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第103話 観音扉


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 北条達が朝食を取って出発してから二時間程が経過した頃。


 信也達のパーティーの方は、五層の北東の隅の方の探索をしていた。

 前日は北条達同様これといった発見もなく、適当な所で探索を切り上げていたので、本日こそはと龍之介は意気込んでいた。



「ちっ、そっちにカエルいったぞ!」


 龍之介達前衛を素通りし、一匹の巨大カエルの魔物が後衛へと迫っていた。


「う、ううっ……。うわあああぁぁ!」


 そこにらしくない悲鳴を上げながら、鉄のメイスを横合いからぶち当てて陣形を立て直すメアリー。

 この短期間で苦手なものを克服するのは難しいが、メイスで殴りかかる位はどうやら出来るようになったらしい。


 しかも、なりふり構わず振り回したメイスの攻撃は、心なしかいつもより威力が上のようにも見える。

 このカエルの魔物は見た目通りというべきなのか、どうも"水魔法"に耐性があるようで、慶介の魔法攻撃があまり効果的ではない。


 こういった時の為に、近接用の"杖術"スキルを取得しようと練習してはいるが、今の所慶介はスキル取得には至っていなかった。



「ふうううう……」


 横合いの一撃から更に数回メイスで殴りつけて、ようやくカエルを仕留めることが出来たメアリーは、思わず大きく息を吐いた。

 やがて眼前にあったカエルの魔物は、光の粒子と共に消えていく。

 苦手なカエルでもこうしてすぐにドロップへと変わってしまうダンジョンの"仕様"に、メアリーは密かに感謝する。



 数分後、戦闘は終了し、ドロップアイテムを回収し始める。

 魔物罠部屋を引き当てた北条達のパーティーとまではいかないが、ここ数日のダンジョン探索によって、如実に彼らの能力は向上していた。


 先ほどの戦闘も危なげなくこなしていたし、恐らくレベルも幾つか上がっていることだろう。

 レベルというのは高くなればなるほど上げるのが難しくなっていくのだが、逆に言えば、低いうちはレベルが上がりやすいということでもある。


 フィールドと比べ、魔物との遭遇率の高いダンジョンは、レベル上げにも打って付けの場所だった。


「あ、あの。大丈夫……ですか?」


 巨大カエルの魔物を相手にして顔色の悪いメアリーに、慶介が心配げな顔で尋ねる。


「え、ええ。大丈夫よ、問題ないわ」


 内心はまだゾワゾワが少し残っていたメアリーだったが、最年少の少年に気遣われてしまっては強がりをいうほかない。


「あの、それならよかったですっ」


 そう言ってテッテッテと小走りに距離を取って定位置に戻る慶介。

 その愛らしい様子に、メアリーは本当に先ほどまでの不快感も一時忘れてほほえんでいた。

 そんなメアリーの様子を横目で窺っている龍之介に、信也が話し掛ける。


「よし龍之介、そろそろいくぞ…………ん、なんだ。彼女のことが気になるのか?」


 龍之介の視線の先に気付いた信也が尋ねる。


「なっ! ばっ……。そんなんじゃねーよ! 分かったよ、さっさといこーぜ」


 慌てたような態度の龍之介は、そう言うなりさっさと先頭を切って歩き出す。

 龍之介の様子を訝し気に思いつつも、信也はその後に続く。


 ――それから三十分ほどが経っただろうか。


 時折雑談なども交えながら、探索を続ける彼らの目の前に、一つの大きな変化が現れた。


「これは……扉、だな」


「そうね、どこからどう見ても扉ね」


「……開かねーみたいだ」


「この絵には意味があるのかしら?」


 各々がその扉の前に立ち感想を述べていく。

 その扉は五層の北東部の、恐らくは隅っこの方に唐突に配置されている人工的な構造物だ。


 試しに石田が開けてみようと、押したり横に引いたりしてみるが。全くびくともしない。

 その扉は観音扉になっていて、高さは三メートルくらいと高く、横幅も扉を全開にすれば、大人数が横に並んで一斉に入れるほどの大きさをしている。


 見ると、扉にはドアノブや引き戸の手を掛けるような部分は一切見当たらない。

 代わりに、扉の片側には鍵穴がひとつだけ空いていた。

 そして扉前面部分には、上空から見たどこか(・・・)の風景を描いたような絵が描かれている。


 少なくともこのダンジョンに来るまでに……いや、この世界に訪れてから見たことある風景ではないことだけは確かだ。


 未知のものを発見した時の常として、まずは長井による"罠感知"、"罠調査"などのスキルで安全性を確認。その後に細部まで観察したり魔力を通してみたりと調査を行う。

 とはいえ、今回に限ってはみんなの脳裏にひとつだけ心当たりがあった。



「まぁ、こいつだろうな」



 一通りの調査を終えた後に信也が取り出したのは、金の箱からドロップした〈金の鍵〉だ。

 ちょうど見た目的にも鍵穴にピッタリと嵌りそうな形をしている。


「とりあえずこいつを試してみようと思うが、構わないか?」


 信也の問いかけに意見はないようで、先をうながすような視線が信也に向けられる。


「よし、では開けるぞ」


 そっと鍵穴に〈金の鍵〉を差し込む信也。

 サイズ的にもやはり見た通り、問題なく奥まで差し込むことができた。

 それから徐に信也が鍵を左……に回そうとして動かなかったので、右へと回す。すると、



 カチャンッ……。



 という、鍵を開ける小気味よい音が信也達の耳朶を打つ。

 決して音量的に大きい訳ではなかったのだが、それは心にストンと何かが嵌るような錯覚さえ覚えるようだった。

 そして信也が鍵を開けた次の瞬間。


「うお、まぶしっ!」


 思わず目元を手で押さえてしまうようなまばゆい光が、信也の差し込んだ鍵穴付近から漏れだした。

 さらに正確に伝えるならば、差し込まれていた〈金の鍵〉そのものが強い光を放っていたのだ。


 瞬間的に強い金色の光を放った発生源である〈金の鍵〉は、光が弱まっていくと共に、砂のように粉々になった挙句、最後には塵ひとつ残さず消滅してしまう。


「げっ、鍵が!」


 その様子を見て、龍之介がせっかくのレアそうなドロップが消えてしまったことに、嘆きの声を上げる。


「それよりも、今は先に扉の先に向かわないか? あの鍵が一度しか使えない消耗品なら、今のうちに扉をくぐっておきたい」


「……先、行くぜ」


 信也の言葉を受けて真っ先に動いたのは石田だった。

 石田が扉に手を掛けると、先ほどまでは全く動く気配のなかった扉がいとも簡単に押し開かれていく。

 そしてスルリと石田がその先に身を滑らせると、他の五人も石田の後へと続く。


 扉のすぐ先は小部屋になっていて、行き止まりとなっていた。

 しかし、今入ってきた部屋の扉から一歩進んだ場所の地面は、土ではなく黒っぽい石の床となっていて、そこには魔法陣が描かれている。


 素人目であるが、五層の中央の部屋にあった構造と、どこか似ているような感じの魔法陣だなというのが、彼らの印象だった。

 ただしこちらの魔法陣の中央部には石像は置かれていない。



「また魔法陣か……」


 こちらの世界に来てからやたら目にする機会が増えた魔法陣。

 こうまでお目にかかる機会が多いなら、いっそのこと魔法陣について学んでみるのも悪くないな、と考えながら、他に何かないか部屋を探す信也。


「罠は特にないみたいよ」


 長井が罠の報告をしてくる。

 その報告を受け、より大胆に部屋を探って回る一行だが、部屋の中央部にある魔法陣以外は特にこれといって目ぼしいものは見つからなかった。


「とりあえずこいつを作動させてみたらいーんじゃね?」


「アンタ、簡単に言うけど、あの部屋にあった魔法陣はうんともすんとも言わなかったじゃない」


「あの魔法陣と同じとは限らねーだろ! 見るからに紋様とかもちげーしよお」


 科学的な文明の利器ですら、動作原理などを使用者がいちいち全て把握していないというのに、魔法などというファンタジーなものがまかり通っているこの世界では、その傾向はより顕著となる。


 そのアイテム、或いは構造物などがどういった効果を持ち、どうやって作動させるのか。

 機械文明であるならスイッチやレバーなど分かりやすい目安はあるので、初見の装置でも起動させる位はそう難しくないかもしれない。

 しかしマジックアイテムなどは、一見何の効果があるのか分からない代物も多い。


 とはいえ、魔法が関わっているならまず誰でも思いつき、かつその行為がキーとなっているケースが多い、ひとつの行動がある。


 それは言わずと知れた「魔力を籠める」という行動だ。

 下手に素人がダンジョンから出た魔法道具を作動させて、えらい目にあったなんて話もちらほら耳にするので、慎重にいくなら街へと帰ってから鑑定する方が賢明だ。


 しかしこのような設置物をそのまま持ち帰ることはできない。

 そして、ドロップアイテムを使用して抜けた先にあるこの魔法陣は、次にここを訪れるには再び鍵が必要になるだろう。


 そのような状況で慎重に魔法陣の絵柄だけスケッチして帰る、などと考えるものはこの場にはいなかった。

 慎重派である信也ですらそう思っていたのは、単純に知識不足からくるものだ。

 また、特殊なアイテムが必要な扉の先に危険なものが仕込まれていることもないだろう、という楽観的な予想もあった。


 ともあれ、信也は言い合う二人を押しとどめてからしゃがみ込み、そっと床に手をつく。

 それからゆっくりと魔力を籠め始めた。



 ブォォォン……。



 すると即座に変化が現れる。

 空気が振動するような小さな音が周囲に響いたかと思うと、魔法陣が光り始めたのだ。


「わわっ。ひ、光が」


「お、おぉ? なんかいい感じの反応きたあああ」


「ちょ、ちょっと。アンタそんなこと言ってる場合? これ大丈夫なの!?」


 各人が魔法陣の反応に驚いている中、魔力を籠めた信也自身も余り期待せずの行動だったので、この大きな反応に面食らっていた。

 魔法陣の光は、地面に水が徐々に染み渡るかのように、模様の隅々までが発光していく。


 それは時間にしたら十秒かそこらの短い時間だった。


 魔法陣の模様部分全てに発光現象が行き渡った瞬間、魔法陣は効果を発動させた。

 その結果、つい先ほどまで魔法陣の起動でわちゃわちゃとしていた小部屋は静寂に包まれる。


 彼らが押し黙った、という訳ではない。

 既にその場には、彼らの姿はどこにもなくなっていたのだ。






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