第104話 フロンティア
「……っ!? これは、一体……」
驚きの余り、キョロキョロと周囲を見渡しながら、茫然とした口調で信也がつぶやく。
それは信也だけでなく、同じく周囲にいた五人も各々若干の違いはあるものの、似たような反応を示していた。
そこは先ほどまでいた洞窟の小部屋などではなかった。
空には太陽が浮かび、白い雲がゆるやかにたなびいている。
どこからか鳥の声も聞こえてきて、数日ぶりにみた外の風景は、閉塞的になりがちなダンジョン探索をしていた彼らの心を潤した。
周囲はどこまでも見渡せる平原となっていて、下生えの草と所々に木が伸びている。
見た感じ、人の通った跡のような道らしきものは見当たらない。
彼らが現在立っている場所は、儀式の祭壇のような石造りの舞台の上で、周囲にはまるでストーンサークルのように柱が円状に並んでいる。
辺りには彼ら以外の人の姿も全くなかった。
「……あの魔法陣でここに飛ばされたってことか」
石田がボソッと呟く。
「確かに、足元にはあの部屋にあったのと同じ感じの魔法陣があるわね」
長井の声に足元を見てみた幾人かが、足元の魔法陣の模様を確認する。
綿密に覚えている訳ではなかったが、確かに同じような模様がそこには描かれていた。
「つまり、あれは脱出用の出口ってことでしょうか?」
「いえ、あの、違うと思います」
メアリーの言葉に異を唱えたのは慶介だった。
続けて慶介は周囲に並び立つ柱の一柱を指差した。
「あの柱の所にあるのってアレですよね?」
慶介の指差した先には見覚えのある――かといって、そう何度も見たことはなかった構造物が佇立していた。
周辺は丈の低い草などが生い茂ってはいるものの、このストーンサークル周辺はむき出しの土の地面になっている。
そこからにょきっと顔を覗かせているのは、転移部屋にズラッと並んでいた迷宮碑と同じ形状のものだ。
「あっ、そっか! つまりここはフィールドタイプのフロアってことだな!」
何かに気付いた龍之介が大きく声を上げる。
「フィールドタイプ?」
「ああ、そこら辺を見ればわかるだろーけど、一見外の風景と同じようだけど、実はそれもダンジョンの一部ってやつだな。あの太陽だって本物じゃなくて、ダンジョンのふしぎパワーで作られた、にせもんだと思うぜ」
得意げに語る龍之介に、メアリーも言葉を挟んでくる。
「そういえば、ダンジョンの資料を調べていた時にそういった記述もありましたね」
単にダンジョンと一言でいっても、必ずしも内部がジメジメとした洞窟であったり、人工的な地下迷宮であったりするとは限らない。
中にはこの場所のように、フィールドと変わらないような場所も存在している。
実際のフィールドと違って、魔物は何があろうと侵入者を襲ってくるという点は異なるが、それ以外は昼と夜もあったり天候が変わったりと、実際の外の環境に近い所もある。
その辺りはダンジョンによっても異なるようで、ずっと昼しかないフロアや逆に夜しかないフロア。昼夜の変化はあるが天候は同じ、などフロアによって違いはあるようだ。
「しかし、これは……凄いな。これがダンジョンの一部だとは。空間的な問題はどうなっているんだ?」
「まさに《フロンティア》ってかんじだなっ! ま、それはそれとして、早くやることやっとこうぜ!」
改めて周囲を見回し始める信也。
そんな信也にまず先にやるべきことをやろうと提案する龍之介。
「ん、あ、ああ。そういえばそうだったな。こいつの登録場所まで探索する、ってのが当初の目的のひとつだったな」
そう言って信也は〈魔法の小袋〉から〈ソウルダイス〉を取り出す。
そして早速迷宮碑まで歩いていき、ダイスを窪みに嵌めてこの場所の登録をする。
転移部屋以外で〈ソウルダイス〉を使用するのはこれが初になるが、どうやら無事登録は成功したようで、チラッと一瞬青い光を放った。
なお〈ソウルダイス〉は現在信也達のパーティーでは信也・メアリー・石田の三人が、北条達のパーティーでは北条・咲良・陽子の三人がそれぞれひとつずつ所持している。
初期に手に入れた三個に加え、更に三個を追加で《グリーク》で購入していたのだ。
これはジョーディからの「万が一〈ソウルダイス〉を紛失した場合に備えて、予備を持っておくほうがいい」との助言によるものだ。
これは、〈ソウルダイス〉自体に場所の情報が登録される訳ではないという仕様によるもので、万が一使用してた〈ソウルダイス〉が紛失しても、他のを使えば問題はない。
そういった意味で、今後需要が増すであろう〈ソウルダイス〉だが、周辺にダンジョンが存在していなかった《グリーク》では、外部の供給に頼るしかなかった。
なので現在はそれほど量は出回っていなかったのだが、それでも新人冒険者パーティーなどが購入することもあって一定量在庫があったので、三個ほど買い集める程度なら問題はなかった。
恐らく今頃はギルド側が、一時的に需要が増すであろう〈ソウルダイス〉の発注を行っていることだろう。
ダンジョンが発見されたとなれば、夢を見た冒険者志願の新人が、確実に増えるだろうからだ。
ダンジョンからの供給で落ち着くまでは、ゴールドラッシュの如く大きな賑わいになるのは間違いないだろう。
「よし、これでとりあえず当初の目的は果たせた訳だ。で、これからどうするかだが……」
信也が悩まし気に腕を組みながらそう口にすると、即座に龍之介からの反応が返ってくる。
「何寝ぼけたこといってんだよ? せっかくこんな新しい階層に来たってのに、何もしねーで帰るなんざ、ちゃんちゃらおかしーぜ」
「……まあ、確かにそれはそうかもしれんが」
龍之介の古臭い言葉に少し意表を突かれた信也だったが、龍之介の言葉ももっともだった。
ダンジョンの探索は今日で五日目で、事前の異邦人達の話し合いでは、地球の生活習慣に合わせて最低でも週一で休みを入れようということになっている。
つまり明日はどうするかは分からないが、今日一日をこの新しい領域の探索に充てるのも問題はない。
「……探索するのは構わねーが、ちゃんとこの場所まで戻ってこられるのか? 少し離れたらこの石柱も見えなくなりそうだぞ」
「そうね。こんなだだっ広いところで迷子にでもなったらたまらないわっ」
探索に行きたくてうずうずしている龍之介は、それらの意見にムッとした表情を見せるが、納得できる部分もあったので口には出さずにそれを飲み込む。
その後、彼らの間で簡単な話し合いが持たれたが、結局どちらかの意見に決まることはなく時間が過ぎていく。
反対してる側もこの場所そのものには興味を覚えているので、問題がなければ探索するのは構わないという意見が多く、探索中止になかなか踏み切れなかったのだ。
そんな煮詰まった話し合いの中、途中からジッと考え込んでいた信也が、ひとつの案を出す。
「……それなら、俺の【ライティング】をこの石柱の頂上辺りにかけておくか。少し調整して魔力を多めに使えば、光量を上げることも効果時間を伸ばすこともできる。そうすれば多少離れていても夜になれば目印になるだろう」
「お、それいいね!」
信也の意見にすぐさま龍之介がのっかる。
他のメンバーも信也の言葉に押される形で結局このフロア、龍之介が《フロンティア》と名付けたエリアの探索をすることになるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
信也達が新たなフロアの探索を開始してから数時間後。
そのころ北条達のパーティーは五層の南東エリアを探索していたが、新たにこのエリアでも下へと通じる階段が見つかった。
それは一パーティー六人が横並びで通れるくらいの幅がある下り階段で、階段の入り口両脇部分や下り階段の途中には、定期的に石で出来た台座のようなものがあり、そこには松明が設置されていた。
そのゆらりゆらりと揺らめく松明の光は、周囲の壁際で光る神秘的な蒼い光とは対照的な人工的な光だ。
「これは……龍之介が言ってたのと同じものね」
「この階の下り階段ってみんなこーなってるのかなー?」
納得の声をあげる咲良と、疑問の声を上げる由里香。
彼女達が言っているのは、すでに信也達のパーティーが発見している、五層の北西エリアで見つかった下り階段のことだった。
そこにあった下り階段も、同様に松明の明かりが照らされていたという。
「北西と南東、まるっきり正反対の場所に別の道が用意されている……。ここは分岐点って感じかしらね」
北東部分にも文字通り、新たな領域へと通じる扉が発見されたことを未だ知らない陽子が、推測を口にする。
「まぁ、そうだなぁ。これは恐らくエリアの切り替えだろうなぁ」
「エリアの切り替え?」
「そうだぁ。まあ行ってみりゃあ分かるだろぅ」
そう言ってのしのしと階段を降り始める北条。
「え、ちょっと。いきなり降りちゃうの? この周辺の探索は?」
慌てたような陽子の声が響くも、ずんずんと北条は先へと進んでいく。
すでに由里香と、由里香に釣られた芽衣は、北条の後に続いて階段を降り始めている。
気配が薄いのでしょっちゅう意識から外れてしまう楓も、いつのまにか先へと進んでいるようだ。
残されたのは、陽子と咲良の二人だけ。
「と、とりあえず後を追いますか」
咲良の声を合図に、残された二人も、人工的な明かりの灯る地下への階段へと踊りだした。