこの転移装置である迷宮碑を理解してるのか判断しにくい由里香の反応と、それに乗っかる形の芽衣の発言。
そんな二人に乗っかる形で、北条も急に幼稚園児のような発言をしながら迷宮碑へと近づいていく。
そして〈魔法の小袋〉から取り出した〈ソウルダイス〉をセットして、この迷宮碑の情報を登録する。
これでこの〈ソウルダイス〉でPTを組んでいる北条達六人全員に、ここの迷宮碑の情報が記録されたので、以降は別の〈ソウルダイス〉を使っても転移部屋からここまで飛んでこれるという訳だ。
「あの、これでいつでもあの転移部屋まで戻れるってことですよね?」
"びゅびゅんびゅん"については何も触れず、気になることを質問する咲良。
「そうだぁ。そしてこのフロアからが新たなエリアってことだな」
そう言って北条はダンジョンのエリアについて語りだした。
ダンジョンには多種多様の種類が存在していて、地下迷宮のようなものもあれば、今まで通ってきたような洞窟タイプのものもある。
更には同じ洞窟タイプでも壁が光らないで、松明で明かりが取られている所もあれば、まったく明かりの点いていない真っ暗なタイプもある。
この辺は地下迷宮タイプも同様だ。
他にもフィールドタイプのエリアというのもあって、更にそこから平原フロアとか森林フロアとか色々なタイプに派生する。
こうした様々な特性を持つダンジョンであるが、規模の小さいダンジョンの場合は、最深部までずっとどれかひとつの特徴だけしかない、単純な構造をしていることがある。
だが転移部屋が用意されているようなダンジョンの場合、大抵は複数のタイプのエリアが混在しているのが基本だ。
そういった切り替え部分のつなぎ目付近には、先ほどのように下へと下る階段の両脇に、これまでは無かった松明が設置されていたりして、その先のフロアが松明の明かりになるということを示してくれる場合がある。
これが逆に、松明の明かりのフロアから壁の蒼い光のフロアに移動する場合、階段の途中から壁が蒼く光り始めるなどで、先のフロアについて知ることが可能だ。
そして重要なことがひとつある。
新たなエリアへと進む場合、その先には大抵の場合その入り口部分に、迷宮碑が設置されているのだ。
北条が先へと進んだのも、このことを知っていたからだった。
「ここがどのようなエリアかは分からんがぁ……エリアが変われば出現する魔物の系統もガラッと変わったりする。何でダンジョンに迷宮碑が設置されているのかは分からんがぁ、こいつのお陰で大分ダンジョン探索も楽だなぁ」
新しい領域の魔物が前の階層の魔物よりも強く、戦闘が厳しくなってしまった。
或いは魔物のタイプが相性悪かったり、フロア自体が寒かったり暑かったりで、先に進むのに四苦八苦してしまった。
そんな場合でも、そのエリアの始まり部分には迷宮碑があるので、いざとなればそこからすぐに脱出することが可能だ。
エリアの切り替えというのはダンジョン探索では大きな意味を持っていて、出現する敵が一段飛びで上がる場合もあれば、前のエリアの最後の階層――つまり、新エリアのひとつ前の階層よりも弱い敵が出てくることもある。
「それで、これからどうするの?」
何か考えがあれば意見を出していたであろうが、特にこれといった考えが浮かばなかった陽子は北条にそう尋ねた。
「そうだなぁ。一先ずはこの階層を探索してみるのでいいんじゃあないかぁ? あまり迷宮碑から距離を取り過ぎない程度になぁ」
「そうですね、エリアが変わってどうなってるのかも早く知りたいし!」
新しく訪れた迷宮の変化に咲良のテンションはあがっているようで、今にも駆けだしていきそうな様子。
陽子や他のメンバーも異論がないようだったので、新エリアの探索が決定した。
まずは迷宮碑の周辺の探索から始まった。
このエリアは壁全体が蒼く光るさっきまでの場所と違い、壁の松明の明かりだけしか光源がない。
そのため、視界を確保するために、北条が自身のハルバードと陽子と芽衣の木の杖の先端部分に、光量を多めに意識した【ライティング】を掛ける。
そうしてから周囲に気を配りながらの探索を始めてから十五分程が経過した。
魔物に遭遇することなく探索を続けた結果、この広い空間で自分達が探索した場所はおおよそ半円状になっていて、円周部分の端っこの方に、上へと続く階段と迷宮碑が設置されていることが判明した。
そして直径部分の中央辺りには真っすぐ先に続く道があり、その両脇は底が見えない谷のような空洞になっている。誤って落下したら幾らレベルアップで強化されているとはいえ落下死は免れないだろう。
「うわぁ……これはちょっと怖いわね」
そーっと端の部分まで近寄って下の様子をチェックした陽子が、こわごわと感想を口にする。
高所と暗所というダブルパンチはヒット率が高かったようで、他の面子も似たり寄ったりの反応だ。
「この通路のような所で戦闘になったら、ちとやりにくいなぁ」
「で、でも! 何だかんだで道幅は結構ありますし、気を付ければ大丈夫……ですよ」
そう口にする咲良もどこか不安そうだ。
「とりあえず、俺と由里香は前衛として動くので、下に落ちないように要注意だぁ。後は里見を中心に、後衛が俺達二人の様子をチェックして、端部分に近寄ってしまったら注意してくれぃ。百地も遊撃として行動する時にはよく注意するように」
「わかったわ」
「は、はい……。気を付けます……」
こうして細心の注意を払いながら一本道を進んでいく北条達に、空中からの刺客が近づいてきていた。
「……っ!。みんな、注意しろぉ。空から何かくるぞぉ」
北条の声にみんなの意識が上空へと向く。
その先に薄っすら見えたのは、ダンジョンに潜るようになってからはすっかりお馴染みとなっていた、蝙蝠の集団であった。